February 27, 2006
伝えていくメッセージ
1955年の夏、シカゴ育ちの14歳の黒人少年エメット・ティルはミシシッピーへと叔父を訪ねる旅に出た。彼は雑貨店で見かけた白人女性に向かって口笛を吹いた。当時の南部では白人女性に言い寄ったとされ何百人もの黒人男性がリンチに遭っていたことを彼は知らなかったのだ。数日後、少年はその女の夫や親戚らにより誘拐される。やがて川に浮く彼の死体が発見された。激しく殴打され銃で打ち抜かれた顔は原形を留めていなかった。裁判では主犯とされる白人男性二人に対する無罪判決が出た。(後にお金を出した雑誌記者とのインタビューで彼らは殺害を自認したが、無罪判決は変化せずに終わった。)
この事件に関するビデオを見たのは、弁護士の卵として参加した人権法セミナーである。息子の幼稚園に向かう車中で、忘れていた筈のエピソードが生々しく蘇った。いや忘れてはならないのだと自らに言い聞かせる。その午後、息子を含め14人の園児が、同じ1955年にアラバマ州モントゴメリーにて黒人公民権運動の一環として行われたバスのボイコット運動を劇化し、全校集会で発表することになっていた。白人にバスの席を譲ることを拒否し逮捕された黒人女性ロザ・パークスにより幕を切った有名なボイコットである。
全学年が一堂に集うこの定期集会では、公民権運動をテーマに各クラスが詩の朗読や寸劇等の発表を行った。いよいよ最年少の息子のクラスが登場する。彼らは「ボイコット」「不公平な法律!」などと書いた手製のプラカードを担ぎ、腕にはキング牧師の顔写真入のアームバンドをつけて、We Shall Overcomeという公民権運動のテーマソングを歌いながら登場。背景にはボール紙で作ったバスもある。子供達の台詞を交えながら先生がボイコットの歴史的背景について説明を加える。
5歳の園児達は劇に取り組む過程で、幼いなりに人種差別について学ぶ機会を得た。水飲み場で黒人用、白人用と決められた二本の蛇口の写真を見て、「両方とも同じ水が流れているのに変だね」と語り合った。「白人だけがこの学校で許されるとしたら、XちゃんもX先生もいられなくなるよ」という話も出た。これは特に子供達にとっては衝撃的だったらしい。半分はアジア人でもある息子も「いられなくなる」一人なのだ。
劇を終え拍手の渦の中で頬を紅潮させている園児達を、私は誇らしげに見つめた。エメット少年の加害者が無罪となったことを地元のメディアは狂喜して報道したという。裁判の陪審員は全員が白人だった。唯一の子を失った母は世界への告発として棺を開き死体を公開して葬儀を行った。エメットの死を無駄にしてはならない。未来を担う世代へのメッセージを私達は発していかねばならない。ミシシッピーのうだるような暑さの中で奪われた命に想いを馳せながら私は心の中で呟いていた。
この事件に関するビデオを見たのは、弁護士の卵として参加した人権法セミナーである。息子の幼稚園に向かう車中で、忘れていた筈のエピソードが生々しく蘇った。いや忘れてはならないのだと自らに言い聞かせる。その午後、息子を含め14人の園児が、同じ1955年にアラバマ州モントゴメリーにて黒人公民権運動の一環として行われたバスのボイコット運動を劇化し、全校集会で発表することになっていた。白人にバスの席を譲ることを拒否し逮捕された黒人女性ロザ・パークスにより幕を切った有名なボイコットである。
全学年が一堂に集うこの定期集会では、公民権運動をテーマに各クラスが詩の朗読や寸劇等の発表を行った。いよいよ最年少の息子のクラスが登場する。彼らは「ボイコット」「不公平な法律!」などと書いた手製のプラカードを担ぎ、腕にはキング牧師の顔写真入のアームバンドをつけて、We Shall Overcomeという公民権運動のテーマソングを歌いながら登場。背景にはボール紙で作ったバスもある。子供達の台詞を交えながら先生がボイコットの歴史的背景について説明を加える。
5歳の園児達は劇に取り組む過程で、幼いなりに人種差別について学ぶ機会を得た。水飲み場で黒人用、白人用と決められた二本の蛇口の写真を見て、「両方とも同じ水が流れているのに変だね」と語り合った。「白人だけがこの学校で許されるとしたら、XちゃんもX先生もいられなくなるよ」という話も出た。これは特に子供達にとっては衝撃的だったらしい。半分はアジア人でもある息子も「いられなくなる」一人なのだ。
劇を終え拍手の渦の中で頬を紅潮させている園児達を、私は誇らしげに見つめた。エメット少年の加害者が無罪となったことを地元のメディアは狂喜して報道したという。裁判の陪審員は全員が白人だった。唯一の子を失った母は世界への告発として棺を開き死体を公開して葬儀を行った。エメットの死を無駄にしてはならない。未来を担う世代へのメッセージを私達は発していかねばならない。ミシシッピーのうだるような暑さの中で奪われた命に想いを馳せながら私は心の中で呟いていた。
トラックバックURL
この記事へのコメント
1. Posted by 未来
February 26, 2006 22:37
幼稚園にて公民権の劇等をするとは、やはり「アメリカ」と関心させられました。自由な国、アメリカとして知られていても、黒人と白人の問題は(その他3国のマイノリティーを含め)なくならないのだろうと日本人の私は思っています。
宗教問題にしてもしかり、単一民族の日本人は、世界で起こっているこの種の問題に、無関心でいられるのでしょうか?
宗教問題にしてもしかり、単一民族の日本人は、世界で起こっているこの種の問題に、無関心でいられるのでしょうか?
2. Posted by きよこ
March 02, 2006 05:23
未来さん
私も幼い子らにこのような機会を作ってくださった先生方に感謝の気持ちで一杯です。
もっとも、多民族国家アメリカでは摩擦が避けられない為、教育者は慎重にならざるを得ないという面もあるかと思います。
私も幼い子らにこのような機会を作ってくださった先生方に感謝の気持ちで一杯です。
もっとも、多民族国家アメリカでは摩擦が避けられない為、教育者は慎重にならざるを得ないという面もあるかと思います。

