June 12, 2008
あけましておめでとう
旅は十一歳の春に始まった。小銭を握り締め駄菓子屋へと続く道を駆けたり、自転車を漕いで書道教室に通ったりするのが放課後の精一杯の行動範囲だった少女にしてみれば、独りでバスに揺られ進学塾に通い、数々の小学校から集まった受験生達と机を並べる事は心が奮い立つ経験となった。十二歳の春には旅の深みが増した。薄桃色の花びらやら紺が匂い立つような制服やら、お馴染みの小道具が出揃った舞台に向かって意気揚々と第一歩を踏み出した春。改札口で定期券を取り出す時には小さなプライドが胸をくすぐる。ラケットを抱えて立つホームに七時二十六分の電車が滑り込む。経済紙を広げる会社員や流行のファッションに身を包むOL。そこはかとなく緊張感の漂う通学電車で小一時間も吊革に掴まると、一足飛びに大人の世界への仲間入りを果たしたかのような錯覚さえ覚えた。
みずみずしい息吹に包まれ別れと出会いが交差する三月と四月。入学式の服を買ったり学用品に名前をつけたりと日本の母親は希望に胸を膨らませつつ準備にいそしむ頃だろう。アメリカの春は学年末にあたるから疲れの方が大きい。息子の制服も随分とくたびれてきた。車での送り迎えに疲労困憊の母は夏休みまでの日々をひそかに数えている始末だ。
だが海外滞在が如何に長くなろうと、三月の声をきく頃には弥生なる美しい言葉が脳裏に響き、「仰げば尊し」が口をつく。そして華やかな四月の到来。中学受験という試練を経て辿り着いた世界が今も色褪せることなく目前に拡がる。透明な光が降り注ぐ朝、同じようにぎこちない制服姿で談笑する少女達の輪に加わる。「前を見て!」 幾つもの目が急に真剣になって正面を凝視する。桜吹雪が舞う中、シャッターを切る音が響く。
春風とともに胸をよぎる物語がある。凡庸な恋愛小説で話の筋こそ記憶に無いが結末は鮮明な余韻を心に残していった。青年が喧嘩別れをした恋人にあてて便りをしたためる。桜の木の下、自転車を止めて彼女を待ち手紙を渡す。そこにはこう書いてあった。学生である僕達にとって四月は新たな年の始まり。あけましておめでとう、と。学生であってもなくても日本人なら誰もが今の季節に馳せる想いが巧みに凝縮されている。
特許訴訟の仕事に埋もれる午後、専門用語が踊るノートから視線を上げ窓の外を彩る弥生の色を堪能する。抜けるような空の下、子供達は校庭で外遊びを愉しんでいるだろうか。また年が明けようとしている。心の中で呟く。家族に、そして私自身に。あけましておめでとう。
みずみずしい息吹に包まれ別れと出会いが交差する三月と四月。入学式の服を買ったり学用品に名前をつけたりと日本の母親は希望に胸を膨らませつつ準備にいそしむ頃だろう。アメリカの春は学年末にあたるから疲れの方が大きい。息子の制服も随分とくたびれてきた。車での送り迎えに疲労困憊の母は夏休みまでの日々をひそかに数えている始末だ。
だが海外滞在が如何に長くなろうと、三月の声をきく頃には弥生なる美しい言葉が脳裏に響き、「仰げば尊し」が口をつく。そして華やかな四月の到来。中学受験という試練を経て辿り着いた世界が今も色褪せることなく目前に拡がる。透明な光が降り注ぐ朝、同じようにぎこちない制服姿で談笑する少女達の輪に加わる。「前を見て!」 幾つもの目が急に真剣になって正面を凝視する。桜吹雪が舞う中、シャッターを切る音が響く。
春風とともに胸をよぎる物語がある。凡庸な恋愛小説で話の筋こそ記憶に無いが結末は鮮明な余韻を心に残していった。青年が喧嘩別れをした恋人にあてて便りをしたためる。桜の木の下、自転車を止めて彼女を待ち手紙を渡す。そこにはこう書いてあった。学生である僕達にとって四月は新たな年の始まり。あけましておめでとう、と。学生であってもなくても日本人なら誰もが今の季節に馳せる想いが巧みに凝縮されている。
特許訴訟の仕事に埋もれる午後、専門用語が踊るノートから視線を上げ窓の外を彩る弥生の色を堪能する。抜けるような空の下、子供達は校庭で外遊びを愉しんでいるだろうか。また年が明けようとしている。心の中で呟く。家族に、そして私自身に。あけましておめでとう。
sayakakandajp at 15:43
│エッセイ バックナンバー

