2007年08月11日

子供のカヌー遊び

73e9ed6c.jpg今回は、たくさんの子供たちが手作りのミニチュアカヌーを海に浮かべていました。
ほとんどが10歳以下の子供なのですが、こうして海に向かっている少年は、ちょっとだけたくましくみえたものでございます。

サタワル到着

c1b718d3.jpgピゲノで5時間ほど過ごし、船で一泊、そして翌朝ようやくサタワルに上陸できた次第でございます。
1年ぶりのサタワルは、なんだか不思議な感じがしました。まず、到着すると、知った顔がどっさりいて、何かと声をかけてくれ、花輪をもらい、荷物のチェック&運搬もしてくれました。昨年、ひとりぼっちで荷物を持ち上げぎっくり腰になり、水中で立ち往生していたときとは大違いです。
 人口が最も多い村で挨拶を交わし、昨年私の娘的存在となったお嬢ちゃんとその両親の家に連れて行かれて一服。ココナツなぞをいただき「レマノン(マウの村)は今外人がいっぱいで混んでるから家に泊まりなさいよ」とお誘いいただいたり。結局、レマノンからお迎えが来て、レマノンへと参りました。
 レマノンには予告通り、ハワイからのドキュメンタリー撮影隊総勢7人が滞在なさっておりました。そのうち6名の男性は、マウのお隣のフィティ酋長の家を丸ごと借りておられましたが、マウの家には、元女優のプロデューサー、エリザベス様がエアマット付きベッド持参で滞在なさっておられました。写真は、マウの「スターコンパス解説」の撮影風景でございます。


ピゲノのヤシガニ

f13d0592.jpgサタワルの兄さんたちと、ピゲノの森の中を散々歩きまわって探し当てたヤシガニは、なぜかこんなきれいなブルーでした。当然この方も丸焼きにされて人々の腹の中へ。それにしても、やはりサタワル兄さんたちの目はすごいです。私はいくら捜索してもひとつも発見できませんでした。そういえば、アワビも水中での見え方がわかるまでは見つけられなかったけれど、これもそういう目の慣れ、みたいなものが必要なのでしょうか。

ピゲノの食料クルカーク

6c86ce34.jpg7c5b2540.jpg写真はクルカーク、たぶん黒アジサシだと思われます。これはナビゲーションでよく使われる鳥だと聞きますが、ピゲノの場合、食料です。ここには山ほど生息しており、その上とても簡単に捕れます。ふつうに手を伸ばしてつかめば、誰でも捕れます。呆れるほど簡単です。で、捕ったものは首をひねって殺戮し、毛をむしって丸焼きにします。私も何か働こうと思い、お兄さんがシメた鳥の毛をむしろうと申し出ました。兄さんに渡されたクルカークは、当然ながらまだ温かく、生きてるみたいだなあ、と思いながら、おそるおそる毛を引っ張ってみました。すると、にょろ。鳥が動いたのです! きゃあ! 思わず声をあげ、隣の兄さんに、動いたよ! まだ生きてる! と主張しましたが、兄さんは相当笑いながらクルカークを取り上げ、死んでるってば、と毛をどんどんむしってみせました。確かに死んでいました。情けない思い出でございます。

ピゲノの小屋

e671313a.jpgこれは、上陸するビーチにある小屋です。ここで寝泊まりするそうです。ほかに、井戸なんかもあります。
なので、一見すると無人島風ではありませぬ。

ピゲノの教会

9e210278.jpgピゲノは無人島ですが、離島の人々が頻繁にカメ漁のために訪れ、何日か滞在するため、いくつかの施設(?)があります。写真はこう見えても教会です。ここで嵐に遭遇したときなどは、かなり祈ったという話を聞きました。

ピーク&ピゲノ

5d8aff9a.jpg私を乗せた船、マイクロスピリッツはようやくサタワルに到着したのですが、波が高くて小舟がリーフを通れない状態。つまり乗客が上陸できないので、船は別の場所へと走り出しました。ぼんやりしていると、とある島に到着。ここはどこ? とその辺の人に尋ねると、答えはピーク。私は大層驚きました。
ピークは現地語で、英語ではピケロット。サタワル、プルワトあたりの人々がウミガメ穫りによく行く無人島です。話だけは山ほど聞いていたのですが、実際はカヌーに乗らないと行けないので、事実上ピークへ行くのは諦めていました。が、こんな状況でなぜか知らぬ間にピークへ来ていた次第です。
しかし、ここもリーフがとても入りにくいところで、波が高く、ボートでの上陸は断念されました。
我が船はピークの前で一泊。翌朝出航致しました。で、いよいよサタワルかと思いきや、またまた別の島へ。で、ここはどこかと尋ねたら、今度はピゲノ! 英語ではウエストファユと呼ばれる島でした。ここもピーク同様、亀の島として山ほど話を聞いていた島です。そしてこちらはラグーンが広がっていて、余裕で上陸できたのでございます。
 写真はピゲノのビーチです。



2007年07月22日

ウォレアイ島途中下車

5d5ce289.jpg写真はやはり船を途中下車したウォレアイ島の写真です。
小さな男の子は、マウの息子であるセサリオの一人息子です。この子は昨年私がヤップでセサリオ宅に居候している時よく遊んだ子ですが、今年はウォレアイにいました。この島には、セサリオの妻の姉が住んでおり、要はおばさんの家に長期滞在中だったのでした。こういうことは、日本よりもはるかに多く起こります。人びとは、結構な割合であちこちを移動し、各地の親戚の家に泊まり合います。写真右の女性は、セサリオ妻のお姉さんです。彼女の基本的な家はサタワルにありますが、私はサタワルであった事はありません。昨年はヤップのセサリオ宅に子供たちと来ていたし、今は子供たちがウォレアイの学校に行っているため、彼女もここに居候です。誰がどの島にいるか、行ってみないとわからない。これがあの辺の離島の基本です。



ウミガメ卵のスクランブルエッグ

992bc295.jpg卵つながりでもう一つ。写真は、船を途中下車したウォレアイ島で撮影した、ウミガメの卵のスクランブルエッグです。これは半熟よりウエルダンが主流のようです。島ではあまり塩を使わないのですが、ウミガメ関係は塩水で洗うのが原則なので、ほんのり塩味がついてます。舌触りは、ややざらついていて滑らかさには欠けますが、味はまあ卵です。
このほか、ウミガメの卵には、肉と一緒に殻ごとゆでるという方法もあります。こちらはたいてい半熟で食されます。これにもほんのり塩味がついています。正直なところ、激ウマです。ちゅるちゅるっとすすって。
動物愛護的視点から、政府は「伝統的にウミガメを貴重なタンパク源としている人びとは穫ってもいいが、できればメスは避けるように」とおっしゃっているようです。もっともです。ですが、島の人は「産卵に上がって来たカメ」をビーチでえいやあ、とひっくり返してとるのが一番楽なので、メスになりがちです。それに卵は子供たちにでも大人気。食料が厳しい島ライフのなかで、やっぱりダンドツのごちそうであります。

箱入りマヌクと卵

19ddc2a1.jpg写真は、ウォレアイ島へ帰るご夫婦が連れていたニワトリです。箱入りで、ちょっと可愛い感じです。
サタワル語ではマヌクと言います。コレは当然家畜です。ひよこを生ませたあと、食われます。
サタワルでもニワトリはそのへんに放し飼いになっています。地べたに座ってものを食べていると、私の足の上をひよこが登って降りたりします。
完全に放し飼いなので、卵はあちこちで産み落とされます。人びとは卵が必要な時、森に入って卵を捜索します。そのせいか、卵が日常的に食べられる事はありません。私の滞在中、卵が登場したのはたった一度でした。それも、目玉焼きなどではなく、私の誕生日のケーキ用です。たぶん、卵を食べる習慣はあまりなく、ケーキミックスの箱に卵を入れろと書いてあるのでとって来た、という感じじゃないかと推測します。


2007年07月03日

船のサタワル軍団

7aeb90fe.jpg船旅全般を面倒見てくれたのは、他ならぬサタワルの方々でした。
船に乗り込む前、ヤップでの買い出しや港への送り出しをやってくれたのはマウの娘の一人でしたし、港では、マウの孫の一人、ジェリーが荷物を積み入れ、陣地を作ってくれました。私は貴重品を運ぶだけ。らくちんです。彼らは顔見知りでしたが、同じデッキにはお初のサタワル軍団がおられました。でも、私が2年連続でサタワルへ行こうとしていることは噂で聞いておられ、ココナツや食料を常に供給してくれました。っていうか、サタワルにつくまで、ずっとご一緒させて頂きました。
そのお返しではありませんが、私は昨年のサタワルの写真を皆様にご披露しました。これは噂を呼んで、舟中のいろんな人が写真を見に集まってきました。驚いた事に、他の島の人でさえ、写真に写るサタワルの人の顔と名前をみんな知っていました。この辺りの離島は、みんな親戚みたいなもののようです。

 


船旅

4b209f31.jpgサタワル行きの船。前回は臨時に出たミクロネシア連邦の船ヴォヤジャーでしたが、今回はヤップ州の定期船マイクロスピリッツでした。ヤップーサタワル間で18ドル。お安いです。
この船は日本から寄贈されて以来30年以上ご活躍だったのですが、このほど中国から寄贈された船に変わるのでこれがラストランだそうです。
今回の航海は、いろんな意味で楽でした。最大の原因は空いてたこと。写真は私の最初の陣地。3階デッキです。サタワルへの貢ぎ物に囲まれておりますが、余裕のスペース。人々と重なり合って眠っていた前回と比べると天国です。ここは喫煙も自由。あっというまに我が家のような気分になりました。


2007年06月22日

シンポジウムで話す予定だった事7

cdca61b2.JPG いろいろと問題もありますが、一方で航海術を確実に次世代に継承するための努力も始まっています。
 現在、あるひとつの村で、航海術学校が始まっています。村の優秀なナビゲーター3名がナビゲーションやカヌー作りを教えています。これは、年齢も性別も問わない、誰にでも門戸を開いたものです。今のところ女性は2割ほどだそうですが、男性よりも積極的に質問をしてくる優秀な方が多いとの事。この学校をこれから島全体に広げて行く構想が話し合われています。
 あと、あくまで計画段階ですが、航海術をはじめとする島の伝統的な技術のテキストブックをつくろうという話も出ていました。
 今回、ハワイから寄贈されたカヌー、マイス号は、ヤップ本島に住んでいるセサリオさんの管理下にあります。現在は、パラオの大統領の依頼を受けて、セサリオさんはマイスでパラオに航海術を教えに行っています。その後は、昨年、彼が中心となってヤップ本島に誕生した航海術学校の実習などに使われるという話です。が、その学校自体ができたばかりで生徒も少なく、なにかと流動的な状況なので、将来についてはまだなんともいえません。
 ただ、このマイスを、離島のため、あるいはミクロネシアの航海術の保全と発展に役立てて欲しいと多くの人々は願っています。
 以上でした。
 写真はサタワルを出る直前のマイス。みんながカヌーで群がり、何十人もがマイスに乗りこんでいました。
 

シンポジウムで話す予定だった事6

986e33e7.JPG 学校事情のほかにもう一つ、伝統航海術の障害となっている、というより島全体の大問題となっていることに、成人病の増加が挙げられます。特に多いのが糖尿病です。
 マウ・ピアイルクさんは、高血圧、糖尿、痛風その他いろんな病気で寝込んでいますし、
マウの弟、トビアス・ウルパさんは優秀なナビゲーターであり、カヌーマスターでもあるのですが、、昨年、糖尿病で左足の膝から下を切断されて、事実上引退したなさいました。
 現役のナビゲーターの中でも一番優秀とされている方も糖尿で、今はまだ足の小指が一つないだけなので近場は大丈夫ですが、長期に渡る航海には出られないと言われています。
 現地の食生活を勉強している方によると、自給できる伝統的なローカルフードは絶妙に栄養バランスがとれているんだそうです。従って、スパムやコンビーフ、イワシのオイル漬けなどの缶詰類、米、それから呆れるほど大量に消費されている砂糖、などなど多くの輸入品が原因ではないかとされてます。
 あと、もうひとつ、島の伝統、もしくは迷信みたいなものに、「子供たちから尋ねられるまで、大人側から伝統的な知識を教えてはいけない。もし教えてしまうと、すぐに大人が死んでしまう」というものがあります。これは、かなり広い範囲で信じられています。なので、教えたくてむずむずしている大人はどっさりいるのに、子供たちが遊びほうけているのでちっとも教えられない、という状況もあります。
 写真は、私のためにお母さんが伝統的なビーズネックレス、ウソースを作り始めたところ、姪っ子がようやく興味を持って習い始めたところです。しかし彼女も今年の秋から他島のハイスクールへ行くそうです。

シンポジウムで話す予定だった事5

5a8fccf3.JPG 昔と比べればサタワルの人々の航海術習得率は確かに下がっているのでしょうが、それにはいくつかの理由があります。なかでも最大の障害となっているのは、アメリカの教育制度です。
 サタワルにあるエレメンタリースクールは9年生まで。卒業すると多くの子供は島の外の高校へ進みます。近くの離島であるユリシーやウォレアイの高校はもちろん、ヤップ、ポンペイ、ハワイ、サイパン、アメリカ本土などの高校へ進学。そのまま大学へ進むケースも多く、島に戻らない人も多いのが現状です。
 島に戻るにしても、一番航海術を勉強するのにいい年齢の時、島にいない。これが事実上の大きな障害になっているそうです。島一番と呼び声の高い現役ナビゲーターさんも、息子二人がポンペイの学校に行っているので、なかなか教えられないとぼやいておられました。
 そんな状況のため、学校を終えて島に戻り、結婚し、子供ができたあたりで、不意に島の父親としての責任感に目覚め、ナビゲーションを真剣に学び始める人が増えていて、30代40代が一番熱心なんだそうです。
 写真は、マウの孫の一人、オーウェン。彼も今、ウォレアイ島の親戚の家に厄介になりながら、ハイスクールに通学中。サタワルが恋しいそうです。余談ですが、彼とは1年前にサタワルで会っていましたが、その時はまだ「子供」でした。しかし、1年ぶりに再会した彼は、背も伸び顔立ちも大人びてカッチョイイ兄ちゃんに変身。しかも英語がペラペラと話せるようになっていました。身も心も頭も成長するこの1年を、学校でなくカヌーで過ごしていたなら、このスイートな笑顔は、もっとワイルドな感じになっていたのかしら、なんて想像したりしました。


シンポジウムで話す予定だった事4 島の女は知っている

f0e99fed.JPG 滅多に航海には出ませんが、島の女性たちもかなりの知識をもっています。
 自分の兄弟がお父さんなどから習うときに一緒に話を聞いて覚えてしまう事も多いようです。
 また、航海術の知識の中には、その一族だけで受け継いで行く秘密の知識がたくさんあり、それは一族の中の選ばれた男子数名にだけ密かに伝えられて行くのですが、その秘密知識を持つ男性すべてが島からいなくなる事態が起こりえます。頻繁に海に出るので海の事故で亡くなる率も高い。それからこのあたりでは結婚するとき男性が女性の家に婿入りするので、別の島へ婿入りしてしまうことも多い。そうやって秘密の知識を持つ男性が島からいなくなってしまった時の保険として、一族のなかから選ばれた一人の女性が全ての知識を受け継ぐというシステムがあります。こういう女性は相当量の知識を持っているようです。
 以前、定期船の機械が故障して現在地や方角が分からなくなった時、乗客のサタワル女性が正確にナビゲートしてくれた、なんて言う話も聞きました。
 写真みたいな普通のご陽気なおばちゃんたちの中に、ものすごい魔法や航海術を山ほど知っている人が潜んでいるのです。


シンポジウムで話す予定だった事3

0b723f32.jpgサタワルでは男女の仕事ははっきり区別されています。主にタロイモ担当は女性、航海は男性の仕事です。
普段男性たちは、村のビーチにあるカヌーハウスにいて、カヌーをつくったり、ロープをつくったり、ミーティング(?)をしたり、あるいは昼寝やトランプなどをしておられます。が、風がいい季節になると、半日ほどで着く無人島へでかけ、その島に滞在してカメや魚がたくさん採れるまで帰ってこないので、一週間以上かかることもふつうです。
 風がよくない時期には、島の近くへ猟に出かけますが、海が荒れる冬は、近くの海にさえ出る事ができなくなり、シーフードが食卓から完全に消えてしまうそうです。。
 島の航海には、カヌーとモーターボート、両方が利用されています。時にはカヌーにエンジンをつけて利用する事もあります。ガソリン代が高騰する昨今は、カヌーの利用が増えているようです。
 このように、サタワルの航海は実務的なものなので、コンパスやGPSを利用する人もいます。
 あるナビゲータの兄弟で、兄が使おうとしたGPSを弟がたたき壊した、というエピソードもあるように、
こうした機器の使用については、個々で考え方がずいぶん違うようです。
  島の長老たちはおおむね、機器の使用を嘆いていますが、それでも多くの男性は伝統的なナビゲーションの基本は知っているし、基礎の基礎とされるスターコンパスに出てくる星の名は、5、6歳の子供たちでもたいていは空で言えるようでした。
 写真は、ウミガメと魚を捕りに無人島に出かけるサタワルのカヌー、エクソダス号の出航直前風景。桟橋というものがないので、セイルや食料などはカヌーを海にだしてから人々が海に入って届けます。ハワイのカヌーと比べると、いちいちワイルドな感じです。



2007年06月20日

タロイモ畑(シンポ〜2の補足写真)

fe3b284b.JPG写真がタロイモ畑。タロイモは女の仕事。泥まみれになるし、噛まれると恐ろしく痛いアリもいるし、体力的にもすごく重労働。でも、男性がいないので、広大な女の園ともいえます。なのでここでは、こちらの女が遠くにいるあちらの女たちへ向けて、女同士でしかありえない、ものすごく下品な歌や台詞が大声で歌われたりします。私もそういう歌を教え込まれ、何十回と歌わされたものです。

シンポジウムで話す予定だった事2 サタワル島の地図と食料事情

9ab4ef36.jpgこれは、サタワル島の地図です。彼の地でカヌーは、島の食料事情と密接に関わっているため、まずはそこから説明致しましょう。
●概要:サタワル島は周囲約6キロ。人が住んでいるのは地図左側、家のマークがある海岸線のみです。人口は約600人。
●タロイモ畑:島の中央部には湿地帯が広がり、そこはタロイモ畑となっています。タロイモは、島で唯一、年間通して採れる穀物で、最も重要な主食です。(ただ、近年の海面上昇により、湿地に海水が混ざり始めており、芋が腐る事も増えているそうです)
 このタロイモ畑では、イモのほかにさとうきびや空心菜(カンクン)という緑の葉野菜もとれます。
●森:タロイモ畑の外側、ビーチまで広がっているのは森です。ここにはヤシの木、パンの木など多くの植物が茂っています。パンの木になる緑色のでかい実、パンの実は、芋に似ているため第2の主食です。ただこれは季節があるので、通年採れる訳ではありません。この森では多くの薬草やフルーツ、また季節にはヤシガニやオカガニなども採れます。
●村:村ではヤシの木の他、人々が必要な植物を植えています。マウピアイルクさんの家の周りには、レモン、パパイヤ、アーティスという果物などがあります。島の大事な嗜好品、ビンロウジュやたばこを栽培している人もおられます。また村では、豚やニワトリなども少し飼われていますが、これは売り買いもされる大事な財産なので、めったに食べる事はありません。
●ラグーン:地図の外側の波線は、サンゴが水面迄隆起しているリーフです。その内側はラグーンと呼ばれる天然のプールなのですが、サタワルのラグーンは狭い上に水深も60センチほどと浅く、ろくな魚は捕れません。ここでは主に、タコや貝がとられています。
 島で採れる食料は以上です。
●サタワルで航海術が盛んな理由
 島の食生活は、主食とおかずに分かれています。
主食はタロイモ、パンの実、輸入米、日本のインスタントラーメンなどがあります。
おかずは、ラグーンでとれる小魚たちではまかなえないので、コンビーフ、スパム、イワシのオイル漬けなどの缶詰類が多用されています。しかし、一番のごちそうは、マグロやカツオなど外洋で捕れる大型回遊魚と、昔からこのあたりで食べられて来た唯一の肉、ウミガメです。
 その回遊魚とウミガメを捕るために、カヌーと航海術があるといっても過言ではありませぬ。
 この一帯の離島はみな食料事情が豊とは言えませんが、それでもサタワルに比べれば他の島々は遥かに広大なラグーンに囲まれており、十分な魚がラクにとれます。ラグーンに恵まれなかったサタワルは、他島より外洋に出て大きな魚や亀を捕る必要があった。そのため他島よりも航海が盛んなのだといわれています。

つづく。



ラモトレックのカヌー(シンポ〜1の補足写真)

b0b96a99.JPGラモトレックのカヌー。これは、ヤップからの船が来たため、カヌーで船まで来て乗り込み、船内の人々ともののやり取りをしたりするために登場したもの。各離島にはそれぞれ親戚やら知り合いやらがおるので、船が入ると多くの人が船に乗り込んできます。そして、そこで降りる人の手伝いをしたり、船で更に先に行く人々に多くのココナツや食料が提供されます。私も何度もご相伴に預かりました。