2006年09月

2006年09月18日

島の子供inウォレアイ

1bf1564d.jpgボヤジャーへ戻るボートをビーチで待っていたら、少年達がとても楽しそうにジャンプしまくっていたので撮影してみました。大変お元気でそうで何よりです。

sazayo at 04:52|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!

島ドクターinウォレアイ

f1d0ab12.jpgヤップで船を待つ間、ちょっと蚊に食われてひっかいたりした小さな傷達がどんどん巨大化して膿み、船上ではかなり悪化。歩くのも不自由なほどになっておりました。そんな私を見かねて、おばあちゃまはウォレアイのクリニックへ連れて行ってくれました。写真はそこのいかしたドクター。彼は抗生物質のカプセルと赤チン、ガーゼ、テープをたんまりくださいました。しかも全部タダ! ヤップの病院は有料ですが、離島はすべからく無料なんだそうです。ありがたや。おかげで足の痛みも日に日に収まって行ったのでございます。ちなみにこの症状はあのあたりの風土病だそうで、外国人はもちろん、現地の方々もかなりの割合でこの病にかかっておられました。

島民の大好物inウォレアイ

70dcb30c.jpg女性が手にしているビンの中身は、現地語でファルーバ、英語ではトゥバ、日本語ではヤシ酒です。
これはヤシの樹液を集めて発酵させた酒。男性陣はみなこれに夢中です。私は下戸なので味についてはコメントできませぬ。しかし、とれたての発酵前のものはスイートトゥバと呼ばれるノンアルコール飲料。女性や子供の飲み物とされています。調理にも使うとか。ちょっとすっぱくて、酸化した濃厚カルピス、という感じの味がしました。(←主観)。

耳に花を飾りますinウォレアイ

3576d480.jpgこの一帯の方々は、男女を問わず、そのへんの花をひょいとつまんで、耳にさしたり、レイを作って首からかけます。これは、見た目のおしゃれでもありますが、パフュームがわりでもあります。なので、花や葉が多少しおれても、香りが残っているうちは捨てません。男女問わず、香水やコロンもごく一般的に使われます。実はおしゃれさんたちです。ちなみにヤップ島やこれら離島では、女性はみな上半身は裸、というのが伝統的な姿です。しかし、この5年ほどで若い娘さん達のTシャツ普及率は急速にあがっているとか。でも、年配の女性達はおおむねこんなお姿ですし、一部の離島には、伝統文化が強く残る村があり、そこは今でもTシャツを脱がないと入村できないそうです。服を着ている方が失礼、なんだそうです。

エコバッグ? in ウォレアイ

9fc20f00.jpg台所の隣では、おねえさんがヤシの葉でバスケットを編んでいました。みなさん小さいときから編み慣れておられるので、ものの10分で完成します。これは、タロイモやパンの実、タコや貝類などなにかを採集した際の運搬に主に使われますが、このときは我々船旅中の人間のためにこしらえられた調理済み芋類もしまわれました。なかなか丈夫だし、材料はその辺にいくらでもあるし、いらなくなれば海にぽいと捨ててしまえる大変便利な代物。この一帯ではたいへんポピュラーなエコバッグです。

島料理in ウォレアイ

04a4e6c8.jpgおばあちゃまの親戚のお宅では、屋外キッチンで調理が行われていました。バナナの葉でふたをし、それをココナツのからで押さえています。で、中身は何かと言うと、パンの実。こうした蒸し焼きが、島の調理の基本でございます。

アイランドホッピング

c789b152.jpg私が乗ったボヤジャーという船は、ヤップから東へ連なる小さな島々を転々とまわって行きます。写真はウォレアイ環礁最大の島、ファララップ・ウォレアイ島。ビーチと木しか見えませんが、実はここには飛行場があります。かつて日本軍が作ったものだとか。ここには丸一日停泊するというので、私もおばあちゃまに連れられ、島に上陸してみました。

2006年09月16日

寄付者の方へ

遅くなりましたが、頂いたご寄付の報告です。
お預かりしたお金は、ヤップに居るセサリオに渡し、マウにも伝えました。セサリオからはお礼状を、マウからはお礼のメッセージとサインを頂いてきました。
来週中には私からみなさまのご自宅へ郵送する所存でございます。
本当に、ありがとうございました。




2006年09月12日

ヴォヤジャーの旅その2

c7a55dad.jpgこの船では、セサリオ宅で共に船待ちをしていたおばあちゃんとその孫たちが一緒だったので、食料は基本的におばあちゃまが与えてくれました。メニューはパンの実やタロイモなどのローカルフードが中心ですが、それと並んでご活躍だったのがインスタントラーメンです。食堂でお湯をもらって来て、ボールにラーメンとお湯を入れそのまま待つ、というカップ麺方式。当然「素らーめん」ですが、それでも汁物という意味で大変ありがたく頂く事ができました。

ヴォヤジャ−の旅その1

b8c18ae2.jpgヤップ島にあるマウ・ピアイルクさんの息子、セサリオさん宅に到着した私は、サタワルへ行く船、ヴォヤジャーが予定より遅れる、と聞かされました。そして延々と待つ事3週間、ようやく船に乗り込めたのですが、そこは写真のごとき混雑ぶり。イモ洗い状態で寝るしかありません。いつも誰かの足が私の顔を蹴ります。私の腕も、隣のお嬢さんのお顔の上に乗ってしまいます。天井には雨よけのビニール屋根があるのですが、スコールがくればあちこち雨漏り。いつだって運がいい私の寝床は、ばっちり雨漏りポイントの真下でございました。トイレや喫煙のため、この定位置から移動するときは、人々を慎重に乗り越えねばなりません。ただ、そんなことより憂鬱だったのは、この状態で何日耐えなければならないのか、ちっとも分からないことでございます。サタワルまで早ければ1週間との事でしたが、そんな予定は無いに等しいと承知しております。そこで私は何も考えず、ひたすら寝る作戦にでたのでございます。