2007年06月

2007年06月22日

シンポジウムで話す予定だった事7

cdca61b2.JPG いろいろと問題もありますが、一方で航海術を確実に次世代に継承するための努力も始まっています。
 現在、あるひとつの村で、航海術学校が始まっています。村の優秀なナビゲーター3名がナビゲーションやカヌー作りを教えています。これは、年齢も性別も問わない、誰にでも門戸を開いたものです。今のところ女性は2割ほどだそうですが、男性よりも積極的に質問をしてくる優秀な方が多いとの事。この学校をこれから島全体に広げて行く構想が話し合われています。
 あと、あくまで計画段階ですが、航海術をはじめとする島の伝統的な技術のテキストブックをつくろうという話も出ていました。
 今回、ハワイから寄贈されたカヌー、マイス号は、ヤップ本島に住んでいるセサリオさんの管理下にあります。現在は、パラオの大統領の依頼を受けて、セサリオさんはマイスでパラオに航海術を教えに行っています。その後は、昨年、彼が中心となってヤップ本島に誕生した航海術学校の実習などに使われるという話です。が、その学校自体ができたばかりで生徒も少なく、なにかと流動的な状況なので、将来についてはまだなんともいえません。
 ただ、このマイスを、離島のため、あるいはミクロネシアの航海術の保全と発展に役立てて欲しいと多くの人々は願っています。
 以上でした。
 写真はサタワルを出る直前のマイス。みんながカヌーで群がり、何十人もがマイスに乗りこんでいました。
 

シンポジウムで話す予定だった事6

986e33e7.JPG 学校事情のほかにもう一つ、伝統航海術の障害となっている、というより島全体の大問題となっていることに、成人病の増加が挙げられます。特に多いのが糖尿病です。
 マウ・ピアイルクさんは、高血圧、糖尿、痛風その他いろんな病気で寝込んでいますし、
マウの弟、トビアス・ウルパさんは優秀なナビゲーターであり、カヌーマスターでもあるのですが、、昨年、糖尿病で左足の膝から下を切断されて、事実上引退したなさいました。
 現役のナビゲーターの中でも一番優秀とされている方も糖尿で、今はまだ足の小指が一つないだけなので近場は大丈夫ですが、長期に渡る航海には出られないと言われています。
 現地の食生活を勉強している方によると、自給できる伝統的なローカルフードは絶妙に栄養バランスがとれているんだそうです。従って、スパムやコンビーフ、イワシのオイル漬けなどの缶詰類、米、それから呆れるほど大量に消費されている砂糖、などなど多くの輸入品が原因ではないかとされてます。
 あと、もうひとつ、島の伝統、もしくは迷信みたいなものに、「子供たちから尋ねられるまで、大人側から伝統的な知識を教えてはいけない。もし教えてしまうと、すぐに大人が死んでしまう」というものがあります。これは、かなり広い範囲で信じられています。なので、教えたくてむずむずしている大人はどっさりいるのに、子供たちが遊びほうけているのでちっとも教えられない、という状況もあります。
 写真は、私のためにお母さんが伝統的なビーズネックレス、ウソースを作り始めたところ、姪っ子がようやく興味を持って習い始めたところです。しかし彼女も今年の秋から他島のハイスクールへ行くそうです。

シンポジウムで話す予定だった事5

5a8fccf3.JPG 昔と比べればサタワルの人々の航海術習得率は確かに下がっているのでしょうが、それにはいくつかの理由があります。なかでも最大の障害となっているのは、アメリカの教育制度です。
 サタワルにあるエレメンタリースクールは9年生まで。卒業すると多くの子供は島の外の高校へ進みます。近くの離島であるユリシーやウォレアイの高校はもちろん、ヤップ、ポンペイ、ハワイ、サイパン、アメリカ本土などの高校へ進学。そのまま大学へ進むケースも多く、島に戻らない人も多いのが現状です。
 島に戻るにしても、一番航海術を勉強するのにいい年齢の時、島にいない。これが事実上の大きな障害になっているそうです。島一番と呼び声の高い現役ナビゲーターさんも、息子二人がポンペイの学校に行っているので、なかなか教えられないとぼやいておられました。
 そんな状況のため、学校を終えて島に戻り、結婚し、子供ができたあたりで、不意に島の父親としての責任感に目覚め、ナビゲーションを真剣に学び始める人が増えていて、30代40代が一番熱心なんだそうです。
 写真は、マウの孫の一人、オーウェン。彼も今、ウォレアイ島の親戚の家に厄介になりながら、ハイスクールに通学中。サタワルが恋しいそうです。余談ですが、彼とは1年前にサタワルで会っていましたが、その時はまだ「子供」でした。しかし、1年ぶりに再会した彼は、背も伸び顔立ちも大人びてカッチョイイ兄ちゃんに変身。しかも英語がペラペラと話せるようになっていました。身も心も頭も成長するこの1年を、学校でなくカヌーで過ごしていたなら、このスイートな笑顔は、もっとワイルドな感じになっていたのかしら、なんて想像したりしました。


シンポジウムで話す予定だった事4 島の女は知っている

f0e99fed.JPG 滅多に航海には出ませんが、島の女性たちもかなりの知識をもっています。
 自分の兄弟がお父さんなどから習うときに一緒に話を聞いて覚えてしまう事も多いようです。
 また、航海術の知識の中には、その一族だけで受け継いで行く秘密の知識がたくさんあり、それは一族の中の選ばれた男子数名にだけ密かに伝えられて行くのですが、その秘密知識を持つ男性すべてが島からいなくなる事態が起こりえます。頻繁に海に出るので海の事故で亡くなる率も高い。それからこのあたりでは結婚するとき男性が女性の家に婿入りするので、別の島へ婿入りしてしまうことも多い。そうやって秘密の知識を持つ男性が島からいなくなってしまった時の保険として、一族のなかから選ばれた一人の女性が全ての知識を受け継ぐというシステムがあります。こういう女性は相当量の知識を持っているようです。
 以前、定期船の機械が故障して現在地や方角が分からなくなった時、乗客のサタワル女性が正確にナビゲートしてくれた、なんて言う話も聞きました。
 写真みたいな普通のご陽気なおばちゃんたちの中に、ものすごい魔法や航海術を山ほど知っている人が潜んでいるのです。


シンポジウムで話す予定だった事3

0b723f32.jpgサタワルでは男女の仕事ははっきり区別されています。主にタロイモ担当は女性、航海は男性の仕事です。
普段男性たちは、村のビーチにあるカヌーハウスにいて、カヌーをつくったり、ロープをつくったり、ミーティング(?)をしたり、あるいは昼寝やトランプなどをしておられます。が、風がいい季節になると、半日ほどで着く無人島へでかけ、その島に滞在してカメや魚がたくさん採れるまで帰ってこないので、一週間以上かかることもふつうです。
 風がよくない時期には、島の近くへ猟に出かけますが、海が荒れる冬は、近くの海にさえ出る事ができなくなり、シーフードが食卓から完全に消えてしまうそうです。。
 島の航海には、カヌーとモーターボート、両方が利用されています。時にはカヌーにエンジンをつけて利用する事もあります。ガソリン代が高騰する昨今は、カヌーの利用が増えているようです。
 このように、サタワルの航海は実務的なものなので、コンパスやGPSを利用する人もいます。
 あるナビゲータの兄弟で、兄が使おうとしたGPSを弟がたたき壊した、というエピソードもあるように、
こうした機器の使用については、個々で考え方がずいぶん違うようです。
  島の長老たちはおおむね、機器の使用を嘆いていますが、それでも多くの男性は伝統的なナビゲーションの基本は知っているし、基礎の基礎とされるスターコンパスに出てくる星の名は、5、6歳の子供たちでもたいていは空で言えるようでした。
 写真は、ウミガメと魚を捕りに無人島に出かけるサタワルのカヌー、エクソダス号の出航直前風景。桟橋というものがないので、セイルや食料などはカヌーを海にだしてから人々が海に入って届けます。ハワイのカヌーと比べると、いちいちワイルドな感じです。



2007年06月20日

タロイモ畑(シンポ〜2の補足写真)

fe3b284b.JPG写真がタロイモ畑。タロイモは女の仕事。泥まみれになるし、噛まれると恐ろしく痛いアリもいるし、体力的にもすごく重労働。でも、男性がいないので、広大な女の園ともいえます。なのでここでは、こちらの女が遠くにいるあちらの女たちへ向けて、女同士でしかありえない、ものすごく下品な歌や台詞が大声で歌われたりします。私もそういう歌を教え込まれ、何十回と歌わされたものです。

シンポジウムで話す予定だった事2 サタワル島の地図と食料事情

9ab4ef36.jpgこれは、サタワル島の地図です。彼の地でカヌーは、島の食料事情と密接に関わっているため、まずはそこから説明致しましょう。
●概要:サタワル島は周囲約6キロ。人が住んでいるのは地図左側、家のマークがある海岸線のみです。人口は約600人。
●タロイモ畑:島の中央部には湿地帯が広がり、そこはタロイモ畑となっています。タロイモは、島で唯一、年間通して採れる穀物で、最も重要な主食です。(ただ、近年の海面上昇により、湿地に海水が混ざり始めており、芋が腐る事も増えているそうです)
 このタロイモ畑では、イモのほかにさとうきびや空心菜(カンクン)という緑の葉野菜もとれます。
●森:タロイモ畑の外側、ビーチまで広がっているのは森です。ここにはヤシの木、パンの木など多くの植物が茂っています。パンの木になる緑色のでかい実、パンの実は、芋に似ているため第2の主食です。ただこれは季節があるので、通年採れる訳ではありません。この森では多くの薬草やフルーツ、また季節にはヤシガニやオカガニなども採れます。
●村:村ではヤシの木の他、人々が必要な植物を植えています。マウピアイルクさんの家の周りには、レモン、パパイヤ、アーティスという果物などがあります。島の大事な嗜好品、ビンロウジュやたばこを栽培している人もおられます。また村では、豚やニワトリなども少し飼われていますが、これは売り買いもされる大事な財産なので、めったに食べる事はありません。
●ラグーン:地図の外側の波線は、サンゴが水面迄隆起しているリーフです。その内側はラグーンと呼ばれる天然のプールなのですが、サタワルのラグーンは狭い上に水深も60センチほどと浅く、ろくな魚は捕れません。ここでは主に、タコや貝がとられています。
 島で採れる食料は以上です。
●サタワルで航海術が盛んな理由
 島の食生活は、主食とおかずに分かれています。
主食はタロイモ、パンの実、輸入米、日本のインスタントラーメンなどがあります。
おかずは、ラグーンでとれる小魚たちではまかなえないので、コンビーフ、スパム、イワシのオイル漬けなどの缶詰類が多用されています。しかし、一番のごちそうは、マグロやカツオなど外洋で捕れる大型回遊魚と、昔からこのあたりで食べられて来た唯一の肉、ウミガメです。
 その回遊魚とウミガメを捕るために、カヌーと航海術があるといっても過言ではありませぬ。
 この一帯の離島はみな食料事情が豊とは言えませんが、それでもサタワルに比べれば他の島々は遥かに広大なラグーンに囲まれており、十分な魚がラクにとれます。ラグーンに恵まれなかったサタワルは、他島より外洋に出て大きな魚や亀を捕る必要があった。そのため他島よりも航海が盛んなのだといわれています。

つづく。



ラモトレックのカヌー(シンポ〜1の補足写真)

b0b96a99.JPGラモトレックのカヌー。これは、ヤップからの船が来たため、カヌーで船まで来て乗り込み、船内の人々ともののやり取りをしたりするために登場したもの。各離島にはそれぞれ親戚やら知り合いやらがおるので、船が入ると多くの人が船に乗り込んできます。そして、そこで降りる人の手伝いをしたり、船で更に先に行く人々に多くのココナツや食料が提供されます。私も何度もご相伴に預かりました。

ラモトレック島(シンポ〜1の補足写真)

2a1acdab.jpg小さくて平ぺったい島代表、ラモトレック。現地の発音ではナモチェック。サタワルのお隣さんです。サタワルは、標高7メートルほどあり、この辺りの離島では2番目に高い島。1番高いのはファイスと言う島です。それ以外は、おおよそこんな感じ。

シンポジウムで話す予定だった事1

24708cde.jpg思いつきですが、シンポジウムで話そうと思っていた事と、それにまつわる話を書いてみようかと。あのダメ喋りよりは伝わるはずなので。で、その1は、ミクロネシアの地図です。
ミクロネシアは、南北で言うと赤道のちょこっと北でグアムサイパンの南側、フィリピンの東側に横長に広がる小さな島々の並びです。その中でも、西のヤップから東のコスラエ迄の一帯が、ミクロネシア連邦という国です。その真ん中より若干西寄り、矢印のところにあるのがサタワル島です。サタワルの右隣、プルワト島との間に州境があるので、サタワルからヤップ迄の島々はみな、ヤップ州に属しています。
 その関係で、サタワルへの交通機関は、ヤップから出る船になります。その船は、ヤップを出ると、ユリシー、ウォレアイなど、標高2、3メートルと言う平ぺったくて小さな島々に一つずつ停泊。それぞれで食料やガソリンなどの物資を届けるなどの用事を済ませつつ進み、最後にサタワルに到着。帰りもまた島々を一つずつ経由してヤップへ戻ります。なので、片道だけでも1〜2週間かかります。しかも船便は1〜2ヶ月に一回という便数なので、相当不便なエリアです。
 その不便さ故に、このあたりでは伝統航海術や伝統カヌーが生き残ったのだろうと言われています。
 ホクレアに関係したためサタワルだけが有名になりましたが、お隣のプルワトをはじめ、ラモトレック、イフルックなど、周辺の離島でも航海カヌーは日常の足として今もバッチリ利用されています。
 つづく。