2007年08月11日

子供のカヌー遊び

73e9ed6c.jpg今回は、たくさんの子供たちが手作りのミニチュアカヌーを海に浮かべていました。
ほとんどが10歳以下の子供なのですが、こうして海に向かっている少年は、ちょっとだけたくましくみえたものでございます。

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この記事へのコメント

1. Posted by やじやじ   2007年08月11日 18:49
ぅわ〜〜っ!!

すごい、素敵な写真だぁ〜。
クリックしてみたけど、大きくはならないのね?

私は、明日から秋田に帰省しますが・・・和代さんも、夏バテしないように元気でお過ごし下さいね。

また、玲子さんもお誘いの上、お会いしましょうね。(^^)v
2. Posted by sazayo   2007年08月11日 23:13
3 やじやじさん、こんにちは。私は夏バテっていうかいつものようにぼんやりしてますが元気ですよ。秋田、ゆっくりして来てください。またお会いできるのを楽しみにしております。ちなみに、我が家のPCでは写真をクリックすると大きくなりますが、そちらではなりませんか? なんでだろ??
3. Posted by ibu   2007年08月12日 15:27

ちなみに家のも 大きくなりました。
あの頃に戻りたい一枚ですね。
4. Posted by やじやじ   2007年08月13日 13:08
ぁああ〜〜〜っ!!!

クリックしたら、大きくなりました。
ただいま、秋田の甥のPCで拝見しとります。

東京の私のPCはメタボぎみだし・・・(泣)
5. Posted by sazayo   2007年08月14日 02:26
ibuさん、ホント戻りたいです。
やじやじさん、秋田で見て頂いたのですね? ありがとう。メタボ気味のpcお大事に。
6. Posted by lotus walker   2007年08月15日 11:33
最初見たとき、胸をつかれました。
その響き来る印象がいったい何なのかに心の耳を澄ませながら、命の耳を澄ませながら、しばらく黙っていました。
 
今あらためて拝見すると、やはり凄いです。

7. Posted by lotus walker   2007年08月15日 11:41
※写真に比べて私の語ることはうるさいんで、
 切り捨てていた文があるのですが、(改心し?)入れておきます。
 
 
いわゆるプロ道のカメラマンだったら、売り物にせねばならず、絵を整えようとして、自分の頭の中にあるものに操られ、その瞬間のその場の情景を記憶させることに失敗していたんじゃないかと思います。少なくとも宮崎雅子さんとか、そういう罠から逃れている道を持っている方とも通じている写真じゃないかと思います。宮崎さんのブログに、ナイノアさんに向き合う内野さんとカイウラニさんの写真があって、これもよかった。
  
そして、ここにある写真のまなざしは、ホクレアのホクレアたるゆえんを見つめるときの鍵ではないかなと思います。
ナイノアさんの感想がぜひ聞きたいです。
そして、ホクレア上で風に髪をなびかせるハワイの少女の写真と対にしてみたい。
8. Posted by sazayo   2007年08月18日 11:29
lotus walkerさん、またまたお褒めに預かり恐縮です。ホクレアやハワイに関して、私は知識も考察も薄っぺらなのでよくわからないのですが、サタワルの子供たちは、カヌーがとても身近で、大好きです。1,、2才の頃から浜のカヌーに乗っかったり隠れたりして遊んでいます。マイスとホクレアが去ったあと、7、8歳の子供たちはノートやビーチの砂にカヌーの絵を描いてましたが、それが見事に細部まで正しく書かれていて、感心しました。まあ、身近な乗り物はカヌーしかないので乗り物好きの男子としてはあたりまえなのでしょうね。
9. Posted by lotus walker   2007年08月19日 12:01
sazayoさん、レスありがとうございます。〈まなざし〉と自分で言ってしまったのですけれど、それはいったい何なのか、語った自分にも分からないでいました。それで考えめぐらせていると、ナイノアさんのエピソードを思い出しました。ホクレアを出航させる前に島の女性たちに「許し」を得に行ったことです。これを思い出しながら写真を見ているときに言葉が生まれてきました。

    
時間を越え 場所を越えて
  
女たちが 彼ををみつめるまなざしがここにもある
  
ひとつの大きな環のようなものが ここにもある
  
海も空もまた彼を見つめている 波音となり 風となり
   
決して触れることはない手で抱くように
 
 
  
知識が問題ではなく、智慧が生きている目で我知らず観えているものが、何かを訴えるのだと思います。 
10. Posted by sazayo   2007年08月20日 01:31
lotus walkerさんはロマンチストなんですね。「まなざし」について考えるなんて、やった事ありません。そんな感性がうらやましいです。サタワルの人々の「まなざし」を思い出してみると、みないきいきしています。もちろん、彼らとて人間なので、楽しそうなまなざしだけじゃなく、腹黒いまなざしや、怒り、やさぐれたまなざしもあります。ただそのどれもがみな、生気が感じられる気がします。その強いエネルギーが彼らの魅力です。
とにかく、写真を楽しんで頂いて嬉しい限りです。のろまですが、そのうち更新しますので、またお暇なときに見にいらしてくださいませ。
11. Posted by lotus walker   2007年08月21日 07:36
ダーウィンやウォーレスが、生命の世界に対する神学的幻想に基づくロマンチズムを、生物学的視座から覆していったのと同じような転換が、生物学的視座を通して伝統航法や交易に関する認識に起こるかもしれません。
  
今、人間の脳が、自己の脳内過程を理解する道を得られるようになりつつあります。このような条件の中では、人間が用いてきた文化的イメージの根源には、脳が地球上で脳自身を使ってゆくために利用している基礎プログラムがあることが理解されてゆくのかもしれません。
12. Posted by lotus walker   2007年08月21日 07:37
私は海岸でカヌーを持っている少年の姿や、ナイノアさんの「オデッセイアー」のなかに、そして、もしかするとサタワルまではるばるフィールドワークに行かれる方のなかにまで、そういう太古からの深層の基礎プログラムを見ようとしているのかもしれません。
その基礎プログラムが、時を越えたまなざしを生み出しているのかもしれない… 
  
次の写真は何だろう。では、また!

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