2009年11月24日

炭鉱展 岡部昌生のユウバリマトリックス

清水沢火力発電所

目黒区美術館‘文化’資源としての<炭鉱>展。2階展示室中央に巨大な黒い展示物がある。「ユウバリマトリックス」というこの作品は、夕張の火力発電所の遺構に紙を当て鉛筆でこすって、その形状を浮かび上がらせたフロッタージュ作品だ。11月22日(日)の夜の美術館大学講座で作者である岡部昌生氏の話を聴いた。

岡部氏はパリのユダヤ人街、広島の被爆地跡、同潤会代官山アパートなど、各地で地面や建造物、銘文などをフロッタージュする制作をしてきた。「都市は大きな版である」というコンセプトにもとづき、都市の歴史や生活の痕跡を摺り出すフロッタージュは、膨大な時間を費やし鉛筆によるストロークを重ねていくきわめて身体的な表現でもある。

岡部氏が夕張の炭鉱遺構でのフロッタージュを開始したのは1992年。1997年まで断続的に制作は続けられたという。

私自身は2006年に夕張の清水沢火力発電所跡を目にした。画像はそのとき撮影したもの。既に解体工事が進められているものの、かつての威容が偲ばれる巨大な廃墟だった。岡部氏が作業を開始した90年代には、まだ夕張には炭鉱の閉山後打ち捨てられた産業構造物が廃墟として数多く残されていた。岡部氏の仕事がそうした圧倒的な「モノ」の存在に触発されていることは、以下の文章からも明らかだ。

蛇行する夕張川。五本の大煙突を抱える発電所の偉容。いくつかのズリヤマの背後に連なる冴えざえとした緑豊かな夕張の山なみ。夕張にあって最後の最大の炭鉱施設、旧北炭真谷地炭礦電力所。夕張を象徴する好きな風景でした。炭鉱が消え人が去り風景も喪失しました。(中略)巨大な廃墟のなかの七基の燃焼炉とタービンを結ぶ夥しいダクトと構造物によって広大な空間が埋めつくされ、ことごとく赤く錆び、停止し、静まり返っています。内部は、あたかも「ラピュタ」の廃墟の都市でした。鉄の有機体のような胎内を巡ると、浮遊するような目眩を覚える。そんな光景を『ガリバー旅行記』の空中都市と重ねていました。
「ユウバリに触れて」岡部昌生

廃墟と化した夕張の遺構が朽ち果て、自然に飲み込まれ、解体され消え去っていく。その消失していく歴史の痕跡を自らの身体を使った作業によって記憶として定着させる。その行為は、アートという迂回路をたどってこその、<炭鉱>の記憶を現在に伝える方法であると感じさせられる。

近年、岡部氏は釧路の雄別炭鉱をプロジェクトの対象とし、児童・生徒らを巻き込んで、炭鉱遺構のフロッタージュ作業に参加させるワークショップなどを展開しているという。自分の手で直接対象に触れて、手ごたえを感じることは、単なる観光としての産業遺産見学では得ることのできない「場所」の記憶を喚起させることにつながるのだ。

廃墟に対して心霊スポットのように興味本位で接したり、廃墟の美を感じて写真を撮ったり、産業遺産として歴史的に関心を持ったり、新手の観光資源として見直したり、人それぞれに異なるアプローチがあるだろう。岡部昌生氏のアートプロジェクトは、自身の身体性を通して廃墟と関わっていく。そのプロセスは表現として迂遠なもののようにも見えるが、炭鉱の記憶を自分自身の感触(手触り)のなかに感じとる作業は、廃墟との究極の関わり方ではないだろうか。紙に廃墟の記憶をフロッタージュする行為は、同時に自分自身の心に廃墟の記憶を刷り込む過程でもあるのだ。

「炭鉱とアート」というテーマを「廃墟とアート」という視点で読み替えてみたとき、今年の越後妻有アートトリエンナーレで突出した廃校・廃屋プロジェクトについて改めて感じることがある。廃墟となった「場」に単に美術館・ギャラリーの機能を担わせるだけの表現では「廃墟」はちょっと趣向を変えた「アート」の器でしかない。岡部昌生氏のような取り組みこそが、廃墟とアートを架橋する有効な手法のひとつではないのだろうか。

schizou at 12:29│Comments(2)TrackBack(0)この記事をクリップ!アート | 廃墟

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by ジョヴァンニ・スキアリ   2009年11月26日 12:39
真に廃墟とアートを架橋するには、廃墟が廃墟でなかった時からずっと共に生き、接し続ける過程を表現するしかないと思います。これは画家が果物がだんだん腐敗してゆく過程を見守り、描いてゆくのに似ています。

しかし建造物は果物と異なり、廃墟になるまでの時間が長いため通常その行為ができないのですね。だから廃墟となった後、その一瞬に凝縮された時間の厚みを汚れや欠損などで感じ取るのでしょう。

そういう意味でフロッタージュはテツさんの書かれたとおり、現実的には唯一の架橋手段なのかもしれません。今後も啓発性のある記事をお願いします。
2. Posted by テツ   2009年11月27日 17:50
■ジョヴァンニさん
90年代はじめごろから、廃墟に目を向けてきた私にとっても
形ある「モノ」としての廃墟は次々に消え去っています。

廃墟が廃墟になる前からの記憶を
「モノ」を通してではない方法で想像することができるのか。

アートのなかにその可能性が求められるのではないかという気持ちで
炭鉱展に通っています。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字