北海道 砂川炭鉱

ブログと炭坑とトマソンと

1987年 九州の筑豊・崎戸、北海道の夕張の炭鉱を初めて訪れる。
2001年 ドイツのルール地方の炭鉱をめぐる旅をする。
2002年 「ドイツ産業遺産ツアー〜炭鉱の立坑櫓を求めて〜」をホームページにまとめる。
2005年 ブログ「中年とオブジェ〜魅惑のモノを求めて〜」をスタート。
2008年 川俣正[通路](東京都現代美術館)で、コールマイン・ラボと出会う。
2009年 ‘文化’資源としての<炭鉱>展(目黒区美術館)で講座・夜の美術館大学に通う。
2011年 川俣正の北海道インプログレス・三笠プロジェクトの賛助会員になる。
2013年 坑夫・山本作兵衛の生きた時代〜戦前・戦時の炭坑をめぐる視覚表現(原爆の図丸木美術館)鑑賞。

今年で8周年を迎えた「中年とオブジェ」
このブログのそもそものきっかけとなったのは、2001年に旅をしたドイツの炭鉱についてレポートするために友人と立ち上げたホームページである。それを機にweb活動に興味を持ち、自分の身の回りにあるオブジェの数々を紹介することからブログがスタートした。アートブログにシフトし、旅日記にはまり、居酒屋など食い物記事に注力し、紆余曲折を経て現在に至るのだが、折に触れて「炭坑」との関わりを継続してもきた。

私にとっての「炭坑」とは、何の目的の建造物だか分からない不思議な炭坑遺構、巨大な無用の廃墟、失われた街の残滓。いわば大規模な「超芸術トマソン」との出会いに他ならなかった。

ここしばらくのブログ記事は大半が路上観察の写真のアップに終始している。「炭坑」という、私にとっての「トマソン」の起源をさかのぼり原点に回帰しているともいえるかもしれない。

先日、ある元学芸員の方から「最近の中年とオブジェ、写真ばかりだね。文章書くの、疲れちゃったの?」との言葉をいただいた。美術をテーマに、鑑賞体験を自分の言葉に置換することは、しんどいけれども楽しい。ただ、観てきたモノをレポートするだけではない「置換」ができたときの面白さ。

それは、最近シフトしてきた路上観察の写真を見て、スパンとタイトルの「言葉」が想起されたときの快感にも通じている。それは、言い換えれば「見立て」の快感。私はマンホールの分類そのものに興味があるのではなく、マンホールというモノが、まったく別の次元の何かに結びついていく想念のねじれ自体に関心があるのだ。

そんな私にとって「炭坑」というテーマも、どこまで行っても深まらない、自分自身を宙吊りにする対象なのだ。炭坑の本質は私にとっては「石炭」なのではなく、地の底に穿たれた坑道の暗い闇そのものなのであろう。無意識の闇を掘り進んで堆積される役に立たないズリ山。「中年とオブジェ」はそんな存在だ。

そんなズリ山にお付き合いいただいている読者の皆さんに、改めて御礼申し上げます!



ドイツ ツォルフェライン炭鉱

※ライブドアブログにHISTORY VIEWという新機能が加わりました。
「中年とオブジェ」開設以来のプレビューが画像付きで一覧できます。
よろしければ、お試しください。

中年とオブジェHISTORY VIEW