この振り返りは、「お気に入り」のタイトル通り今年の私自身の興味・関心とリンクした美術展やプロジェクトを選ぶことを念頭に、ツイッターでのつぶやきや、ブログでの書き込みを引用して構成しています。今年最大の成果は、私自身も会員になっている「三笠ふれんず」のための会員制アートプロジェクト「三笠プロジェクト」に参加できたことでした。川俣正への関心・炭坑町への興味・地方のアートプロジェクトの在り方への懐疑など、さまざまな角度から私を刺激してやまないこの「秘密結社」と川俣が称する‘閉じたアートプロジェクト’への取り組み。外からは実態がつかみ難いですが、それこそ川俣の目論むところなのです。

以下、10位までのランキングと気になった数展を提示します。

1位
川俣正「三笠プロジェクト」(旧美園小学校体育館)
2年目をむかえた三笠プロジェクト。
三笠ふれんずは秘密結社。
「ふれんず」の一員に仲間入りさせていただいた貴重な時間。

会員制の‘閉じた’アートプロジェクト
助成金に頼らない、行政の加担しないアートプロジェクト
町おこしのイベントではない、地方の秘密結社によるアートプロジェクト


2位
「高嶺格のクールジャパン」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)

t.高嶺格クールジャパン展トーク:在日の恋人、木村さん、などパーソナルな問題から出発して社会性にいたる作品を作ってきた。今回は原発という、今誰もが直面する問題のいわばドキュメンタリー展示。自分個人は、このテーマを伝える媒介になろうとした。

t.高嶺格トーク:クールジャパン展を「薄っぺらな政治性が美術としての弱さをまねいている」という批判があった。でも、パブリックな問題とプライベートな表現は、そのバランスによって強い作品となる。メッセージ性だけを切り離すのでは無く全体としての表現を。

t.高嶺格トーク:クールジャパン展で、自分が震災・原発の当事者に近づいたのかどうかは、当面棚上げしておきたい。当事者であるかどうかはグレーゾーン。

当事者性に関する話題は混乱していて未解決のままだ。しかし表現とは、そもそも対象と自分との距離を見定め、なんらかの形で関係が結べていないと不可能な作業である。従って「当事者とはなにか」という問いは表現にとって根本的なのだ。そして対象と一旦関係を持ち、それが表現となった以後には「自分が関わった責任」が発生する。表現は常にこの「責任」ということと無関係ではありえない。

高嶺格「3.11からクールジャパンへ」(高嶺格のクールジャパン展図録より)


3位
「ジョセフ・クーデルカ展」(東京国立近代美術館)

t.クーデルカ@東近美。パースの力強さ・黒のコントラストの美しさ・現実を切り取っていて夢幻的。まるで見知らぬモノクロ映画の決定的シーンの連続。圧倒的回顧展。ロマ(ジプシー)の連作には、打ちのめされた。こんなパワーの写真展、なかなか無い。

4位
「佐脇健一展 未来の記憶」(目黒区美術館)

t.目黒区美の佐脇健一展。見逃さないでよかった!軍艦島・四阪島・三井三池坑・高炉などを美しく提示する。赤錆びた原発の廃墟の彫刻は圧巻。

5位
「アンドレアス・グルスキー展」(国立新美術館)

t.アンドレアス・グルスキー@国立新美。ベッヒャー・シューレの優等生ここにあり。「群」が彼のメインテーマだけど、バンコクの水面やポロックの展示室風景が気になる。

t.ムージルの「特性のない男」のテキストをカットアップした作品。コンセプトは蘭亭序の世界に通じるなあと。グルスキー@国立新美。

スーパーカミオカンデ・東京証券取引所・香港上海銀行・平壌のマスゲームなど現代社会の諸相を感情を排したクールな画像で提示するグルスキー。その徹底した造形美は、まるで神か異星人の如き視線からもたらされる。ジャクソン・ポロックの大きな抽象絵画の展示風景をとらえた写真を観て、ポロックの絵画が意味をそぎ落とした絵具による作画の痕跡そのものであるように、グルスキーの写真もこの世界のイメージを感情移入なく転写した光の痕跡であるように感じた。

6位
「JR展 世界はアートで変わっていく」Could art change the world?(ワタリウム)

t.ワタリウムのJR展。インパクトある路上のアートたち。リオのファベーラの家々に貼られた人びとの顔。なんと力強い美しさだろう。

中東のパレスチナとイスラエルの狭間で、リオデジャネイロのファヴェーラ(貧民街)で、アフリカの内紛地域で、モノクロの巨大ポートレイトをストリートに出没させ、人々の見る風景を変容させる。だが、彼のアートプロジェクトはそうした「美」によって殺伐とした現実(リアル)を癒すなどという次元のものではない。

アートが直接的に社会を変革できるのではないと彼は知っている。アートというフィルターにより、現実の見え方が変わる。それは、フィクションがときに現実を超えて人々に作用してしまう力に通じているのだろう。


7位
「米田知子 暗なきところで逢えれば」(東京都写真美術館)

t.米田知子@写美、最終日。日本の近代史に関わる風景を当事者性から隔てられた視線で切り取るが、メッセージは強固。イメージの氾濫するグルスキーとは真逆なようでいて、通底する神の目線。皇居一般参賀が異国の画像のように。

米田知子は、なにごともないような静謐な写真の中に歴史の記憶をあぶりだすことで、自身が当事者として告発するのではなく、鑑賞者とともに「自分が関わった責任」を共有する。鑑賞者は、知識にもとづいて歴史の現場におもむいた米田の体験を、自らもなぞるのだ。

8位
「写真家 石川真生―沖縄を撮る」(横浜市民ギャラリーあざみ野)

t.写真家 石川真生ー沖縄を撮る@横浜市民ギャラリーあざみ野。基地の街の黒人兵専用バーで働いて撮った兵士と女達。沖縄の伝統芝居の名優達。ある女の子の妄想をイメージ化した新作。三つのシリーズにネイティヴな沖縄写真家石川の表現を観る。

t.石川真生@あざみ野。いつも、自分が関わった場・人から出発する彼女の表現には、沖縄を外側から観るヤマトの写真家が囚われるテーマ性に無い、パーソナルな力強さがある。

t.大衆演劇の沖縄芝居の名優達が見得を切る姿の大きなブロマイドのような連作。面構えも、衣装の美しさも見事。失われていく娯楽の貴重な記録。石川真生@あざみ野

t.黒人兵とバーの女たち。黒人と白人の関係と、沖縄人とヤマトンチューの関係は相似形で重なり合う。:石川真生@あざみ野のインタビュー映像より

t.3331ArtsChiyodaで石川真生さんの写真展みた。港町エレジーの男たち、沖縄芝居の楽屋裏、まるで当事者のように距離の近い写真。濃密。napギャラリーです。

9位
「坑夫・山本作兵衛の生きた時代〜戦前・戦時の炭坑をめぐる視覚表現」(原爆の図 丸木美術館)
その炭坑を描いた絵画が世界記憶遺産に登録されたことで話題となった、山本作兵衛の作品をはじめ、戦前・戦時の炭坑の姿を伝える絵画・写真資料などが丸木美術館の企画展示室いっぱいにあふれる、企画者の熱の伝わる展示であった。
私自身、かつて全国の炭鉱跡や鉱山跡を点々とめぐる旅をする中で気になる存在だった「坑夫像」。往時を偲んで記念碑的に建立される像も多いのだが、資材の乏しい戦時中に、鉄筋コンクリートで建造された坑夫たちが今なお現存している。

写真家萩原義弘さんは、現存する坑夫像および、すでに解体された坑夫像の姿をとらえた写真を今回展示した。この戦時美術の遺産に着目した初めての機会ではないだろうか。

10位
川俣正「東京インプログレス リバーサイドツアー」(汐入・佃・豊洲)
集合場所は「東京スカイツリー」を対岸に臨む「汐入タワー」。まだスカイツリーがクレーンにより建設中だったときに来て以来の再訪だったが、雨風で木材は色褪せ、独特の枯れた味わいが加わっていた。

このタワーの内外で響く、ヴァイオリンやアコーディオン、コントラバスの音色は、時にミュージシャンの姿なきタワー自体の共振のようでもあり、演劇的な空間を生み出しもし、心地よい彩りある時間を味わわせてくれた。
東京インプログレス「リバーサイドツアー」。次の構築物は「佃テラス」。ウォーターフロントの高層マンションが林立する中に、緩やかに高低差を描く木質の回遊路が設置されている。デッキテラスからは大きな川面とスカイツリーの遠望。造形的には、川俣正がヨーロッパの街並みのなかに現出させてきた木質のウォークスルーやウォークボードの系譜にもっとも近しい。
ミノムシのような、鳥の巣のような、天に向かってぽっかり口を開けた「豊洲ドーム」。身にまとっているのは、廃材の木材。被災地の瓦礫でこそないが、川俣正がプロジェクト「東京インプログレス」の進行中に起きた東日本大震災に対するステイトメントで言及した、震災被災地の光景に対峙しようとする姿勢をカタチにしている。





■「ベーコン展」(東京国立近代美術館)

t.ベーコン展。彼は自立する脚をほとんど描かない。腕と脚の不分明な、機能分化しない身体。袋に詰められた肉塊のような人体。土方巽の舞踏映像は、そのことを示唆する。

t.1983年に東近美で観たベーコン展の図録を見返す。ミック・ジャガーのための三つの習作あったなあ。人体のグロテスクな肉袋感は今回の内容以上だったと思う。今日は少し薄味に感じたワケを確認。

■ここに、建築は、可能か(ギャラリー・間)

t.ここに、建築は、可能か@ギャラリー・間。3Fは陸前高田みんなの家の模型の変遷する姿。4Fは、まさに畠山直哉の個展だ。23日(土)まで。

陸前高田を撮影した、被災前・被災後のスライドショーも静かに訴えかけてくる。模型の展示された会場の背景には畠山による巨大な被災地のパノラマ写真。

畠山はインタビュー映像の中で、お腹が痛ければ誰にでも効く薬を飲めば痛みはやわらぐけれど、文学や美術は薬のようには効き目はない、というように語っていた。今、遍在する安直な「震災対応」の表現に対する当事者としてのストレートな言葉であると感じた。


■「会田誠展 天才でごめんなさい」(森美術館)

t.会田誠展、何かと話題だけど、第一回横浜トリエンナーレで鳥羽SF未来館という秘宝館の展示再現した都築響一の仕事に比べればなんのことはない気がするな。

結論から言うと「つまらなくてごめんなさい」
もちろん会田誠は、かねてごひいきの作家である。上野の森美術館での山口晃との二人展をはじめ、グループ展や都現美の常設、ドキュメンタリー映画「≒会田誠~無気力大陸~」、ギャラリーでの個展など折りに触れて目にしてきた会田の作品が、あれもこれも一堂に会してはいる。しかし、森美術館の大味で平板な展示室に集められたそれらは、インパクトをそがれ、均質化し、心に強く響いてこない。18禁ルームは、たしかに面白さが「ましまし」だったけど、「美術館で」よくやったよなあという留保つきの刺激なんだな。

■MOTアニュアル2012「風が吹けば桶屋が儲かる」(東京都現代美術館)

t.風桶@MOTの田村友一郎の日本家屋。表札見た時、口にした懐紙の意味に気づきドキリ。冥界のような地下3階駐車場が、カタカタと振動するのが今と地続きでまた怖い。

t.MOT常設。関東大震災のスケッチに始まり、亀倉雄策のポスター、原子力を平和産業に!とヒロシマ・アピールが対峙する展示にやられた。アートと音楽展で行列展示に時間割くより、じっくり常設を!

台湾やサイパンに遺された日本統治時代の神社の象徴「鳥居」のある風景を写真で切り取った下道基行。鬱蒼とした茂みの中に佇立し、公園の中で倒れベンチのように人々に腰掛けられ、静かな写真がいっそうその場所に積み重なった時間の存在を伝えています。原爆を投下した爆撃機の出撃基地であったテニアンに遺された鳥居の写真には、なかでもズシリとしたインパクトを受けました。