中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

アイドル

米奇老鼠





採集地 香港

「いいとも」の終焉

タモリとSL


2014年3月31日。タモリ「笑っていいとも」の最終回。ほとんど見てきたことのない「いいとも」だが、この日は昼間の最終回の本放送も、夜の生放送「グランドフィナーレ」も見続けてしまった。

高校生の頃夢中になったラジオの深夜放送「タモリのオールナイトニッポン」が、タモリが「笑っていいとも」の司会者として昼の顔になることと引き換えに終了したときにはずいぶん残念な想いをしたものだ。

32年間継続した「いいとも」が、タモリの才能と時間を浪費し、大きな欠落を招いてしまったというような印象は、そのスタートの時点から私の心の底にわだかまってる。

横澤:彼自身もやる気が無いわけだから、なんとなく言われた通りね……ほら、彼はどっちかっていうと他力本願型のタレントだから。

景山:台本の通りにちゃんとやっちゃうっていう人ですからね。

横澤:うん。だから言われた事はちゃんとやりますよという。そんな感じでやってたからあんまり盛り上がらなかったんだけども、僕は3日目ぐらいに、これはいけると思ったのね。

(中略)

横澤:だから一時、たとえば山藤(章二)さんみたいな人が休舌宣言したらみたいなことだとかさあ、つまり密室芸人のままいて欲しかったみたいなのはあったけど、もう無理だと思うのね。彼はもうとにかく白昼堂々芸人みたいなのになっちゃったわけだしさあ、それはそれでもって認められちゃったわけだし。それから国民的になったというか、冗談で彼が言う様に、国民のおもちゃって言ってんだけど、そういうふうになっちゃったから。もうそれはものさしで計る必要はないと思うんだ。

景山民夫「極楽TV」より 横澤彪×景山民夫(1983年11月)

 
昼の最終回。テレフォンショッキングでビートたけしを相手にトークするタモリを見たときには、がっついて前に出ようとするビートたけしをニヤニヤして受け流すタモリに、相変わらずのタモリらしさを見た。しかし、夜のグランドフィナーレで、番組に関わった芸人・タレントのごったがえす中にタモリの姿を見たとき、いいしれぬモヤモヤした感慨に襲われたのである。

しばしの明石家さんまとタモリのトークのさなかに続々と乱入した大物芸人たちのカオティックな渦の中で、なんら収拾することなくたたずむタモリ。SMAPのタモリ奉祝の歌唱。そしてタモリへの感謝メッセージとしてスピーチを延々と続ける芸人・タレントたちに、直立してあい対し続けるタモリ。

なんだか、タモリが天皇のように見えてきた。象徴としての天皇。中心の不在による統合の象徴。

御前会議のカオスの中で黙するタモリ。園遊会で、居並ぶ著名人を慰藉するタモリ。EXILEに奉祝されなくてほんとによかったと少し救われる。


「笑ていいとも」起用は、思えば密室の変態芸人タモリの「人間宣言」だったのかもしれない。「神」から「人間」になったタモリは、国民の統合の象徴の「天皇」としての公務を32年間不休で継続してきたのだ。「タモリ倶楽部」はタモリの御用邸。公務の合間に、お召し列車をチャーターしたりして楽しまれているのだ。

「天皇」というメタファーを私はネガティヴに使っているのではない。そんなこじらせた愛を感じるほどに、私の心の中にタモリがいる。タモリはどこへ行く?

雨のレタッチ





採集地 横浜

拝啓 風間サチコ様 「没落THIRD FIRE」に寄せて




拝啓 風間サチコ様 「没落THIRD FIRE」に寄せて

無人島プロダクションで、「没落THIRD FIRE」を拝見いたしました。オープニング当日に未だ最大の新作「噫!怒涛の閉塞艦」が制作途上で出展されていないと知りつつも、止むに止まれず立て込み中の会場に足を運びました。「黎明のマーク1」に描かれた福島第一原発の格納容器初号機が不気味に「目」を見開き覚醒しつつある鮮烈なイメージ。この原発建設地の前史である「陸軍磐城飛行場」の建設の為「勤労奉仕」させられる人々の姿がそこに時間を越えて重層されるヴィジョン。トロッコを押しやる人夫たちは福島の炭坑夫の姿でもありましょうか。そこには下請け・孫請けによる底辺労働者の抑圧に支えられた石炭産業のピラミッド構造と、原子力産業の労務構造のダブルイメージが想起させられたのでありました。

そして、2回目の訪廊でついに対峙した4メートルを超える渾身の作「噫!怒涛の閉塞艦」
さながら壮大な戦争画を目にした如きインパクトです。広島・長崎・第五福龍丸・原子力船「むつ」・爆裂する福島第一原発・東電本店。それらが大津波そのものの圧倒的荒波に翻弄されるさまを描いた、核の歴史絵図。風間さんによる以下のキャプションに、加える言葉は有りません。

日中戦争、太平洋戦争と戦いが続く中、多くの「軍神」が登場し、大本営発表の欺瞞の声は敗色をかき消す断末魔の叫びと化した。
原子力発電における「安全神話」も然りである。

明治三陸大海嘯には「風俗画報」というリアルな史料が、広島の原爆には丸木夫妻の「原爆の図」があるように、記録画は「忘却」の「防波堤」である。


風間サチコ様、よくぞこれほどまでの「防波堤」を彫刻刀のチカラでえぐりだして下さいました。ただただ、深い感銘を心に刻みこまれましたことをお伝えいたします。

敬具


残る会期は2013年1月8日(火)ー19日(土) 
月・祝休廊

市川実日子のポートレイトと奈良美智の女の子




市川実日子の「PORTRAIT」という写真集を手に入れた。撮影はホンマタカシ。デビューの頃から現在に至る彼女の写真が収められているのだが、その表情はいつも一貫してどこか不機嫌そうで、ふてぶてしい。もちろん一見するとかわいらしい女優さんなのだが、その笑顔の中には常にある種の険しさが漂っている。映画の中の彼女もいつもそんな印象を与えてきた。「ぷりてぃ・ウーマン」のふてくされた公務員とか、「キューティー・ハニー」の無愛想な女捜査官とか、彼女ならではのキャラクターが私には妙に愛らしい。

彼女を目にするといつも連想するのが、奈良美智の描く女の子たちのことだ。今年横浜美術館の個展でたくさんの女の子たちのポートレイトを眺めたが、彼女達の目は表層的なかわいらしさの奥に、ゲルマン的な険しさを秘めているような気がするのだ。そして彼女達はみな何か神聖なものをその姿の内に宿していてる。暗い展示室でライティングされた作品はより強くその聖性を引き出されていた。小さな薄暗い教会の中で観てみたいなあと感じたものだ。

市川実日子と小西真奈美が女子高生を演じた映画「blue」は、川内倫子の撮影で写真集になっている。2002年制作の映画だから、もう10年が経過しているのだが、市川実日子の与える印象はホンマタカシの「PORTRAIT」のなかでも変わることがない。

奈良美智の絵画が映画化(?)されることがあるならば、主演女優は市川実日子しかいない。そんな気になる写真集だ。


川内倫子「blue」

ポートレイト 市川実日子 (たのしい写真)
ポートレイト 市川実日子 (たのしい写真)

時をかける少女













採集地 鎌倉(1980年代)



中年とオブジェ
これからしばらく
1980年代にタイムスリップして
時空をこえた路上観察をレポートします。

old photographというカテゴリー名そのままに。

ペ・ドゥナの空気人形

空気人形


空気人形を観た。主演の韓国女優ペ・ドゥナはここ数年、私のアイドルである。それだけに、空気人形=ダッチワイフの役どころのぺ・ドゥナの体当たりの演技には感嘆させられるとともに、衝撃を受けた。もちろん彼女の裸体は「プライベートレッスン 青い体験」や「復讐者に憐れみを」以上に、美しくエロティックだ。

高層マンションの開発に取り囲まれた寂れた街。空虚な心を抱え倒錯した人々。人形のぺ・ドゥナは心を持つようになり、たどたどしく人々とコミットしはじめる。しかし、性欲処理の「代用品」としての役割からも逃れることができない。

代用品であることに耐えられなくなり、エゴを持ちはじめた人形は、やがて自分が想う者への愛に目覚める。しかし他者に愛の歓びを与えることは、自身のエゴを消し去ることの上に可能となることではないだろうか。他者の空虚に自己の空虚を重ね合わせ同一化しようとした彼女には、悲劇的な出来事が待ち受けている。

個体が個体にはたらきかける仕方の究極は誘惑である。他者に歓びを与えることである。われわれの経験することのできる生の歓喜は、性であれ、子供の「かわいさ」であれ、花の彩色、森の喧騒に包囲されてあることであれ、いつも他者から〈作用されてあること〉の歓びである。つまり何ほどかは主体でなくなり、なにほどかは自己でなくなることである。
真木悠介「自我の起源 愛とエゴイズムの動物社会学」

「空気人形」は、心を持った人形の物語というファンタジーの形をした、人間の愛とエゴイズムのパラドックスのドラマである。

※ぺ・ドゥナが歩く東京の風景がなんと新鮮に見えることか。彼女が撮影したフォトブック「ドゥナ's 東京遊び」の世界そのもの。ぺ・ドゥナの新境地に、同時代に彼女のような女優に出会えた歓びを味わった。

フェルナンダ・タカイ Luz Negra Ao Vivo

Luz Negra Ao Vivo

今年はじめ、東京都現代美術館でブラジルの現代アート展「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」を観たのだが、そのときブラジルのミュージシャン、フェルナンダ・タカイのPVが上映されていて、彼女の知的な美しさにうっとりしてしまった。曲は「INSENSATEZ」(インセンサテス)。ハウ・インセンシティヴと英訳されているボサノヴァの静かな名曲。フェルナンダは、ロナウド・フラガというアーティストが作った紙のドレスを身にまとい、しっとりと抑制されたボーカルを聴かせていた。

Pato Fuというバンドのボーカルとして長いキャリアのある彼女が、ナラ・レオンのレパートリーを歌うソロ・アルバム「彼女の瞳が輝く処」に続き、そのライブ版のCD&DVD「Luz Negra Ao Vivo」を出した。ボーナス映像としてあの「INSENSATEZ」のPVも収録されていると知りさっそく入手。

PVはもちろんのこと、ライブのDVD映像がすごくいい。モノクロのシーンを織りまぜ、巧みなカメラワークで編集された映像は完成度が高く、美しい。そして、フェルナンダ・タカイのかわいいこと!タカイちゃんは「高井」さん。日系3世である。美人ながらも親しみのわく顔立ち。歌うときに見せるキュートでコミカルな身のこなし。私がアイドルに求める「かわいくて少し変」な魅力にあふれている。マリア・ヒタのようにグイグイ歌い上げるパワーは無いけれど、知的でセンスがよくてすっかりファンになってしまった。

最近、私のブラジル音楽熱も少し冷め気味で、またJAZZを聴くことが多くなってきたのだが、ボーカルだったらやはりブラジルの女の子に限るのだ。

マリア・ヒタ あふれる歌声

マリア・ヒタ























マリア・ヒタ。あのエリス・ヘジーナの娘が歌手になったというのだからソロ・デビューの時から注目していた。3ndアルバム「samba meu」は、サンバに取り組んだカラフルなサウンドだったが、まさにそのアルバムの世界を初来日公演で聴かせてくれたのだ。

中野サンプラザはほぼ満席。2階席には主催者に招待された多くの在日ブラジル人たち。バンド編成は、ピアノ・ベース・ドラムス・カバキーニョ・ギター・パーカッション2人。彼らの強烈なパフォーマンス、サンバのビートは圧倒的な迫力だったのだが、彼らの存在にほとんど目が向かないくらいに、マリア・ヒタの歌声が素晴らしい。開演後、数曲歌った後、日本語・英語・ポルトガル語でのMC(かなり緊張している様子)、メンバー紹介をした以外は、ひたすら歌い続けた彼女。音楽のタイプは違うけれど、ジョアン・ジルベルトが曲間の休みも無く、ひたすら歌い続けた時のあふれるような歌心を思い出した。

2階席のブラジル人の盛り上がりが凄かった。声を合わせマリアと一緒に歌い、大きな声援を送る。はじめやや抑え目だったマリアも、ぐんぐん歌声がのびやかでパワフルになってきた。ステージを右に左に歌い踊り、巻きスカートをめくり大胆に太ももを見せたり。衣装替えでスパンコールのミニのワンピースで再登場した時には、どっと会場が沸いた。昨年来日公演を観たブラジルの歌姫マリーザ・モンチが、アーティスティックでお洒落だったのに比べ、マリア・ヒタはパワフルで大衆的で親しみがわく全く異なる魅力を持っている。

ステージ後半になると、マリアが客席をあおってオールスタンディング。1階席通路にはブラジル人たちもやってきて踊りだした。マリアは強烈なグルーブのサンバや美しいバラードを歌い上げ、アンコールはサンバカンソンの哀切な曲「Nao Deixe o Samba Morrer」だった。

帰宅後DVD「samba meu」を観て、コンサートの余韻にひたる。忘れられないライブ体験がまたひとつできた。

 

2007年 私のお気に入り アイドル

ペ・ドゥナ■アイドル
・ペ・ドゥナ
LaLaTVでオンエアされたTVドラマ「威風堂々な彼女」にすっかりはまり、再放送まで見てしまった。韓流お得意の複雑な血縁関係のドラマを背景にしながらも、シングルマザーのペ・ドゥナが大活躍するコメディー。韓国から取り寄せた「ドゥナの東京遊び」は、カメラマニアのペ・ドゥナが撮影した東京の写真集だが、付録のVCDで彼女の映像がたっぷり楽しめる。友人おーい粗茶君もペ・ドゥナ熱に感染した模様。

・箕輪はるか
ハリセンボンの箕輪はるかの出演する番組を、かたっぱしからウォッチした。彼女は自分で「堀北真希に似ている」といっているのだが、ショートカットの似合うかわいさには、その言葉も許せる。お笑い芸人にありがちなガサツなテンションの高さもなく、地味な口調でシュールな間合いを作る彼女の才能に惹かれる。

・しまおまほ
NHKでの露出が多いうれしい年だった。「ゆるナビ」・「安藤忠雄と訪ねるル・コルビュジエ建築」・「わたしが子どもだったころ」など、私的にはしまおまほTVブレイク到来。彼女も来年で三十路だが、エッセイ「まほちゃんの家」では、シリアスな文章の魅力も見せた。箕輪はるかとともに映画「クワイエットルームにようこそ」に出演しているそうで、DVDでじっくり鑑賞しよう。

・相武紗季
昔から好きなのだが、女優としてはいまいちだった。しかしTBSドラマ「歌姫」で、土佐弁丸出しの明るい娘を好演。最終回はほんとに切なく、思わず涙した。視聴率はいまいちだったようだが、DVDでまた見たい、いいドラマだった。

・夏帆
「小さき勇者たち〜ガメラ〜」ではピンと来なかったのだが、「天然コケッコー」はよかった。方言もかわいらしく、田舎の中学生を自然に演じ、山陰ののどかで美しい風景に溶け込んでいた。山下敦弘監督は、女優を生き生きとさせるなあ。

天然コケッコー 山陰の情景

夏の山陰は2度旅したことがある。冬はどんよりとして荒れる日本海は、夏は青く静かで白い砂浜が美しい。夏の山陰には、私の理想の日本の情景がある。

天然コケッコーのロケ地は島根県の浜田市。とびきり美しい夏の浜辺のシーンだけで、この映画を見てよかったなあと思う。

主人公右田そよを演じる夏帆の通う学校は、小中学校あわせて6人だけの小さな学校。複式学級の授業が行われる。そこに東京からの転校生、大沢広海という少年が登場し小さな変化が起こる。広海はそよと同じ中学2年生。

夏からはじまった物語は、季節の移ろう懐かしい田舎の風景の中で、淡々と綴られる。お化け騒動、祭りの神楽、バレンタインデー、東京への修学旅行、そよたちの高校進学。なんということのない小さなエピソードの積み重なりが心地よい。それでも山下敦弘監督が「リンダリンダリンダ」で見せた、女子高生の日常のさりげなさの描写に比べると、作り物感は強いのだけれど。

無意識のうちに他人を傷つける言動をしてしまい思い悩む、そよの小さな心理の葛藤がとても自然に描かれている。そよと広海の、お互いに心を寄せながら恋までには至らない微妙な距離感がいい。(その割には、そよはあっけらかんと広海にチューしたりするのだけれど)

そよを演じる夏帆は、なまりもかわいらしく、しみじみと田舎の女の子を感じさせる。自分のことを「わし」と呼び、「〜じゃろ」、「〜じゃあ」という語尾の方言がいい。私は個人的に西日本の方言が一番好きなのだ。たんに田舎の女の子というだけでなく、繊細なところもあり、いまどきの女の子らしい大胆さもあり、そよの微妙なキャラクターを夏帆は自然に表現している。アイドル映画になってしまわない夏帆の演技は予想以上だった。

スクール水着に短パン姿や、高校の制服の丈の短いスカートなど、夏帆ファンのロリコンな人たちへのサービスショットも欠かさない。

主題歌のくるりは「リアリズムの宿」でも起用されていたが、作品との一体感は「リアリズムの宿」のほうが上だったな。そういえば「リアリズムの宿」は冬の山陰が舞台だった。山下敦弘もメジャー監督になりつつあるが、山陰的なマイナーさを失わないでいてほしいと思う。

山陰の情景の美しさと、田舎の少女の夏帆。いい映画でした。

天然コケッコー

上野樹里のちびまる子

「まるまるちびまる子ちゃん」で「20年後の同窓会」というスペシャル・ドラマが放送された。まる子の20年後はなんと上野樹里。「のだめ」のようなバカ演技を期待されての起用だろうが、前髪パッツンの樹里ちゃんは、ほどよいぐうたら感を漂わせ、まる子役にもはまっていた。ウィッグなんだろうけど、今回の前髪パッツンは、スウィングガールズの友子のおさげ髪に匹敵するかわいらしさ!やっぱり垢抜けない田舎っぽい樹里ちゃんが私は好きだ。

確かにかわいいのだけれど、決してお姫様のように美人ではない、樹里ちゃんのほどほどの美人度が、まる子役にはぴったりだった。でもスタイルはよすぎだな。

注目のハリセンボン、箕輪はるかの野口さんは、怖ろしいほどにはまっていた。しかし、ロングヘアーの箕輪はるかはさすがにキツイ。「フレンド・パーク」で「堀北真希に似てるといわれる」と自称して会場にひかれていたはるかさんだが、彼女はやっぱりショートカットでこそ、かわいく見えるんだよなあ。

ワッキーのはまじは最高であった。

かわいくて少しヘン 箕輪はるか

近頃、お笑いコンビ「ハリセンボン」の箕輪はるかが気になるのである。アンガールズの山根に似ていることから、「女山根」とも呼ばれ、貧相で暗いルックスから「死神」とも呼ばれるという彼女が、どうもかわいく思えて仕方ないのだ。

ちなみに相方の太って眼鏡の近藤春菜(角野卓造似)には、何も感じない。

バラエティー番組に「ハリセンボン」の名を見つけると欠かさずチェックしてしまう。普段お笑い芸人に興味のない私としては異例の事態だ。どの番組でも、彼女の暗さがいじくりのネタにされるのだが、テンションの低い絶妙のシュールな間でやり過ごす姿はとても魅力的。ポツリともらすギャグのセンスが光る。

なかでも「ダウンタウンDX」のトークは今も脳裏に焼きついている。

「わたし、下着に全然興味がないんです。だからパンティーは3枚しか持ってません。・・・ブラジャーは2枚です」
「パンツが足りなくなったときはどうするんじゃ!」という松本人志のつっこみに対しては、さらりと「お母さんに借ります」

愛を感じてしまった。

もともと私はかわいくて少しヘンな女の子が好きである。小林聡美、「ひみつの花園」・「カタクリ家の幸福」の西田尚美、「スウィングガールズ」・「のだめカンタービレ」の上野樹里、「ひとりオリーブ調査隊」のしまおまほなどなど。

しかし辛酸なめ子をアイドルとして意識した頃から、私の趣味はシフトしつつある。
「すごくヘンで少しかわいい」女の子への想いへと。

実はまだ、箕輪はるかがお笑い番組で「ネタ」を演じている姿は見たことがない。でもそんなことはどうでもいい。彼女はわたしにとって「アイドル」なのだから。

Wikipedia「ハリセンボン

辛酸なめ子の消費セラピー

消費セラピーサーヤ風ファッションの辛酸なめ子の表紙に惹かれて、「消費セラピー」を読んだ。2003年10月から2005年末までに彼女が買った様々な物品にまつわるエッセイとヘタウマのイラスト。それぞれの商品の消費によって、癒された場合はハーブティー○杯、癒されない場合は煮え湯○杯と評価が下される。

東大生が全員使用するという英語の教科書で、知能が高まった気分になったり、「宇宙人大図鑑」で宇宙への興味がわき、火星の土地を購入したり、独特の論理で彼女の買い物は続く。汚れた水も浄水するという防災グッズのストローの効力を試すため、都内の温泉施設で残り湯をペットボトルに採取し飲んでみるにいたっては、あきれるというより感動してしまう。結局無事残り湯は飲めたのだが、その後悪夢と金縛りにあい、「菌は濾過できても霊は濾過できないんですね」というオカルト思考の辛酸なめ子ならではの感想。冷静で鋭い観察眼と、オカルティックな妄想や、アメリカ流ポジティブ・シンキングに冒されてしまう自我の脆さが同居するところが彼女の魅力だ。

魔性の女にあこがれてワンレンロングかつらを身に付けたが「和風顔の私がつけるとどうしても『リング』の貞子になってしまうのです。」と自虐して見せたり、買ったばかりのドレスにパーティーで染みをつけてしまい、「この白い液体が、私のドレス姿に興奮した通りすがりの男性のものだったりしたら、まだ報われるのに・・・」などと性的な妄想を抱いたり、女性のクリエイターらしからぬ言葉も彼女ならでは。

本書に収録された「結婚セラピー」という文章は、紀宮様を愛する彼女が、御成婚同日、結婚式の行われた帝国ホテルに部屋を取り、皇室風のファッションに身をつつみ、自分自身の結婚を妄想するという、皇室へのねじれた愛に溢れている。女にとって、結婚式こそが人生最大のセラピーであるという結論を、ブライダルフェアによる疑似体験を通して確認する辛酸なめ子。

思わぬ買い物に、こんな商品もあるのかと驚き、彼女のリアクションに笑ったが、たちまち読み終わってしまうボリュームのなさ。文庫本というお求めやすさも考慮して、この本の評価は、癒され度ハーブティー5杯というところかな。

2006年 私のお気に入り アイドル

■アイドル
・ペ・ドゥナ
「リンダリンダリンダ」で出会って以来、彼女の映画を次々に見た。低い声でぶっきらぼうにハングルのセリフを繰り出すところがたまらない。エラがはって、目に力があるところは若い頃の板谷由夏を思い出させる。韓国で出版された「ドゥナのロンドン遊び」という写真集も買ってしまった。「春の日のクマは好きですか」のようなラブコメでかわいい姿をもっと見せて欲しい。

・上野樹里
「のだめカンタービレ」はまさに上野樹里ならではのはまり役だった。殴られ、宙を飛び、白目を剥き、バカかわいさに溢れていた。映画にテレビに、今年の彼女の露出は凄かったが、何でもこなしてしまう才能は本物。「虹の女神」のヒロインにいとおしさを感じ、上野樹里の表現の幅に感服した。

・辛酸なめ子(池松江美)
今年は2回も生なめ子に出会った。チベット砂マンダラの会場で、マンダラに見入り、観客の様子も観察している目線の真剣さ。横浜美術館「アイドル!展」のトークショーでは、予想以上のとつとつとした爆笑トークに、才能を発揮していた。地味なファッションで有名人オーラもないが、おっとりした中に冴えた観察眼を隠し持つ魅力的な女性だ。


今年は宮崎あおい・長澤まさみ・蒼井優もテレビでも活躍。若手女優は今、ほんとに充実している。「三丁目の夕日」の掘北真希もよかった。ブログにアイドル・カテゴリーまで作ってしまった。しまおまほのトークショーもうれしかった。思ったより声が低く大人な彼女にますますほれた。

アイドル!展 辛酸なめ子トークショー

アイドル展深田恭子横浜美術館「アイドル!」展を見た。関連イベントとして行われた「辛酸なめ子×貞奴クロストーク」という対談。今年護国寺の砂曼陀羅パフォーマンスの会場で偶然見かけて以来、2度目の生なめ子体験だ。会場には若い女の子が多い。同性の人気が高いようだ。貞奴は、なめ子と同世代の若い女性エッセイスト・作家。

「爆笑問題のバク天」というバラエティ番組があった。辛酸なめ子もコメンテーターとして出演していたのだが、おどおど挙動不審でほとんどしゃべらない謎のキャラクターだった。今日のトークショーは1時間半の予定だというが、そんなに場が持つのだろうかと正直なところ心配だった。ところがはじまってみると、辛酸なめ子のとつとつとしたトークに爆笑の連続。アイドルネタを語らせると驚くべき観察眼と鋭いつっこみを発揮する。

持参したアイ・ブックに詰め込まれた、アイドル関係の取材の写真やイラストの画像ファイルを次々にプロジェクターで投影しながら、貞奴を聞き役にし冴えた解説が展開される。井上和香の握手会・ハロプロの環境問題イベント・ヨンさまフィーバーのおばちゃんたち・小倉優子のフリフリの衣装・ロシアのタトゥーの現在・ブリトニーのハメ撮り問題など、コアなネタに絶妙のコメント。時に拍手までおこる大ウケのトークだった。SPEEDに夢中になったり、アメリカン・アイドルのポップスを聴いたりして若いアイドルに接していると、アンチエイジングの効果があるんですよと真顔で語る辛酸なめ子。シャルロット・ゲンズブールにもあこがれているそうだ。正月の皇居への一般参賀も欠かさないそうで、たしかに天皇一家も日本を代表するアイドルだ。

パープルのリボンを胸元に結んだ地味目のファッションの辛酸なめ子は、どこにでもいそうなおっとりした感じのかわいらしい女性なのだが、アイドルに向けた分析の鋭さと、淡々としたテンションの低いしゃべりのバランスが独特の笑いを誘う。辛口なコメントも嫌味にならないのは、ほんわかした彼女のキャラクターならではだろう。俺に言わせりゃ、彼女自身が魅力的なアイドルに他ならない。トークの面白さはエッセイ以上だな。

辛酸なめ子ブログ女一人マンション

貞奴ホームページ

さて肝心の展覧会については以下に。続きを読む

虹の女神 

渋谷のアミューズCQNで「虹の女神」を観た。いきなりヒロイン上野樹里の飛行機事故死のニュースが序盤に出てきて、そのあと物語は学生時代の彼女のことを描いていく。

今まで様々な役柄を演じてきた上野樹里。グウタラな女子高生・平凡な主婦・フツーの女子大生・変態音大生など、どの役も自然にそのキャラクターになり切っていたが、今回の自主制作映画を監督する、映画研究会の女の子というのは今までで一番クセのある役どころだったのではないだろうか。

男勝りで、飾り気がなく、気が強いのだが、ダメ男に恋してしまい、自分の気持ちを素直に伝えられない不器用な女の子。大学の文科系サークルにいたよなあという、こういう中性的な女子というのは個人的にも好みなので、この上野樹里にはいつもにもまして感情移入できた。

目の不自由な妹役の蒼井優も、はんなりとして優しくて、姉の上野樹里とは対照的な魅力を見せていた。


ただ、物語が主演2人の恋の話に終始してしまい、映画研究会という舞台設定がそれほど生きていなかったのが物足りない点。サマータイムマシン・ブルースの中で描かれたような、大学のサークルというある意味閉鎖的な世界の中にいる者のみがかもし出す特有のノリのようなものが、この映画では感じられなかったのだ。サークル仲間の中でわいわいやりながらリーダーシップを発揮するヒロインの姿が描かれていたならば、上野樹里の魅力がもっとはじけた映画になっていただろう。叙情的に映像美を求めるこの映画の方向性には、かみ合わなかったのかもしれないが。

映画の中で、ヒロインが監督したという設定の自主制作映画「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」の劇中劇としての扱い方は効果的で、フィルムのゆらぎのある映像が印象的だった。ヒロインの運命とシンクロするそのラストシーンにははっとさせられた。自分が死んだあとも作品として映像が残る。それが短い人生を終えたヒロインに与えられたひとつの希望のように感じられ、「虹の女神」を作ったスタッフの想いとして伝わってきた。

島ノ唄 しまおまほトークショー

UPLINK X詩人、吉増剛造が沖縄や奄美の島々を巡りはじめて20年が過ぎたという。「島ノ唄」は島を巡り、詩を作り、島の人々と交歓する吉増の姿を追いかけるロードムービー。「島ノ唄」の「唄」はいわゆるシマウタだけを指すのではなく、島旅からインスピレーションを受けた吉増の現代詩の数々も朗読される。

吉増は、いつも古いフィルムカメラを片手に旅するのだが、吉増剛造というレンズのフィルターを通して見ると、奄美の何気ないうらぶれた商店街の路地が、たとえようもなく詩的な輝きを見せるから不思議だ。曇天のもとの海の眺めにも、じっとりとした亜熱帯の空気が感じられる。

映画の中に作家島尾敏雄の未亡人ミホさんが登場するのだが、映画のあと、孫娘である、しまおまほさんのトークショーがあった。対談相手は、作家石川淳の孫で世界各地を旅する冒険家の石川直樹氏。文芸系孫同士ののんびりした対談だった。

監督の伊藤憲氏の、「普通詩人の人は詩を書くときだけ詩人になるけれど、吉増さんは24時間ずっと詩人なんです」という言葉が印象的だった。

まほさんは、黒いタートルネックのセーターにジーンズ、スニーカーとラフなスタイルだったが、結構大人っぽい感じ。この前28歳になったそうだが、くりくりというかぎょろりとした力のあるまなざしがやはり素敵だった。胸が意外に大きくてつい見つめてしまった。「UPLINK X」は30人も入ればいっぱいになるような小さな劇場で、いつかは本人を見てみたかったまほさんも目の前にいる感じで、もう幸せとしか言いようがない。彼女の口からは、悪石島の奇祭が諸星大二郎の世界のようだとか、奄美はDR.スランプのペンギン村のような田舎だとか、さすが女子高生ゴリコの作者らしい発言もあって、不思議な魅力のある女の子だなあと思わせた。

地味だったけど、じわじわと感動のしまおまほ体験だった。

しまおまほしまおまほウェブサイト

上野樹里inのだめカンタービレ

のだめ先日、渋谷の地下道で上野樹里の恥ずかしい大顔面に遭遇した。円柱にまかれたTVドラマ「のだめカンタービレ」の大型ポスター。コピーは「変態か?天才か?ぴぎゃー」

スウィング・ガールズで出会って以来、上野樹里のコメディーを期待している私。「亀は意外と早く泳ぐ」はお洒落な新しい笑いを気取る監督のセンスが気に入らなかった。「のだめカンタービレ」は原作漫画が大ヒットしている音大生たちを描いたコメディー。上野樹里扮する主人公ののだめ(野田恵)は、かわいいけれど、お調子者でだらしなく、ごみだらけの部屋に住む「片付けられない女」。ピアノは自己流ででたらめだけど、天才的なセンスがある。

上野樹里ののだめ、かなりいい。漫画っぽい演出でバカかわいい魅力を見せてくれる。スウィング・ガールズで、大量の鼻水をたらしながら猪に追いかけられたバカぶりを思い出した。

友人のおーい粗茶君は、作品ごとにその役になりきってしまい、「女優上野樹里」というオーラさえ感じさせないナチュラルな演技が彼女の魅力だと分析しているのだが、激しく同意である。サマータイムマシン・ブルースのフツーのかわいい女の子、のだめのおバカさ、スイング・ガールズの友子のぐうたらさ。まさにカメレオン女優

「ハチミツとクローバー」の美大生、「のだめカンタービレ」の音大生と、ちょっとマニアックな世界の若者の青春物がはやるのはなぜだろう。とかく無気力といわれる同世代の中では、たしかに彼ら・彼女らには好きなことに打ち込むパッションがあるから、ドラマになるのかなあ。

それにしても最近の20歳前後の女優の充実ぶりはすごい勢いだ。上野樹里・蒼井優・長澤まさみ・宮崎あおいなど、アイドルとして写真集も出し、映画の主役をはれる演技力もある。彼女たちがこのところいっせいにTVドラマにも活躍の場を広げてきて、これからがますます楽しみだ。

とりあえずこの秋はTVドラマ・ウォッチャーになってしまいそうである。

・のだめカンタービレ 上野樹里
・Dr.コトー診療所 蒼井優
・セーラー服と機関銃 長澤まさみ

※ブログのカテゴリーに「アイドル」追加しました。

フラガール CGのズリ山

しずちゃん人形渋谷のアミューズCQN李相日監督の「フラガール」を見る。常磐炭鉱斜陽化の復興策として開発された、常磐ハワイアンセンター(現在のハワイアンズ)誕生までの物語。炭鉱が舞台で、蒼井優ちゃんが主演とあっては見に行くしかない。

蒼井優は炭住(炭鉱長屋)で母と炭坑夫の兄(豊川悦司)と暮らす高校生。友だちに誘われ、ハワイアンセンター設立のためのフラダンサー募集に応募しダンスの特訓を始める。東京から連れられてきた指導係のプロダンサー(松雪泰子)はいきなり二日酔いのワイルドな女。彼女が吐き出す吐瀉物(つまりゲロ)までリアルに描く李相日の演出はさすが。村上龍原作の「69」で脱糞シーンをストレートに描いた李監督らしい。この映画予告編を見たときには、ほのぼのした人情コメディーの印象だったのだが、骨太で粗野なパワーのあるパンチの効いた演出で、痛快に笑える作品だった。

舞台となる福島県いわきの方言の泥臭さも印象的。女の子たちは自分のことを「オレ」といい、炭鉱(ヤマ)の男たちは、粗野で無骨。豊川悦司もワイルドだ。

岩井俊二の「花とアリス」で見事なバレーを舞った蒼井優は、この映画でもその才能を発揮した。最初は盆踊りのようなダンスしかできない炭坑娘たちが、特訓の末ラストシーンで晴れの舞台を踏む。リーダーの蒼井優のソロダンスは力強くダイナミックで、映画にかけた彼女の意気込みが伝わってくる。

出演が話題になった南海キャンディーズのしずちゃんも、独特の存在感で笑わせる。映画館のエントランスにはなんと彼女の等身大人形が飾られていた。

かつての炭鉱町をあちこち旅してきた私にとっては、CG合成されたズリ山と鉱業所の煙突、ズラリと並んだ炭住街の風景がなんといってもツボだった。炭鉱町をCGで見られる映画が作られるなんて思いもしなかった。

ほのぼのぬるめの映画だと思って見に行くと、その熱い爽快さにやられます。
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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