中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

絵葉書

絵葉書コレクション 寺山忌









寺山修司

5月4日は寺山の命日。

現代思潮社の寺山修司詩集を手に入れたのは、中学生の終わりだったか、高校生のはじめだったか。
その出会いは鮮烈で、わたしが「前衛的」な物事に関わるようになった入り口は
間違いなく、寺山修司にあった。

その詩集には、実験映画「トマトケチャップ皇帝」のシナリオも収録されていて
まだ見ぬ寺山映画の世界に妄想を膨らませたのを覚えている。
後に名画座で「書を捨てよ町へ出よう」と「田園に死す」を体験し
自分にとっては活字のインクの匂いの中、もしくはモノクロ写真の中にあった寺山世界が
総天然色の夢の中の映像のような世界へと鮮やかに変化(へんげ)していくのを感じた。

寺山修司の演劇を観ることはできないで終わった。
彼の演劇を目撃できていたならば、と思わないでもない。

一種の熱病にも似た寺山病は重篤になるには至らず
やがて赤瀬川原平の「前衛芸術」やエリック・ドルフィーの「音楽」へと
わたしの既往症は上書きされていくことになる。


今でも、折に触れて「寺山的」なものに出会うことがある。
それは出会うというよりはむしろ
わたし自身の心の中にストックされている「寺山修司」という印画紙が
わたしの目を通過した事物に対して感光してしまうということにほかならない。





採集地 十和田市(シャッター商店街ののぞきカラクリ)

絵葉書コレクション サファリパーク


絵葉書コレクション MINTONHOUSE





横浜の中華街の外れのジャズバー、ミントンハウス。そういえば1975年創業というからもう40周年なのである。先日飲みに行ったとき、久しぶりに来たという男性客が「おいどん、40周年おめでとう」とマスターのおいどんに声をかけていた。おいどんはあっさり「ありがとう」といつもののんびりした口調で答えるばかり。

創業当時を知る知人のIさんから、「真っ白なべニアの内装の、明るい店だった」と聞いたことがある。今では店内はヤニと汚れですっかり飴色に変色し、すり切れて読み取れなくなったレコードジャケットの背がびっしり並んでいる。

検索したらこんな記事があった。

元町・中華街ピープルピクニック

絵葉書に描かれたように、入り口近くに座り読書するマスターの姿をいつまでもながめていたいものだ。

絵葉書コレクション 蝶の交合




ネパールを旅したのはだいぶ昔だが、首都カトマンズの繁華街タメルで本屋を見つけて、お土産を物色した。チベットの聖者ミラレパの物語を描いたオールカラーのコミックスが気に入り、いつもの流儀で値切り交渉。店員は値切るのは渋ったが、代わりに好きなポストカードを1枚サービスしてくれるという。

そこで選んだのがこの絵葉書。マンダラのような図柄のものが多かったのだが、蝶のように交合する男と女が目にとまった。ネパール流の四十八手というやつだろうか?店員は「これかあ」という顔でニヤリとして「ビューティフル」とつぶやいた。




※蛇足ながら、オウム真理教の新実智光の教団内でのホーリーネームは「ミラレパ」であったそうな。

あけましておめでとうございます 絵葉書コレクション―羊






新春のお慶びを申し上げます。

昨年は個人的に苦難にも満ちた1年でしたが
その一方でアナログレコード回帰を突き進んでのジャズ三昧
数少ないながらも深い美術展・写真展鑑賞
DVD中心ではあるけれど映画の佳品との出会い
そして友人たちに支えられて過ごすことができました。

今年はでき得れば小さくてもよいので旅に出て
トマソンズをはじめとして演奏活動の再開も果たせればと願っています。

今年も、このブログともども
よろしくお願いいたします。


2015年 元旦

絵葉書コレクション 大連




昭和9年の絵葉書。「大連名所連鎖街心斎橋通りの夜景」とある。イルミネーションとネオンひしめく繁華街。キリンビール・サクラ美粧院・東寿しなどの看板が見てとれる。

映画監督山田洋次も少年時代を満州で過ごしたひとりだが、今年観た彼の「小さいおうち」という作品が心に残っている。おもちゃ会社の社員を夫に持つ良家の夫人(松たか子)が、夫の会社の青年と恋に落ちる小さなさざ波のようなストーリー。その背景となる戦前から戦中の時代の空気の描写。ごく普通の中流階級の家庭の出来事を通して、戦前の自由な空気が徐々に閉塞していき、小さな戦勝に世間が浮かれ、やがて否応なく巨大な戦争の時代が人々を呑みこんでいく。

ある日突然に戦争の狂気が人々をむしばんだのではなく、連続性のある日常のうつろいの中で徐々に人々の意識が変容し、戦争という非日常が日常になってしまうことの恐ろしさ。

作者山田洋次にとって、束の間の王土であった満州の記憶が、今も戦争の時代を問い直す原点になっているのであろう。この絵葉書の虚栄に終わった風景を目にすると、そんなことが思われる。




絵葉書コレクション 摩天楼




この古い絵葉書には、9.11で破壊されたワールド・トレード・センターの2棟の高層ビルの姿はまだ無い。これからもあの建築の非在は、アメリカの象徴である摩天楼の風景を目にするたびに想起されるのであろう。

舞台美術家・デザイナーの妹尾河童の自伝的小説「少年H」は映画化もされたが、その中でアメリカの知人から送られてきた戦前のニューヨークの摩天楼の絵葉書を見た主人公が、アメリカの膨大な国力に驚かされるシーンが印象的だった。この絵葉書はあとになって、主人公の父がスパイ容疑で特高に取り調べられる事件をもたらす。

このモノクロの絵葉書を目にすると、なんだかこの都市そのものが壮大な墓標の群れのように見えてくる。

絵葉書コレクション 終戦記念日


絵葉書コレクション 台湾

フォルモサ

総統府


久しぶりに絵葉書コレクションの紹介。台北に小旅行したのは何年も前になるが、茶藝館で中国茶を楽しみ、夜市の屋台、レストランと食い倒れの2泊3日だった。上のコラージュ写真の絵葉書、中正紀念堂や圓山大飯店などが賑やかにレイアウトされているが、絵葉書のタイトルはフォルモサ(Formosa)。台湾の別称で「美しい」という意味のポルトガル語からきているという。
下の絵葉書は総統府。日本統治時代の総督府である。10月10日の国慶日(建国記念日)には、このように華やかに装飾されるそうだ。
この2枚の絵葉書を見ると、台湾にけばけばしいイメージを感じるかもしれないが、普段着の台北は活気がありながらも、どこか郷愁を感じさせる街だった。

絵葉書コレクション 同潤会アパート

ギャラリー412























表参道同潤会アパート
の解体工事がはじまったのは、2003年4月のこと。75年間の歴史を持つアパートで28年間続いた画廊「ギャラリー412」は、昨年オープンした表参道ヒルズの同潤館にまた帰ってきた。この絵葉書は建替工事がはじまるまえに、ギャラリー412が作ったものだ。そのときの残りを、アクリルのポストカード・フレームのおまけで昨年手に入れた。現在ギャラリーの入口には解体前のドアの部材が残されている。

同潤会アパートの解体は、本当に街の風景が失われてしまう出来事だった。解体工事のしばらく前に表参道を訪れた。写真などとっておけばよかったと今になって思う。同潤館という形で、風景の記憶を残したのは安藤忠雄の功績だと思うが、失われたものは大きい。

お気に入りのビヤホール「ピルゼン」が懐かしい銀座の交詢社ビルもなくなったし、日比谷の三信ビルもいよいよ解体が迫る。最後に残ったカフェ「ニュー・ワールド・サービス」の営業も今月30日までだという。

大阪でも、梅田のドーム天井のコンコースが失われたそうだ。都市の表情の移ろいは押しとどめることが出来ないのだろうか。

絵葉書コレクション

三池絵葉書















オブジェ収集と並ぶ私の趣味は、旅先や美術館で絵葉書を集めることである。スキャナー付の複合プリンターに買い換えたのを機に、絵葉書のコレクションもこれから紹介していこうと思う。みうらじゅんは、「カスハガ」の名ですでに絵葉書の収集を公開しているが、私もマイナーな観光地などの絵葉書には目がない。デジカメや携帯の画像に溢れる今日、時代に取り残された味わいが絵葉書の世界にはある。

第一回は三池炭坑の四ツ山立坑の絵葉書。神田の古書店街で手に入れた古いものだが、軽妙な筆致と、立坑櫓という画題の取り合わせが面白い。三池のシンボルだったこのコンクリート造の櫓はすでに取り壊されてしまった。中川雅子さんが高校生のとき書いた「見知らぬわが町」という本は、彼女が住む三池炭坑の歴史を新鮮なまなざしでつづった好著だ。自分の住む町の何気ない遺構を手がかりに、朝鮮人強制連行や囚人労働の歴史に彼女は気づかされていく。その本の表紙に解体前の四ツ山立坑の写真が使われている。

見知らぬわが町なお、この絵葉書はホームページ「観光」の中のコンテンツ「鉱山観光」のTOP画像にも使用している。(更新が滞っているが)
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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