中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

長崎・佐世保





採集地 長崎(池島)

唐人街のゲーマー





採集地 長崎

原爆殉難教え子と教師の像





採集地 長崎

開店待ち





採集地 長崎(池島)

『ギョッとする長崎のバス停』







採集地 長崎

ラスタな休日





採集地 長崎

隈研吾の長崎県美術館

長崎県立美術館

ブリッジ

エントランスホール


平成17年に開館した長崎県美術館。今年長崎を訪ねた折に、はじめて見に行った。隈研吾がスケールの大きな建築でいかなる仕事をするのか。結果的には予想の範囲内で、隈研吾らしさは発揮しているかなというところ。ここでも隈はおなじみになったルーバーを多用し、鉄骨・石材・木などの質感を前面に出している。

2棟の建物を大きなブリッジで連続させた大胆なプランは、この美術館の目玉。長崎出島の運河の上に橋を架けるというのは、いかにもな隠喩的コンセプトだが、鉄骨フレームの無骨さ剥き出しの仕上げはインパクトがある。エントランスホールのガラスに囲まれた大空間からブリッジへ進むと、そこは運河を望むカフェになっている。鉄とガラスのこのスペース、クールな雰囲気だ。ジンジャーエールのグラスも絵になる。

カフェ
 
カフェカウンター屋上庭園


屋上は緑化され、ガラスとの対比が美しい。隈の素材へのこだわりは展示室にも見られ、常設展示室や廊下の内装は木質のルーバーでデザインされていた。いかにも隈テイストのこの美術館、難を言えば外装の石材は蛇足だったのではないかな。素材感を求めることを欲張らないで、潔く鉄とガラスで構成したほうが、このスケールの建物にはふさわしかったように思う。大規模な建築には、隈の小技は生きてこない。

廊下


さて隈研吾、新創開館をむかえる根津美術館はいかなる建築であろうか。

佐世保の戦争遺跡 針尾無線塔

新西海橋より
陸地より
ズーム
無線塔

佐世保の針尾無線塔は1922(大正11)年、旧日本海軍の通信施設として建造された。鉄筋コンクリート製の3本の巨大な塔が並ぶ光景は、どこか不気味で幻想的。近づいてみると、その塔身の予想以上のスケールに驚かされる。最近、佐世保市と所有者である海上保安庁が、その保存・整備を検討しはじめたのだそうだ。いずれは塔の内部も公開されるかもしれない。

近代化遺産が注目を集め、文化財指定などでその価値を公認されることは歓迎すべきことなのだろうが、世の中に残留している闇の領域がすべて管理化されてしまうような一抹の寂しさも感じる。

この無線塔、新西海橋という大きな橋の展望デッキが一番のビューポイントだ。海の青さとダークなコンクリート。戦争の影を今に伝える風景である。

長崎 島の教会

太田尾カトリック教会
教会内部
ステンドグラス越しに
太田尾カトリック教会


「みんな ぱらいそさいくだ!」という台詞の響きが忘れられない諸星大二郎の漫画「生命の木」。妖怪ハンター・シリーズのこの一作は、東北の寒村に伝わる隠れキリシタンの信仰を背景にした、伝奇的な物語だ。

長崎には今話題の軍艦島以外にも、かつて炭鉱で栄えた多くの島があった。佐世保の西南、西海市の西に連なる大島・崎戸もそんな炭鉱の島だ。大島の外れの、急傾斜の崖沿いにはりつくようなひっそりした集落の頂に、小さな古い教会があった。ひと気もなく、深閑としている。「太田尾カトリック教会」。礼拝堂に入ってみると、ステンドグラスからの午後の光がやわらかい。天井の構造は独特の吊り天井で、漆喰仕上げのヴォールトが、不在の柱があたかも存在するかのように感じさせる。昭和4年の竣工だそうだ。

集落の家々は何のことのない田舎家なのだが、この集落にも、諸星大二郎作品のような隠微な妖しい信仰があったのかも知れないなどという想いにとらわれる。

マリア像集落の小屋

長崎 唐人屋敷跡

土神堂とマーケット

丸金温泉唐人屋敷跡裏通り


唐人屋敷は唐館ともいい、それまで長崎町内に散宿していた来航唐人を隔離収容するためにつくられた施設で、出島の場合と同じである。その目的は、抜荷(密貿易)防止とキリシタン禁圧にある。(中略)鎖国時代長崎にやってきた唐人とオランダ人をくらべると、人数でも貿易量のうえでも圧倒的に唐人が多かった。

「長崎県の歴史散歩」山川出版社

長崎を訪れるのは数回目になるのだが、いままで炭鉱の島ばかりに片寄った旅をしてきて、長崎の市街地で居酒屋に入ったり、街なかを歩くということがあまり無かった。今回歩いた中で強く印象に残ったのが唐人屋敷跡。散在するいくつかの中国式のお堂は、古ぼけひなびた風情で、路地裏の通りの雰囲気はまるで台湾の街並みのようだ。

天后堂

神像2神像

福建会館内部唐人屋敷跡路地


果物屋・八百屋・肉屋・魚屋などが寄り添う昔ながらのマーケット、中華風の外装の風呂屋や菓子屋などが残るこの街では、今、再開発の工事が進んでいる。近い将来、区画整理で整然とした街並みに生まれ変わり、この異国情緒は失われてしまうことだろう。観光客もほとんどいない、静かな午後の街並みだった。

福建会館

再開発再開発2

長崎さるく旅

池島炭鉱


先日、長崎の炭鉱の島「軍艦島」(端島)が、一般上陸観光解禁となりマスコミをにぎわせました。同じく長崎の池島で炭鉱の坑道を人車(トロッコ)に乗って見学できる体験ツアーを行っているという情報を得て、10年ぶりに長崎へ旅しました。いままで日本各地の炭鉱・鉱山をめぐり、ドイツの旧産炭地も訪れましたが、本物の人車に乗って坑道にもぐるのは初めての体験です。

池島にはいまだ多くの廃アパート群が残り、いずれ解体されるのか、産業遺産として保存されていくのか未知数ですが、一部のアパートでは昔の生活の再現展示などにも取り組んでいるそうです。

廃墟のアパートが荒涼とした風景を見せていた炭鉱の島「崎戸」では、昨年廃屋の解体工事を一気に行ったそうで、島の西端にあった古ぼけた国民宿舎も、新しいホテルに生まれ変わっていました。

軍艦島へは、また機会をあらためて、上陸ツアーに参加してみたいと思っています。

長崎県美術館


以下、炭鉱以外の旅のトピックスを簡単に。

原爆
国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館
原爆死没者の名簿が納められたガラス塔と光る列柱の並ぶ峻厳な空間。

長崎原爆資料館
モダンな建物に生まれ変わった資料館。その展示方法は「見せる」ことの演出が過剰な印象さえ受ける。いまどきの修学旅行生には、そうまでしないと歴史が伝わらないのだろうか。

建築
長崎県美術館(隈研吾)
運河の上にブリッジを渡したコンセプトの明確なプラン。石・テツ・ガラス・木のルーバーなどの素材感へのこだわり。隈らしさにあふれた建築だが、全体に大味。規模の大きな建物に対する力量の不足を感じる。ジブリの「男鹿和雄展」と常設の「親和銀行コレクション展」を鑑賞。

・太田尾カトリック教会(西海市)
かつての炭鉱の島、大島の集落の崖の上に佇む小さな教会。時間の止まったような空間に、長崎の民衆に根付いたキリスト教の原点を感じた。

・カトリック黒崎教会(長崎市)
遠藤周作の「沈黙」の舞台になった海岸沿いの集落にある、赤レンガ造の教会。

・唐人屋敷跡(長崎市)
いくつかの古びた中国式のお堂が残る長崎の路地裏の通りは、まるで台湾の街角を歩いているような気分になる。再開発で消え行く街並み。

針尾送信所無線塔(佐世保市)
旧日本海軍の無線施設。巨大なコンクリートの塔が3本そびえたっている風景は、シュールで美しい。


旅めし
・居酒屋紀行
「安楽子」(あらこ・長崎)、「桃若」(長崎)、「うさぎ」(佐世保)など、どこも魚が旨い。長崎ではクジラもよく食べられるそうで、さえずり(舌)の刺身は絶品。

・佐世保バーガー
ログキットという有名店でテイクアウト。直径15センチの巨大さに驚く。

吉宗(よっそう)
今も下足番のいる長崎の老舗の入れ込み座敷で、名物茶碗蒸しや角煮を楽しむ。

・トルコライス
ピラフ・カツ・スパゲティーが盛り込まれた、長崎特有の食文化。店で喰う暇がなくて、帰りの空弁にて賞味。

ジャズ遍路
さろまにあん(長崎)
ソニー・ロリンズの熱烈なファンのマスター。ライブハウスではなくジャズバーなのだが、生でマスターのテナーサックスまで聴かせてもらい、濃密な夜を過ごした。

いーぜる(佐世保)
カウンターから、目の前の国道を走る車のライトが美しく眺められる絶景スポット。

太田尾カトリック教会


「さるく」とは、まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁。長崎市では、「長崎さるく」の名称で、グラバー園観光から軍艦島クルーズまで、様々な分野のガイドツアー・体験ツアーを催行している。今回は池島炭鉱の体験ツアーを利用した。あるジャズバーのマスターに聞いたのだが、「ちょっとさるこうか」とか「さらいていこう」などと使う言葉だそうで、気ままで自由な長崎の気風を感じさせる。まさに「旅」の楽しみを表わした言葉ではないか。

長崎さるく公式サイト
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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