中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

ジャズ喫茶

エリック・ドルフィーとコルトレーン




1964年6月29日に没したミュージシャン、エリック・ドルフィー。命日には恒例のドルフィー三昧。今年は私の知る中で都内では抜群の音を聴かせてくれるジャズスポット「o」のバータイムに、マスターにお願いしてドルフィー特集をリクエスト。エッジが効いて、押し出しの強いガツンとくるアナログ盤再生の技により、ドルフィーの生々しさ、鮮烈さ、めくるめく躍動感、圧倒的スピード感を思い知らされる。

このところ、今まで聴かず嫌いしていた、コルトレーンとドルフィーが共演する海賊盤のライブを何枚か手に入れた。コルトレーンバンドにおけるドルフィーの演奏については、私はどちらかというと過小評価してきた。基本がビバップ的なドルフィーとは、モーダルなマッコイ・タイナーのバッキングやエルビンのポリリズムは相容れない印象があったし、ドルフィーのソロが編集でカットされているヴィレッジ・ヴァンガードのライブ盤はもとより、ドルフィーの存在感がいまいちな印象をコルトレーンとの共演には抱いていたのだ。

しかし、音質が悪いながらも海賊盤の記録から聴き取れるドルフィーとコルトレーンのアドリブの凄みは、これまでのもどかしさを一掃した。レコード片面に及ぶMy favorite thingsにおける長尺のフルートソロや、異形のバスクラ、壮絶なアルトサックス。ドルフィーの存在感は圧倒的だ。コルトレーンバンドの美学を異化しながら切り開かれるドルフィーの地平は、コルトレーンのアドリブの展開にも強く作用しているように感じられる。

テーマのあと、コルトレーンのソロが先発しドルフィーが引き継ぎ、コルトレーンがリプライするというパターンが多いのだが、ドルフィー以後のコルトレーンはリズムにおいてもフレージングの跳躍においても自身の先行ソロを上回るインスピレーションを発揮する。

スピリチュアルな探求から、いわゆる神がかりな様相を見せるコルトレーンの音楽。そこには、彼が自らに神をおろすために、コルトレーンを刺激し、秩序をかき乱し、アドリブの深淵を引きずり出す媒介者が必要とされたのだろう。

いわば、トリックスターとしてのドルフィー。(そしてファラオ・サンダースも同様である)

ドルフィーとコルトレーンの海賊盤の演奏の凄みを前にして思うことのもうひとつは、一般に後期になるほどフリージャズに傾斜し、マッコイ・エルビンを擁する黄金のカルテットの解体に至ったと思われているコルトレーンが、1961年ごろのドルフィーとの共演の時点ですでにフリーキーで過激なアドリブの領域を垣間見せていることへの驚きだ。そこにはコルトレーンをも触発してやまない、ドルフィーの突出した想像力の飛翔が作用しているに違いない。

絵葉書コレクション MINTONHOUSE





横浜の中華街の外れのジャズバー、ミントンハウス。そういえば1975年創業というからもう40周年なのである。先日飲みに行ったとき、久しぶりに来たという男性客が「おいどん、40周年おめでとう」とマスターのおいどんに声をかけていた。おいどんはあっさり「ありがとう」といつもののんびりした口調で答えるばかり。

創業当時を知る知人のIさんから、「真っ白なべニアの内装の、明るい店だった」と聞いたことがある。今では店内はヤニと汚れですっかり飴色に変色し、すり切れて読み取れなくなったレコードジャケットの背がびっしり並んでいる。

検索したらこんな記事があった。

元町・中華街ピープルピクニック

絵葉書に描かれたように、入り口近くに座り読書するマスターの姿をいつまでもながめていたいものだ。

蔵のジャズ喫茶 蔵人

蔵人












高崎からひと駅となりの倉賀野駅の近く。旧中山道である国道沿いにジャズ喫茶「蔵人」(クラート)はあった。となりにはスーパーマーケット。店に入る前から様々なオブジェが出迎える。店内は吹き抜けになった蔵の高い天井が印象的な濃密な空間だった。ステンドグラス・石膏像・蓄音機・額縁・書籍・レコードなど、マスターの趣味が色濃いコレクションがあふれている。これは私にはツボ入りまくりの世界だ。

とりあえず、コーヒーを頼み、店内を観察する。色々な画集や古本。植草甚一なんかそろっていて懐かしい。大きなテーブルだと思っていたのは、実は巨大な扁額だった。棟方志功の作だというから驚いた。

蔵人店内1蔵人店内2

















ミンガスやドルフィーが好みだと話すと、マスターはミンガス「オーヤー」をかけてくれた。このように濃い空間で聴くミンガスはたまらない。「久しぶりに聴いたなあ」とマスターも楽しそうだ。随分歴史のありそうなこの店、実は数年前に定年退職を機に始められたのだという。もともとはマスターの趣味のコレクションルームだったのだろう。いろいろ話してみると、マスターはそれほどジャズに通じているようではない。本当に好きなのは美術や骨董らしい。「これにお名前を書いていただけますか」とマスターは芳名帳を差し出した。地元を中心に、全国様々なところからの来訪者がいるようだ。

ジャズ喫茶としてはいかがかなとは思うが、夏の高崎の旅の最後を締めくくる楽しいお店だった。丁寧にドリップされたコーヒーも旨い。帰りにいただいた名刺の写真がナイス!

蔵人マスター

高崎の老舗ジャズ喫茶 主音求

主音求自家製ベーコンのピザ









夏に行った高崎の話。オーディオとコーヒーにこだわる老舗のジャズ喫茶が街外れにあると知り、タクシーを走らせた。住宅街の路地の一角にその店「主音求」(スイング)はあった。店内に入るとテーブル席に家族連れ。パスタなど食べている。ジャズは鳴っていない。奥のリスニングスペースに座ると、マスターがおもむろにレコードをかけ始めた。どうやら普段は普通の喫茶店感覚で営業しているようだ。

JBLのスピーカーに真空管アンプ。音はかなり良い。この日はオルガン系のグルービーなものが何枚かかかったが、全般に渋めの選曲。自家焙煎と期待していたコーヒー。ブレンドの味はどうもいまいちだった。ベーコンも自家製のものを使っているそうで、ピザを頼んでみたのだが、フレッシュでスモーキーで、これは旨かった。

マスターはレコードにあわせひとりメロディーを口ずさんだり、ノリノリ。基本的にジャズをこよなく愛しているのであろう。しかし残念ながら現役のジャズ喫茶としては、こだわりが感じられないんだなあ。住宅街の喫茶店としては生き延びているのだろうけれど。

主音求HP

ダウンビートでジェレミー・スタイグ

ダウンビート



















野毛に来たので、花咲町の老舗ジャズ喫茶「ダウンビート」による。「ちぐさ」無きあと、横浜で最古のジャズの店だ。

開店早々の午後4時、まだほかに客も無く、ママとあれこれ話をする。メニューになぜかブラジルの酒「ピンガ」があるのだが、以前来ていた日系人の客に教えられて置くようになったのだという。ライムをたっぷり搾ってもらってカイピリーニャにして飲む。レコード・リストを見せてもらうと、なんとエリス・ヘジーナ「イン・ロンドン」があるではないか。早速リクエストする。

この日は、夜になると常連が集うというカウンター席で飲ませてもらったのだが、奥の壁に小さな額が飾ってある。ラフなタッチのペン画は、フルートの鬼才、ジェレミー・スタイグの直筆だった。数年前、横浜ジャズプロムナードの折に来店して描いていったそうだ。先代のママがいた時代には、アート・ブレイキーやソニー・ロリンズも来店したとか。英語が堪能だったママは、外国人ミュージシャンにも名の知られた存在だったのだそうだ。すごい歴史のある店だ。

カウンター席ジェレミー・スタイグのスケッチ









ダウンビート公式ホームページ

ミントンハウスでミントン飯

ミントンハウス



















横浜美術館のゴス展の帰り、中華街の外れ、久しぶりのミントンハウスへ。3月で閉店、ビル建替えという話もなくなり、相変わらずのくすんだ店内。いつもは中華街で飯でも済ませてから来るのだが、今日はミントンハウスのフード類を喰ってみる。

マスターのおいどんは崎陽軒のCMに出ているくらいだから、シューマイは崎陽軒かと思ったら、ただの冷凍エビシューマイだった。ホットサンドはハム・チーズ・レタス・トマトなど入り、香ばしく焼けたパンがなかなか旨い。ビザはそのときによってヴァージョンが変わっているそうで、昔食べたものより生地の薄い大きな洒落たビザになっていた。照り焼きチキンのトッピング。

ハイネケン生・エビス・オリオン・バスペールエール・青島・コロナ・ギネスなどなど、ビールの種類は豊富なので、お好みのビールでミントン飯も悪くない。食事の後はいつものジントニックに胡桃。

ホットサンドピザ









セロニアス・モンクがゴージャスなビッグバンドをバックに、とつとつとピアノを弾くアルバムがかかった。「Monk's Blues」。ジャケットを見せてもらうと、アレンジャーはオリヴァー・ネルソンだった。
今日はコルトレーンの「Ole」のB面をリクエスト。ドルフィーがいつになく抑制の効いたフレージングで、マッコイ・タイナーの名曲「Aisha」をパーカーライクなバラード解釈で聴かせる。コルトレーンのアルバムの中のドルフィーでは異色の美しい演奏だ。

ミントンハウスでは4月からランチ営業を始めるそうで、なんと、おいどんの奥さんがスープカレーを作るという。ランチセットはコーヒーつき。昼間からミントンハウスというのもディープだな。おいどんの選曲はいつもの調子なんだろうし。

※「ミントン飯」とは「カフェ飯」と同じような意味の私の造語で、そういう名前のご飯ものがあるのではありません。念のため。

Monk's BluesOle

2007年 私のお気に入り JAZZ遍路

アップタウン■JAZZ遍路
・アップタウン(高松)
カウンターや、ピアノの上にもマスターの私物が氾濫し、マスターの生活の場となった荒れた店内。ぬっと現れた髪の乱れた死神のようなマスター。「ジャズ喫茶巡りなんかもうやめとけ。ジャズ喫茶なんかもう終わりだぞ」とマスターは、熱くジャズを語り始めた。デヴィッド・マレイ、ローランド・カーク、ワールド・サキソフォン・カルテットなどハードな選曲にもぐっと心をつかまれる。ドルフィーの幻の演奏(なんと口笛)も教えられ、JAZZ遍路史上最も過激な一夜を過ごした。

・JAZZ IN ろくでなし(京都)
京都で以前ジャズ喫茶巡りをしたとき、一番のお気に入りになった「ろくでなし」に2晩通った。夜8時を過ぎた頃やってくるマスターの横田さんがなんとも魅力的。彼が来ると選曲もコアなものに変わる。横田さんを追ったドキュメンタリー映画「ろくでなし」も旅の後で観た。店そのものがフリージャズ。マスターも客もろくでなし。小さく、汚く、落ち着く店だ。

・ジェリコの戦い(富山)
富山の繁華街のビルの2階。整然とバックバーにボトルが並ぶ洒落たバーだが、マスターは熱心なジャズ好き。コンサートのため東京にも度々上京するという。客の少ない時間に行って、恒例のドルフィー・リクエスト。久しぶりに聴くファイブ・スポットVol.2にカクテルが進む。

横浜のミントンハウスも来年で取り壊しかと覚悟していたが、建て替え工事が中止になったそうでほっと安心。

ミントンハウス建て替え中止に

ミントンハウスボトルスピーカー






このブログにたびたび登場する、ビル建て替え予定だったジャズ・バー、ミントンハウス。先日訪れると、なんと大家がビルの外装補修工事をやったそうで、建て替えの話はどこかにいってしまったのだという。来年の春でお別れと覚悟していただけにいささか拍子抜け。

このところマスターのおいどんは、手動のジャンボ・ジューサーを導入して、グレープ・フルーツやオレンジのフレッシュ・ジュースでカクテルを作り出したり、挽き立てのコーヒーを淹れるようになったり、なんだか今の店とのお別れに向けて気合が入っている様子だったのだ。

とにかくまた、この古ぼけた温かい空間に通い続けることができる。この日は、新しく知り合った友人ふたりを連れ、ミントンハウスで飲んだ。Y君が好きだというキース・ジャレットのソロをリクエスト。ジャズ・バーが初めてだというY君は、大きなスピーカーで鳴らすキースの音に聴き入っていた。

検索してみたらミントンハウスを紹介したグルメサイトを発見。

「店内はうす暗く、主人は無愛想で挨拶の声もない。ひどいもんだ・・・。一人で行ってもいつもすいている。しかし、落ち着ける。そっとしておいてくれる。そして、3,000枚ちかくあるジャズのレコードが聴ける・・・・ SINCE 1975 」

ちょっとひどい紹介記事だが、まあ当たってもいるか。

UP TOWNのディープな夜

UP TOWN居酒屋「美人亭」で瀬戸内の魚を堪能したあと、目指すはジャズ喫茶。旅の前にはいつもジャズ喫茶やジャズバーの情報を集めるのだが、高松にも「UP TOWN」という老舗ジャズ喫茶があることがわかった。しかし店のホームページを見てみると、営業に関しての記載は一切なく、「レコード・コーヒーの淹れ方・酒の薀蓄・ライブのマネージメント等全て教えます」とあるばかり。マスターはジャズ喫茶稼業を引退し誰かに店を譲ろうとしているようだ。もう営業を辞めているのだろうか。だめもとで店の場所だけでも探そうと、暗い商店街を街外れに向かう。すると個性的な看板に灯りが!営業しているようだ。恐る恐る店内に入る。

シルバーのカウンターには雑然と雑誌が散らばり、奥のピアノも物置状態。音を消したテレビではみのもんたが「ミリオネア」。もうこの店はオワッテイルのか。雨の木曜の夜、他に客はいない。死神のような顔をした髪の乱れたマスターがぬーっと現れた。とりあえず、いつものジントニックとラムコークを注文する。ジンが強烈に効いている。横浜から来て、全国のジャズ喫茶めぐりをしているのだと恐る恐る話すと、「そんなん、止めとけ。ジャズ喫茶なんか、もうみんな終わりだぞ」とマスター。話しているうちに、私のジャズ研のアルトの先輩Iさんが高松の出身で、プロになりたての頃、この店でライブをして育てられたということがわかった。アルトの多田誠司も、高松出身でこの店が出発点だという。「あんた、Iの後輩かあ」と死神のようなマスターが、次第に熱を込めて昔のことを語りだした。

林栄一をキャバレー時代から知っていて、当時は林栄太郎という芸名だったこと。東京に住んでいた頃、武田和命と知り合い、喧嘩して下駄で武田の頭を殴ったこと。廃盤をなけなしの金で集めて、その後一週間はインスタントラーメンばかり食べていたこと。焼酎をあおりながら、マスターは語り続けた。

UP TOWN正面UP TOWN店内コーヒー






かかるレコードがまた凄い。デヴィッド・マレイにワールド・サキソフォン・カルテット・プレイズ・デューク・エリントン、全曲フルートを吹くローランド・カーク。ドルフィーを何か聴きたいとおまかせするとかかったのが「ネイマ」。ドルフィーの未発表の録音を集めたレアなレコードだ。これを選ぶとはさすがのセンス。さらに驚いたのはその次のレコード。「これは聴いたことないやろ」とマスター。ミシャ・メンゲルベルグ、ハン・ベニンク等をバックにドルフィーが口笛を吹いている!このレコード、私はなんと持っているのだ。しかしA面のエピストロフィーだけ聴いていて、B面のこのプレイがドルフィーだと気づいていなかった。まさに宝の持ち腐れ。不覚だった。ジャケットにはこの口笛はEEKO(GREY RED-TAIL PARROT)とクレジットされているが、マスターの言うとおりこのリズム感、ソノリティーはドルフィーに間違いない。わずか2分間のこの即興、確かに究極のドルフィーだ。

「高松のジャズ屋もすてたもんやないやろ」
参りました。マスター。続きを読む

雨のミントンハウス

ミンガスレコード






ZAIMでのセッションを終え、メンバー何人かと中華街の台湾料理屋「秀味園」でのんびり台湾ビールを飲み、飯を食い解散。ひとりいつものジャズ喫茶ミントンハウスに向かっていると雨がぽつぽつ降ってきた。ドアを開けマスターのおいどんに「この辺で傘売ってるかなあ」と聞くと、店にある傘持ってっていいよと言われる。それなら安心。とコーヒーを飲む。ミンガスのダイナスティー(王朝とはすごいなあ)に、グロスマンと続き、セッションにつかれた身にはちょっと辛い。「なにかやわらかいものを」と頼んでかかったのがボーカルのアン・バートン。奥でひとり飲んでいたおじさんが、「これ聴きたかったんですよ」とうれしげにおいどんに話しかける。

私はミントンハウスに入ってすぐの、レコード棚の前の席が好きなのだ。擦り切れてもう読み取れなくなったレコードを見つめていると、ゆったりとしたこの店の時間の流れの中にひきこまれる。

店内の薄暗い壁に浮き上がるミンガスの肖像を撮影させてもらった。30年前の開店の時に描かれた絵だそうだ。来年にはこの店も解体。本当に残念だ。おいどんに尋ねてみると、ここで建て替え後もやるか、よそに移るかはまだわからないのだそうだ。店の象徴でもあるベニヤ板製の椅子は使い続けるかもしれないという。

常連さんのように「おいどん」と呼ぶのは気恥ずかしくて、私はマスターを川上さんと呼ぶ。度々通っても、いつもの距離で接してくれる心地よさ。そんなおいどんが私は好きだ。

ミントンハウスがテレビドラマに

カウンターオブジェコーヒー






馴染みのジャズ・バー、ミントンハウスで先日撮影されたテレビドラマは日テレの2時間ドラマで「らんぼう2」というものらしい。2月はじめの放送とか。撮影当日は、スポンサーの関係などで酒のボトルのラベルが見えなくしたりという作業もあったそうだ。番組のスポンサーばかりでなく、出演する俳優の契約しているスポンサーも絡んでくるそうで、店の姿をそのまま写すというわけにはいかないらしい。

スペイン料理を食べてきたので、シェリーを飲んで仕上げにする。たまにはとコーヒーも飲む。大きなカップに注がれたコーヒーはなかなかおいしい。やはりレコードをじっくり聴くにはコーヒーが似つかわしい。アーチー・シェップ「ハイ・フライ」をリクエスト。女性ボーカルと共演しているのだが、シェップの執拗なまでのソロが快感だ。でかい音で聴くとどす黒い魅力がいっそう増す。

ちぐさ解体直前

ちぐさちぐさ解体中先日、野毛のバー「山荘」のバーテンダーから横浜のジャズ喫茶の老舗「ちぐさ」が間もなく閉店するとの情報を得て、正月5日の夕方、「ちぐさ」を訪れてみた。昭和8年開店で、若き日の渡辺貞夫や穐好敏子もレコードを聴きに来て譜面を書きとめていったという伝説的な店だ。

名物マスターの吉田衛さんが亡くなる以前、学生時代に一度だけ行った事があるきりで、2度目の訪問は閉店直前となってしまった。今は妹さんが店を続けていたそうだが、この日カウンターの中には手伝いのおやじ2人の姿しかなかった。奥にスピーカーが並び、その両側にテーブル席、手前のカウンターの中にはレコードが並ぶ。10人も入ればいっぱいの小さな店内は、平日の夕方にも関わらず、レコードに聴き入る客でいっぱいだった。老若男女、ほとんどが一人客。壁には数々の名盤のジャケットと、親交のあったミュージシャンの写真が並ぶ。

昔、ジャズ研の女の子と初デートしたとき、県立音楽堂で現代音楽のコンサートを聴いたあと「ちぐさ」を訪れた。随分小さな店だなあという印象だった。マスターはすぐにレコード・リストを持ってきてリクエストを求めた。ドルフィーが「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」をアルトで吹く、ジョージ・ラッセルの「エズゼティックス」を頼んだのを覚えている。

この日も客達には順番にレコード・リストが渡されリクエストが続いているようだった。サイホンで淹れたコーヒーを飲み、黙ってレコードを聴く。ミンガスの「黒い聖者と罪ある女」に続きジョン・ルイスのレコードがかかった。つまらないのがかかったなあと油断していると、なんとドルフィーに間違いないアルト・ソロが始まった。驚いてジャケットを見せてもらう。「ワンダフル・ワールド・オブ・ジャズ」。これは聴いたことがなかった。女子大生風の暗い表情の若い女の子がリストを渡され、何をリクエストするだろうと思ったら、マイルスの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。久しぶりに聴いたが、記憶どおりにアドリブのフレーズが展開する。高校生の頃、本当に聴き込んだ懐かしいアルバムだ。リクエストの順番はまだ来そうにないので店を後にした。外に出て建物を改めて見て驚いた。「ちぐさ」の建つ区画は他は全て解体され更地になり、「ちぐさ」も外壁は白いビニール・シートで覆われているばかりだ。1月いっぱいの営業だというが、まさに風前の灯火。今晩は食事の後で、こちらも解体が決まったミントンハウスへも寄る。

2006年 私のお気に入り JAZZ遍路

JAMAICA■JAZZ遍路
・JAMAICA(札幌)
2万枚のレコードに囲まれて、パラゴンの生々しい音で聴くジャズは最高。リクエストしたドルフィーのバラードに、他のお客さんも感嘆の声を漏らし、かつてない連帯感を感じた。選曲もハードで大満足。札幌の老舗ジャズ喫茶のパワーにうなった。

・BOSSA(札幌)
エリス・ヘジーナをリクエストしたところ、マスターが次々にブラジル音楽をかけてくれ、予想外の爽やかなジャズ喫茶体験となった。カクテル飲み放題コースにも満足。

・バロン(夕張)
夕張の場末のスナックで、思いがけずジャズを聴いた。亡くなったマスターのレコード・コレクションから好きなレコードを選び、リクエスト三昧。夕張の財政破綻で、この店もどうなってしまうのだろうか。


ジャズ・バーではないけれど、札幌の名門「バーやまざき」は素晴らしいカクテルと、楽しいもてなしが印象に残る。プレゼントされたマスターの切り絵は宝物になった。野毛のバー「山荘」のジュークボックスで聴く音楽も味わいがあった。ミントンハウスはあと1年少しで建て替え。今年はなるべく多く通いたい。

ミントンハウス 隣は葬儀屋

ミントンハウスミントンハウスでは大晦日は恒例のオールナイト営業を行っているのだが、建物を大家が建て替えるため、この空間での年末は今年を入れて2回を残すばかりとなった。今夜は常連さんが多い。日曜の夜、観光客も姿を消しはじめた中華街のはずれ、飲みに来るのは地元のなじみ客ばかりなのだろう。

バスペールエールを飲みつつ、サービスの殻付きピーナッツをつまむ。カウンターの目の前には旧式のカキ氷器がでんと置いてある。ミントンハウスのメニューにはカキ氷もあるのだ。平岡正明の最近の本が棚にあった。表紙の見返しには平岡正明のサイン。ミントンハウスのことも書いてあり、マスターのオイドンに贈られたものだ。「昭和ジャズ喫茶伝説」「日本ジャズ者伝説」の2冊。オイドンが出演した崎陽軒のシウマイ弁当のTVコマーシャルのエピソードなどが書かれていた。カキ氷器はそのときのギャラで買ったそうだ。平岡正明は、新宿にあった懐かしいバードランドのことも書いていた。混沌としたインテリアの不思議な店だった。なんとバードランドのママは、ミントンハウスによく来ていたらしいと知り驚いた。

ちょうどこの日の翌日も、テレビドラマのロケにミントンハウスが使われると聞いた。やはりこれだけいい味を出している店はそうざらにはないのであろう。

30年の歴史がしみこんだ店内の雰囲気と、オイドンの鷹揚な人柄。オリバー・ネルソンの「ブルースの真実」がかかり、ドルフィーのフルートが響く。3枚組みの名盤「Jazz at Santa Monica Civic '72 」をリクエスト。エラ・フィッツジェラルドがカウント・ベイシー・オーケストラをバックに歌う「What's Going On」を聴く。エラはエリス・ヘジーナの名唄で知られる「Madalena」もスキャットばりばりで歌っている。このアルバムはCDにもなっているのだが入手困難盤で、大変な高値が付いているのだ。普通に再発してくれないだろうか。

カキ氷器ランプ葬儀屋






ミントンハウスの隣は葬儀屋である。この日は提灯に明かりがともっていた。中華街の香辛料と、葬儀屋の線香と、ミントンハウスのバーボンの香り。この場所の持つ独特の臭覚の刺激に、平岡正明も着目した。いつかミントンハウスの近くに住みたいなあなどと思っているうちに、この空間との別れの時が近づいてしまった。

※「Jazz at Santa Monica Civic '72 」をネットでダウンロードすればと思いつき探してみると、アメリカのiTunesストアにあった。これをダウンロードするにはちょっと小技が必要だったのだが、無事ゲット。これで手軽に楽しめる。
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

Archives
Subscribe with livedoor Reader
Recent Comments
Recent TrackBacks
ブクログ
blogram投票ボタン
QRコード
QRコード
アクセスカウンター
  • 累計:

  • ライブドアブログ