中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

ブログ

ブログ10周年 はじまりは2005年




この画像、2005年に開催されたヨコハマ・トリエンナーレ最終日の大集団即興演奏「ヨコトリ・ファイナル・セッション」の模様である。

この2005年は私にとって、様々な意味で現在の自分を形成する萌芽だったのだなと今にして思う。サックスによる即興演奏の再開、横浜での即興セッションへの参加は、その後トマソンズという即興ユニットでの演奏活動に至った。

このトリエンナーレのディレクターであった川俣正についても興味を覚え、ご本人のガイドツアーに参加してその芸術観に感化された。この経験はその後の自分の美術との関わり方に影響し、彼の故郷、北海道三笠のアートプロジェクトへの遠征など引き続き注目をしている。

チープなデジカメを購入したのもこの頃のことで、にわかに身辺の雑事を記録するようになった。ブログを開設する気になった要因のひとつとしてデジカメの存在は欠かせないし、現在ではブログそのものが奇妙な「写真ブログ」と化している。


そんな2005年の9月にブログを開設してから10年。

ブログを通じて知り合った多くの人たちとの交流は、予想もできなかった収獲だった。いつまで続けられるか分からないが、「中年」も佳境に入った今、また新しい「中年とオブジェ」が展開できるといいなと思っている。

こんなブログを愛読し、支えてくれる皆さん。誠にありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。

中年とオブジェ8周年 ブログと炭坑とトマソンと



北海道 砂川炭鉱

ブログと炭坑とトマソンと

1987年 九州の筑豊・崎戸、北海道の夕張の炭鉱を初めて訪れる。
2001年 ドイツのルール地方の炭鉱をめぐる旅をする。
2002年 「ドイツ産業遺産ツアー〜炭鉱の立坑櫓を求めて〜」をホームページにまとめる。
2005年 ブログ「中年とオブジェ〜魅惑のモノを求めて〜」をスタート。
2008年 川俣正[通路](東京都現代美術館)で、コールマイン・ラボと出会う。
2009年 ‘文化’資源としての<炭鉱>展(目黒区美術館)で講座・夜の美術館大学に通う。
2011年 川俣正の北海道インプログレス・三笠プロジェクトの賛助会員になる。
2013年 坑夫・山本作兵衛の生きた時代〜戦前・戦時の炭坑をめぐる視覚表現(原爆の図丸木美術館)鑑賞。

今年で8周年を迎えた「中年とオブジェ」
このブログのそもそものきっかけとなったのは、2001年に旅をしたドイツの炭鉱についてレポートするために友人と立ち上げたホームページである。それを機にweb活動に興味を持ち、自分の身の回りにあるオブジェの数々を紹介することからブログがスタートした。アートブログにシフトし、旅日記にはまり、居酒屋など食い物記事に注力し、紆余曲折を経て現在に至るのだが、折に触れて「炭坑」との関わりを継続してもきた。

私にとっての「炭坑」とは、何の目的の建造物だか分からない不思議な炭坑遺構、巨大な無用の廃墟、失われた街の残滓。いわば大規模な「超芸術トマソン」との出会いに他ならなかった。

ここしばらくのブログ記事は大半が路上観察の写真のアップに終始している。「炭坑」という、私にとっての「トマソン」の起源をさかのぼり原点に回帰しているともいえるかもしれない。

先日、ある元学芸員の方から「最近の中年とオブジェ、写真ばかりだね。文章書くの、疲れちゃったの?」との言葉をいただいた。美術をテーマに、鑑賞体験を自分の言葉に置換することは、しんどいけれども楽しい。ただ、観てきたモノをレポートするだけではない「置換」ができたときの面白さ。

それは、最近シフトしてきた路上観察の写真を見て、スパンとタイトルの「言葉」が想起されたときの快感にも通じている。それは、言い換えれば「見立て」の快感。私はマンホールの分類そのものに興味があるのではなく、マンホールというモノが、まったく別の次元の何かに結びついていく想念のねじれ自体に関心があるのだ。

そんな私にとって「炭坑」というテーマも、どこまで行っても深まらない、自分自身を宙吊りにする対象なのだ。炭坑の本質は私にとっては「石炭」なのではなく、地の底に穿たれた坑道の暗い闇そのものなのであろう。無意識の闇を掘り進んで堆積される役に立たないズリ山。「中年とオブジェ」はそんな存在だ。

そんなズリ山にお付き合いいただいている読者の皆さんに、改めて御礼申し上げます!



ドイツ ツォルフェライン炭鉱

※ライブドアブログにHISTORY VIEWという新機能が加わりました。
「中年とオブジェ」開設以来のプレビューが画像付きで一覧できます。
よろしければ、お試しください。

中年とオブジェHISTORY VIEW

中年とオブジェ デザイン変えました





最近の「中年とオブジェ」の写真ブログ化(?)の傾向に合わせ
PC版ブログデザインを久しぶりに変更してみました。
いろいろ新しい仕様が導入されていて迷ってしまいます。
タイトル画像は、時々更新してみようかなあと。

中年とオブジェ7周年 OUT THERE



エリック・ドルフィーといえば、ほとんど反射的にこの『アウト・ゼア』というプレスティッジ初期のLPが僕の頭に浮かぶ。もちろん音楽的内容も優れているけれど、それと同時に(というか、それ以上に)オリジナルのジャケットが忘れがたかったからだ。シュール・レアリスム的というか、もろサルバドール・ダリ風の絵で、空中に浮かんだコントラバスの船にドルフィーが乗って、なんだか難しい顔でサックスを吹いている。帆はチェロ、屋根はシンバル、側壁からはホーンが突き出ており、船底には不吉な蛭みたいにフルートがべたっとへばりついている。航跡には楽譜が漂い、丘の上には灯台のかわりにメトロノームがたっている。全体のトーンはとにかく暗い。まるで宇宙の場末みたいに(それとも電灯が切れかけている物置みたいに)暗い。

村上春樹「ポートレイト・イン・ジャズ」


ここしばらく私の最大の関心事は、美術展に行くことでもなく、旨いものを食うことでもなく、オブジェを入手することでもなく。中古レコードを収集して自室でジャズを大音量で聴くことなのである。コーヒー豆を挽いてじっくりドリップし、濃いコーヒーで頭をクリアにし、サックスの咆哮・ベースの低音のうねり・ドラムスのアタックに身をゆだねる。

高校生のときに出会ったエリック・ドルフィー。改めて聴きなおしてみて、やはりたまらなくいい。アルト・サックス、バス・クラリネット、フルートなどを自在に持ち替え、かつて誰も出したことのない音の世界を表出し、私の心と体のヴァイブレーションに同期する。

『OUT THERE』とは「そちらの・あちらで・宇宙で」といった意味を持っているようだが、ドルフィーの音楽はまさにそれを聴く者をこの世界のあちら側へ連れ去ってしまう。ドルフィーが乗っているコントラバスの船は、広大無辺な宇宙空間を航行する小さな宇宙船なのではあるまいか。1960年録音されたこのレコードの溝が生み出す音の共振は、1964年に旅先のベルリンで彼が37歳で死んだ後も、宇宙に向けてパルスを発信し続けている。ドルフィーの音のエネルギーは、今も宇宙の彼方へと彼の宇宙船を推進させ、いつ果てるとも知れぬ楽旅は続いているのだ。


「中年とオブジェ」7周年を迎えました。これを機に、このブログのタイトルをマイナーチェンジすることにします。「中年とオブジェ〜魅惑のモノを求めて〜」という名称からサブタイトルの「〜魅惑のモノを求めて〜」を取り払います。これからは「中年とオブジェ」。オブジェの紹介に端を発したこのブログ。「モノ」というとらわれのロケット推進装置を切り離し、web宇宙の虚空を彷徨う奇妙な形の宇宙船になり『OUT THERE』へと向かいます。これからも気ままに交信(更新)いたします。

僕らは多かれ少なかれ、みんな宇宙の場末に生きているのかもしれない。エリック・ドルフィーを聴くたびに、そう思わなくもない。

村上春樹「ポートレイト・イン・ジャズ」

中年とオブジェ6周年 廃墟でウナギ



夏の丹沢への小旅行の帰り道、厚木の郊外の川沿いにある「川入園」なる店でウナギを食べた。関西流に腹側をさばく流儀で、蒸しの工程なく焼かれたウナギは、関東風に比べると野趣があり脂ぎって皮の焦げ目の香ばしさがなんともいえない旨さ。

そしてこの店の凄いところはうな重だけではない。昔は大口の宴会も多かったという長大な店舗の外観は、もはや廃墟そのもの。営業中の飲食店だとはとても思えない侘び寂び具合だ。





ネット検索で見つけたこの店、情報なく通りがかっただけでは気がつかなかっただろうし、もし気づいても入店する勇気はなかったであろう。ネット情報が、現実の行動の可能性を押し拡げる面白さを実感した。

中年とオブジェも今日で開設から6周年。いままでずいぶん雑多な情報をたれ流し続けてきた。そんな拙ブログが、なんらかのきっかけになって読者の行動を後押ししたり、考えるヒントになったりできたらうれしいなあと高望みして継続しているわけだが、最近1年間は中年とオブジェ波乱の年でもあった。

昨年10月のクロアチア旅行のあとの更新休止宣言。3.11以降のブログを書く事自体へのもどかしい想い。アートブログから、流れに任せた気ままなエントリ更新へシフトすることへの希求。

7年目を迎え、ますます混迷を深める(?)中年とオブジェ。自分でもこの先どうなるか分かりませんが、どうぞよろしくお付き合いください。読者の皆様に深い愛をこめて。


追記:先日岡山で語り合ったジャズ喫茶「C」のマスター。忘れられない言葉が数々ある。

エキセントリックな音楽というのは結局は愛されないんですよ。これはどうだ、という押し付けがましい音楽は拍手はされるけど、長く愛されはしない。

この言葉、これからの私の課題です。

ブログ5周年 柏手打って御礼

JR東日本通販

もうすぐ9月21日。ブログ「中年とオブジェ」もとうとう5周年を迎える。今夏の青森旅行の折、新幹線車内の通販カタログからまた珍妙なネタを入手した。光触媒の人工「さかき」と、柏手を2回ならすと15秒間点灯する灯篭。15秒って、いったいどこからわり出された長さなんだ?

先日、千葉市美術館の「MASKS―仮の面」展を観て「移動する聖地」という小文を書いたけれど、神棚というのも仮面同様、自宅に携帯する「聖地」だよなあ。本当の聖地の仮の姿。いわば「霊性の模型」に向かって柏手を打つ。だったら「さかき」や灯篭だって「模型」でいいのかもしれない。

「中年とオブジェ」も最近はアートのネタにシフトしてきているのだが、アートこそはこの世界の成り立ちを抽出して写し出す「模型」を造る営為であると思う。たとえば自然の猛威である大洪水を、反復可能で安全な模型化した発電所美術館のヤノベケンジ

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の中には「標本と模型」のモチーフが繰り返し描かれる。午后の授業で見る「銀河の模型」。第三章に登場する「鉄道の模型」とジョヴァンニの父が学校に寄贈した「巨きな蟹の甲らだの、となかいの角だの」の標本。そしてプリオシン海岸では、学者が120万年前の化石を「標本」にするため発掘している。

標本や模型というのは、世界を知るための見取り図であろう。建築模型や設計図から、建築物の生み出す空間に思いをめぐらすように、アートを介して人は世界の成り立ちを想像する。私はアートの魅力を、「模型」としての精緻さ・巧妙さと、それが喚起する想像力の大きさに求める。

模型としての完成度のみを誇るアートでは、満足できないんだなあ。

※昨年、Twitterをはじめて以来、食い物のことをブログで書くことがめっきり少なくなった。つぶやくだけで終わる展覧会も多い。これからの「中年とオブジェ」は、どうしても考えを書きまとめたい時・写真をアップしたい時の更新となるでしょう。できは悪くても、おやっと感じられるような「模型」を作っていければと思います。

叫びの壷 ブログ3周年

叫びの壷



























このブログを始めてとうとう3年になった。9月21日というのは、とくにいわれのある日ではなく、たまたま最初の記事を書いた日だと言うだけのこと。

上の画像は、新幹線車中から持ち帰ってきたJR東日本グループの通販カタログに載っていた広告。壷のかたちをしたサイレンサーに向かって大声で叫ぼうという珍妙な商品だ。

ブログというのも「叫びの壷」の一種かもしれない。日頃の思いを吐き出すことは、ストレスの解消にもなるし、モヤモヤした考えにカタチを与えてくれたりもする。「大きな叫びもささやきに」。しかし、壷のように完全に閉じた世界なのかというとそうではなく、ネット上の情報として外にも開かれている。

内に閉ざされているようでいて、同時に外にも通じている「壷」。ブログは「クラインの壷」なんだな。

ブログ2周年

悲しい人形中之条ビエンナーレを観にいって、駅前のタクシー会社の前に不気味な気配を感じた。タクシー運転手の格好をした、底知れぬ悲しみを誘う人形。上半身はあるが、ズボンはただぶらりと垂れ下がっているところが、哀愁を帯びている。

こういう、街で出会った変なものを、このブログでは「さすらい刑事脱力系」というカテゴリーに分類している。このカテゴリー、数は少ないが、自分の中では一番アップするのが楽しいのだ。

今日で、このブログをはじめて2周年をむかえた。ブログを書く上でこだわっていることのひとつが、記事を細かくカテゴリー分けすることである。たとえば1日の出来事でも、日記風にひとつの記事にするのではなく、美術展を見たら「アート」、そのあと飲みにいったら「旅めし」とカテゴリー別にエントリーする。これは、自分でブログを振り返るときに、月別でもカテゴリー別でも検索できる楽しみを味わうためのこだわりである。

ライブドアブログでは、ひとつの記事に2つまでカテゴリーを設定できるので重宝している。旅行の記録を書くときに、「京都」と「旅めし」というようにどちらでも検索ができるようになる。

ちなみに、現在カテゴリー別に見て記事数が多いのは、

1.旅めし
2.アート
3.オブジェ
4.建築

なんだか食い物のことばかり書いているんだなあ。

ただ、この方法でアップしていくと、記事を書くには時間がかかり冗長になるきらいはある。旅行などすると、ネタが多くて更新がなかなか追いつかない。(香川・直島のレポートは中断しているし)美術展も本も映画も、心に残らなかったものは記事にしないままのことも多くなってきた。

ブログ2周年をむかえて、アーカイブも相当たまってきた。一過性の日記としてのブログではなく、過去ログもチェックしてもらえるようなホームページ的に充実したブログを書いていくことが、今自分が求めていることである。(本家ホームページ「観光」のほうに記事の移行を進めたいとも思っているのだが)


検索エンジンの進歩で、多くの来訪者に見ていただいているが、いつも見てくださる方も、通りすがりの方も、3年目の中年とオブジェをよろしくお願いします!
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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