中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

モダニズム建築

梱包材の谷村美術館







採集地 糸魚川
     

失われた建築 龍生会館








会田誠の個展「絵バカ」を市ヶ谷のミヅマに観に行った帰りに、ふと近所を散策していて偶然このモダニズム建築を目にした。2010年6月のことだ。1966年に西川驍(たけし)によって設計された生け花の龍生派の本部、「龍生会館」であると知った。その日、エントランスホールに入り職員に聞いてみたのだが、内部撮影は禁止とのこと。古びたインテリアといい、石を基調にした素材感といい、なんともいい味わいの空間であった。

中庭のデザインは、特に強く印象に残っいる。コンクリートやタイルの織り成すモダンな造形は、まるでモダニズム建築の枯山水庭園だ。

またいつかゆっくり来ようと思い、さらっと撮影して帰ったのだが、その年の11月に新会館への建て替えのため取り壊されていたことを今になって知った。一期一会の失われた建築。夕方のたそがれた空気が思い出される。

村野藤吾の宝塚カトリック教会

外観側面
外観
住宅街の中に

国立国際美術館で9月12日(日)まで開催されていた「横尾忠則全ポスター展」にあわせ、大阪に小旅行をした。1日目は芦屋のヨドコウ迎賓館(フランク・ロイド・ライト設計)と宝塚カトリック教会(村野藤吾設計)をめぐり、2日目に横尾忠則全ポスター展鑑賞。そのあとは大阪で訪ねたかったジャズ喫茶や居酒屋でゆったり過ごしてきた。

今回は宝塚カトリック教会のレポート。阪急宝塚南口駅のすぐ近くの線路沿い、住宅街の中に現れた異形の教会だ。

ご待望の鯨のような皆様の教会堂がやっと完成いたしました。大洋を漂いつづけていた白鯨がようやく安住の地をみつけ岸辺に打寄せられたとでも申しましょうか。(中略)この建築は敷地の形が三角形になるような性格にあるため、平面計画の上でも三角形という制約を受けました。鯨のシッポの部分、即ち前の方に塔屋を、後方の部分に会堂を配し、全体としては、できるだけ素直な表現に努めました。
村野藤吾「宝塚カトリック教会の設計にあたって」

なるほど言われてみれば鯨にも見える。しかし、私の第一印象は住宅街の中に出現したナメクジ怪獣ナメゴンなのであった。

隣接する事務所の窓口で記帳をすると、教会の方が建物の内外を丁寧に案内してくださった。はじめに照明の落とされた教会堂の内部を自然光だけで目にした瞬間の美しさ。建物にあわせデザインされたシンプルで端正な椅子。村野らしいうねった階段手すり。煉瓦を積み白く塗った内壁の仕上げ。ウェーブを描く木質の天井の有機性。小規模な建築の中にディテールの魅力があふれている。

もっともダイナミックだったのは、建物側面に突き出た雨樋の排水口。現在は隣接する建物の関係で雨水受けが設置されているが、創建当初はここから地面まで雨水がドウドウと流れ落ちたのだという。繊細にして大胆。異形にして優美。静かに椅子に腰掛け過ごした、至福のひとときであった。

内部
側面窓
スリット窓
階段
会堂全景

宝塚カトリック教会図面


1965年竣工の宝塚カトリック教会。大気の汚染などで黒ずんでいた外壁が、昨年の改修でまた「白鯨」としてよみがえった。

長沢浄水場 操作廊と濾過池

操作廊

操作廊コーナー

マッシュルームコラム(未改修)

長沢浄水場は戦前に計画されながら戦争で中断し、東京都水道局で戦後はじめて建設された浄水場だそうだ。本館屋上から構内の配置を眺めたあと、各施設を見学する。建築的にはやはり操作廊の列柱が見所だろう。白く塗られたマッシュルームコラムが並ぶ光景は、未来的であり古典的でもある。柱の要素とアーチの曲線が融合して生み出す造形に、時代を超えた清冽な美を感じた。

この操作廊という長いガラス張りの廊下は、両サイドにある濾過池を監視するためのスペースだ。しかしそのデザインは機能美という範疇では説明できない過剰な装飾性にまで至っている。それでも豊穣というよりは、禁欲的な節度を感じさせるのが不思議だ。部分のデザインが主張しつつも全体としてはストイック。そんな空間構成の足し算と引き算が、程よいバランスを生み出しているのであろう。

一時期は改修でピンクに塗装されたこともあるという列柱。現状はよくメンテナンスされ形状の美しさが引き出されている。一部仕上げをしない状態の柱が残されているのも見学のポイント。コンクリート剥き出しのマッシュルームコラムも味がある。

マイクロストレーナ室

濾過池

濾過池と水

この日は公式の見学会ということで、浄水施設を稼動させるデモンストレーションも行われた。相模湖や酒匂川から導水した原水を、飲料水にまで浄化するのが長沢浄水場の役割。藻類を機械的に除去するマイクロストレーナの建屋は古びた鉄骨が魅力。浄水の最終段階の急速濾過池では、洗浄工程を見せるために大きな棺桶のようなコンクリート構造物から大量の水が奔出させられた。棺桶からあふれ出す水。瀧のように流れ落ちる水。なんだか無意識を象徴する水のイメージが心にわいてくるような、美的な体験であった。

浄水場の見学会で、濾過池の水の表情に最も心動かされるとは思っても見なかった。美は遍在する。

山田守の長沢浄水場 本館

本館と守衛室
本館南面
屋上

6月5日(土)、東京都水道局長沢浄水場の見学会に参加した。山田守(1894-1966)による設計だと知る以前から、生田緑地の岡本太郎美術館に行くたびに前を通りかかり、垣間見える独特の造形が気になっていた。横浜の中華街のはずれのジャズバーに行くたび目にしていた社会保険横浜中央病院の玄関車寄せの庇の曲線美もかねてから印象に残っており、これらが建築家山田守の設計だと知ったときなるほどなと心のもやもやが解消したのである。

山田は日本武道館・京都タワービルや電信局・電話局などの逓信建築の設計で知られるが、今回見学した長沢浄水場は日本におけるDOCOMOMO100選にも選ばれたモダニズム建築。画像でお分かりのように「マッシュルームコラム」と呼ばれる美しい曲線を描く柱がデザインのポイントになっている。

本館手前の別棟の守衛室は山田の設計ではなく後代のもの。しかし、柱のデザインはしっかり踏襲されている。改修された南面を覆うカーテンウォールはやや無粋なのだが、竣工当初(1957)の写真を見ると現在よりはるかに洗練されたモダンな美しいカーテンウォールであったことがわかった。

本館は内部の柱に至るまでマッシュルームコラムが徹底されていて、天井や壁面にすっと収まっていく造形が面白く美しい。施工は大変だったろうな。本館3階の会議室でガイダンスののち屋上へ。浄水場全体の配置を把握してから個々の浄水施設を見学する。列柱の見事な濾過池の上の廊下や、濾過池のデモンストレーション稼動で見た、まるでアートのような水の表情については、また別のエントリで。

本館北面
本館階段ホール
会議室

※階段下の青いのは東京都水道局のマスコットキャラクター「水滴くん」だ。シンプルだなあ。

建築家坂倉準三展@神奈川県立近代美術館鎌倉

坂倉準三展

鎌倉の駅を降りて、鶴岡八幡のいかにも観光地然とした参道をしばらく進んで左に折れると、そこに県立の近代美術館がある。その庭へ一歩足を踏み入れるたびに、ぼくは自分を取り巻く一切のものがガラリと姿を変えるような気がしてならない。その瞬間、ぼくは自分が『一つの完結した世界』に立っているのだ、という気持ちに襲われるのである。われわれがモンクを聴いているとき受ける感じが、ちょうどそれと似ているのではないだろうか。モンクの音楽もまた、それ自身で完結した一つの世界を構成しているのである。
相倉久人「モダン・ジャズ鑑賞」

1963年、ジャズ評論家の相倉久人が書いた文章を引用してみた。建築の門外漢だろう彼の目に映ったカマクラキンビは、古都鎌倉の中で異彩を放つ孤高の建築だった。セロニアス・モンクの音楽のように『一つの完結した世界』と彼が形容したこの建物は、コルビュジエに師事し、モダニズム建築の精髄を継承した坂倉準三(1901―1969)の設計である。この建築は、建築史の大きな流れの中にいかに位置づけられるのだろうか。

建築家坂倉準三展は坂倉の作品を時代順に俯瞰することによって、日本の建築史全体のトレンドが見えてくるような充実した建築展だった。写真・模型・スライドショー・動画・図面ファイル・家具などの視覚的資料も充実しているが、それらを解説するキャプションのテキストが実にすぐれていると感じた。(分量が多いので鑑賞時間は要するが)

コルビュジエの直弟子である坂倉の建築は、まさにコルビュジエの遺伝子を引き継ぐものだ。各地の公共建築や企業施設のデザインには、コルビュジエの作品とオーバーラップする語法やディテールが息づいている。その一方で師コルビュジエに彼が与えた影響もあったことを知った。日本唯一のコルビュジエ建築、国立西洋美術館なども実質は坂倉の仕事といえるんだろうなあ。


高速道路の料金所ゲートの共通デザイン、渋谷や新宿西口の都市計画などの仕事にも坂倉の存在の大きさをあらためて認識させられる。

出光興産のガソリンスタンドの店舗デザインを手がけた一連の仕事は、未来的でシンプルで多彩で、図面も平易で理解しやすい。専門的な建築展は苦手だという方でも、ガソリンスタンドの図面ファイルはご覧になることをおすすめ。図面と写真を見比べることで、図面から空間イメージが立ち上がってくる感覚を体験できるだろう。

東急文化会館のファサードに伊東豊雄の仙台メディアテークを
難波スタジアムのコンクリート塊に原広司の札幌ドームを
パリ万博日本館の繊細さに谷口吉生の美術館を
佐賀県体育館の異形に丹下健三の香川県体育館を
枚岡市庁舎の螺旋階段に村野藤吾の目黒区庁舎を
呉市民会館の幾何学美に安藤忠雄のスタイルを

日本のモダニズム建築のベーシックを支えた坂倉準三の仕事から、様々な建築家たちの作品を連想させられ、建築の同時代性や歴史的連続性について考えさせられる展覧会だった。もし日本の建築家をマッピングしようとするならば、坂倉がその座標軸のひとつになることは確かだろう。

近美鎌倉館

喫茶室壁画喫茶室テラス

喫茶室カウンター中庭壁

ピロティー

展示されていた平面図を見て、ここカマクラキンビの喫茶室の有機的なカウンターが当初からの設計であったことを知った。展覧会鑑賞を終え喫茶室へ。この喫茶室、シンプルでモダンで壁画があって、たいていすいていて気分がいい。テラスには赤の彩色の鮮やかなH鋼の柱。蓮池の緑とのコントラストが美しい。資材難の時代にローコストで建設されたカマクラキンビ。松葉一清は「幻影の日本」の中で、この建築の安普請を、「貧困の哲学」と批判した。確かに「豊か」な建物ではないかも知れない。セロニアス・モンクの音楽も、流麗で豊潤ではない。ストイックで求道的だ。私はカマクラキンビにモンクのような「清貧の美学」を感じるのである。

モンクの音楽は頑固で優しく、知的に偏屈で、理由はよくわからないけれど、出てくるものはみんなすごく正しかった。その音楽は僕らのある部分を非常に強く説得した。
村上春樹「Portrait in Jazz」

村野藤吾の谷村美術館(糸魚川)

正面
庭園より
右手より
側面


谷村美術館で、わが建築界の長老はなにをテーマとしたんだろうか。
知らなくて出かけるとこれは驚きます。本当は知らずに出かけてほしいのだが、それでは私の仕事にならないから続けるが、村野藤吾は日本海の波音が届く美術館の設計にあたり、
“サバク”
そう、砂漠をテーマにしたのだった。

「藤森照信の特選美術館三昧」

新潟県糸魚川の谷村美術館は1983年竣工。建築家村野藤吾(1891―1984)が死の前年、92歳のときに竣工を見届けた建築だ。村野の死後竣工した仕事を除けば、まさに遺作である。藤森照信の上記著書でその存在は知っていたが、未訪のうちに今年1月経営難のため閉館。ところが今年の夏、特別に臨時開館が行われるという情報をmemeさんのブログで知り、訪問することができた。

受付の門をくぐり、回廊に囲まれた敷地の中に現れた異形のモノ。藤森照信の解説によれば、世界各地の砂漠地帯の民家に見られるアドベ(粘土)建築の造形を引用したデザインだそうだ。さらにはアメリカのプエブロインディアンの建築の中に、まさに村野が手本にしたとみられる教会建築があるという。

私自身が連想したイメージは、沖縄の亀甲墓。西方浄土・補陀落などの彼岸とつながっているかのような聖域性を感じた。この美術館、内部には故澤田政廣が制作した数体の仏像彫刻が常設展示されており、美術館のリーフレットでは、シルクロードの砂漠の石窟寺院をイメージして、彫刻と建築が調和した世界を実現していると説明している。

美術館内部の様子については別エントリで紹介するが、これを見ずして村野建築は語れないというべき空間が生み出されている。今年は村野藤吾の建築をあれこれ訪ねる年となったが、谷村美術館は村野藤吾の精神・脳内ワールドがそのまま形になったとでも形容すればよいだろうか。彼の頂点のひとつであることは間違いない。

窓回廊スリット
窓
回廊より
モアイ


※谷村美術館及び隣接する庭園が2009年8月1日(土)から8月16日(日)まで特別開園されています。(会期中無休)今後の公開の見込みは不確定だそうです。ちなみに庭園は島根県の足立美術館の庭園と同じ中根金作による作庭です。

私は今回、富山県入善の発電所美術館塩田千春展もあわせて訪問しました。糸魚川と入善は結構近いですよ。(車で30分)この夏のおすすめです。

佳水園 アルバム

大広間棟

佳水園の客室棟は瀟洒で美しいのだが、異彩を放っていたのが大広間などがある大きな棟の造形。コンクリートと木造の混構造で、まるでチベットやブータンなどのゴンパ(僧院)を思わせる。

階段照明非常口

非常口はなんと「にじり口」の様式。女将も「今の法律では許可にならないでしょうね」と言っていた。ここをくぐると中庭に出る。階段に埋め込まれた照明は、フランク・ロイド・ライトのクラフト感に通じるセンス。

仕切り壁廊下コーナー

垂直と水平のシンプルな平面構成の随所に、三角形をモチーフにした遊びが見られるのも特徴だ。

玄関

すべて一点モノの障子の光彩が美しい玄関ホール。繊細な日本の美の象徴。

階段手摺村野藤吾といえば、「手摺」。佳水園にも、美しい工芸品のような階段手摺がありました。

佳水園は大変素晴らしい建築でしたが、随所に雨漏りのあとが見受けられたり、補修中で使用を中止している客室もあるようで、老朽化が進むなか、メンテナンスの困難さも感じられました。いずれはホテル客室としてではなく、文化財的な保存の対象となっていくのではないでしょうか。泊まるなら今のうちに。

佳水園 部屋とめし

広縁

フロアライト床の間

各室とも、踏込み、次の間、化粧室、および和風浴室のついた組部屋で、これが2方を外気に面するようにのびのびと配置され、日本住宅の良さを十分味わえるようにしてある。それぞれの人がそれぞれの仕方で住んでいる住宅にあるような、親しみやすさとか、くつろぎとか、ほっとするような安心感といったもの、それらに近い雰囲気が村野のホテルにはあった。

「新建築」1960年7月号

佳水園の客室は、一見するとごく普通の地味目の和室なのである。水まわりのプランは最小限、ひのきの風呂もすこぶる小さい。しかし裏山に面した広縁の建具が、ガラス戸・障子ともに三枚組みであったり、照明器具がシンプルでモダンな村野のオリジナルであったり、天井の仕上げが部位ごとに異なっていたり。そのディテールには見入るほどに発見がある。

客室

お造りあいなめの卓袱風

甘鯛の道明寺豆ごはん

この日は、佳水園を味わい尽くそうということで、夕食は部屋食で京懐石をいただいた。手の込んだ仕事をしながら、華美な印象を与えることなく、しみじみ美味しく、部屋の雰囲気にも通じる温かみのある料理だった。締めの釜炊きの豆ごはんがなんとも香り良くおいしい。

驚いたのが「ヘブンリーふとん」という特製の布団。仲居さんが二人で手際よく組みたてた布団は洋式のベッドマットを畳の上に置いたような作り。外国人客からの「布団が固くて眠れない」というクレームに対処するため、外資のウェスティン傘下になってから開発したのだという。たしかに寝心地はベッドそのもの。

夜更けになると、窓の外は暗い静かな林の闇につつまれ、まるでどこかの山荘にでもいるような気分だ。今回利用した1泊2食の宿泊プラン。デザイナーズ系高級温泉旅館よりも確実に安いだろう。

村野藤吾に関心があり宿泊したと知り、様々な資料をわざわざコピーしてくださったり、大広間を見せてもらったり、館内の撮影を自由にさせていただいたり、女将にはほんとに感謝である。

風呂ヘブンリーふとん

佳水園
設計:村野藤吾
竣工:1959年(昭和34年)

佳水園 パブリックスペース

門
佳水園
庇京都東山、蹴上にそびえる巨大なウェスティン都ホテル。エレベーターで7階まで上がり、本館内をしばらく進むと、ホテル裏手の山の上に出る。モダン数奇屋の離れ佳水園は、その立地からしてすでに、ホテルの中の別天地だ。桧皮葺きの門をくぐると、目の前に醍醐寺三宝院を模したという庭園(京都市文化財)を取り囲んで、二寸五分勾配のやわらかな屋根の客室がリズミカルに配置されている。












ロビー1
ロビー2
ロビー3
玄関を入りまず、そのパブリックスペースのゆとりある空間に惹きつけられた。村野藤吾のデザインした丈の低いソファに身体を預け、女将から抹茶と和菓子をいただく。大きなガラス窓越しに庭を臨み、館内におだやかな外光が射しこむ。壁に掛けられた書は、ノーベル文学賞受賞直前に川端康成が揮毫したものだとか。「雨過如山洗」(雨過ぎて山洗うが如し)。かぶとが飾られているのは、いかにも外国人観光客向けのサービスだ。
ロビー4
ロビー5
夜のロビー

このロビーに見られる「雁行」のリズムは、佳水園の平面構成全体の基調にもなっている。夜、本館のバーに出かけジャズライブを観て飲んだ帰り、部屋にもどる前に誰もいないロビーでゆったり。この静かな別世界に泊まれる歓びに包まれる。

日生劇場アルバム

エントランス天井

タイル画ガラスタイル画

受付カウンター階段

レッドカーペット

エスカレーターロビー椅子

ロビー天井カフェコーナー

スピーカーのろま大将

曲面美竣工 1963年
設計 村野藤吾
この日のステージは北島三郎
のろま大将のポスターも

村野藤吾の日生劇場

外観コーナー柱

村野藤吾が設計したウェスティン都ホテルの離れの数奇屋建築「佳水園」については、宿泊したことのある友人のべろ蔵の話も聞いて気になってはいたが、今回の東海道ぶらり旅で目的のひとつとした決め手は、今年4月に見学した日生劇場で受けたインパクトにあった。この日、ブログ「きゃおきゃおの庭」のきゃおきゃおさんのコーディネートで、ステージ開演前の劇場を見学したのだ。

劇場の入っている日本生命日比谷ビル。いっけん普通の近代建築に見えるが、コーナーの仕上げ、窓手摺のデザイン、ピロティー柱のトマソン風味など、さりげない中に「変」な味わいが加えられている。

階段

階段手摺1階段手摺2

劇場の方の案内でいよいよ内部へ。エントランスはアールデコ風アレンジの天井、大きなガラスタイル画、そしてレッドカーペットが目を引く。ロビーフロアに上がると、村野藤吾独特の螺旋階段が左右に。有機的な繊細なフォルムは、以前見学した目黒区庁舎の螺旋階段にも共通するデザイン。赤いカーペットがより一層、やわらかく暖かい印象を与えている。スケール感は意外に小さく、小じんまりとしている。

そしていよいよ、劇場の内部へ。深海に潜む、怖ろしく巨大なアンコウの腹の中に入り込んだとでもいう気分。「有機的な建築」というと、ガウディーが想起されるけれど、ガウディーの建築が植物や菌類のメタファーに満ちている感じがするのに対して、村野のこの劇場は、魚類のヌメヌメした軟らかい感触、深海の静かな暗さを連想させる。てらてら輝く壁面は魚鱗のようであり、フジツボのような形状のスピーカー、この建築の一番の見所であるアコヤ貝をびっしり埋め込んだ天井など「海の底」をイメージさせるデザインに満ちている。点々と輝く照明は、ちょうちんアンコウか、発光する生命体か。

劇場内部

天井吸音壁

客席と天井入場口手摺

まだ、写真でアップしたい魅力あるディテールにあふれた日生劇場。別エントリでさらに紹介したいと思う。「神は細部に宿る」という言葉を体現した、村野藤吾畢生の建築だ。

※きゃおきゃおさんが美しい写真で、日生劇場を紹介したエントリ、その1その2その3

2008年 私のお気に入り 建築

代々木競技場高崎哲学堂群馬音楽センター






建築をめぐることは旅をすることだ。今年は高崎に1泊2日の小旅行しかしなかったが、アントニン・レーモンドのモダニズムの傑作を体験することができた。

・群馬音楽センター(アントニン・レーモンド)
カブトガニのような複雑な外観・音楽そのものをカタチにしたかのような、内部空間の造形・カラフルでモダンな壁画。ホールでの吹奏楽のコンサートも鑑賞し、その音響も楽しんだ。建築がその機能を果たしながら生き続けていることの大切さを感じた。

・高崎哲学堂(アントニン・レーモンド)
レーモンドの自邸と同一プランで建設された貴重な住宅建築。「こんな家で暮らしたいな」と素直に感じさせられる親密で、穏やかな空間だった。高崎市美術館の収蔵品の展示が行われていたのも魅力を増していた。

・国立代々木競技場第一・第二体育館(丹下健三)
今夏、両体育館で入場無料のイベントが行われた際に、内部を見学する機会を得た。まさに神がかっていた時代の丹下健三のパワーにあふれた、ダイナミックな造形に圧倒された。

「住吉の長屋」の原寸大模型を体感できたギャラリー間の「安藤忠雄建築展」、久しぶりに訪れた自由学園明日館と、東京カテドラル聖マリア大聖堂も印象に残る。

東京カテドラル聖マリア大聖堂 大改修工事

祭壇























自由学園から、東京カテドラル聖マリア大聖堂へ向かう。数度目の訪問だが、外壁のステンレス張りがやたらときれいに輝いて見える。聖堂内に入って目にしたリーフレットを読んで知ったのだが、昨年、外装の大改修工事が行われたのだそうだ。(以下リーフレットより引用)

大改修の理由

この建物の斬新なデザインと建築当時の技術とのギャップのため、初期の段階から雨漏りと、ステンレス外装への浸水の問題がありました。

 天井はスチールの格子とガラスでできていましたが、後に雨漏りを避けるために上から別の屋根がかぶせられました。

 外壁は、コンクリートの壁に鉄骨の下地が張られ、その上にステンレスの外装が施されています。ステンレス板の組み方の関係で、雨水が浸入することは避けられず、年月の経過によってステンレスを支えている下地の鉄骨や鉄のボルトが錆び、台風のときにステンレスの一部がはがれるという事態が近年特に目立ってきました。

大聖堂と鐘楼パイプオルガン

















この大聖堂、内部の撮影は禁止なので、祭壇とパイプオルガンの画像は販売されている絵葉書のもの。大改修工事によって、外観も創建当初を思わせる輝きを取り戻したが、この建築の魅力はなんと言っても内部空間の峻厳なまでの美しさにある。荒々しいコンクリート壁が天に向かってそそり立ち、トップライトとスリットのような縦窓から神秘的に光が差し込む。垂直方向のダイナミズムは、代々木体育館の内部空間以上の迫力だ。大聖堂から独立した鐘楼も天空高くそそり立つソリッドなデザインで、緊迫した美しさ。

やはり、この時代の丹下健三は「神」(宇宙人?)と交信していたのではないかなあと妄想してしまう。

※この日は、夜のコンサートに向けてちょうど宗教声楽のリハーサルが行われており、聖堂内に響き渡る美しい合唱を聴くことができた。いつかパイプオルガンの演奏も聴いてみたいなあ。

レーモンドの群馬音楽センター

群馬音楽センター高崎城跡の敷地に群馬音楽センターは建てられている。戦後誕生した高崎市民オーケストラ(後の群馬交響楽団)の活動拠点として、高崎に音楽ホール建設を目指した実業家井上房一郎は、親交のあった建築家アントニン・レーモンドに設計を委嘱した。音楽センター内の資料展示室(レーモンドギャラリー)には、いくつかの設計プランによる模型が展示されている。音楽センターが完成したのは1961年(昭和36)。

隣接する高層の高崎市役所最上階の展望ロビーからは、音楽センターの個性的な外観を見下ろすことができる。カブトガニかなにかのような形状、複雑に折れ曲がった屋根の構造が特徴的だ。

この日は夜7時からの東京佼成ウィンドオーケストラのコンサートのチケットを手に入れていたのだが、建築見学のため早めに音楽センターに向かい、開場準備前に内部を見学させてもらった。

1階ロビーの左右に有機的なフォルムの階段がある。丸くくりぬかれた穴が手仕事の温かみを感じさせ、このような大型建築にもレーモンドならではのクラフト感が生きている。2階ロビーに上がり、そのスケールの大きな屋根組み、大きなガラス壁に圧倒された。壁にはレーモンドが原画を描いたカラフルな壁画が広がっている。漆喰の上に水彩で描いたフレスコ画だそうだ。リズムのあるデザイン、調和のとれた色彩が、古きよきモダニズムの香りをたたえている。これはまさに「目で見る音楽」だ。

ホール内部の壁面も、屋根の構造をダイレクトに反映して複雑に折れ曲がっている。この構造は低予算で大空間を構築するためのレーモンドの工夫によるものなのだという。舞台と客席は全て同一面上に連続していて、2階席は無く、2000人収容の大ホールなのに威圧感が無くのびやかな空間だ。コンサート開演中は、客席の照明の明滅により、コンクリートと木質の壁面が表情を変化させるのが印象的だった。

しかしこれほどのモダニズムの名建築にも、耐久性や音響などの問題点が指摘され、改装や用途変更(音楽ホールを他に建てる)、建て替えなどが行政サイドで検討されているのだという。建築的な価値により、建て替えにまで至るのは避けられる見通しらしいが、できることならば、今のままの姿で、音楽とともに生きつづける建築であってほしい。

群馬音楽センター

正面外観階段









2階ロビーホール内壁
















会議室市役所展望ロビーより

代々木競技場 第二体育館

第二体育館と第一体育館



















第一体育館に続いて、第二体育館へ向かう。こちらは規模も小さく外観のインパクトも弱くあまり期待していなかった。ところが内部に入ってみて驚いた。

コンクリートとプラスチックの無機的な表情の第一体育館に対し、こちらの内装はウッディーにまとめられ、深いブラウンの天井に輝くダウンライトが美しい。天井は一本の柱から吊られる構造で、まるで巻貝の内部のような空間だ。第一体育館よりコンパクトで親密な感覚を与えられる。

全国空手大会の活気で体育館内はどよめき、モダンなデザインの建築との対比が面白い。

客席客席と天井









天井レリーフ壁









客席から下のフロアに降りていくと、アリーナを取り囲む廊下の壁面になんとも奇妙なフォルムのレリーフがあった。どこかスペイシーで、まるで異星人の文明の残した遺物のよう。香川県立体育館で受けた、丹下建築の未来的でSF的な印象が思い起こされた。

60年代の丹下健三の強烈なインスピレーションを感じると、彼は宇宙人と交信していたのではないだろうか、などという妄想がわいてくるのも不思議でない。

第二体育館は比較的頻繁に無料公開のイベントがあるようなので、内部見学のチャンスは多い。ただし、建築見学に熱中して不審者と疑われないようご注意を。

この日はこのあと表参道を歩いたのだが、伊東豊雄のTOD’Sビルも安藤忠雄の表参道ヒルズも、表層的で力のない建築にしか感じられなかった。国家プロジェクトである代々木競技場のダイナミズムの前には、商業建築の限界なのかなとも思う。

※TOP画像は、第二体育館の近くにあるカフェのテラス席からの眺め。シルバーのチェアが近未来的なオブジェとして魅力的。

丹下健三の国立代々木競技場

代々木第一体育館



















いわずと知れた日本のモダニズム建築の傑作、国立代々木競技場。吊り構造を生かした大胆で美しい外観のフォルムは、何度も目にしてきたが、内部を見た体験はなかった。学術研究の目的以外では内部見学は受け付けておらず、一般見学はできない。何かのイベント開催時に観客として入るほかないのだが、先週の週末、第一体育館でレスリングの全国大会、第二体育館で空手の全国大会が開催されるという好機が到来した。入場も無料!

まずは原宿から巨大な第一体育館に向かう。吊り構造を支える2本の柱の頂部の意匠は寺院の鴟尾(しび)や神社の千木を思わせる。エントランスは骨太な鉄骨フレームにガラス壁。午後2時に訪れたのだが、レスリングの大会はすでに終了し、撤収作業中であった。

荒々しい石の外壁が印象的なエントランスホールに入ると、すぐに体育館の大空間が拡がっている。

原宿口入り口エントランスホール









客席アリーナ









収容人員1万3千人の大空間は、水平方向の客席のワイドさが圧倒的迫力だ。それに比して、垂直方向へのダイナミズムは、予想していたほどに感じられない。同じく丹下健三の東京カテドラルの、天に向かってそそり立つ峻厳な内部空間の魅力には及ばなかった。客席を取り巻く窓にはカーテンが張り渡されていたが、ここから自然光が差し込んだならかなり印象が変わりそうに思えた。

しかし、構造の斬新さがダイレクトに建築の美しさ、力に結びつく60年代の丹下建築はやはり神がかっているとしか形容のしようがない。

国立代々木競技場
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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