中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

丹下健三

珈琲神殿





採集地 東京

丹下健三の広島平和記念公園



広島の原爆死没者慰霊碑のアーチの前に立つと、原爆ドーム慰霊碑平和資料館を結ぶ軸がこの公園の南北をまっすぐに貫いていることがよくわかる。広島の焦土の中に生み出されたこのプランは、戦後の建築史上に残る丹下健三の出発点でもあるわけだが、戦中の彼の幻のプランである「大東亜建設記念造営計画」との共通性も思わずにはいられない。

大東亜建設記念造営計画(昭和17年)

霞たなびく富士山に向かって延びる高速道路、裾野に広がる巨大な霊域。丹下健三は、そのような霊感あふれる提案で、「大東亜建設記念造営計画」のコンペの一席を勝ち取った。(中略)
聖戦の美名のもとに死んでいった忠霊のための霊域がこの計画の中心であった。そして、東京からそこへと延びる日本版アウトバーンに、丹下の都市計画に必ず登場する都市軸の雛形が見て取れる。

松葉一清「幻影の日本」

原爆ドーム富士山。このふたつの「象徴」をめぐる「軸」と「霊域」の関係には、敗戦で幻に終わった巨大造営計画と戦後のスタートである広島の仕事とのあいだの丹下建築の連続性が感じ取られるのだ。

戦前・戦後で世の中のすべてがリセットされ、新しい時代が始まったとは言い切れない。このことの一端を丹下の広島プランも語っているのではないだろうか。

ピロティーの印象的な広島平和記念資料館は、戦後の建築としてはいち早く重要文化財に指定されたが、この建物が建設された当時の広島はまだ原爆の傷跡の生々しい状況であったようで、新藤兼人監督の映画「原爆の子」の中には建設中の資料館の工事風景が記録されている。


東京カテドラル聖マリア大聖堂 大改修工事

祭壇























自由学園から、東京カテドラル聖マリア大聖堂へ向かう。数度目の訪問だが、外壁のステンレス張りがやたらときれいに輝いて見える。聖堂内に入って目にしたリーフレットを読んで知ったのだが、昨年、外装の大改修工事が行われたのだそうだ。(以下リーフレットより引用)

大改修の理由

この建物の斬新なデザインと建築当時の技術とのギャップのため、初期の段階から雨漏りと、ステンレス外装への浸水の問題がありました。

 天井はスチールの格子とガラスでできていましたが、後に雨漏りを避けるために上から別の屋根がかぶせられました。

 外壁は、コンクリートの壁に鉄骨の下地が張られ、その上にステンレスの外装が施されています。ステンレス板の組み方の関係で、雨水が浸入することは避けられず、年月の経過によってステンレスを支えている下地の鉄骨や鉄のボルトが錆び、台風のときにステンレスの一部がはがれるという事態が近年特に目立ってきました。

大聖堂と鐘楼パイプオルガン

















この大聖堂、内部の撮影は禁止なので、祭壇とパイプオルガンの画像は販売されている絵葉書のもの。大改修工事によって、外観も創建当初を思わせる輝きを取り戻したが、この建築の魅力はなんと言っても内部空間の峻厳なまでの美しさにある。荒々しいコンクリート壁が天に向かってそそり立ち、トップライトとスリットのような縦窓から神秘的に光が差し込む。垂直方向のダイナミズムは、代々木体育館の内部空間以上の迫力だ。大聖堂から独立した鐘楼も天空高くそそり立つソリッドなデザインで、緊迫した美しさ。

やはり、この時代の丹下健三は「神」(宇宙人?)と交信していたのではないかなあと妄想してしまう。

※この日は、夜のコンサートに向けてちょうど宗教声楽のリハーサルが行われており、聖堂内に響き渡る美しい合唱を聴くことができた。いつかパイプオルガンの演奏も聴いてみたいなあ。

代々木競技場 第二体育館

第二体育館と第一体育館



















第一体育館に続いて、第二体育館へ向かう。こちらは規模も小さく外観のインパクトも弱くあまり期待していなかった。ところが内部に入ってみて驚いた。

コンクリートとプラスチックの無機的な表情の第一体育館に対し、こちらの内装はウッディーにまとめられ、深いブラウンの天井に輝くダウンライトが美しい。天井は一本の柱から吊られる構造で、まるで巻貝の内部のような空間だ。第一体育館よりコンパクトで親密な感覚を与えられる。

全国空手大会の活気で体育館内はどよめき、モダンなデザインの建築との対比が面白い。

客席客席と天井









天井レリーフ壁









客席から下のフロアに降りていくと、アリーナを取り囲む廊下の壁面になんとも奇妙なフォルムのレリーフがあった。どこかスペイシーで、まるで異星人の文明の残した遺物のよう。香川県立体育館で受けた、丹下建築の未来的でSF的な印象が思い起こされた。

60年代の丹下健三の強烈なインスピレーションを感じると、彼は宇宙人と交信していたのではないだろうか、などという妄想がわいてくるのも不思議でない。

第二体育館は比較的頻繁に無料公開のイベントがあるようなので、内部見学のチャンスは多い。ただし、建築見学に熱中して不審者と疑われないようご注意を。

この日はこのあと表参道を歩いたのだが、伊東豊雄のTOD’Sビルも安藤忠雄の表参道ヒルズも、表層的で力のない建築にしか感じられなかった。国家プロジェクトである代々木競技場のダイナミズムの前には、商業建築の限界なのかなとも思う。

※TOP画像は、第二体育館の近くにあるカフェのテラス席からの眺め。シルバーのチェアが近未来的なオブジェとして魅力的。

丹下健三の国立代々木競技場

代々木第一体育館



















いわずと知れた日本のモダニズム建築の傑作、国立代々木競技場。吊り構造を生かした大胆で美しい外観のフォルムは、何度も目にしてきたが、内部を見た体験はなかった。学術研究の目的以外では内部見学は受け付けておらず、一般見学はできない。何かのイベント開催時に観客として入るほかないのだが、先週の週末、第一体育館でレスリングの全国大会、第二体育館で空手の全国大会が開催されるという好機が到来した。入場も無料!

まずは原宿から巨大な第一体育館に向かう。吊り構造を支える2本の柱の頂部の意匠は寺院の鴟尾(しび)や神社の千木を思わせる。エントランスは骨太な鉄骨フレームにガラス壁。午後2時に訪れたのだが、レスリングの大会はすでに終了し、撤収作業中であった。

荒々しい石の外壁が印象的なエントランスホールに入ると、すぐに体育館の大空間が拡がっている。

原宿口入り口エントランスホール









客席アリーナ









収容人員1万3千人の大空間は、水平方向の客席のワイドさが圧倒的迫力だ。それに比して、垂直方向へのダイナミズムは、予想していたほどに感じられない。同じく丹下健三の東京カテドラルの、天に向かってそそり立つ峻厳な内部空間の魅力には及ばなかった。客席を取り巻く窓にはカーテンが張り渡されていたが、ここから自然光が差し込んだならかなり印象が変わりそうに思えた。

しかし、構造の斬新さがダイレクトに建築の美しさ、力に結びつく60年代の丹下建築はやはり神がかっているとしか形容のしようがない。

国立代々木競技場

建築の記憶 写真と建築の近現代

東京都庭園美術館東京都庭園美術館のアールデコの建築はとても好きなのだが、興味をひかれる企画展が少なくてあまり出向かない。宇治山哲平展以来の訪問は「建築の記憶」展を観るため。近代から現代にかけての建築写真を通して、建築自体のみでなく、建築と写真表現の関わりを検証する展覧会だ。

建てられた地から動かすことのできない建築は、実際にそこを訪れない限り見ることはできません。また様々な理由により形を変えられてしまったり、時代の変化とともに失われてしまうこともあります。したがってわたしたちの建築体験の多くは写真によるものなのです。

平明なこのキャプションが、建築と写真の関係を明解に語っていると思う。以下この展覧会を通して、私が感じたことを挙げてみる。

〃築を本当に味わうためには、その場所に旅をし、実際にその空間に身を置かなければならない。せんだいメディアテークを訪れたときに感じたのびやかな空間の魅力は、建築の中を歩き回るという身体性なくしては語れない。しかし海外はもちろん、国内全域の名建築を全て見て回ることは現実に出来ることではない。写真による視覚体験は、建築の疑似体験としては不可欠のものだ。

破壊・解体されて現存しない建築を知るには、写真は重大な効力を持っている。かつての熊本城・江戸城・首里城などの写真の展示を見て強く実感させられた。また伊東豊雄のせんだいメディアテークの建設過程を撮影した畠山直哉の「UNDER CONSTRUCTION」や、東京駅の建設中の写真も、建築が完成した後には知ることの出来ない、過去を記憶できる写真のみがなしえる美を伝えていた。(畠山のスライドショーは必見)

7築写真は、建築そのものを超えた美を抽出することができる。実際に見たことのある広島平和記念資料館・東京カテドラル・代々木競技場・東京文化会館・せんだいメディアテーク・伊勢神宮などの写真に、実物を見て感じた以上の造形美を見出した。杉本博司の撮影した安藤忠雄の建築写真は、建築を疑似体験する手段を超えた、自立した写真表現を成立させていた。

い海療戸会を、庭園美術館の美しい空間で鑑賞できることのしあわせ。東宮御所など近代建築の名品の写真をこの場に身を置いて鑑賞することは、ことさら貴重な体験に思えた。喩えは変だが、お菓子の家の中でそのお菓子を食べるような感覚か。

もっと大判のプリントで写真を見たかったこと、未見の青森県立美術館はもっとその実像がわかるような写真が見たかったこと(鈴木理策の写真のアート表現としての価値は認めるけれど)、あまりに多くの要素を概観していているため、個々に食い足りなさが残る点などが不満に感じたところ。欲を言えば、宮本隆司雜賀雄二による廃墟として壊れゆく建築をとらえた視点も加われば、さらに深みのある展覧会になったのではないだろうか。

いわゆる「建築展」ではなく、「写真」に焦点を当てた切り口は高く評価できると思う。

光の教会せんだいメディアテーク東京カテドラル

宇宙の方舟 香川県立体育館

県立体育館これは宇宙の方舟。まるで異星人が地球に残していった遠い過去の文明の遺物のようだ。

香川県立体育館も、県庁舎と同じく丹下健三の設計。昭和39年の竣工だ。ほんとうにこの時代の丹下建築は神がかっている。現在は裏手の通用口に受付があり、トレーニング室などの利用者はそこから出入りするのだが、現在は機能していない正面エントランスホールの造形には、ため息が出た。まさにSF映画に出てくる巨大な宇宙船の内部のような空間だ。

体育館の競技場の天井は巨大な吊り構造になっているようで、同時代の代々木オリンピック競技場を想起させる。オレンジの椅子が幾何学的に配置され、コンクリートで仕上げられた時計台がモダン。前後左右が対称の外観は量感に満ち、中央部にある雨水の排水溝がダイナミックだ。ここから雨水がとうとうと流れる様を見てみたいものだ。

その造形の魅力は、有名な県庁舎以上。香川の建築は凄い。

香川県立体育館

観客席体育館内部エントランスホール全景






雨水溝エントランスエントランスホール

丹下健三の香川県庁舎

香川県庁舎「香川県庁舎」は「広島平和記念館」に勝るとも劣らない讃辞を集めた名作として名高い。コンクリートの肌はここでも決して荒々しさには踏み込まない。端整に沈黙の肌を晒して、光と影の移ろいのキャンバスとなる。そして、日本建築の繊細な木割りを明らかに意識して打たれたコンクリートの手すりと深い庇が、各階ごとに明暗の見事なコントラストを示して、感動させる。庇が作り出す純黒といってよい闇のなかに、規則正しく配された小梁の断面が、これまた陽光を受けて輝き、圧倒的といってよい日本美を出現させている。(幻影の日本 松葉一清)

昭和33年に竣工し、その後の日本の庁舎建築を大きく方向付けたという香川県庁舎。別棟のピロティー部にはコルビュジェ風のモダニズムも感じさせるが、全体に日本的な陰影が美しいコンクリートとは思えない建築だ。内部に踏み込んで、ホールと壁画がかもし出す空間の魅力にさらに惹きつけられた。

猪熊弦一郎が手がけた巨大な壁画は、シンプルで根源的な生命力のある造形だ。この壁画がエレベーターなどの建物のコア部分をとり囲んでいるのだが、この空間には、単なるレトロ趣味を越えて、時代を感じさせないモダンの魅力が溢れている。古いSF映画のセットのように、既視感のある未来を表現しているといえばよいのだろうか。

岡本太郎の壁画があった旧東京都庁舎も丹下の設計だが、残念ながら解体前に見に行く機会はなかった。

ちなみに、織田裕二と柴咲コウが主演した映画「県庁の星」は、ここ香川県庁でロケが行われたそうである。未見だが、映画の中でこの庁舎が、どのように映し出されているのか気になる。

県庁壁画県庁ホール県庁ピロティー
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

Archives
Subscribe with livedoor Reader
Recent Comments
Recent TrackBacks
ブクログ
blogram投票ボタン
QRコード
QRコード
アクセスカウンター
  • 累計:

  • ライブドアブログ