中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

原爆ドーム

西方浄土





採集地 自宅

『私は貝になりたい』





ふたつの「原爆ドーム」








ヒロシマには、原爆投下の象徴としての原爆ドームが遺された。最近ネットオークションではこのドームのプラモデルキットを使用した自作ジオラマが高値で落札されたりしている。この戦後間もない頃だろう絵葉書にも、原爆ドームの姿を絵画に写しとるという行為が切り取られている。

一方、長崎の爆心地にあった浦上天主堂は撤去され、再建された。長崎原爆資料館を2009年に見学した折に印象に残ったのは長崎に投下された原子爆弾「ファットマン」の原寸大模型であった。現在は塗り替えが行われ、黄色と黒の当時の実物通りの彩色になっているそうだ。


長崎になぜ「原爆ドーム」が遺されなかったのか?興味のある方にはこの本をおすすめする。



鏡の中の原爆ドーム





採集地 横浜

新年を迎えて old photograph

少年兵



歩くチェロ



応援団



キャットボール 



『老兵は死なず』



Ruin under construction



夜の上海



階段下収納



空の音楽



新年最初のエントリは昨年ブログにアップした写真からのセレクト。昨年旅先や日常生活の中で撮影したものもあれば、こどもの頃のアルバム、数年前の写真の掘り起こしなどさまざまである。久しぶりの尾道・広島の小旅行ではずいぶん撮影を楽しんだ。

写真以外にも中古レコード・コーヒー・喫茶店など近年のはまりもの、あい変らずのオブジェ蒐集など、今年はこのブログで取り上げてみようかなと思う。

最後に、昨年亡くなった父がクロアチア旅行で撮影した写真を貼りつけてみる。
あ、最初の「少年兵」も父の撮影だった。
今年もよろしくお願いします!


終戦記念日




原爆ドームと浦上天主堂







今年の春、広島を旅した折、工事の足場に覆われた原爆ドームを目にした。まるで建設途上の廃墟を見るかのような、異形の姿であった。原爆ドームの崩壊を食い止めるための補修工事を行っているのかなと思ったのだが、これは平成4年度より継続されている「健全度調査」と呼ばれる作業なのだそうである。

第2回保存工事以降、原爆ドームの経年劣化等の状況を把握することを目的に、平成4年度(1992年度)から原則3年毎に健全度調査を実施しています。
 第1回の健全度調査から継続的に実施している項目は以下のとおりです。

目視調査等により、劣化状況等を調査する「外観調査」
沈下の状況を調査する「沈下量測定」
壁体の傾きを調査する「鉛直度調査」
壁体の防水性を調査する「透水試験」 ※第1回健全度調査では実施していません。

広島市 原爆ドームサイトより


チェコ人のヤン・レツルの設計により、大正4年(1915年)4月、広島県物産陳列館として竣工した建物が、原子爆弾の被爆を伝える象徴として残存し世界遺産としても認定される「原爆ドーム」となったわけだが、この世界遺産認定は、あくまでもこの廃墟の現状維持を前提としているそうである。

平泉の中尊寺金色堂がそうであるように、ドームをすっぽり包み込む建造物により保護してしまえば、ドームそのものの経年劣化は緩和されるように思われるのだが、世界遺産からは外れてしまうという問題があるらしい。




長崎では、爆心地近くにあった浦上天主堂の残骸は戦後撤去され、天主堂は再建された。もし天主堂の残骸が遺構として保存されていれば第二の「原爆ドーム」になったかもしれないわけだが、原子爆弾による惨禍を記憶に留めるために目に見える形の遺構の存在することの意義は大きい。

広島の原爆ドームが遺構として存続することを最優先するならば、天蓋や遮蔽構造物などの手段が講じられても良いように思うのだが。最近話題の長崎の軍艦島同様、廃墟を遺産として存続させることは困難な課題である。

Ruin under construction





採集地 広島

丹下健三の広島平和記念公園



広島の原爆死没者慰霊碑のアーチの前に立つと、原爆ドーム慰霊碑平和資料館を結ぶ軸がこの公園の南北をまっすぐに貫いていることがよくわかる。広島の焦土の中に生み出されたこのプランは、戦後の建築史上に残る丹下健三の出発点でもあるわけだが、戦中の彼の幻のプランである「大東亜建設記念造営計画」との共通性も思わずにはいられない。

大東亜建設記念造営計画(昭和17年)

霞たなびく富士山に向かって延びる高速道路、裾野に広がる巨大な霊域。丹下健三は、そのような霊感あふれる提案で、「大東亜建設記念造営計画」のコンペの一席を勝ち取った。(中略)
聖戦の美名のもとに死んでいった忠霊のための霊域がこの計画の中心であった。そして、東京からそこへと延びる日本版アウトバーンに、丹下の都市計画に必ず登場する都市軸の雛形が見て取れる。

松葉一清「幻影の日本」

原爆ドーム富士山。このふたつの「象徴」をめぐる「軸」と「霊域」の関係には、敗戦で幻に終わった巨大造営計画と戦後のスタートである広島の仕事とのあいだの丹下建築の連続性が感じ取られるのだ。

戦前・戦後で世の中のすべてがリセットされ、新しい時代が始まったとは言い切れない。このことの一端を丹下の広島プランも語っているのではないだろうか。

ピロティーの印象的な広島平和記念資料館は、戦後の建築としてはいち早く重要文化財に指定されたが、この建物が建設された当時の広島はまだ原爆の傷跡の生々しい状況であったようで、新藤兼人監督の映画「原爆の子」の中には建設中の資料館の工事風景が記録されている。


8月6日 ダークツーリズム





一粒の 向日葵の種まきしのみに 荒野を我の 処女地と呼びき


ひまわりは ひとの作りし 光知り 青白き涙 落としたるらし

原爆ドーム






8月6日。広島に原子爆弾が投下された日から今年で67年。このオブジェはその広島でみやげ物として作られたのであろう。簡素なドーム部分の表現だけでこれが原爆ドームであると分かるのは、それだけ我々の脳裏にこの負の遺産のイメージが鮮烈に刷り込まれていることの証だろう。

今、テレビ等の映像を通して目にしている福島第一原子力発電所の荒廃した姿は、将来にわたってどのようなイメージを我々の意識に植えつけることなるのであろうか。

この一見素朴で温かみのある原爆ドームの置物を眺めていると、私たちはまだ終わることの無い暗い深淵にさらされていることを思い知らされるのである。


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藤城清治 軍艦島を影絵に

藤城清治


ブログ「ジョヴァンニッキ」のジョヴァンニさんからの軍艦島の影絵が出品されるという情報が無ければスルーしていただろう藤城清治「光と影展」。子供の頃からおなじみの美しいメルヘンの世界のなかに、突如長崎の炭鉱の廃墟の島「軍艦島」の不気味な姿が現れる。ライトボックスになった光源からの透過光が廃アパートの窓から漏れるさまが美しい。荒れ果てたコンクリートの質感の表現も予想を超えたリアルさだった。私自身、何度か軍艦島を目にしているが、丹念なスケッチに裏打ちされた軍艦島の異形は、そのディテールにいたるまで克明で、現存しない立坑櫓(たてこうやぐら)の姿を描いたことにより、単なる過去の遺物ではない「生きている歴史」を伝えている。

広島の原爆ドームも見事な大作で、ドームの下に蓮池が広がり蓮の花が輝いているという荘厳なアレンジ。

長崎の被爆遺跡である一本足鳥居と被爆クスノキの山王神社の影絵や、離島の小さな天主堂のスケッチなど、長崎の風物に触発された老大家(1924年生まれ)の旺盛な創作力に驚かされる。

藤城の親類である雑民党の東郷健から依頼された、ゲイ雑誌の表紙デザインの仕事も紹介されていたが、これがなかなかセンスがいい。軍艦島とゲイがキリスト教系の教文館のギャラリーで脚光を浴びるというのも、藤城清治のメルヘンのうちに秘めたエネルギーの過剰さゆえか。

※10月18日(日)で会期終了

軍艦島影絵

原爆ドーム 木の置物

原爆ドーム1















原爆ドーム2原爆ドーム3昨年暮に、ヤフオクで「原爆ドーム」と検索して、偶然この置物を見つけた。わずか100円で落札。出品者にも聞いてみたのだが、いつ頃手にいれたものか記憶にないという。現在は平和記念資料館の休憩所の売店で樹脂製の原爆ドームが売られている。数年前にはピカピカのいわゆる金プラも売られていたのだが姿を消した。木で出来たこの手作り感溢れる置物は相当古い時代の物なのだろう。原爆ドームのような負の遺産も土産物にしてしまうところは、いかにも日本人らしい感性なのかもしれない。(資料館内の公式ミュージアムショップでは、ドームのプラモデルが売られている)

おーい粗茶君がかつて原爆にまつわる歴史を調べて教えてくれたのだが、厳粛なイメージのある平和式典は昭和22年に始まったが、仮装行列が市内を練り歩くなどのお祭騒ぎがあり、平和祭協会には非難の投書が殺到したという。原爆の本当の恐ろしさである放射能の脅威については、昭和29年に第五福竜丸が水爆実験で死の灰を浴びた事件以降になって認識されるようになったそうで、それまでは単なる巨大な爆弾、ケロイドの悲惨さなどしか意識されていなかったらしい。

この置物がどんな時代に作られたものかは定かではないが、広島に戦争の傷跡がまだ残っていた時代のものなのかもしれない。

広島平和記念資料館
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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