中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

岡本太郎

『ビルの中に顔があってもいいじゃないか』





採集地 東京

「なんだ、これは!」







採集地 川越 東京

眠ることを拒否する椅子





採集地 横浜

アート引越センター





採集地 東京(岡本太郎記念館)

太陽の塔にもうひとつ顔があってもいいじゃないか!





採集地 川崎(岡本太郎美術館)

Roll Over TARO!





採集地 東京(岡本太郎記念館)

サエボーグ





Train Shop(JR東日本通販カタログ)より


『神々の黄昏』









採集地 自宅

TAROの夢







採集地 東京(岡本太郎記念館)・横浜
      

座ることを拒否する椅子





採集地 厚木

TARO賞 岡本太郎現代芸術賞展



川崎市岡本太郎美術館で4月8日(日)まで開催中の岡本太郎現代芸術賞展を観た。いわゆるTARO賞である。第15回になる今年は、797点の応募から24組の作家が入選した。公募展らしく表現手法も作風も様々なごった煮の展覧会だが、TARO賞でなければ出会えないような、荒削りだけれどインパクトある作品もいくつか。

千葉和成ダンテ「神曲」 千葉和成 現代解釈集「地獄篇1〜7圏」のあまりに直截な表現は、他の美術展ではお目にかかる事が出来ないだろうとんでもなさ。どす黒い福島第一原発のオブジェと地下から迫り来る邪悪なもの。それを取り囲むパネル画の地獄図。麻原彰晃やビン・ラディンの彫像もある。また、資料として閲覧できる作家自身の出自を綴った文書や、酒鬼薔薇事件、911など数々の事件のスクラップ。作家がこの展示に込めたやり場の無いエネルギーの奔出を感じさせずにはおかない。この愚直なまでの作品が岡本敏子賞を受賞した。さすがTARO賞。

大賞であるTARO賞は関口光太郎「感性ネジ」。新聞紙をガムテープで覆って作られた巨大なネジ型の塔。イグアナ、マリリン・モンロー、管楽器、軍艦島のような団地群などのイメージが氾濫する。まるでインドのカジュラホの彫像だらけの塔のようでもあり、シュヴァルの理想宮の中にでもありそうな過剰に増殖する造形。

太田祐司「ジャクソン・ポロックの新作をつくる」は、イタコに降霊したポロックが絵を描く様子を、ヴィデオと完成した絵画の展示で見せる。イタコに憑依したポロックにいろいろインタビューするのだが、これが可笑しい。「あなたはアルコール依存症でしたね」と聞かれ「酒は今も飲んでる」と答えるポロック!出来上がった作品もなかなかの「新作」で、伝説上の存在となってしまったポロックをイタコが現世に引きずり降ろす面白さ。

そのほか東北画は可能か?「方舟計画」や、美大のゴミ捨て場から収集した美術作品に勝手にタイトルをつけ展示する島本了多と山本貴大「大学美術展覧会」なども気になった。

美術界の鬼っ子TARO賞。会場全体が「なんだこれは」というカオスにまでは至っていないが、これからも驚きあきれるような作家に光をあてて欲しいものだ。


ヤノベケンジのサン・チャイルド




2月26日、岡本太郎の誕生日に青山の岡本太郎記念館を訪れた。企画展「ヤノベケンジ:太陽の子・太郎の子」の最終日。雑然とした冬の記念館の庭に、鮮やかな黄色い放射能防護スーツを着た「サン・チャイルド」がそびえていた。

6メートルを超える巨大な像は、記念館に近づいたときすでに塀の外から姿をのぞかせていた。大きいだけではない。サン・チャイルドは実にいい顔をしているのである。脱力系の愛嬌あるトらやんに対し、希望に満ちた若々しい表情のサン・チャイルド。





岡本太郎記念館内部には、いたるところにトらやんたちが出現し、おなじみ太郎の人形に向かい合って、空也上人ポーズのアトムスーツを着たヤノベケンジ人形が突っ立ている。その異形に太郎がたじろいでいるかのようだ。岡本太郎のアトリエを訪問するというよりも、ヤノベケンジが太郎を乗っ取ったとでもいうべき構図。かつて「太陽の塔乗っ取り計画」を敢行したヤノベが、またしても太郎ジャックを仕掛けたのだ。

サン・チャイルドは大阪の万博記念公園、岡本太郎記念館を旅したのち、大阪の阪急南茨木駅前のロータリーに設置され3.11に除幕式が行われたそうである。茨木はヤノベケンジの出身地である。

3.11、原発事故、アトムスーツ、トらやん、そしてサン・チャイルド。ヤノベケンジの仕事には、先鋭なアーティストが持ちうる、世界のありようを予見する異能を感じずにはいられない。






2010年に富山の発電所美術館で行われた「大洪水」も、今思えば、そんな世界のダークサイドを見通してしまうヤノベの異能が発揮されたインスタレーションであった。洪水に飲み込まれる人家らしき建造物の姿が今にして3.11の大津波のヴィジョンと結びついてくる。この企画展自体、もし実施が3.11以降であったならば自粛もしくは展示内容に干渉がなされたに違いない。

来るべき世界を予見し、乗り越えていこうとする意思。ヤノベケンジはダークな妄想力、異能に支えられた稀有なアーティストである。

太郎の顔 岡本太郎記念館(青山)

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TARO OKAMOTO

かつての岡本太郎の自邸・アトリエであった青山の岡本太郎記念館。冬のある日に訪れたが、ジャングル化した庭の木に生えた奇妙な実までが太郎の作品のようであった。

生誕100年 岡本太郎展

岡本太郎展
岡本太郎展
岡本太郎展
岡本太郎展

東京国立近代美術館の「岡本太郎展」を観てきた。パリ時代・縄文土器の発見・久高島の御嶽(うたき)・太陽の塔・顔のグラスなどなど太郎をめぐるキーワード辞典のような展覧会。これらの中から気になるものが見つかったら、是非太郎各論へと入り込んでいくとよいだろう。この展覧会ひとつで岡本太郎を片付けてしまうことなかれ!
岡本太郎が死んだことを嘆いたって、はじまらない。今さら死んでしまったことを嘆いたり、それをみんなが嘆かないってことをまた嘆いたりするよりも、もっと緊急で、本質的な問題があるはずだ。

自分が岡本太郎になればよいのだ。

「岡本太郎宣言」山下裕二(1999年)


展覧会では、ごく短く編集されたタモリの「今夜は最高」出演時の映像が流れていたが、こんな動画を見つけた。なにか人々には見えないものと常に闘い続けた太郎の、悲壮な哀感が伝わってならない。



※展覧会場最後にひとつ持ち帰れる「おみくじ」はこんなのが出た。

下手なら、
むしろ下手こそ
いいじゃないか。


岡本太郎宣言
岡本太郎宣言
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牛のようなもの

牛のようなもの

古道具屋で、骨董市で、旅先で、ネットオークションで、いろいろなオブジェと出会う。私が自分のものにしたいと感じるオブジェにはどんな基準があるのか。おぼろげだが考えてみる。

■手作り感があること
私が手に入れるのはアートコレクターの範疇にはないものなので、いわゆる一点ものはほとんど無い。それでも、作った人の手仕事が感じられるモノにひかれる傾向は強い。海外の民芸品なども、実際には量産体制で作られているのだろうが、木・焼き物・石など素材の質感とちょっといびつな品質に魅力を感じて手にすることが多い。したがって一般的なフィギュアにはあまり興味が無い。

■役に立たないこと
私の集めているものなど、ひとの目にはガラクタであり無用の長物である。本来機能美が求められる食器などでも、沖縄の壷屋焼のコーヒーカップなど、ぼてっとして目的をはみ出た「過剰性」のある器が好きだ。部屋のインテリアを引き立てるための小物の域を超えて家中に散在するオブジェたちは、役に立つお洒落さも持ち合わせていない。赤瀬川原平は、街の中の無用の長物的物件を「超芸術トマソン」と命名したが、我が家のオブジェたちも私の無意識下の欲動が顕在化した「無用の用」のために存在しているのかもしれない。

■ナンダカよくわからないこと
岡本太郎に言わせれば「何だこれは!」と了解不能な「べらぼうなもの」にこそ感動があるという。私の集めるオブジェたちにも、ひとめ見て「美しい」とか「かわいい」と感じるモノはほとんど無い。むしろ仮面や、仏像から原爆ドームのミニチュアにいたるまで「念」がこもっていて不気味な感じのするモノが多い。言葉に置き換えられないナンダカよくわからない力の存在。水木しげるはニューギニアの精霊たちのオブジェをコレクションしている。横尾忠則は涅槃像とか瀧のポストカードとかY字路の写真とか、テーマを絞り込んで集中的にコレクションをするようだ。私のオブジェの集め方は雑駁で、コレクションと呼べるような代物ではないのだが、ナンダカよくわからないことに熱がはいってしまう点は彼らに通じる感覚があるのだ。

今回紹介するオブジェ、「牛のようなもの」はこれらの条件にあてはまる奇妙な彫刻。近所のリサイクルショップで出会った。作品名も作者も不明だが、腹部には「JAPAN」と印字されている。もちろんひとめ惚れであった。

壊れた太陽の塔

太陽の塔

2011年3月11日の東日本大震災は、横浜の我が家にもはじめて経験するレベルの揺れをもたらした。本棚に横積みしてあった本や、天井近くに置いてあった軽いダンボール箱などが振動で落下し、大型テレビを載せたラックは30cm近くずるずると移動した。

「中年とオブジェ」を名乗るとおり、家のあちこちに散在するオブジェたちも転倒したり、床に転げ落ちたり。それでも破損したのはわずか2品にとどまった。

増長天太陽の塔

奈良の猿沢の池沿いのみやげ物屋で入手した、東大寺戒壇院の四天王フィギュアの中の増長天の持つ槍の先端が折れた。

そして海洋堂制作の太陽の塔のフィギュア(1/350スケール)は、金色の「未来の顔」の支持部分が折れ、頭頂部の避雷針がもげ落ちた。

岡本太郎生誕100年の今年に東日本大震災が発生し、我が家のオブジェの中で太陽の塔が壊れたことには、なにか偶然ではないチカラの存在を感じた。甚大な被害が発生した東北の地は、太郎が日本を再発見するフィールドワークを重ね多くの写真を記録した場所でもある。

子供の頃大阪万博に出かけられなかった私が太陽の塔をはじめてみたのは、ずいぶん後のことだった。テレビや写真でイメージには接していたが、実物を目の前にしたときのインパクトは強烈だった。まさに「べらぼうなもの」としかいいようのない巨大で呪術的で圧倒的な存在感。以来、岡本太郎は私の敬愛する「芸術家」のひとりだ。

形あるモノはいずれ失われる。私のささやかなこのブログで、あらためて自分の日常とともにあるオブジェたちのことを記録に残していこうという気持ちがわいてきた。「中年とオブジェ」のスタートした原点に返ってみよう。

after an earthquake 2011.3.30

この太陽の塔は、以前からあるソフビの小さいタイプ。


※先日、友人と作ったホームページ「観光」から「中年とオブジェ」に一挙に転載した「東北JAZZ遍路」。その後web上の情報から、釜石のタウンホール・大槌のクイーンのマスターや陸前高田のジョニーのママが無事らしいことを知った。何年も前に一度訪れたに過ぎない旅行者の私の心に今でも思い出が残る、温かく印象深い方々である。皆さんのご無事に安堵するとともに、失われたものの大きさを前に今はまだ言葉がみつかりません。

篠原有司男、岡本太郎を語る!!

Ushio Shinohara boxing painting

岡本太郎生誕100年記念
篠原有司男(ギューちゃん)、岡本太郎を語る!!


川崎市岡本太郎美術館のガイダンスホールでイベントは始まった。篠原有司男出演のポカリスエットCMや、たけしの誰でもピカソ出演時のVTRが流れ、「今日は本人が来てるんだからさあ、こんなもんで話し始めようか。」と、ギューちゃんのアッパーなトークがスタートした。

芸術で喰っていけるか?という若い画家の切実な問いかけに、「ならばうちに来い。カレーライスを食わせてやる。」とやり返したという太郎。「俺たち飢えたカラスだったからさあ、太郎さんが『飲ましてやる』っていってたら50人ぐらい押しかけてたよ。俺たちに飲ませたら、何するかわからないからさ。作品とか盗んでいくよ。」カレーライスではぐらかした太郎は、したたかだったのだなあ。

Ushio Shinohara boxing painting

Ushio Shinohara boxing painting

ひとしきり話した後、ギューちゃんはおもむろに絵の具と筆を取り、太郎の代表作である「森の掟」の模写を描き始めた。「ここにジッパーがあるんだよな」、「この辺にサルがいてさ、ネコがいるだろ」とスピーディーに大画面は鮮やかな絵の具であふれてくる。

そして、「森の掟」のイメージが現れたところで、「作品」は屋外へ運び出され、美術館の横にそびえる母の塔の前の広場に立てられた。岡本太郎の「森の掟」に向かって、ギューちゃんはボクシングペインティングをやろうというのだ。

Ushio Shinohara boxing painting

Ushio Shinohara boxing painting

Ushio Shinohara boxing painting

ボクシングペインティングのあとは、希望する観客にサービスのボディーブローでサインならぬパンチ会。暖かな午後の野外はのんびり穏やかな雰囲気で、ギューちゃんのボクシングペインティングはまるで祭の伝統芸能のような味わいであった。開催中のTARO賞入選作家「のびアニキ」は、顔に黒いパンチをされていた。

太郎の模倣をした作品を、自らのボクシングペインティングでぶち壊す創造と破壊。ギューちゃんのストレートなパフォーマンスは、まさに太郎生誕100年にふさわしくあっぱれであった。

それでは、同行したvelozou君撮影の動画を!

2010年 私のお気に入り オブジェ

森の神話

森の神話部分

夜の森の神話

森の神話モノクロ

岡本太郎の巨大な暖炉「森の神話」にあこがれて宿泊した奥入瀬渓流ホテル。昼の顔・夜の顔・深夜の顔・朝の顔。見飽きることなくラウンジに入りびたっていました。魂を奪われる呪術的で原初的な感動があります。このホテルにはさらにもうひとつ、太郎作の暖炉「河神」もあり。

青森県立美術館の「あおもり犬」(奈良美智)も、十和田市現代美術館屋外の草間カボチャのライトアップもよかったけれど、なんといっても岡本太郎パワーの圧勝です。私にとっては昨年のオブジェのランキング首位独占!

今年は岡本太郎生誕100年!展覧会・出版・イベントなど楽しみです。テレビドラマにもなるらしいですね。※岡本太郎生誕100年記念事業公式サイト

深夜の森の神話

「岡本太郎の絵画」展 横尾忠則VS岡本太郎

岡本太郎の絵画

川崎市岡本太郎美術館開館10周年記念展「岡本太郎の絵画」を観た。前期・後期に分かれた展示で、後期は横尾忠則とのコラボレーションが企画されているというので興味をひかれたのだ。

横尾の作品は10点のみで、期待を裏切る少なさだったのだが、その内容は興味深かった。おなじみのY字路シリーズの画面をよく観ると、太郎の彫刻「樹人」が背景に描き込まれていたり、道路のマンホールの蓋に太郎風の「顔」があったり。横尾の太郎への敬愛と遊び心を感じさせる。

太郎にはめずらしい叙情的な美しさの「夜」と、「夜」へのオマージュである横尾の「夜の会合」。この2作品を並べて鑑賞できるとはうれしい。

夜の会合

本編である、岡本太郎の作品が企画展示室いっぱいに並んださまは圧巻。原色の過剰なエネルギーの奔出は「今日の芸術は、うまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない」という「今日の芸術」の言葉そのもの。

絵を観ていて、こんなにも落ち着かず、癒されないというのはある意味すごい。旧都庁舎の壁面レリーフのレプリカなどの大作も展示され、あらためて岡本太郎の仕事を見直す機会となった。坂倉準三の設計した住宅に太郎の絵を飾ったらぴったりくるだろうなあ。そう感じさせるのは、こんにち孤高の存在に見える太郎も、モダニズムの時代を生きたひとりの表現者だったのだという事実ゆえであろう。(太郎の青山のアトリエは坂倉の設計だ)

横尾忠則は「横尾流現代美術」のなかで岡本太郎についてこう語っている。

あの人の人間としての存在はものすごい面白い。非常にレベルの高い作品もあると思うし、だけど何か、描かねばならないみたいな、そういう悲壮感があるんです。闘いがあるような気がするんです。社会と闘っているのか、自分と闘っているのか、芸術というデーモンと闘っているのか、何と闘っているのか知りませんけど、闘いを感じるんです。それが僕をちょっと気持ちよくさせてくれないんです。

たしかに、太郎の絵の洪水の中で観る横尾作品は、いつにもまして優しく心を癒される世界に感じられた。

※9月21日(月・祝)に横尾忠則の公開制作が行われるそうだ。

今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社文庫)今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社文庫)
著者:岡本 太郎
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発売日:1999-03
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横尾流現代美術―私の謎を解き明かす (平凡社新書)横尾流現代美術―私の謎を解き明かす (平凡社新書)
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明日の神話@MOT

明日の神話























東京都現代美術館の常設展示で、現在、岡本太郎の大壁画「明日の神話」が公開されている。1年間の長期展示ということで、そのうち行こうと気長に構えていたのだが、7月1日までの今年度第1期の常設展示では、新収蔵作品を中心に、会田誠や大竹伸朗、ヤノベケンジの作品が出展されていると聞き及び、急いで見に行くことにした。

「明日の神話」は昨年の日テレの汐留でのイベントの時には、お祭り騒ぎで展示スペースも狭く落ち着いて鑑賞できなかったが、MOTでは30m×5mの巨大な作品が余裕を持って眺められる。あらためて岡本太郎の最高傑作だなあと感じた。これだけの大画面を訴求力を持って描くことの出来る作家は、やはりほかには存在しないだろう。

会田誠は戦争画RETURNSの「たまゆら」と「美しい旗」の屏風絵2作と「スペース・ウンコ」、「スペース・ナイフ」という充実のラインナップ。日韓の国旗を美少女が掲げる「美しい旗」は古典的な美さえ感じさせる傑作だ。

大竹伸朗のスクラップブックも見られるし、ヤノベケンジのアトムスーツもあるし、ほんとに充実した常設展だった。アトリウムのスゥ・ドーホーの「リフレクション」は、爽やかなブルーが美しい巨大な立体作品。こちらと、「明日の神話」は撮影可能なのもうれしい。

MOTカフェの中庭には、カラフルなチューブで構成された鬼頭健吾の「starburst galaxy」が壁面を覆っている。こちらは来年までの長期展示だ。入場無料のトーキョーワンダーウォール公募入選作品展(7月8日まで)もなかなか楽しめるし、MOTもなかなかがんばっているなあ。

骸骨スゥ・ドーホー鬼頭健吾
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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