中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

川俣正

川俣正 三笠プロジェクトのレプリカ模型






日本各地のアートプロジェクトが盛んである。近年は一般雑誌や旅行案内などにも地方アートプロジェクトが取り上げられ、その「観光化」は著しい。私も初期の直島を訪ねて以来、越後妻有や新潟などにも足を運んだし、中之条ビエンナーレには出演者としても関わったりした。しかし、やがて感じはじめた安易な「サイトスペシフィック」への疑問は、2009年に大地の芸術祭について書いた下記の拙文のころより変わりがない。


少子高齢化・過疎化が進み、廃校・廃屋が次々に生まれる越後妻有。今回大地の芸術祭の一端を垣間見ましたが、現在の方法論で運営し続けていくならば、いづれ行き詰まり破綻することが予見されます。既成の美術館のホワイトキューブから解放され、里山や廃校・廃屋が鑑賞の場となるということは、一見豊かで自由なプロジェクトのように思えますが、それは形を変えた「美術館」という制度への依存に他ならないのではないでしょうか。

「廃校・廃屋を美術館にするばかりが、アートプロジェクトというものじゃない」という川俣さんの言葉はラジカルですが、アートプロジェクトの未来に向けられた真摯なメッセージを感じます。

中年とオブジェ(2009年9月8日)



川俣正による北海道インプログレス。その新たな取り組みのスタートであった2011年からの三笠プロジェクトは、とてもユニークな地方アートのあり方を形にした。川俣が故郷の旧炭鉱町三笠市で、高校の同級生など地元の知己を中心に募った会員制のアートプロジェクト。私も賛助会員的に加入し、毎年会費を納め会計報告を受け、川俣の手になるオリジナルドローイングなどの「会員特典」をプレゼントされている。

地方アートでありながら、行政の主導でもなく、企業の助成もうけず、メンバーの顔が見えるコミュニティーに支えられたその運営方法は、作品そのもののスタイルをこえて、プロジェクトの方法論自体が川俣のアート表現になっている。それはたとえば、彼がディレクターを務めた年の横浜トリエンナーレにおいて、市営の路線バス車両を埠頭の先にある会場までのシャトルバスとしてダイナミックに往還させた手腕にもみられたような、自己の表現の「場」そのものを創造してしまう、インフラレベルの構築の姿勢に通じている。

三笠プロジェクトにおいて川俣が試みたのは、廃校の体育館に現れたかつてない規模の炭鉱町のインスタレーションそのものというよりも、その制作のオーガナイズの方法を模索することだったのではないだろうか。

三笠でのプロジェクトの完成を受け、今度は川俣の母校のある岩見沢の地でプロジェクトは新たな展開をみせるという。「三笠ふれんず」第5期会員特典は100分の1スケールの三笠プロジェクトレプリカ模型。川俣正と菊地拓児の共同制作で、私は3口の会費で夜の炭住街もセットされたバージョンを贈ってもらった。

北海道の地で自分が個人的に関わっているアートプロジェクトが進行しているというワクワク感。このユニークさのなかには、何か新しい可能性があるような気がする。








ブログ「コールマイン研究室」
『三笠ふれんず』第5期会員募集

記憶遺産





採集地 三笠(北海道)

ブログ10周年 はじまりは2005年




この画像、2005年に開催されたヨコハマ・トリエンナーレ最終日の大集団即興演奏「ヨコトリ・ファイナル・セッション」の模様である。

この2005年は私にとって、様々な意味で現在の自分を形成する萌芽だったのだなと今にして思う。サックスによる即興演奏の再開、横浜での即興セッションへの参加は、その後トマソンズという即興ユニットでの演奏活動に至った。

このトリエンナーレのディレクターであった川俣正についても興味を覚え、ご本人のガイドツアーに参加してその芸術観に感化された。この経験はその後の自分の美術との関わり方に影響し、彼の故郷、北海道三笠のアートプロジェクトへの遠征など引き続き注目をしている。

チープなデジカメを購入したのもこの頃のことで、にわかに身辺の雑事を記録するようになった。ブログを開設する気になった要因のひとつとしてデジカメの存在は欠かせないし、現在ではブログそのものが奇妙な「写真ブログ」と化している。


そんな2005年の9月にブログを開設してから10年。

ブログを通じて知り合った多くの人たちとの交流は、予想もできなかった収獲だった。いつまで続けられるか分からないが、「中年」も佳境に入った今、また新しい「中年とオブジェ」が展開できるといいなと思っている。

こんなブログを愛読し、支えてくれる皆さん。誠にありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。

ジャングルジム





採集地 北海道(三笠プロジェクト)

「腹を割って話そう」





採集地 北海道(三笠)

2013年 私のお気に入り アート




この振り返りは、「お気に入り」のタイトル通り今年の私自身の興味・関心とリンクした美術展やプロジェクトを選ぶことを念頭に、ツイッターでのつぶやきや、ブログでの書き込みを引用して構成しています。今年最大の成果は、私自身も会員になっている「三笠ふれんず」のための会員制アートプロジェクト「三笠プロジェクト」に参加できたことでした。川俣正への関心・炭坑町への興味・地方のアートプロジェクトの在り方への懐疑など、さまざまな角度から私を刺激してやまないこの「秘密結社」と川俣が称する‘閉じたアートプロジェクト’への取り組み。外からは実態がつかみ難いですが、それこそ川俣の目論むところなのです。

以下、10位までのランキングと気になった数展を提示します。

1位
川俣正「三笠プロジェクト」(旧美園小学校体育館)
2年目をむかえた三笠プロジェクト。
三笠ふれんずは秘密結社。
「ふれんず」の一員に仲間入りさせていただいた貴重な時間。

会員制の‘閉じた’アートプロジェクト
助成金に頼らない、行政の加担しないアートプロジェクト
町おこしのイベントではない、地方の秘密結社によるアートプロジェクト


2位
「高嶺格のクールジャパン」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)

t.高嶺格クールジャパン展トーク:在日の恋人、木村さん、などパーソナルな問題から出発して社会性にいたる作品を作ってきた。今回は原発という、今誰もが直面する問題のいわばドキュメンタリー展示。自分個人は、このテーマを伝える媒介になろうとした。

t.高嶺格トーク:クールジャパン展を「薄っぺらな政治性が美術としての弱さをまねいている」という批判があった。でも、パブリックな問題とプライベートな表現は、そのバランスによって強い作品となる。メッセージ性だけを切り離すのでは無く全体としての表現を。

t.高嶺格トーク:クールジャパン展で、自分が震災・原発の当事者に近づいたのかどうかは、当面棚上げしておきたい。当事者であるかどうかはグレーゾーン。

当事者性に関する話題は混乱していて未解決のままだ。しかし表現とは、そもそも対象と自分との距離を見定め、なんらかの形で関係が結べていないと不可能な作業である。従って「当事者とはなにか」という問いは表現にとって根本的なのだ。そして対象と一旦関係を持ち、それが表現となった以後には「自分が関わった責任」が発生する。表現は常にこの「責任」ということと無関係ではありえない。

高嶺格「3.11からクールジャパンへ」(高嶺格のクールジャパン展図録より)


3位
「ジョセフ・クーデルカ展」(東京国立近代美術館)

t.クーデルカ@東近美。パースの力強さ・黒のコントラストの美しさ・現実を切り取っていて夢幻的。まるで見知らぬモノクロ映画の決定的シーンの連続。圧倒的回顧展。ロマ(ジプシー)の連作には、打ちのめされた。こんなパワーの写真展、なかなか無い。

4位
「佐脇健一展 未来の記憶」(目黒区美術館)

t.目黒区美の佐脇健一展。見逃さないでよかった!軍艦島・四阪島・三井三池坑・高炉などを美しく提示する。赤錆びた原発の廃墟の彫刻は圧巻。

5位
「アンドレアス・グルスキー展」(国立新美術館)

t.アンドレアス・グルスキー@国立新美。ベッヒャー・シューレの優等生ここにあり。「群」が彼のメインテーマだけど、バンコクの水面やポロックの展示室風景が気になる。

t.ムージルの「特性のない男」のテキストをカットアップした作品。コンセプトは蘭亭序の世界に通じるなあと。グルスキー@国立新美。

スーパーカミオカンデ・東京証券取引所・香港上海銀行・平壌のマスゲームなど現代社会の諸相を感情を排したクールな画像で提示するグルスキー。その徹底した造形美は、まるで神か異星人の如き視線からもたらされる。ジャクソン・ポロックの大きな抽象絵画の展示風景をとらえた写真を観て、ポロックの絵画が意味をそぎ落とした絵具による作画の痕跡そのものであるように、グルスキーの写真もこの世界のイメージを感情移入なく転写した光の痕跡であるように感じた。

6位
「JR展 世界はアートで変わっていく」Could art change the world?(ワタリウム)

t.ワタリウムのJR展。インパクトある路上のアートたち。リオのファベーラの家々に貼られた人びとの顔。なんと力強い美しさだろう。

中東のパレスチナとイスラエルの狭間で、リオデジャネイロのファヴェーラ(貧民街)で、アフリカの内紛地域で、モノクロの巨大ポートレイトをストリートに出没させ、人々の見る風景を変容させる。だが、彼のアートプロジェクトはそうした「美」によって殺伐とした現実(リアル)を癒すなどという次元のものではない。

アートが直接的に社会を変革できるのではないと彼は知っている。アートというフィルターにより、現実の見え方が変わる。それは、フィクションがときに現実を超えて人々に作用してしまう力に通じているのだろう。


7位
「米田知子 暗なきところで逢えれば」(東京都写真美術館)

t.米田知子@写美、最終日。日本の近代史に関わる風景を当事者性から隔てられた視線で切り取るが、メッセージは強固。イメージの氾濫するグルスキーとは真逆なようでいて、通底する神の目線。皇居一般参賀が異国の画像のように。

米田知子は、なにごともないような静謐な写真の中に歴史の記憶をあぶりだすことで、自身が当事者として告発するのではなく、鑑賞者とともに「自分が関わった責任」を共有する。鑑賞者は、知識にもとづいて歴史の現場におもむいた米田の体験を、自らもなぞるのだ。

8位
「写真家 石川真生―沖縄を撮る」(横浜市民ギャラリーあざみ野)

t.写真家 石川真生ー沖縄を撮る@横浜市民ギャラリーあざみ野。基地の街の黒人兵専用バーで働いて撮った兵士と女達。沖縄の伝統芝居の名優達。ある女の子の妄想をイメージ化した新作。三つのシリーズにネイティヴな沖縄写真家石川の表現を観る。

t.石川真生@あざみ野。いつも、自分が関わった場・人から出発する彼女の表現には、沖縄を外側から観るヤマトの写真家が囚われるテーマ性に無い、パーソナルな力強さがある。

t.大衆演劇の沖縄芝居の名優達が見得を切る姿の大きなブロマイドのような連作。面構えも、衣装の美しさも見事。失われていく娯楽の貴重な記録。石川真生@あざみ野

t.黒人兵とバーの女たち。黒人と白人の関係と、沖縄人とヤマトンチューの関係は相似形で重なり合う。:石川真生@あざみ野のインタビュー映像より

t.3331ArtsChiyodaで石川真生さんの写真展みた。港町エレジーの男たち、沖縄芝居の楽屋裏、まるで当事者のように距離の近い写真。濃密。napギャラリーです。

9位
「坑夫・山本作兵衛の生きた時代〜戦前・戦時の炭坑をめぐる視覚表現」(原爆の図 丸木美術館)
その炭坑を描いた絵画が世界記憶遺産に登録されたことで話題となった、山本作兵衛の作品をはじめ、戦前・戦時の炭坑の姿を伝える絵画・写真資料などが丸木美術館の企画展示室いっぱいにあふれる、企画者の熱の伝わる展示であった。
私自身、かつて全国の炭鉱跡や鉱山跡を点々とめぐる旅をする中で気になる存在だった「坑夫像」。往時を偲んで記念碑的に建立される像も多いのだが、資材の乏しい戦時中に、鉄筋コンクリートで建造された坑夫たちが今なお現存している。

写真家萩原義弘さんは、現存する坑夫像および、すでに解体された坑夫像の姿をとらえた写真を今回展示した。この戦時美術の遺産に着目した初めての機会ではないだろうか。

10位
川俣正「東京インプログレス リバーサイドツアー」(汐入・佃・豊洲)
集合場所は「東京スカイツリー」を対岸に臨む「汐入タワー」。まだスカイツリーがクレーンにより建設中だったときに来て以来の再訪だったが、雨風で木材は色褪せ、独特の枯れた味わいが加わっていた。

このタワーの内外で響く、ヴァイオリンやアコーディオン、コントラバスの音色は、時にミュージシャンの姿なきタワー自体の共振のようでもあり、演劇的な空間を生み出しもし、心地よい彩りある時間を味わわせてくれた。
東京インプログレス「リバーサイドツアー」。次の構築物は「佃テラス」。ウォーターフロントの高層マンションが林立する中に、緩やかに高低差を描く木質の回遊路が設置されている。デッキテラスからは大きな川面とスカイツリーの遠望。造形的には、川俣正がヨーロッパの街並みのなかに現出させてきた木質のウォークスルーやウォークボードの系譜にもっとも近しい。
ミノムシのような、鳥の巣のような、天に向かってぽっかり口を開けた「豊洲ドーム」。身にまとっているのは、廃材の木材。被災地の瓦礫でこそないが、川俣正がプロジェクト「東京インプログレス」の進行中に起きた東日本大震災に対するステイトメントで言及した、震災被災地の光景に対峙しようとする姿勢をカタチにしている。





■「ベーコン展」(東京国立近代美術館)

t.ベーコン展。彼は自立する脚をほとんど描かない。腕と脚の不分明な、機能分化しない身体。袋に詰められた肉塊のような人体。土方巽の舞踏映像は、そのことを示唆する。

t.1983年に東近美で観たベーコン展の図録を見返す。ミック・ジャガーのための三つの習作あったなあ。人体のグロテスクな肉袋感は今回の内容以上だったと思う。今日は少し薄味に感じたワケを確認。

■ここに、建築は、可能か(ギャラリー・間)

t.ここに、建築は、可能か@ギャラリー・間。3Fは陸前高田みんなの家の模型の変遷する姿。4Fは、まさに畠山直哉の個展だ。23日(土)まで。

陸前高田を撮影した、被災前・被災後のスライドショーも静かに訴えかけてくる。模型の展示された会場の背景には畠山による巨大な被災地のパノラマ写真。

畠山はインタビュー映像の中で、お腹が痛ければ誰にでも効く薬を飲めば痛みはやわらぐけれど、文学や美術は薬のようには効き目はない、というように語っていた。今、遍在する安直な「震災対応」の表現に対する当事者としてのストレートな言葉であると感じた。


■「会田誠展 天才でごめんなさい」(森美術館)

t.会田誠展、何かと話題だけど、第一回横浜トリエンナーレで鳥羽SF未来館という秘宝館の展示再現した都築響一の仕事に比べればなんのことはない気がするな。

結論から言うと「つまらなくてごめんなさい」
もちろん会田誠は、かねてごひいきの作家である。上野の森美術館での山口晃との二人展をはじめ、グループ展や都現美の常設、ドキュメンタリー映画「≒会田誠~無気力大陸~」、ギャラリーでの個展など折りに触れて目にしてきた会田の作品が、あれもこれも一堂に会してはいる。しかし、森美術館の大味で平板な展示室に集められたそれらは、インパクトをそがれ、均質化し、心に強く響いてこない。18禁ルームは、たしかに面白さが「ましまし」だったけど、「美術館で」よくやったよなあという留保つきの刺激なんだな。

■MOTアニュアル2012「風が吹けば桶屋が儲かる」(東京都現代美術館)

t.風桶@MOTの田村友一郎の日本家屋。表札見た時、口にした懐紙の意味に気づきドキリ。冥界のような地下3階駐車場が、カタカタと振動するのが今と地続きでまた怖い。

t.MOT常設。関東大震災のスケッチに始まり、亀倉雄策のポスター、原子力を平和産業に!とヒロシマ・アピールが対峙する展示にやられた。アートと音楽展で行列展示に時間割くより、じっくり常設を!

台湾やサイパンに遺された日本統治時代の神社の象徴「鳥居」のある風景を写真で切り取った下道基行。鬱蒼とした茂みの中に佇立し、公園の中で倒れベンチのように人々に腰掛けられ、静かな写真がいっそうその場所に積み重なった時間の存在を伝えています。原爆を投下した爆撃機の出撃基地であったテニアンに遺された鳥居の写真には、なかでもズシリとしたインパクトを受けました。



川俣正 三笠プロジェクト2013








北海道の廃校になった小学校の体育館に、炭坑町が生まれた。

川俣正が作品を生み出す姿を初めてみた。

川俣さんと一緒に焼き肉を食べた。

川俣さんと同窓生の皆さんとカラオケBOXで歌った。


2年目をむかえた三笠プロジェクト
三笠ふれんずは秘密結社。
「ふれんず」の一員に仲間入りさせていただいた貴重な時間。

会員制の‘閉じた’アートプロジェクト
助成金に頼らない、行政の加担しないアートプロジェクト
町おこしのイベントではない、地方の秘密結社によるアートプロジェクト

あまりに特殊で、面白くて、奇妙で、新しくて、美しくて。
旅を振り返って、じわじわとその魅力を反芻しています。

これからしばらく、三笠プロジェクトのレポートを続けます。

北海道インプログレス 東京インプログレス




川俣正が東京の水辺、隅田川沿いで展開してきたプロジェクト「東京インプログレス」。10月27日(日)にこの11月には解体が始まる豊洲ドームを会場に、クロージングイベントが行われます。

川俣は、それに先行して北海道の三笠での巨大炭坑町インスタレーション制作を進行中。私はこの廃校の体育館での制作の様子とお披露目を体験するため、今日から北海道入りします。

帰り道は、室蘭の工場夜景見学バスツアーとか弘前の前川國男建築巡りなど、寄り道しつつのんびり旅の予定。東京インプログレスのクロージングには参加できませんが、豊洲ドーム・佃テラスを未見の方にはこの機会に見納めをおすすめします。川俣正のトークや、アーティストたちによるパフォーマンスもあるそうです。

それでは、久しぶりの北海道行ってきます。


川俣正 三笠プロジェクト 2013





かつて北海道の炭坑町だった三笠。アーティスト川俣正の出身地であるこの町で「三笠プロジェクト」というアートプロジェクトが進行している。廃校になった小学校の体育館を大胆に使い、かつての炭坑町の風景をモチーフにした巨大インスタレーションの制作がなされているのだ。目黒区美術館の炭鉱展の時にも川俣は炭坑町の風景をインスタレーションとして提示したが、三笠における制作ははるかに大きなスケール。

今年は、川俣がパリからやってくる10月後半に、集中的にインスタレーション制作が行われる予定だという。10月25日(金)が今年の制作完了とお披露目のイベント。このプロジェクトは、地元三笠の川俣の同窓生らを中心にした「三笠ふれんず」という賛助会員による会費や、ボランティアの手により運営されている。今年は私も三笠ふれんずの一員として自身の手で制作の一端に関わり、お披露目の場に参加すべく、北海道へ乗り込もうと計画している。

目黒区美術館のインスタレーションの拡大版であるばかりでなく、地上の町の地下部分には夜の炭鉱住宅街と坑道をモチーフにしたもうひとつの風景が内包されるというから楽しみだ。

札幌からほど近い岩見沢からアクセスできる三笠の町は、産炭地時代の炭鉱遺構もいくつか残り、この場所で川俣の炭坑へのアプローチを体験するのは、「場」のもつ記憶と現在を重ね合わせる、興味深い機会となることだろう。昨今、乱立する、レジャーランド化した地方アートプロジェクトとは一線を画した達成を期待したい。

こんな夢をみた

夢の記

青い海に伸びた岬の砂浜の奥に、大きな展望台のような形の岩窟がある。3つの穴から向こう側の空を覗き見ることができる。岩の頂には松などが繁茂し、緑の帽子のようだ。

この砂浜や岩窟はA化学の社有地で、手前に古ぼけたコンクリート造の社宅が並んでいる。社宅は砂除けのためか、すっぽりネット状の天蓋でおおわれており、会社の関係者以外はこのネット越しにしか奥の岩窟を目にすることができない。

社宅が取り壊されることになり、この天蓋のある浜辺の風景はこの秋で失われることを知り、夏のように日差しの強い休日の今日、車で湘南の方にあるこの浜辺に行くことにした。キラキラした海と、今しか見られないネット越しの風景を記憶にとどめたくて。

昔、この浜辺の岩窟の風景が出てくる実験的な日本映画を観たことがあった。「砂の女」のようにモノクロでシュールな映画のラストシーン。風にはためく社宅の天蓋のネット越しに岩窟が広角のカメラで静かに捉えられていた。Twitterのお気に入りに、この浜辺の近くの美術館の小ホールで、あの実験映画の上映があるという情報をピックアップしてあったのを思い出した。


乗用車に乗り込み高速道路を走っているうちに目が覚めた。




奇妙でリアルな夢をみたので、書き記してみた。この夢に出てくる展望台のような穴の開いた岩は、東京インプログレスの汐入タワーの投影なのだろうな。背景に広がる青い海は、隅田川の大きな流れが置換されたのだろう。ブログ「ジョヴァンニッキ」、「ジョヴァンニッキ2」のジョヴァンニさんは何回か自身のみた夢の記をアップされている。この夢など、そのシュールさには及ばないな。

※画像は長崎の炭鉱の島、池島(2009年)

リバーサイドツアー 豊洲ドーム






ミノムシのような、鳥の巣のような、天に向かってぽっかり口を開けた「豊洲ドーム」。身にまとっているのは、廃材の木材。被災地の瓦礫でこそないが、川俣正がプロジェクト「東京インプログレス」の進行中に起きた東日本大震災に対するステイトメントで言及した、震災被災地の光景に対峙しようとする姿勢をカタチにしている。異形のドームの内部に入り込むと、そこには宗教的な建築にも通じる聖域性と包み込まれるようなインティメイトな温度が感じられる。プリミティブで、未分化な、雑味を取り除かれる前の原初的なサンクチュアリ。







音楽ユニット「表現」のメンバーが奏でる音響が、ちりぢりの断片からやがて求心力を持ち始め、メンバーがドームの内部に吸い込まれながらむかえたクロージング。自然と紡がれたボイスが、この「場」の持つ聖性を浮かび上がらせる。日が傾きはじめ、ドームが長い影を伸ばし、夏の午後のツアーは終わった。






リバーサイドツアー、最終回となる第3回は10月5日(土)に企画されている。ブログ、Facebookなどで情報発信する参加者を対象としたモニターツアーである。10月27日(日)には、豊洲ドームでパフォーマンスや川俣正のトークを交えたクロージングイベントが行われる。汐入タワーは、荒川区の管理により保存が決まったそうだが、佃テラス、豊洲ドームは当初の予定通りテンポラリーなプロジェクトとして今年11月には解体されてしまう。

暑い夏の日のリバーサイドツアー。青い空と川風の記憶とともに印象に残り続けることだろう。

Flickrアルバム

Shioiri Tower

Tsukuda Terrace

Toyosu Dome

リバーサイドツアー 佃テラス







東京インプログレス「リバーサイドツアー」。次の構築物は「佃テラス」。ウォーターフロントの高層マンションが林立する中に、緩やかに高低差を描く木質の回遊路が設置されている。デッキテラスからは大きな川面とスカイツリーの遠望。造形的には、川俣正がヨーロッパの街並みのなかに現出させてきた木質のウォークスルーやウォークボードの系譜にもっとも近しい。

当初のプランでは、震災被災地の瓦礫によるタワーの設置を目論んでいたそうだが、近隣住民の反対や瓦礫受け入れの安全性の問題などから、この「佃テラス」の構築に至ったそうである。








佃テラスは、そのヒューマンスケールの空間が心地よい。巨大建築では得られない人の身体感覚に寄り添った視界の獲得。歩いて回遊することで得られる能動的愉しみ。なんだかうろうろ、行ったり来たりしたくなる「場」なのである。さてツアーは最終目的地「豊洲ドーム」へ。楽隊の「表現」の皆さんも乗り込んでのバスツアー。彼らとともに移動する我々は、不思議なゆるーいパレードの一行のように見えていたに違いない。(続く)



東京インプログレス リバーサイドツアー

ステイトメント2011

「東京インプログレス」は、都市と水辺の関わりを比較検証してゆく継続的なプロジェクトとして始まりました。プロジェクトの最初の構築物は、変わりゆく東京の風景を眺める物見台として、同時期に建設が進む「東京スカイツリー」が見える隅田川対岸に建設され「汐入タワー」と名付けられました。

期せずして、この「汐入タワー」建設中に東日本大震災が起きました。
2011年3月11日以降、東京に限らず日本全体の状況が大きく変化しました。
進まない復旧作業、政治の混乱、そして今後半世紀近く続く原発の事故処理……。私たちが震災を通じて見たものはいったい何なのでしょうか。あの巨大な廃材の山は私たちに何を伝えるのでしょうか。

(中略)

震災から遠く離れた場所で、私は一つのアクティヴィティを提示したいと思います。それは変容する都市「東京」に対する提示ではなく、東京が対峙する震災の図像へのアクティヴィティ。
私たちが見た被災地の光景を通じ、東京で、そして世界で被災地の風景に関わる活動を行ってゆきます。

7.2011 川俣正







8月31日、東京の水辺の風景と向き合った川俣正のプロジェクト「東京インプログレス」の3つの構築物を巡る「リバーサイドツアー」第2回に参加した。観光バスに乗り込み3つのポイントをつなぐツアーは、さながら東京の特殊観光の趣き。この日は、各所でアコースティックな演奏ユニット「表現」によるパフォーマンスも展開され、水辺の川風・漂う音響・川俣正の構築した「場」が補完しあい、厳しい暑さにも関わらずなんともゆったりした時間が流れていった。集合場所は「東京スカイツリー」を対岸に臨む「汐入タワー」。まだスカイツリーがクレーンにより建設中だったときに来て以来の再訪だったが、雨風で木材は色褪せ、独特の枯れた味わいが加わっていた。

このタワーの内外で響く、ヴァイオリンやアコーディオン、コントラバスの音色は、時にミュージシャンの姿なきタワー自体の共振のようでもあり、演劇的な空間を生み出しもし、心地よい彩りある時間を味わわせてくれた。









ツアー一行は、バスに乗り込み次の目的地、「佃テラス」へと向かった。(続く)





※汐入タワー初訪問の時書いた記事はこちら

川俣正 東京インプログレス

川俣正の東京でのプロジェクト東京インプログレスにより竣工した汐入タワー。建設中の東京スカイツリーのビューポイントに建てられた、川俣らしいラフな造作のタワーだ。今年2月19日の上棟式では、盛大にもちまきも行われたそうだが、3月予定されていた竣工イベントは、東日本大震災の影響で中止に。一般公開も休止していたが、現在は見学自由。

川俣の仕事であるから、当然このタワーの竣工自体は表現の一側面に過ぎない。準備段階から地元の小学生等を巻き込みワークショップを重ね、東京の新しいランドマーク、スカイツリーが建設される同時代に汐入タワーの建築にかかわることで、個人のアクションを歴史の転換点に結びつけ、身体的記憶を獲得すること。そんなもくろみがこのプロジェクトにはある。

プロジェクト進行中に何度か川俣のトークを聴講したのだが、彼はいつもパリのエッフェル塔の工事中の写真の事を話題にしていた。建築が完成することにより消失してしまう「建築中」という進行形の姿。我々が写真でしか取り戻せないその姿を、作られつつある塔(スカイツリー)を眺めながら、自らがパーソナルな体験として塔(汐入タワー)を建築する記憶を身体に埋め込むこと。

ワークインプログレスの方法論を、東京において実践した貴重なプロジェクトだ。

中年とオブジェ 2011.6.16

サントリーニの「川俣正」





採集地 横浜

香港の「川俣正」







採集地 香港

香港では建設現場の足場に伝統的にを使うのである。久々に訪れた香港でもこの技術は健在であった。とある教会の修復現場では、さながら川俣正の作品のような見事な足場が組まれていた。洋風建築と竹の取り合わせ。いい味出してるなあ。

Tadashi Kawamata Expand BankART










横浜のBankART NYKが、川俣正に占拠された。「Expand BankART」のタイトルどおり、木材や廃材の窓枠が大量に集積して、BankARTの内部・外部・周縁部に異形の構造物が侵食している。それと同時にプロジェクターやディスプレイで、川俣の仕事を俯瞰する大量のドキュメント映像を館内各所で上映。

これだけの規模で、実際の川俣の構造物を体験したのは初めてだ。かつてBankART NYKの3階は、この廃墟感漂う倉庫施設そのものを剥き出しにした常設作品のためのスペースだったのだが、今回川俣はそれをしのぐ、この空間ならではの取り組みを形にしている。

しかし、BankARTを舞台にした壮大な新作には、「新しい川俣正」の姿はない。これは一種の回顧展だ。写真・映像・図録などで触れてきた「川俣正」の大仕掛けな再現であり、既視感は拭い去れない。それでも川俣がこれだけストレートに形ある作品を提示したことは、今や貴重な体験の機会であることは間違いない。

私自身は、日本における川俣の新たなる方向性としては、北海道の廃校を舞台に進行中の「三笠プロジェクト」に、より期待を寄せている。目黒区美術館「炭鉱展」で出現した炭坑町のインスタレーションが、さらにスケールアップされて制作されつつあり、校舎全体をズリ山に見立てた巨大な構造物で覆い尽くす計画も構想されているという。川俣の出身地三笠で、会員制のサポートで運営されているこのプロジェクトは、昨今地方の町で乱立するアートプロジェクトのあり方への問題提起の実験でもある。






※BankARTでの展示は2013年1月13日(日)まで。元旦をのぞき会期中無休。チケットはパスポート制で、3分冊の図録をセットした割安な入場券も用意されている。なお撮影は自由だが、個人的記録目的に限っての許可で、館内の展示についてはブログ等での公開は禁止。映像展示は大量に上映中なので、のんびり時間を取って川俣ワールドに浸るのがお勧め。運河をはさんで対岸からの遠景も是非眺めていただきたい。

※追記:今年3日に再訪した際、あらためて受付スタッフに確認すると、内部を撮影した写真もブログ掲載などを通知すれば公開は差し支えないとの回答だった。集客いまいちのようだしな。でも川俣組のこの架設工事は是非現場で見てほしい。再訪した印象は、ちょっと整いすぎた現場かなといったところ。結構お金かけてるような感じです。(2013.1.6)

水と土の芸術祭2012 メイン会場 おもしろ半分制作所

 


新潟で開催されている「水と土の芸術祭2012」。その面白さを支えているのは、ボランティア・スタッフたちの芸術祭を楽しんでやろうという意気込みなのではないだろうか。メイン会場の小さな手作り感あふれるチープな受付で、女の子から会場案内を受けた。「ここ、すごく面白いから是非観ていってください。私、大好きな展示なんです」とすすめられたのが「おもしろ半分制作所」。通称はアジト。新潟港のメイン会場の一番はずれにある古ぼけた建物。屋根の上に変なものが、と思いつつ入場。

以前は長岡中央水産、北日本石油事務所などが入っていた施設。港で働く人々の風呂、休憩所として利用された場所が作品に変貌

水と土の芸術祭ガイドブック








いやもう、内部はすごいことになってます。和室あり、ベッドルームあり、屋上庭園あり、大浴場あり。唖然としているとボランティアの男性が熱く語りかけてきた。「ここは、まさに違法建築の秘密基地ですから、気をつけてくださいね。屋上庭園の土運び込むのほんとに大変でした」とニヤニヤ、顔がゆるんでる。

このテイスト、もしやと思ったら、仕掛け人はwah document。かつて、都現美の川俣正「通路」展のとき、とんでもないアイデアを募って企画を実現しようというテーマでチームを組んだwah projectのメンバーによる作品だったのだ。

狭い危険なはしごをのぼり屋上に出ると、新潟の市街地を一望する絶景。 「アジト」の看板の上には風見鶏ならぬ風見トキが!

もちろん、この作品は来場する子供達に大うけだ。みんな熱心に内部を探検していた。

「おもしろ半分制作所」は、今回の水と土の芸術祭の姿勢を象徴するスポットだと思う。既存の建物を再利用して、脱構築。あくまでチープで、粗雑で、手作りで、ゆるく、気取らず。昨今はやりの「リノベーション」なんかじゃないんだな。

作家達も内部にある既存の浴場で汗を流し、泊まりこみで制作をしたそうです。お風呂入浴イベントもあるそうで、ほんとに「ワウ」って感じですね。

※水と土の芸術祭の会期は今年12月24日まで。みずつちレポート、まだまだ続きます。

あけましておめでとうございます



今年最初の画像は、京都の建仁寺を訪れた折りに撮影した小泉淳作の天井画「双龍図」です。撮影は自由。同時代の作家の画業を、末永く寺宝として公開していこうという未来に向けての気概が感じられました。あまりに巨大なので、元小学校の体育館で制作されたという傑作。

こうした同時代の作家の仕事が未来を形作っていく現場に立ち会いたい。そんな気持ちで、今年も時代を共有する作家たちの美術に目を向けることを求めてみたいと思います。

たとえば、「北海道インプログレス」において炭坑町をイメージしたインスタレーションなどに、目黒区美術館の炭鉱展のときを超えるスケールで取り組もうという川俣正


今年が、皆さんそれぞれに実りある一年になりますように。

2012年 元旦


追記:小泉淳作氏、今年になってお亡くなりになられたのですね。ご冥福をお祈りします。

川俣正 東京インプログレス

tadashi kawamata tokyo in progress
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川俣正の東京でのプロジェクト東京インプログレスにより竣工した汐入タワー。建設中の東京スカイツリーのビューポイントに建てられた、川俣らしいラフな造作のタワーだ。今年2月19日の上棟式では、盛大にもちまきも行われたそうだが、3月予定されていた竣工イベントは、東日本大震災の影響で中止に。一般公開も休止していたが、現在は見学自由。

川俣の仕事であるから、当然このタワーの竣工自体は表現の一側面に過ぎない。準備段階から地元の小学生等を巻き込みワークショップを重ね、東京の新しいランドマーク、スカイツリーが建設される同時代に汐入タワーの建築にかかわることで、個人のアクションを歴史の転換点に結びつけ、身体的記憶を獲得すること。そんなもくろみがこのプロジェクトにはある。

プロジェクト進行中に何度か川俣のトークを聴講したのだが、彼はいつもパリのエッフェル塔の工事中の写真の事を話題にしていた。建築が完成することにより消失してしまう「建築中」という進行形の姿。我々が写真でしか取り戻せないその姿を、作られつつある塔(スカイツリー)を眺めながら、自らがパーソナルな体験として塔(汐入タワー)を建築する記憶を身体に埋め込むこと。

ワークインプログレスの方法論を、東京において実践した貴重なプロジェクトだ。

tadashi kawamata tokyo in progress
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螺旋状になったスロープを歩き展望台に上る。タワー内部には、ワークショップで子供たちが作ったさまざまな素材の「タワー」のイメージモデルなどが展示されている。スカイツリーは現在、工事用の大きなクレーンの解体段階に入っているそうで、そのいかにも「建築中」ならではの特異な姿を眺められるのは今のうち。汐入タワーは平成25年度までの仮設設置予定だそうですが、スカイツリーの工程とあわせ体験するなら今のうちが旬でしょう。

隅田川のゆったりした流れと天に向かうスカイツリー、手仕事のヒューマンスケールの川俣のタワー。そんな場に身をおくと、未来的なもの・原初的なもの・自然のゆったりした時の流れなどさまざまな感興が交錯し、しばし時がたつのを忘れました。

※もちろん、東日本大震災や原発の問題と、東京インプログレスが提示するものがどうコミットしていくのか。川俣正の言葉で語って欲しいなと思います。

友人V君の2011年3月19日早朝のツィートより
「徹夜開けの早朝、スカイツリーが復興の象徴に見えてきた。」

tadashi kawamata tokyo in progress
↑この画像をクリックするとフリッカーにまとめた東京インプログレス写真集にリンクしてます。

藝大先端2011

藝大先端2011
藝大先端2011藝大先端2011
藝大先端2011藝大先端2011
藝大先端2011
藝大先端2011藝大先端2011

東京藝術大学の先端芸術表現科の学部卒業制作展および修士課程修了制作展、 「藝大先端2011」 が、横浜BankART Studio NYKを会場に始まった。会期は1月23日(日)まで。

先端の卒展を観るのは、都現美の川俣正[通路]展で出会ったコールマインラボのメンバー、菊地拓児さん参加の修了制作展以来、2年振りであった。

今年印象強かったのは修士課程の学生の作品の完成度が非常に高いということ。インスタレーション・オブジェ・写真・絵画など各自様々な表現手法をベースにしているが、たとえば立体作品の中に頭を突っ込むと、映像が目の前に現れる作品など単純なカテゴライズを超えた領域横断型の取り組みが目立った。

しかし完成度の高さの背景に、既知のアーティストを容易に連想させる「既視感」を覚えた作品が多かったのも私の実感。作品の精度を高めるために、既存のアートの文法・語法に依存しすぎなのだと思う。「これはとんでもないなあ」とあきれるような型破りの作品を期待するのは酷だろうか?

修士課程に比較すると、学部の卒業制作展はたしかに荒削りな印象。だが、「これからどうなるのだろう」というモヤモヤしたパワーが会場全体から感じられたのは楽しかった。洗練されていく前ゆえの強みが彼らの作品にはあるのだろう。

私のお気に入りの作品は修士課程の次の2点

田中一平「un-calculation -非予測-」
一見すると地味に黒い鉄棒が散在している。近寄るとなにやらチン・チンとランダムな音がする。どういう仕掛けでこのインスタレーションが成り立っているか観察してみると、なんともアナログでシンプルなシステムであることにじんわり気がつく。是非立ち止まってその動きと音の仕掛けを解明し味わって欲しい。飄々として知的で、時間の感覚や視覚・聴覚を微妙にズラされる作品。不確定な事象を証明する公式のように、完結しながら揺らいでいる面白さがある。

山下祐人「heavy smoker series」
猛烈に煙草をすうマシーン。金属を自作で削りだした部材などによる労作だが、その造形は可愛くてシニカルでグロテスク。「喫煙作品」なので、2階の屋外テラスに展示されている。お見逃しなく。みなとみらい地区の夜景を背景に煙を吐くその姿には、作者の都市社会への憎悪が感じられる(?)

展覧会鑑賞後はオープニング・パーティーに参加。続いて川俣正×桂英史のトーク「都市と芸術をめぐる現実(リアリティ)」を聴講。このトークは大変刺激的だったので別エントリで感想など書いてみようかと。

いちはやくトークのレポートをまとめられたlysanderさんのブログ。この夜のエッセンスをお伝えになっています。

徒然と(美術と本と映画好き...)
SPECULA #7「都市と芸術をめぐる現実(リアリティ)」川俣正vs桂英史


※1月22日(土)のイベント
15:00-18:30 藝大先端2011公開シンポジウム「メディアとしての展覧会」
ゲスト:東谷隆司(インディペンデント・キュレーター)/小谷元彦(美術家・彫刻家)/辛美沙(MISA SHIN GALLERY代表)
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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