今年の春、広島を旅した折、工事の足場に覆われた原爆ドームを目にした。まるで建設途上の廃墟を見るかのような、異形の姿であった。原爆ドームの崩壊を食い止めるための補修工事を行っているのかなと思ったのだが、これは平成4年度より継続されている「健全度調査」と呼ばれる作業なのだそうである。

第2回保存工事以降、原爆ドームの経年劣化等の状況を把握することを目的に、平成4年度(1992年度)から原則3年毎に健全度調査を実施しています。
 第1回の健全度調査から継続的に実施している項目は以下のとおりです。

目視調査等により、劣化状況等を調査する「外観調査」
沈下の状況を調査する「沈下量測定」
壁体の傾きを調査する「鉛直度調査」
壁体の防水性を調査する「透水試験」 ※第1回健全度調査では実施していません。

広島市 原爆ドームサイトより


チェコ人のヤン・レツルの設計により、大正4年(1915年)4月、広島県物産陳列館として竣工した建物が、原子爆弾の被爆を伝える象徴として残存し世界遺産としても認定される「原爆ドーム」となったわけだが、この世界遺産認定は、あくまでもこの廃墟の現状維持を前提としているそうである。

平泉の中尊寺金色堂がそうであるように、ドームをすっぽり包み込む建造物により保護してしまえば、ドームそのものの経年劣化は緩和されるように思われるのだが、世界遺産からは外れてしまうという問題があるらしい。




長崎では、爆心地近くにあった浦上天主堂の残骸は戦後撤去され、天主堂は再建された。もし天主堂の残骸が遺構として保存されていれば第二の「原爆ドーム」になったかもしれないわけだが、原子爆弾による惨禍を記憶に留めるために目に見える形の遺構の存在することの意義は大きい。

広島の原爆ドームが遺構として存続することを最優先するならば、天蓋や遮蔽構造物などの手段が講じられても良いように思うのだが。最近話題の長崎の軍艦島同様、廃墟を遺産として存続させることは困難な課題である。