中年とオブジェ

美術館・街で見かけたオブジェ 旅先で手に入れたオブジェ オブジェの視点で世の中を楽しむ中年の日常。

美術展

2016年 私のお気に入り アート

今年は即興演奏ユニット「トマソンズ」の活動が好調で、その分美術館へ足を運ぶ機会は少なめだった。近所なので行けるつもりだった横浜市民ギャラリーあざみ野の石川竜一写真展も、風間サチコ参加のあざみ野コンテンポラリーvol.7も見逃してしまったし。

Twitterのつぶやきで振り返ってみると、大きなインパクトを受ける展覧会はなかったものの、面白く楽しめる企画に出会えた1年だった。

辛口のコメントをした村上隆の昨年から今年にかけての2大展覧会、「五百羅漢図展」と「スーパーフラット・コレクション」は、美術展とはなんだろうかとか、現代美術と古典ってどんな関係にあるんだろうかとか考えさせられた意味においては、今年観た中で忘れられない展覧会であったことは間違いない。

横浜市民ギャラリーでは11人の抽象画家のグループ展でオープニングのライブ演奏を務めさせていただき、絵画作品にインスパイア―された即興演奏という機会を得ることができた。来年2月末にも同企画展にお誘いを受け、また新しい音を出せればなあと思っている。

 




☆☆☆「しりあがり寿の現代美術 回・転・展」(練馬区立美術館)

しりあがり寿の現代美術 回・転・展@練馬区立美術館。回る回る。ヤカンが、ダルマが、縄文土器が、聖徳太子が、連合艦隊が。みんな回っている。オブジェが回転するだけでこんなにシュール!静止画のみ撮影可。回転は見て感じるしかない。

チープな博物館の可動式展示の如く、意味もなく回転するオブジェたち。これは果たして現代美術のインスタレーションなのか?笑える映像作品「回転道場」はビデオアートなのか?しりあがり寿の回・転・展@練馬区立美術館はまるで現代美術の実験場。

パロディーでオリジナルを異化し、髭の生えたOLや幻覚を見る弥次喜多を描いてきた漫画家。動画をトレースして劣化させることでゆるめ〜しょんを生んだアニメ作家。オブジェを回転させた現代美術家。しりあがり寿の回転展はズレが生む笑いを問う。


☆☆☆宮本隆司「九龍城砦 Kowloon Walled City」(キャノンギャラリーS)
品川のキャノンギャラリーSで宮本隆司の九龍城砦写真展。暗い会場に浮かび上がるモノクロームのスラムの闇。香港の湿気を孕んだ空気の重さが感じられる。出品作を掲載したリーフレットも配布。7月4日(月)まで。

各地の建築物の解体現場の光景を撮影した宮本の「建築の黙示録」のシリーズ。彼の表現は阪神淡路大震災の記録でひとつの頂点に達したと感じるのだが、彼の九龍城砦の写真にはほかの建築撮影の仕事にみる超然とした客観性とは異なり、ある種の体温とクールな視線が同居している。九龍城砦の持つ場の力に半ば呑みこまれ、ギリギリの足場で対峙した写真からは、「神の視線」を思わせるような黙示録のシリーズからは得られない生々しさ、臭い、濃密な空気が迫ってくるのだ。(中年とオブジェ 2016.6. 19)


☆☆風間サチコ「電撃‼ラッダイト学園」(無人島プロダクション) 

明日13日(土)より無人島プロダクションで風間サチコ個展「電撃‼︎ラッダイト学園」スタート。イギリス産業革命期の機械破壊運動ラッダイトと現代の学校制度批判がどのように結びつくのか?風間さんの妄想力に期待!オープニングレセプション18時〜

風間サチコ「電撃‼ラッダイト学園」@無人島プロ始業式に出席。学校を舞台に暴力・破壊を描く。バットを振り回す未来派風生徒、おぞましい同調圧力を秘めた下駄箱のグラフィカルな構成美。装甲車のナンバーが37564(皆殺し)という笑いも。

風間サチコ「電撃‼ラッダイト学園」@無人島プロダクション。今まで細部の集積・群像表現の多かった風間にしては、単体の人物像主体のダイナミックな画面。いまいち動きが描けてないのが劇画に堕さない魅力でもある。私は民衆絵画的なごった煮の作品のほうが好みかな。


☆☆「気仙沼と、東日本大震災の記憶」展(目黒区美術館)
2/13(土)より「気仙沼と、東日本大震災の記憶」展が始まりました(3/21まで)。詳細はhttp://www.mmat.jp で。震災直後から2年間にわたり記録された被害状況の写真を中心に、目黒区と縁の深い気仙沼とその周辺についても民俗資料でご紹介しています(無料)。

目黒区美術館きた。気仙沼のリアス・アーク美術館の新たな常設展示を紹介。3月21日まで。入場無料。
「震災以前と何も変わらず、何事もなかったかのように"美術館"を再開することなど考えられませんでした。被災地の博物館、美術館として、被災社会が必要とするものを、被災者である私たち学芸員が提供していくことにこそ、大きな意味がある」リアスアーク美術館学芸員の山内宏泰氏


☆☆「未来を担う美術家たち18th DOMANI・明日展文化庁芸術家在外研修の成果」展(国立新美術館)

国立新美術館Dmani展に来た。ゲスト枠に風間サチコさん。久しぶりに大作版画を楽しむ。何故彼女は巨大船を描くのだろう?キャプションにある以上の深層性があるような気がします。


☆☆「美の精鋭たち2016―the meaning of life」(横浜市民ギャラリー)

本日2月2日〜8日「美の精鋭たち2016」抽象画家11名の描く心象風景。初日17時より即興演奏ユニット「トマソンズ」のライブやります。横浜市民ギャラリーにて。





☆☆「村上隆のスーパーフラット・コレクション―蕭白、魯山人からキーファーまで―」(横浜美術館)

横浜美術館の村上隆スーパーフラットコレクション。山本作兵衛の炭坑画があった。

横浜美術館の村上隆スーパーフラット。川俣正の小品もあり。

横浜美術館の村上隆スーパーフラット。もはや、古美術・古道具から現代美術まですべてが等価に感じられる。美術館の備品が作品に見えてしまったり。

横浜美術館の村上隆スーパーフラット。撮影OKだけど「展示風景」に限るという縛り。単体作品とかクローズアップは不可。インスタレーション展示も全体で一作品なのでダメ。村上の脳内マンダラのような展示室、撮りたかったな。


「村上隆の五百羅漢図展」(森美術館)

村上隆の五百羅漢@森美術館。最終日直前臨時延長の深夜に鑑賞。REALKYOTOの浅田彰のレビューに倣って言えば、「5分で通り過ぎてしまった」感じ。膨大で長大で細部にも拘泥しているのだろうけど、密度がなくスカスカ。神は細部に宿っていなかった。

村上隆の五百羅漢@森美術館。辻惟雄を引き合いに出して日本美術史に絡めたコーナーとか、制作の裏側見せたコーナーとか、蛇足感漂ってた。狩野一信持って来ちゃ、ある意味自身の敗北宣言か。

村上隆の五百羅漢@森美術館。この宝誌和尚像を模した人形が般若心経唱えるのが一番面白かった。


☆☆「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム― 」(神奈川県立近代美術館葉山館)

クエイ兄弟―ファントム・ミュージアムー@神奈川近美葉山。まぶしい夏日と海水浴客のすぐ隣に秘められた異界。デカダンスと病理性。不協和なBGM。数多くのアニメが編集上映され、人形たちのインスタレーションも蠱惑的。夏の幻燈会の儚さ。どっぷり浸かるなら作品上映会狙いかな。 


☆☆「アルバレス・ブラボ写真展―メキシコ、静かなる光と時」(世田谷美術館)

アルバレス・ブラボ写真展@世田谷美術館。メキシコ革命の動乱・壁画運動などの前衛芸術運動の時代を経ながら独自の静謐な世界を表現。町の看板・洗濯物などを切り取る視線はまるで路上観察者の先達。モノクロで事物のフォルムを抽出しユニークなタイトルで落とし込む。おすすめです。


☆☆「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス―さざめく亡霊たち」(東京都庭園美術館)

クリスチャン・ボルタンスキー展@東京都庭園美術館。新館の大型インスタレーションは映像・音響に加え、床に敷かれた干し草の匂いに嗅覚まで動員。ベンチに座って沈潜する。干し草の上を裸足で歩いて触覚も刺激されたらなあと夢想。作家も想定したのではないかなあ。


都築響一presentsエロトピア・ジャパン「神は局部に宿る」(アツコバルー)

都築響一presentsエロトピア・ジャパン「神は局部に宿る」@アツコバルー(渋谷)。秘宝館・ラブホテル・イメクラなど、都築ワールドを追ってきた者には目新しさはないが、久々の鳥羽SF未来館フィギュアはやはり強烈!

都築響一presentsエロトピア・ジャパン「神は局部に宿る」@アツコバルー(渋谷)。入場料1000円であの展示ボリュームはちと高いが、オリエント工業の銘品ラブドールの肌をオサワリできるとあればやむなし。


トーマス・ルフ展(国立近代美館)

トーマス・ルフ展@東近美と篠山紀信「快楽の館」@原美術館をはしご。自分が撮影せざる天体写真を加工するルフ、原美術館で撮影したヌード写真を等身大でその場に展示した紀信。写真そのものは異質だが共にコンセプチュアル。写真自体に没入できる強度が無いのも共通点。

トーマス・ルフ展@東近美。ベッヒャー・シューレの優等生らしく証明写真を巨大に引き伸ばしたり、集合住宅をフラットに撮影した作品がいい。よりコンセプチュアルな作品群は、観念先行で面白みはない。トーマス・デマンドのような倒錯性は感じられず。写真を愛さないことを目指しているのだな。



2015年 私のお気に入り アート

「中年とオブジェ」も今年とうとう10周年を迎えた。一時期はコンテンツの中心であった美術鑑賞ネタも近年減少し、今年はブログ上では美術に関するエントリはほとんど休止状態であった。私自身の嗜好の変化もあるのだけれど、どうも今年はグッと心つかまれる美術体験がなかったのだ。ことに現代美術において。以下に、Twitterでつぶやくなどした展覧会等を中心に挙げてみる。




☆☆☆八木良太「サイエンス/フィクション」(神奈川県民ホールギャラリー)

・八木良太「サイエンス/フィクション」神奈川県民ホールギャラリー。砂時計の砂音を増幅して聴くなど、視覚と聴覚に仕掛けられる実験道具のような作品群は、軽妙で知的。

・八木良太「サイエンス/フィクション」神奈川県民ホールギャラリー。八木の主要なモチーフであるアナログレコードが、微細な物理振動を音に変換するシステムであるように、彼の作品は微細な日常的器具から意想外の変換を試みて、見る者の知覚を刺激する。想像力の振動。


☆☆赤瀬川原平「芸術原論展」(広島市現代美術館)

・昨年見逃した赤瀬川原平「芸術原論展」を、広島市現代美術館で観てきた。漫画「お座敷」などのペン画、中古カメラ鉛筆画、晩年の風景画などのタッチを味わうよろこび。でも、美術館の枠の中に収まるような芸術家ではないのだとも痛感。もどかしい想いの展覧会。


☆☆小学館日本美術全集 椹木野衣責任編集19巻「拡張する戦後美術」

・小学館日本美術全集、椹木野衣責任編集の19巻「拡張する戦後美術」届いた。手塚の新寶島にはじまり、山本作兵衛、白井晨一の原爆堂計画、ねじ式、明日の神話、三越の天女(まごころ)像までもが混在する。まさに本の中の空想美術館。

・日本美術全集19。平山郁夫の作品では広島の平和資料館にある「広島生変図」が。紅蓮の炎・原爆ドーム・不動明王。総花的に終わらない編集の力を見せる一冊だな。

この書籍の刊行は、優れたコレクションの美術館にも迫る体験を与えてくれた。繰り返し紐解きたくなる一冊。何しろカバー写真が太陽の塔だし。


☆☆鴻池朋子展「根源的暴力」(神奈川県民ホールギャラリー)

・鴻池朋子展「根源的暴力」@神奈川県民ホールギャラリー。吹き抜け空間の第5展示室のみ撮影可。この大空間は生かし切れていなかったが、かつてのファンタジーに傾斜した作風からより土着的なフォークロアへの変化を感じる。

・鴻池朋子展「根源的暴力」@神奈川県民ホールギャラリー。第2展示室中央に広げられた素焼き粘土のオブジェ群が気に入った。海牛のようで人体の一部のようで土器のようで。正体の不分明な形態が感覚をくすぐる。オオカミや魚といった明確なモチーフからこの方向に作家は移行していきそうだ。


☆☆そこにある、時間ードイツ銀行コレクションの現代写真(原美術館)

印象に残る写真展。粒ぞろいの良作がそろっていたが、コレクション展ゆえの散漫さ・既視感は否めない。


ニュータウンゴースト 遺跡とアート(大塚・歳勝土遺跡公園)

・ニュータウンゴースト 遺跡とアート@大塚・歳勝土遺跡公園(横浜市都筑区) 現代アートと竪穴式住居集落の出会い 11/1(日)まで

数年前から継続しているこの企画にはじめて足を運んだのだが、遺跡の構築物と現代アートとのコラボ。予想以上に面白かった。


蔡國強展 帰去来(横浜美術館)

火薬の作家という側面以外の仕事を知ることができたが、展示数少なく食い足りなかった。オオカミの群れのインスタレーションはインパクトあったな。


クレー展(宇都宮美術館)

・クレー展@宇都宮美術館。美術館行きバス激混みでレストランはランチ戦争中。予想外の混雑です。

このプチ遠征は即興演奏の相方ジョヴァンニさんと連れ立って。アフターの地方都市居酒屋紀行も含め楽しかった。クレーの素描の良さ、音楽的構成の美しさを再認識。


オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男(東京都現代美術館)

展示の密度は期待ほどではなかったが、大アトリウムに展開した巨大建築模型は床に寝そべりながら堪能した。スクリーンで上映していた映像はDVD購入してじっくり見ようと思ったら廃盤で入手困難。


川俣正三笠プロジェクト図録完成

北海道まで遠征し、制作ボランティアの一端にも参加できたアートプロジェクトの図録が今年届いた。作品の永続性も危ぶまれ、ドキュメント映像の制作も始動したそうで楽しみだ。


名和晃平「FORCE」(スカイ・ザ・バスハウス)

・スカイ・ザ・バスハウスの名和晃平。旧風呂屋のギャラリー天井から降り注ぐ黒いインクの列。身体に浴びてギャラリーの白い壁面にダイブしたいと妄想してしまった。流動しているのに静止しているかのようなインクには、旧来のガラスビーズ彫刻に通じるスタティックな美とともに暴力的な力を感じる。


きりさき個展(新宿眼科画廊)

・新宿眼科画廊の、きりさき個展。トレヴァー・ブラウンのパクリ的だけど、アクリル画の色感、細部のこだわりが和な感じでよい。ペン画、鉛筆画のタッチも美しい。


SHUNGA 春画展(永青文庫)

・春画展@永青文庫の図録。600ページ超える辞書のような造本だが意外に軽量。会場平日でも混み合っているので復習に好適。


鎌倉からはじまった。1951-2016(神奈川県立近代美術館鎌倉館)

・近美鎌倉館。ミュージアムショップでの販売限定の鎌倉館ペーパークラフト目当てに行ってみた。完成見本なかなか精巧。30センチ四方の大物だ。(1/120スケール)そのほか過去の図録の廉価販売もあり。篠原有司男と伊庭靖子入手。ギュウちゃんのポスターもおまけでついた!

・近美鎌倉館。いままで見たことのない旧学芸員室も公開中。カフェの上の中3階にある。坂倉準三と長大作デザインのヴィンテージのチェアに座ることもできた。





風間サチコの大作版画を久しぶりに観られるという国立新美術館の「未来を担う美術家たち
18th DOMANI・明日展文化庁芸術家在外研修の成果」展
は新年のお楽しみに持ち越した。新年初めからガツンとやられることを期待して。

2014年 私のお気に入り アート

毎年恒例、今年一年の美術鑑賞振り返りであるけれど、家人の病気・介護などで外出の機会の制限された今年は、例年のように美術展に通うことがままならなかった。それでも鑑賞することのできた中から、いくつかのお気に入りを取り上げてみよう。Twitterとこのブログからの引用で構成してみる。




☆☆☆ダレン・アーモンド 追考(水戸芸術館現代美術ギャラリー)

  • ダレン・アーモンド、炭坑町出身だと知り見逃せない思いつのり、水戸芸術館に遠征することに。高嶺格以来、1年ぶりの水戸に向かう。

    ダレン・アーモンド展、映像インスタレーションとしての手応え堪能。マルチ画面を駆使して明晰な夢を見せられるような感覚。比叡山・インドなど西洋的知のフィルターを通した東洋の映像に、ケン・ウィルバーを想起。水戸芸来てよかった。明日最終日。

    水戸芸で観た「ダレン・アーモンド 追考」を反芻していて、「時間」というテーマに行き当たる。デジタル時計、数字のドローイング、映像作品におけるパラレルな時間と円環する時間。夜明け時の光をとらえた写真にも、時間を切り取る明確な意志がある。

    ダレン・アーモンドが月明かりや明け方の光景を写真で捉えるのは、それらが夜とも朝ともつかない不分明な光を見せるからであろう。その視線は単線的に割り切れない「時間」の不分明さの考察につながっている。

    『ダレン・アーモンド 追考」展の図録がようやく届いた。映像インスタレーションの構造を本というメディアに置換した6分冊は、ブックアートというべき斬新な造本による編集。6300円という高値だけのことはある。



☆☆☆佐藤時啓 光―呼吸 そこにいる、そこにいない(東京都写真美術館)

太陽光を手鏡で反射させたり、ペンライトが放つ光の軌跡を、長時間露光の大判カメラのフィルムに定着させ、その場所の風景が変容するさまを美しく写真で表現する作家、佐藤時啓(ときひろ)の個展が、東京都写真美術館で行われている。都内で彼の作品をまとめて観ることのできる充実した展示であった。

佐藤時啓の写真に私が感じるもの。それは大きくは以下の3点に集約される。

光によるランドアート・アースワークとしての試み。
クールな美しさと、うちに潜む倒錯性。
写真が「記録」のメディアとして機能すること。


  • 佐藤時啓@写美。画面に現れる幻想的美しさと、その制作過程に潜む滑稽ですらある行為。単に現実を写すのではなく、現実を変容させる倒錯性に、トーマス・デマンド等のドイツ現代写真に通じるものを感じる。彼もまた、クールな変態。



☆☆萩原義弘「SNOWY the frosty hour」(ギャラリー冬青)

炭鉱・鉱山跡の写真を撮り続けている写真家、萩原義弘さんの個展が始まった。今回は雪に埋もれた廃坑をテーマにした「SNOWY」シリーズの展示。写真集「SNOWY the frosty hour」の出版記念の写真展である。雪の白、白い日差し、月明かり、光る星、炭坑・鉱山遺構のグレートーン。モノクロームの画面には朽ちていく人工物の時間の堆積と、自然の見せる移ろいゆく時間が重層している。クローズアップで切り取られた抽象的な作品から、廃坑の構造物を俯瞰した構築的な作品まで。静かな世界だが、雪のふっくらしたフォルムが何か生命のような魂のようなものの存在を感じさせる。

萩原氏の言葉に「炭鉱や鉱山跡を廃墟だとは思っていない。人々が去り、たとえ朽ち果てようとしていても、そこには人々の存在が残っていると思う」とあるが、雪という事象を介在させることによりここには「廃墟」とか「産業遺産」といった言葉では表現できない、深い作家のまなざしが浮かび上がっている。



☆☆風間サチコ「プチブル」(無人島プロダクション) 

  • 風間サチコ「プチブル」@無人島プロダクションは19日(日)まで。会期中無休。バブル時代のくすぶりが残る頃の初期作品が、現在の状況を照射し刺激的。配布レジュメは必読の怪文&図解。

    昨日の無人島プロダクションの風間サチコさんのトーク、ディープで黒くてあっという間の2時間だった。アナーキズム・ニーチェ・植民地・縄文・進撃の巨人批判・現首相への呪詛…新年早々、濃い言霊に溢れた。



横浜トリエンナーレ2014(横浜美術館・新港ピア)

  • 横浜トリエンナーレ2014、ようやく行けた。アートフェスでは無く森村泰昌企画のテーマ展の味わい濃厚。森村自身による音声ガイドは必須と思うが、あまりに整然とした解釈には窮屈さも感じてしまう。

    横浜トリエンナーレ2014の異色のコーナー、釜ヶ崎芸術大学。興味深いのだが森村泰昌の資質とは相容れない感も。まるで太田和彦が吉田類の飲んでる店に行ってしまったかのような。森村はレーニンに扮して釜ヶ崎で作品も作っているが、どこかそぐわない印象を持つ。

    原美術館コレクション展。やなぎみわはヴィデオ作品「砂女」。私のブログの最初のエントリの個展で観て以来の再会。横トリでデコトラ舞台車のトランスフォームを観たばかりだけに彼女のこの10年の軌跡が感慨深い。自分のブログの振れ幅の小ささが情けなくもなった





そして、今年の美術界で私にとって最大の出来事は、赤瀬川原平さんの死去にほかならない。千葉市美術館の「芸術原論展」には残念ながら行けなかったが、友人に頼んで図録は手に入れ、来年の巡回先の広島市現代美術館あたりで鑑賞できればなあと願っている。

このブログでも原平さんへの追悼の記事を重ねたが、今あらためて様々な著作を読み返してみて「芸術原論展」で原平さんを回顧してみたいと思う。

2011年 私のお気に入り アート



今年を締めくくる「私のお気に入り アート編」
展覧会にあまり出かけず、部屋で中古レコードばかり聴いていた一年でしたが、印象に残る美術展は結構あるものです。

1位 杉本博司 アートの起源|宗教(猪熊弦一郎現代美術館)

今年唯一の遠征。「宗教」というタイトルが気がかりで(胡散臭くて)、四国丸亀まで。杉本博司の術中に見事とらえられ、その展示空間にある種の「霊性」を感じる。前の晩に飲みすぎて、二日酔いすれすれの精神状態の所為ばかりではない。ヨコトリの展示は、建築空間の力においても比肩できず。「巡礼」した甲斐あり。

2位 畠山直哉展 Natural Stories(東京都写真美術館)

かつてボタ山、ズリ山巡り歩いた私には、たまらなく美しい写真です。大きなプリントになるとその絵画的美しさを増幅する畠山の写真。陸前高田の震災後の写真が大きかったなら…。そう想像するのがためらわれるような、静けさの先にあるものが胸に迫りました。

3位 ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト(神奈川県立近代美術館葉山館)

長年愛好する画家の回顧展はやはり特別なもの。「写真家としてのベン・シャーン」という視点を提示したこともポイント。絵画の制作背景を謎解きのようにネタばらしするわけだけれど、ネタバレでもシャーンの絵の力は揺るがない。

4位 五百羅漢(江戸東京博物館)

B級・グロテスクとの先入観を、見事に振り払われる真っ向からの仏画。参った。

5位 高嶺格 とおくてよくみえない(横浜美術館)

展覧会にあわせ発刊された書籍に心奪われた。横浜美術館に、モヤモヤして割り切れなくて不穏な空気を持ち込んだことは確か。出来れば巡回先の霧島あたりにも行ってみたかったな。

人が何を評価するのかについて考え、僕は「技術」や「完成度」よりも「方法」を提示する方に喜びを感じるのかもしれないと思いました。(中略)これはきっと大胆に聞こえると思いますが、僕はどこかで自分で作品を作りたくないと思っているのかもしれない。なるべくなら自分で作りたくない。
「とおくてよくみえない」高嶺格

6位 メタボリズムの未来都市展(森美術館)

あの誇大妄想のごときCGは、並みのSF映画を凌駕すること間違いなし。幻に終わったプランの数々にこれほど魅了されようとは。日本固有のデザインを取り入れた建築例には、どこか新宗教の建築物にも通じるものを感じた。天理教の「おやさとやかた計画」とか。五十嵐太郎の「新宗教と巨大建築」でも再読するか。

7位 「日本画」の前衛 1938−1949(東京国立近代美術館)

未知の画家の作品の数々を、手ごたえある構成でみせる優れた企画展だった。歴史を振り返る事の大切さ。戦争画を分断した過去としてとらえない視座に納得。

8位 ヨコハマトリエンナーレ2011

黄金町バザール、新・港村など周縁部の動きが引き立った今回のトリエンナーレ。竜宮美術旅館も解体されるし、再開発・浄化がすすみ空き地もなくなるし、黄金町はまさに今年が旬だったのでは。黄金食堂の屋台が楽しかった。新・港村では「最後のテレビ」というブースでサックス演奏もさせていただき楽しい体験。

9位 ジョセフ・クーデルカ プラハ1968(東京都写真美術館)

ドキュメントと、アートとしての強度ということについて考えさせられた写真展。山本作兵衛と炭坑記録画をめぐる思いにも似て。

10位 アンフォルメルとは何か?(ブリヂストン美術館)

フォートリエとの再会に、高校生の夏訪れた大原美術館の記憶が蘇った。今年最も私的なレビューをしてしまった。

次点
・日常/ワケあり(神奈川県民ホールギャラリー)
このギャラリーの企画は、ヒット多し。

・羊蹄丸 青函ワールド(船の科学館)
美術展じゃないけど、今年最も強烈だったインスタレーション。

・篠原有司男、岡本太郎を語る!!(岡本太郎美術館)
岡本太郎生誕100年を祝うボクシング・ペインティング最高!




「原爆を視る1945-1970」(目黒区美術館)をランクインすることが出来なかったことは、今年の悔恨ですね。2011年に「観られなかった展覧会」として記憶に残ることでしょう。延期ではなく中止の方向で行政が動いたようですが、何らかの形で、展覧会準備の成果が世に出ることを願いたいと思います。

追記:原爆展の不在。その事実が、今年この国で起こったことの背景に深く関与している。そんな気がしてなりません。(2011.12.31)

2010年 私のお気に入り アート

大洪水5


目黒区美術館の炭鉱展で燃え尽きた昨年末いだいた、2010年のアート体験には満足できないかもという杞憂は、なかなかの収獲の前に杞憂に終わりました。
今年の収獲ベスト5と、次点の5展を振りかえります。

1位 ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える(東京国立近代美術館)
・今年のナンバーワンはケントリッジ以外ないでしょう!東近美で鑑賞後、パフォーマンスが観たくて広島まで遠征してしまった。南アフリカの歴史・社会に対して政治的文脈でメッセージを発する作家という認識しかなかったのだが、ステレオスコープなどの光学装置の探求など、人間の視覚自体を考察する作品に触れた収獲。アニメーションに対しても、残像による錯視効果という根源的な次元で創作に臨んでいるのだと理解できた。同時代の作家としてフォローしていきたい深く器の大きいアーティストだ。

2位 ヤノベケンジ「MYTHOS」/第2章「大洪水」(発電所美術館)
・まさしく想像力の見取り図としてのアートを体現する壮大で精緻な模型。圧倒的神話的暴力。

アートこそはこの世界の成り立ちを抽出して写し出す「模型」を造る営為であると思う。たとえば自然の猛威である大洪水を、反復可能で安全な模型化した発電所美術館のヤノベケンジ。
「中年とオブジェ」2010.9.15

3位 森村泰昌・なにものかへのレクイエム(東京都写真美術館)
・エントランスホールで上映したミシマが旧作ながらやはりカナメではないかなあ。森村泰昌のこれまでの手法の達成と、これからの展開を期待させずにはおかない多くの萌芽を見出した展覧会。

4位 長谷川りん二郎展(平塚市美術館)
・未知の画家との出会い。ひとつの小宇宙を観察するひそやかな愉しみ。
この展覧会のレビューは、今年書いた展覧会評のなかでも、意が尽くせる文章にできたと思っている。

たぶん彼はモノの内部にどんな「意味」がかくされているのか
追求したいのではないのだ
ただ内部と外部を分かつことで成り立つ
モノの構造そのものを
画面に定着させたいのだと思う
「中年とオブジェ」2010.6.11

5位 鴨居玲 終わらない旅(そごう美術館)
・絵画はここまで深く、残酷に人間の表層を剥ぎ取り、その内奥をさらけ出せるものなのか。
絵画を突き詰めすぎたはての画家のあがきの激しさに戦慄した


古賀春江の全貌(神奈川県立近代美術館葉山館)
・水彩画からキュビスム、クレーの影響、シュールなコラージュ絵画から晩年に至る一人の作家の表現の変遷を読み解く醍醐味を感じた展覧会。とくに精神病者の描画さえを渉猟して自らのモチーフとして再構築した諸作品には、新たなる図像を模索し続けた古賀の憑かれたような執着を感じた。

古屋誠一 メモワール.(東京都写真美術館)
・精神を病み自死した妻の写真をもとに、妻の死後、その記憶を紡ぎなおしつづける作家の営為に、
心震わせられた展覧会。個の記憶から出発して、写真とは何かという命題にまで照射する光を垣間見た。

椿昇 GOLD WHITE BLACK Complex(Think Spot KAWASAKI 旧日本鋼管体育館)
・朽ちた暗い体育館のなかに横たわる巨大ミサイル。短期間のプロジェクトに立ち会うことができた幸運。この空間でしか成り立たない「場」の力を生かした強力な企画だった。

特別展 長谷川等伯(東京国立博物館平成館)
・松林図屏風が、宮沢賢治の「月夜のでんしんばしら」にオーバーラップしたり、何かを描いているのではなく、具象を飛びぬけて描線そのものが自由なイメージをかきたてる体験をした。もはや「古典」の一語で回収することができない。

音が描く風景/風景が描く音 鈴木昭男・八木良太展(横浜市民ギャラリーあざみ野)
・小さな、軽やかな、シンプルな、知的で身体的な二人展。さらりとしていて味がある。

ミサイル


このほか、青森・十和田へのアート旅も忘れがたい。(旅めしも充実してたし)

映画「ANPO」から「池田龍雄アヴァンギャルドの軌跡」への流れも印象的。池田展はまだ会期中なのでおすすめします。

今年グッと来た作品としては風間サチコ「大日本防空戦士・2670」(voca展2010)も挙げておきたい。風間さんにも聞いたのだけど3年に一作できるかどうかの力作だった。

藤森照信の樹上の茶室「高過庵」体験については、私のお気に入り建築編に組み入れます。楽しかった。


本年の「中年とオブジェ」はこれにて打ち止め。来年もよろしくお願いします。

2008年 私のお気に入り アート

横尾忠則川俣正

















アート遠征を重ねた昨年に比べ、展覧会鑑賞数も少なかった今年だが、強く印象に残ったものを順不同で振り返ってみる。

・川俣正[通路](東京都現代美術館)
炭鉱をテーマに活動した「コールマインラボ」との出会い、数回通った川俣さんのトーク、アトリウムのカフェでの即興演奏への参加など、今年最も深く関わった展覧会だ。観客みんなに開かれた「場」であったかは疑問だし、よくわからないままスルーした人も多いだろうが、個人的にはワクワクできるラジカルな「場」だった。

・冒険王・横尾忠則(世田谷美術館)
暗夜行路(Y字路)シリーズで画家としての達成を感じさせた横尾が、「温泉」に取り憑かれて描いた近作に魅了された。いい湯加減で無意識過剰な世界。「山中温泉―美しい星」(画像の絵)には完全にまいった。

・觀海庵落成記念コレクション展(ハラミュージアムアーク)
磯崎新の達意の空間で、古美術と現代アートが織り成す小宇宙。個人美術館のひとつの理想型を体験することができた。

・薬師寺展(東京国立博物館)
薬師寺で今まで何度も観ていた日光・月光菩薩が、こんなにも肉感的で美しかったのかと認識を新たにさせられた貴重な展示。来年の「阿修羅展」への期待も高まる。

・大琳派展(東京国立博物館)
風神雷神揃い踏みはもとより、数々の名品に出会えた。展覧会としての構成も巧みだった。

・アヴァンギャルド・チャイナ(国立新美術館)
切実な社会的背景・ストレートなメッセージ性・キャッチーな表現。中国の現代美術の「馬鹿力」に驚かされた。

・大岩オスカール 夢みる世界(東京都現代美術館)
ダークな社会批判もノスタルジックなやさしさも包み込んだ、おおらかで大きな絵の力に心が解放される。

・町田久美―日本画の線描(高崎市タワー美術館)
「かわいくてヘン」な世界の奥には、ポップに病んだ深い闇がひそんでいる。

・石内都展「ひろしま/ヨコスカ」(目黒区美術館)
広島の被爆者の遺品を撮影したカラー写真の数々。花柄のワンピースの1枚が脳裏に焼きついて離れない。観た後にじわじわと余韻を残す展覧会だ。

・「建築がみる夢」―石山修武と12の物語(世田谷美術館)
美術館閉館後のナイトプログラム、「真夏の夜の夢」という石山の講義は脱線・混淆・逸脱のスリリングな面白さ全開。石山修武、いかれてる。

・拘束のドローイング9(シネマライズ)
1週間限定のリバイバル上映で、マシュー・バーニーの作品を劇場で初鑑賞。変態で美しくて、映像アートの枠を超えたダイナミズムがあって、ドラマティックな大作であった。

このほか「対決―巨匠たちの日本美術」の若冲と蕭白のインパクト、未知の画家だった「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」との出会いも記憶に残る。

横浜トリエンナーレ2008は低調と感じつつも、三渓園の場の力は魅力的だったし、ZAIM、BankART、市庁舎など各地で展開されたイベントで秋の横浜を楽しんだ。鶴見線のアート・プロジェクトもローカル気分いっぱいの小旅行の好機となった。

来年は、いろいろ地方の美術館をめぐりたいなあ。

觀海庵

2007年 私のお気に入り アート

はいしゃギュウとチュウ光の館






■アート
今年は何しろアート・ツアーを重ねた1年だった。旅先で体験したアートはやはり印象に強く残る。順位はつけがたいので、鑑賞した順に記憶に残るアート体験を挙げていく。

・イサムノグチ庭園美術館(香川)
かつて藤森照信が著書「美術館三昧」でベスト1と賞賛した美術館。完全予約制・週3日の公開と敷居の高い美術館だが、はるばる訪ねる価値ある場所だ。庭や蔵の中に配された石彫作品は、場の力と響きあい深い魅力を引き出されている。東京都現代美術館で初めて目にした大作「エナジー・ヴォイド」も、ここで観るとはるかに美しい。

・直島スタンダード2展(香川)
直島を数年ぶりに再訪した。島内の床屋、卓球場、歯医者などの廃屋を会場にした現代アート展は、やはり場の力が作品と融合して新しい魅力を生み、廃墟巡礼の趣きも楽しい。圧巻だったのは、1軒の廃屋を丸ごとコラージュ作品にしてしまった大竹伸朗の「はいしゃ」。脱力の傑作「女神の自由」が廃屋の中に屹立する様には、笑いが止まらなかった。

・地中美術館(香川)
その名の通り地中に埋め込まれた安藤忠雄の建築と展示された作品が、ここでしか体験できない空間を構成している。天窓からの自然光だけが差し込む展示室は、時間・天候によりその表情を変えていく。ジェームズ・タレルのオープンスカイの矩形に切り取られた空が暮れていくのを見つめ続けるナイト・プログラムでは、空の色の変化の深遠な美しさに感動した。

・靉光展(東京国立近代美術館)
「眼のある風景」と「自画像」ぐらいしか知らなかった画家の、短い生涯をたどる回顧展。戦争が迫る時代に、残された時間と格闘するかのごとく創作に没頭するその画業に、時代を生きた1人の画家の人生と深く向き合うことの出来る展覧会だった。

・若冲展(京都・相国寺承天閣美術館)
釈迦三尊像と動植綵絵30幅が120年ぶりに一堂に会した展覧会。この展覧会を目的に、京都・大阪ツアーをプランニングした。全体と細部の緊密なバランス。これが動植綵絵1幅づつにこめられた魅力なのだが、そのことは、30幅すべてが一堂に会したとき空間全体と、1幅づつの細部の緊密なバランスにそのまま置き換えられるのだ。慎重に推測され再現された動植綵絵の配列は、見事にひとつの世界を構成していた。動植綵絵以外にも見所の多い、充実した展覧会だった。

・モネ大回顧展(国立新美術館)
これだけの数のモネが一堂に会するのを見逃すわけにはいかない。ポプラ並木・積みわら・ルーアン大聖堂そして睡蓮など連作を観比べる楽しさに満足した。抽象表現主義の領域に達するモネの先進性を示す、現代美術作品の関連展示も興味深かった。

・〈生きる〉展(横須賀美術館)
なんといってもヤノベケンジの「トらやん」。あのジャイアント・トらやんが火を噴くイベントに立会い、火炎放射の熱波を全身に感じた瞬間、歓びは最高潮に。台風が迫る悪天候の中、ヤノベのアーティスト・トークも熱かった。「僕らの上に太陽を!」とシャウトするヤノベの姿が脳裏に焼きついた。

・ル・コルビュジエ展(森美術館)
質・量ともにハイグレードの見ごたえある建築展だった。ユニテ・ダビタシオンの原寸大再現展示は圧倒的。絵画・図面・模型・CG・DVD映像と多彩な展示を通して、コルビュジエの全体像が俯瞰できる好企画。くたくたにへたったソファ「LC2」のプロトタイプの姿にグッときた。

・中之条ビエンナーレ(群馬県中之条)
オープニング・イベントに関わった縁で鑑賞した第1回中之条ビエンナーレ。廃校・古民家・酒蔵・廃倉庫などを会場に、都会の美術館・ギャラリーでは味わうことの出来ない新鮮なアート体験をした。直島スタンダード展のように有名作家の作品ばかりではないが、会場の持つ歴史を感じ、のどかな田園風景の中で味わうのびやかなアートが楽しい。

・澁澤龍彦―幻想美術館(横須賀美術館)
忘れていた初恋の人に再会するような、懐かしさと気恥ずかしさを感じた展覧会。澁澤の審美眼を通して集められた美術作品はひとつの小宇宙を構成し、熱い60年代も書物の中の出来事のように、博物誌的なメタレベルのある種の覚めた感覚を与えた。

・ギュウとチュウ―篠原有司男と榎忠展 (豊田市美術館)
ベテラン作家ふたりのエネルギーが、美術館からあふれ出してしまいそうなパワフルな展覧会。岡本太郎の「明日の神話」を超える大きさの篠原の大壁画もすごいが、榎忠のインスタレーションにはまさに心を奪われた。衝撃度は今年ナンバー・ワンか。

・八部衆一堂公開(奈良・興福寺)
阿修羅の仲間が一堂に集うこの秋、久々に奈良旅行。中学生以来の仏像熱は、しっかりと燃え続けていた。仏像の優品を観ているときほどの幸せな気分は、他では味わえない。奈良で観る仏像は格別。正倉院展初体験はさほどの感動は無かった。

・光の館(新潟・十日町)
地中美術館のスタッフに教えられて知った、泊まれるタレル作品「光の館」。こんなに早く訪れることになるとは思っていなかった。和室に寝転んで、屋根を開閉して味わうライト・プログラムは、究極の体験型アートだ。広い光の館をふたりで貸切にし、不思議なライト・バス(光る風呂)も楽しんだ。

・内藤礼「母型」展(富山・発電所美術館)
レンガ造の水力発電所をリノベーションした発電所美術館。靴を脱いで、ひんやりとした床の感触を味わう。一見すると何もないガランとした空間に、水が滴り、糸が空を切り、静かな写真が整然と展示される。直島の「きんざ」をしのぐストイックな作品に、この場所の持つ力を最大限に読み取った内藤礼の奥深い表現を感じた。

今年1年様々なアートの旅を通して思ったのは、美術における場の力の与えるもの。旅がそこに行かなければ味わえないものであるように、そこでしか体験できない美術にこそ、本当の魅力があるように思う。

2006年 私のお気に入り アート

アルテピアッツァ美唄■アート
・アルテピアッツァ美唄(美唄市)
現代彫刻家、安田 侃(かん)の個人美術館。昔炭鉱で栄えた町の、廃校になった小学校を利用している。木造校舎や体育館の空間と、展示された抽象彫刻が調和し、一般の美術館では味わうことのできない新鮮な美を体験させてくれた。
北海道では、イサム・ノグチのプランを実現したモエレ沼公園の広大なスケールにも圧倒された。

・カルティエ現代美術財団コレクション展(東京都現代美術館)
巨大な女性像・目玉の大群から潜水艦・ジェット機まで、意表をつくオブジェの数々に魅了された。現代美術のオブジェが好きな私にはツボ入りまくりの展示だった。

・天上のシェリー(メゾンエルメス)
横浜トリエンナーレで中華街の公園の東屋をホテルにしてしまった西野達が、銀座のエルメスの屋上にとんでもないインスタレーション空間を仮設した。若い女性の部屋に屹立する花火師の騎馬像は、メルヘンというより悪夢のよう。笑ってしまうような存在感だった。

・花鳥 - 愛でる心、彩る技<若冲を中心に>(宮内庁三の丸尚蔵館)
普段、日本の古典絵画は関心のない私も、若冲の「動植綵絵」の完璧なまでの美には惹きこまれた。プライス・コレクション展以上の感銘を受けた。

・仏像 一木にこめられた祈り(東京国立博物館)
一木彫の仏像の魅力を再発見した充実した展覧会だった。いままでに平成館で見た仏像展示の中でも強く印象に残る。向源寺十一面観音菩薩立像の異形でありながら優美な姿には、仏像の不思議を感じた。

・大竹伸朗 全景(東京都現代美術館)
美術展全体が壮大なコラージュに思えるような、膨大な作品群に圧倒された。大竹のエネルギーを全身に浴び、彼の脳内マンダラに分け入っていくような体験だった。

・束芋 ヨロヨロン(原美術館)
原美術館の空間を生かし、サービス精神に富んだ演出で楽しませてくれた。夏の野外映画会のようなギニョラマが楽しかった。NHK「トップランナー」で見た束芋さんは小柄でさばさばした美人。町田久美とともに今年私のアイドルになった女性作家だ。


そのほか岡本太郎の「明日の神話」は今後の動向が気にかかるところ。「アフリカ・リミックス」のパワー、「オラファー・エリアソン 影の光」の発想の斬新さも印象に残った。今年最後に見た「ビル・ヴィオラ:はつゆめ」もかつてないビデオ・アート体験だった。

来年は久々に直島を再訪してみたい。未見の地中美術館や内藤礼の「きんざ」等が楽しみ。
プロフィール

テツ

「中年とオブジェ」とは赤瀬川原平の名著「少年とオブジェ」へのオマージュである。美術、オブジェ収集、エリック・ドルフィーを愛好する。

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