2008年10月11日

当事者研究−炙り出し

病名:ことわれない病

症状:自分の中で、意に反したことがあっても直接自分の言葉で話せず、周囲の顔色をうかがい、なかなか断れず、ずるずる引きずり悶々と具合が悪くなってゆく。最後には、断れないまま現実に直面し、鬱、疲労感、徒労感などが出現し、場合によって激しい動悸、手足、顔の痺れ、不眠などの症状を呈する。

付随症状:逃げる。しかも逃げ方が姑息。「だれだれが言ったから」とか「専門家はこう言っている」とか「大多数がこう言うから」とかいう他者の承認を引用する言い訳をし、お茶を濁し、ちゃぶ台返しのような行動に出る。

後遺症:過度な自己否定感、引け目感、負い目感、「こう思われたんじゃないか」とか「嫌われたんじゃないか」とか言う感情を引きずる。
きっぱり自分は自分と言う自己防衛なんだと思えない。そしてまた、同じ失敗を繰り返す。



と言うわけで、こんなことを20年間もサラリーマン生活の中でやってきて自己破壊を繰り返したわけですよ。
自己防衛機能が著しく破壊されているゆえんは、自分の中に自分がないわけです。自分の言葉を持っていないわけです。
自分で自分を承認していればいいものを、他者に承認を求めるわけです。
振り返ると、一般社会というシステムの中でこれをやってきたのだから恐ろしくなります。
言語化できない。思考できない。責任を持てない。

なぜなら、自分を承認していなく、他者に承認を求めているからです。

自分の病気は自分で治す。
まだまだ、時間がかかりそうです。
そのためには、沢山の人に揉まれ、頼んだり、頼まれたりをしてゆかなきゃいけないでしょう。

自分のことは自分で承認する。
これができれば、
本当にできるようになれば、
そうできるようにまた、明日から歩いていきます。




機能不全家庭で育ったACの一人より

※AC (Adult Children of Dysfunctional Families )
[子供の時期を機能不全家族(問題のある家庭、主に児童虐待など)で過ごした成人]

2008年04月11日

田中角栄様、小沢一郎様

拝啓

故田中角栄
小沢一郎衆議院議員 様

あなたがたの功績はすばらしいです。

田中角栄様
あなたの目指した列島改造論の恩恵を
私の地元である北海道は得ています。
苫東開発も、トヨタ自動車がきました。
沢山雇用を生んでます。

ただ、小沢一郎の言うようにモラルの
崩壊がものすごいスピードで蔓延しています。

あなたが生きていたならば、この日本の現状
をなんて言うでしょうか?

一見、平和に見えます。
しかし、その精神的基盤は大部分がシロアリに
喰い尽くされ、蝕まれ、崩壊寸前なのです。

小沢一郎様
貴殿の著書、小沢主義を完読しました。
あなたが、リーダーになって結果を
見せてください。
マスコミがなんと批判しようが、私は
黙って応援しつつ、見届けます。

苦労とは

苦労

burden // care // laboriousness // pain // toilsomeness // travail

どれもちがうな。
苦労というと、なんか重い響だし
好まない状況のことをさしていう
言葉のように思えてしょうがない。


むしろ
the hard way

の方がしっくりくるし
a pain
ではないと思う。

福沢諭吉ならなんと訳すのだろう。

さて、私は今その苦労(the hard way)をしている
と思っている。
私にしてみたら、誤解を覚悟で言うと
楽しい苦労をしている。

なぜ、楽しいかというと
自営業のまねごとを、本番さながらに練習というか
演習をして、どうしたら人の信頼を失い、
どうしたら、お客様から現金を回収できず、
どうしたら、結果、自分の金品をお尻の毛まで
世間に抜かれるかを実証できたからである。

一日、100円以下で衣食住をどうするかを考えるのは
非常にエキサイティングだ。

この対処法が脳内のニューロン間をシナプス間隙を
高速で伝達物質が行きかい、記憶として脳内に蓄積
されている。それを感じることができる。
本当の学習とはこういったものなのだろう。

ちなみに、

science

とは仮説をたて、実験・実行してみて、それが正しいか
検証することにあると学んだきがする。
机上で本や他人の書いた書物を読んで首をよこにふったり
たてに振ってうなずいたりしているだけでは、
ちっとも自分の生活にいかせない。

かの、エジソンも
「私は失敗したのではない、うまくいかない方法をたくさん
しっているだけだ」
と言ったとか。

本当の苦労(pain)は死刑台に立つか、戦場で最前線に立ち
ライフルの玉が飛び交うなかで、明るく生きる心境を得ようと
努めることではないかと思うことがある。

私はよく、(決して自慢ではない)頭の回転が速いだとか、
変わってるだとか、非凡だとか幼いころからいわれて来た。
すごいね。とか、すごーい。とか言われたりもする。

またまた、誤解を恐れずに言いますが、
「あふぉか?」
と言い返します。
私はただ、本を沢山読んで(しかも、一冊を暗記する程
何度も読んで)、実験・練習(行動)してきただけです。

今、私にとって一番ホットなのは、精神障がい者と言われる
人たちです。彼らほど(一部は除き)人間関係を良好に築くため
のノウハウを持っていて、100円で3日衣食住をできる
知恵に富み、さらに最高なことには、人間愛にあふれている
からです。

愚鈍なのは、一部の医者であり、行政であり、ほうけている
一般世間の人々です。
私も愚鈍でした。でも、障がい者といわれているかけがえの
ない友人に囲まれ、慕われて、少しは人生の軌道修正が
できるのです。

私の、肉親と同様に大切なたったひとりの真の親友と呼べる
人が東京にいます。
彼は、私の失敗や成功、愚かな行為も一切肯定、助言してくれます。
まるで、生きる神様仏様のような存在で。
あらゆる分野について、お互いを理解し語り合える仲です。
お互い、親兄弟と同等に励ましあい、助け合っています
(精神的に)。

私は本当に幸せものです。


以上幸せ自慢でした(爆)。



2008年04月09日

政治的な活動を制限するもの〜正義と公正

法治国家である国において
正義と公正とはなんでしょうか?

個人的には正義も公正も
日本においては民主主義を採用している
限り、小さくはそのコミュニティー
大きくは国家単位で民意を持って計られる
事柄であると思います。

さて、ちょっとしたエピソードを書きます。

浦河で体験したことがらです。
政治的理念を行動にしようとある政党に
入党手続をとりました。
地元の幹事長、世話役とも面談し文書的
な手続をとりました。

しかし、待てど暮らせど入党が完了した連絡
がきませんでした。

半年が過ぎ、その世話役を担っておられる方
に連絡しました。
放置していた理由は、町内の誰かから
浦河べてるの家と対立している人間が党員
として認められるのか?と連絡が入り
それは、芳しくないと入党を見送ったと
いうことでした。

私は、浦河べてるの家とは対立していません。
一部のリーダーの行為に不快感を持っているだけです。
ただ、都市部でしか、また米国市場原理主義
社会のなかで生きてきた習慣やコミュニティー
での人付き合いの方法が過疎の町で通用しなかった
ため、結果相手に不愉快な思いをさせてしまった
点は否めません。

そこは真摯に受止め、謝罪いたします。


さて、最初の話に戻りますが、正義と公正を考える時
お金儲けを含む生活や生き方にそれを導入すると
地域と都市部で変わるのでしょうか?

少なくても、日本の法律は、国民保護の観点から
人権を尊重し、ルールを規定しているならば
それを参照し従うべきです。

都市部の常識は過疎地の非常識。
過疎地の常識は都市部の非常識。

そんな言葉を浦河町に住んだ経験から
痛感します。

では、浦河べてるの家のリーダーに伝えるとすれば、
健常者と言われる一部の町民からもささやかれている
ように、
「都会から来た、金持ちの当事者や、その子息しか
べてるに入れないし、そこで主要な地位も占めれない」
などと言われないような、法人としての経営哲学を
もって欲しいということです。
でなければ、地域貢献や溶けこもうなどと言って欲しく
ありません。


もっと端的に言います。
地域の障害者をもっと大切にせよといいたいのです。
そして、聖書・キリスト教がバックボーンとして
その価値観にあるのであれば、告げ口は止めるべきです。
新約聖書に書いてあります。
悪い行いの代表は”告げ口”であることを。
ここで、言う告げ口とは、浦河べてるの家と対立している
という表現で地元政党の世話役に電話した点です。

そして、対立とは、個人と個人なのか?
個人対法人なのか?
それとも、特定の法人に属さない個人なのかをはっきり
していただき、その上で堂々と私と議論して欲しい。
それが出来ない理由は何なのか?
なにか、やましいことでもあるのですか?
と聞いてみたい思いです。

自由とは結果責任をとることであるとするならば
少なくても私は結果責任を負うことを約束します。


このさい、仮に前述のある政党の世話役の方の話が
偽りで、なおかつ直接私に語った町民の感想が
真の意見ではないのであれば、詫びて訂正いたします。


完全なコミュニティー、政府、家庭も存在しません
ただ、間違っていたと、公正でないとわかったとき
方向修正することはできますし、そのほうが周囲から
理解されやすいでしょう。

「理解されようとは思っていない」というのは、ただの
独り善がりとしか思えません。

べてる という言葉について

べてるという言葉は、特にキリスト教界で
神の家を表現するときに用いられますが
そのキリスト教も日本ではさまざまな宗派
が存在し、実際には

ものみの塔冊子協会 日本支部(静岡県)
浦河べてるの家   社会福祉法人(北海道)
その他、キリスト教系グループなど

が使用しているようです。

べてるは母がキリスト教を信仰している関係
から50年以上前(1958年ころ)から
使用していた言葉であり、個人的にも40年
近く耳にしてきた馴染みの深い言葉でもあります。

始動

2007年度の決算(”人生の”を含め)は
難儀を極めた。
しかし、一定の成果は出たと思う。

さて、次の10年への方向性も固まってきており
予習もかねて、まとめて本を借りてみた。

1.DAS KAPITAL 資本論 カール・マルクス

2.LINCOLN AT GETTEYSBURG
  リンカーンの三分間 ゲリー・ウィルズ

3.小沢主義 小沢一郎


この三つを平行して読んでいるが、先に小沢主義を読み終えて
しまった。
感動した。
唯一文句をつけるとすれば、リーダー不在を嘆く筆者自身が
政治家であり、総理大臣を体験していないということ。
体験をせずして、評論家に終わってしまわぬよう早く日本国の
総理大臣になっていただきたい。
そうすれば、この本は益々説得力のある一冊となり
名著となりえるであろう。

2.のリンカーンの三分間であるが、かのピューリツァー賞受賞作品
である。

まだ、読み始めて途中であるが、尊敬する政治家の一人であるし
熱い男の代表でもあるので、これは問題ないと思うので以下に
リンカーンのゲティスバーグ演説の和訳を記載する。






ゲティスバーグ戦没者墓地奉献式における演説
 

 八十七年前、われわれの祖父たちは、
この大陸に新しい国家を打ち立てた。
その国は自由の理念により身ごもり、
すべての人間は平等につくられたという理念に
捧げられた。
 今、われわれは大いなる内戦のさ中にあり、
この国が、またこのように育まれ、このように
捧げられたあらゆる国が、
永く持ちこたえられるかどうかの試練にさらされている。
われわれはこの戦争の激戦地に集っている。
われわれはこの戦場の一部を献じるためにやってきた。
この国が存続するようにと、ここで命を捧げた者たちへの
最後の安息の地として、である。
われわれがそうすることは
全く理にかない、正しいことである。
 だが、より大きな意味において、われわれはこの地を−
捧げることはできない−神聖化することはできない−
神に捧げることはできない。
ここで戦った勇者たちが、
その生死にかかわらず、われわれの微力がはるかに
及ばない次元で、
この地を聖なる地としたのだ。
われわれがここで言うことを
世界はほとんど心に留めないであろう。
また、長く覚えてもいないだろう。
だが、彼らがここで成し遂げたことを
世界が決して忘れ去ることはない。
ここで戦った彼らが、
このように気高く推し進めた
未完の事業にここで身を捧げるべきは、
むしろ生きている者たちである。
われわれの前に残されている大いなる事業に
身を捧げるべきは、
むしろここにいるわれわれである。
栄えある死者たちから
彼らが最後の力をふりしぼって捧げた大儀に、
より一層この身を捧げよう。
これら死者たちの死を無駄にしないように、
ここにいるわれわれは決意を高く掲げる。
神のもとで、この国に
自由の新たな誕生をもたらそう−
そして、人民の、人民による、人民のための
政治は、地上から決して滅びない。



一八六三年十一月十九日
 エイブラハム・リンカーン

2007年12月18日

浦河の偶然と必然ー課題

浦河での生活ともそろそろお別れの時がきた。


書籍やビデオで語られる偶然の発展などというものは無く
ある程度予想していたように、計画に基づいた必然であった
と見てとれた。

隠蔽の気配というものでは無く、おおきく横たわっているものは
”あきらめ”なのであろう。
一瞬の高揚は存在するが、”希望”という手応えのあるものなど
何もない。

見学者として見た、来たときと、ちょっと疑心を持って眺め
長期的に滞在した経験とはおおよそ似て非なるものである。

明らかに、年季の入ったスター選手は演じているのであり、見学者
が来た時の恒例行事にはセリフのように同じ言葉を並べ、”祭り”を
享受する。

言い方を変えれば、当事者たちはサラリーマン化しており唯一
違うのは福祉でいきており、生活保障の担保は病気であるということ。

”勝手に治すな”ではなく”治っては困る”のである。

話は戻すが、偶然で年商一億円になどなるわけもなく、計画し
判断する人間が確かにいた。
民間の工学系研究者というのも面白いが、決して表にはでない。

残念なのは、昆布からメディアにシフトしたことで歪みというか
ドーナツ現象が起きており重心が当事者たちから言葉の魔術師へ
ずれてきているといこと。

巨大化したこのようなコミュニティーを永続的に財政面を含め保持
するためには、経営のエギュゼクティブが絶対必要。

折角ここまで来たのだから、一世代で終わらないでほしいもの。

ここが統合失調症専科であることは良く理解できたし、
偏見・差別大歓迎といいながらも、病状の軽い人や
温和な人材を起用し、次のジェネレーションである高校生
中学生、小学生達に露出させるあたりは政治的な活動であり
子供達が成人したときには、活動への理解を加速させるであろう。
地域の新聞なども効果的に利用している。

来年以降に実施されるであろう作業所における自立支援法の導入で
雇用型と非雇用型を導入することが、分水嶺となることは多かれ
少なかれあると思うが、そこが小さい山場でありこの分野では
注目されるのは間違いない。

助成金の確保はできるが、働く当事者間の不公平感のコントロ
ールなどメンタル面でどう調整していくのか、また安定した
仕事を供給していく手段をどうするのか、ケアする側の
カリスマ性を求心力として維持していけるのか等々注視して
いきたい。






投稿予定記事
・浦河体験記
・私を救った歯科医師と整体師(希有の技術)



2007年10月23日

sabbe-saMkhaaraa-aniccaa

諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅爲樂






合掌

日本の過疎の町、陸の孤島
浦河町にて

officetozero CEO

2007年10月14日

北海道を独立した国家にして、鎖国すべき

こんだけ、北海道もオーストラリアの
資本でバブってるのに、ホントあきれるしかない。

どうせ、気候不順で死活問題化した農業経営者が
金のためならなんでもありの資本化そそのかして
リゾートに着目したんだから、浅い。

富良野も”北の国から”ならぬ

南の国からヘローハウアーユー

になってまうで。

どこまで、お人好しなんだか日本人。
そこまで持ってかれてついぞは、華僑にまで
ニセコ東山持ってかれてんだから、この際鎖国するしか
ないだろ。

北海道新幹線なんかいらねーよ。
ワンウエイじゃん。
金無い道民行けないやん。
南に。

イオンが買い占めたって、無視すりゃいーじゃん。
なして、大型スーパーになびくかね。

流通形態ぶっ壊れたんなら、自分で農家に買いにいけば
ええやん。

買おうよ、行商のお婆ちゃんから。

農協もいらんわ。
生産調整やっても、米だぶついて、下落の一途たどってるんだから
何やってんだか。ササニシキ。

だぶついてんだから、輸入しなくてええやん。

なにが、怖いねん?
安保理も止めたらええやん。

憲法第9条を世界遺産に

なんて、あほか?
安保理やめて、自国で防衛できるように
なってからならわかるけど
ヤンキーに好きなようにさせておいて
どうもならんやろ。

どうよ?

北海道国を建国して、
さらに、州単位で仕切るっつうのは?

米もあるし、野菜もとれるし、豚も牛もいるし
ワインは作ってるは、チーズはうまいは
あと、お魚やけど、500万人食わせるやったら
なんとかなるやろ。

トヨタも出来たし。
安心してロシアに中古車流せるやん。
闇でやろうとするからいけないねん。

六花亭もあるでー
帯広も農作物と酪農と芸術の宝庫やで

根室近辺もすごいがな。
世界遺産やで。
ようカニ捕れんけど。

稚内もええでー
最高やん利尻富士。
大学もあるがな、情報分野。
旧ソ連と緊張状態にあったからのう。
風車だけは失敗や。
景観悪いがな。

医学もすごいがな
エイズ流行してるどっかの市に
北海道版パスツール研究所作って
開発したらええやん。新薬。



ところでだれ大統領なるねん?







ん?
浦河?
地震とイカと馬と日赤と精神病の宝庫やん

地震は変換して電力にすりゃえーし
イカは食えるし、液晶になるし
馬も食えるし、走らせときゃおもろいし
日赤は大変やけど
精神病の研究さかんやがな

あと、家賃さがれば何文句あるねん?

テリー伊藤の年収300万説

20年位前か、

TVの深夜番組で年収300万で
おもしろおかしく暮らせる日本を
作らなきゃダメだというようなこと
を言っていたのを、たまに思い出す。

家計年収300万円で、家が買えて
子供最低2人持てる日本なら、なんて
すばらしいことか。

昔など、ベンツ乗ってるおじさん見たら

「絶対あの人ひと一人殺してるよね」

なんて、友達と怪訝に言っていたもんだ。

そういう感覚ないでしょ。今。

「あー、ベンツ!俺もほしい」

なんてね。

話はそれたけど、月収20万円持ってくる
お父さんが尊敬されなきゃ、そりゃーみんなおかしくなるさ。

逆に、それ以上稼いできたら

「お父さん、なにか悪いことしてないかしら?」

って、一家で心配してあげないと。

「ねえ、最近収入が増えてるようで心配なの」

と気遣ってくれる奥さんだったら、その家庭はうまくいくだろうね。


ところで
今の住居、1LDKで月5万円。

浦河でですよ。
異常です。

この時点で、嫁さんと子供2人あきらめてるから。

旦那15万、奥さん5万の計20万円で暖かい家庭を
作んなきゃ始まんないだろが。

大体、子供を大学に行かせようとするからいけないんだよ。
親父の時代は、帝国大学の時代で、日本に数校しか大学
がなかったんだ。

よっぽど、勉強できないと大学いかれない。
逆に、反対しないと。

「家の子が、だ、大学?」
「大丈夫かしら、天才となんとかは紙一重っていうから」

と心配してくれる母親だったら、その子供は幸せです。

このように、なんで稼がなきゃいけない世の中になってるか
というと、みんな勘違いしてるだけ。

大学いったからって、勉強しないのわかってるし
一流と言われる企業の社員や、官僚なんかになれるわけない
と思ってるのに、無駄なことやってる。

教養なんて、屁みたいなものだから、つけたい奴は
鼻くそほじりながらインターネットでもやってればよろし。

きりがないので、これくらいにしておくけど

年収300万円以上もらってる諸君!
君は絶対悪いことをしていると自覚したほうがいいよ。

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