2007年11月13日

稲尾和久氏死去

私がもっとも尊敬する野球人であり、日本のプロ野球が生んだ最高の選手だと思っている稲尾さんが、亡くなられてしまいました。

言葉にならないショックというか…。朝のニュースで一報を聞いて、絶句してしまいました。
70歳だなんて…まだまだこれからでしょうに。・゚・(ノД`)

昼休みに、あちこちのニュースを見て回ったのですが、中西太さんと豊田さんのコメントは涙なしには読めませんでした。
いや、本当にマジで泣きそうになりましたよ。
当時の西鉄戦士は、仰木さん・河村さん・関口さん…と相次いで亡くなっていますし、お二人のショックは想像に難くありません。

「西鉄というのは稲尾ライオンズ。ライオンズをつくったのは稲尾。わたしの心の中で西鉄ライオンズはきょうで終わりです」という豊田さんのコメントは、最大級の賛辞と言って良いでしょう。


私はもちろん稲尾さんの現役時代は知りませんが、一度だけ稲尾さんの講演を聞いたことがあります。三商大ゼミで大阪市立大へ行った際に、記念講演をしてくださったのですが、今から考えてもなぜ稲尾さんが来たのかが分からない(^^;)。周りの学生も稲尾さんのことをよく知らない感じでしたが、誠実な話し振りに非常に感銘を受けた記憶があります。
ロッテ監督を引き受けた経緯、落合の結婚の際の秘話など、のちに「私の履歴書」でも語られる話もありましたが、彼の人柄と野球観を垣間見ることが出来、貴重な体験だったと思います。

心よりご冥福をお祈りいたします。

schulze at 23:19│Comments(2)野球 | 訃報

この記事へのコメント

1. Posted by unofficial-F   2007年11月14日 00:46
突然の訃報、未だに信じられません。
数年前にABCを辞められてRKBに移られたときは、流石に年を取ったかなあと思いつつも、やはり稲尾は九州が好きなんだなあと感心しました。
以前、NHKの番組で社会人を相手にした講演では、プロ野球界の重鎮とは思えないほどの謙虚な話し振りが非常に印象に残りました。
アーメン
2. Posted by MGK   2007年11月16日 21:46
ご無沙汰しております。
今日、ふと「月刊エアライン12月号」を立ち読みしていたら、稲尾和久氏の写真がありました。9月29日、JAL羽田―上海虹橋線就航セレモニーで祝辞を述べる姿でした。
何でも、79年、あるJAL機長からの誘いで「日本航空棒球隊」総監督になり、何度も中国に赴き中国チームとの親善試合、技術指導をされていたそうで、その縁で今回初便の特別ゲストとなったとのこと。
今年3月には上海遠征にも行かれたとのこと。「JAL便に稲尾さんのチームを乗せ、中国各地に遠征するのが夢ですね」とは、棒球隊のメンバーでもある初便の機長の言葉。本当に人の運命ばかりは全く分かりません。
合掌。

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