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2010年06月22日

金子達仁氏のサッカー観

06「代表は勝つためにある」10「勝利で大きなものを失った」
http://supportista.jp/2010/06/news21041512.html
『金子達仁氏の発言が2006年ドイツW杯終了後と2010年南アフリカW杯カメルーン戦終了後で大きく違うことが話題になっている。』



私の想像でしかありませんが、きっと彼の中で両者に矛盾はないのでしょう。
どちらも彼の理想のサッカーではなかったのかもしれないし。


それよりも金子さんの発言でいつも私が感じることがあって、それは
「外から日本のサッカーがどう見られているのかなんて、気にしなくてもいいんじゃない?」
ってこと。
彼は外からの評価をものすごく気にするんですね。それが不思議で仕方がない。
周りの評価より、まず自分たちがどうありたいのかを問題にすべきだと思うんだけど。


ジーコジャパンのときに、何の雑誌かは忘れましたが、たしか「ナンバー」だったかもしれないけど、「史上初めて、世界を感動させる日本のサッカーが見られるかもしれない」という趣旨のことを彼が書いていて、とても違和感を感じたのをよく覚えています。
世界を感動させることより、まずは結果じゃないのかなぁ…と。そもそもスポーツって、感動させるためにやるもんじゃないと私は思うんです。がむしゃらに、ひたむきに、ひたすら勝利のみを追い求める。感動というのは、その結果として付いてくるものであっても、感動が目的じゃないと思うんだなぁ。


日本は世界での実績がないのだから、まずは結果を出すことが先決だと思います。問題は、その「結果を出す」という目標に向かって、どれだけ選手の間に意思統一が図れていて目標を共有できているか、ではないですか。そのための手段としての戦術がディフェンシブかオフェンシブか、というのは、あまり重要ではないように思うんですが…。
たとえば「どちらの戦術のほうが、より結果に近づくことができるか」という議論には意味があっても、「どちらの戦術が、より世界を感動させられるか」なんて、全く意味がないしナンセンスじゃないですかね?

世界から「日本のサッカーは退屈だ」と思われると、何がいけないんですか。退屈なサッカーで勝つよりも、果敢に攻めて負けるサッカーのほうが良いとでも?それは本末転倒すぎる。
金子さんのサッカー観に感じる違和感の原因は、そこの部分にあるように、私には思われます。

schulze at 00:00│Comments(1) 日記 | ネタ

この記事へのコメント

1. Posted by ポリティーク   2010年06月22日 07:00
まあでもサッカーはスポーツであるよりビジネスですからね。欧州サッカーも戦術のシステム化に伴って人気低迷期があり、「退屈」なサッカーと「面白い」サッカーを両立するために果敢な外国人選手導入と移籍金を巡るマネーゲームが過激化した経緯があります。

外国から見て感動できるかどうかはともかく、常連客以外相手にしないJリーグ的な物はガラパゴス携帯並みにヤバイものがあると思われます。ただ、代表については日本人のオリンピック信仰、マスコミが無理矢理維持している「プロなのにアマチュアみたいな世界観」の押しつけにより岡田監督の戦術の正当性は問題ありませんが。

金子氏は日本サッカー界がバブルだった頃に一世を風靡した方ですし、単に旬が過ぎただけかと思います。欧州サッカー人気低下により日本のサッカージャーナリズムは猛烈な不況下にありますから、代わりが出てくることも難しいでしょうが。
何にも知らないのにスポーツ界への提言(というか中傷)をしつこく繰り返してる玉木や二宮の類になりませんよう…。というかこの2人はJリーグ設立時に関わった連中ですが。

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