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2016年01月20日

司法修習生に対する給付型の経済的支援を求める会長声明(日本弁護士連合会)

司法修習生に対する給付型の経済的支援を求める会長声明(日本弁護士連合会)
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2016/160120.html
『司法修習生への給付型の経済的支援(修習手当の創設)については、この間、当連合会・各弁護士会に対して、多くの国会議員から賛同のメッセージが寄せられているが、先日、同賛同メッセージの総数が、衆参両院の合計議員数717名の過半数である359名を超えた。
まずはメッセージをお寄せいただいた国会議員の皆様に対し感謝の意と敬意を表するものである。
メッセージを寄せられた国会議員は、与野党を問わず広がりを見せており、司法修習生への経済的支援の必要性についての理解が得られつつあるものと考えられる。
司法制度は、社会に法の支配を行き渡らせ、市民の権利を実現するための社会的インフラである。司法修習は、法曹が公共的に重要な役割を担うことから、国が司法試験合格者に対し、統一した専門的な実務研修を命ずるものであり、司法修習生は、裁判官、検察官、又は弁護士としての実務に必要な能力を習得し、高い識見・倫理観や円満な常識を養うため、修習に専念すべき義務を負っている。
このように、司法修習は、三権の一翼を担う司法における人材養成の根幹をなす制度であり、かかる制度を公費をもって行うことが国の責務である。
かかる理念のもとに、我が国では、終戦直後から司法修習生に対し給与が支払われてきた。しかし、2011年11月から、修習期間中に費用が必要な修習生に対しては、修習資金を貸与する制度(貸与制)に変更された。この修習資金の負債に加え、大学や法科大学院における奨学金の債務を負っている修習生も多く、その合計額が極めて多額に上る者も少なくない。法曹を目指す者は、年々減少の一途をたどっているが、こうした重い経済的負担が法曹志望者の激減の一因となっていることが指摘されているところである。
こうした事態を重く受け止め、法曹に広く有為の人材を募り、法曹志望者が経済的理由によって法曹への道を断念する事態が生ずることのないよう、また、司法修習生が安心して修習に専念できる環境を整えるため、司法修習生に対する給付型の経済的支援(修習手当の創設)が早急に実施されるべきである。
昨年6月30日、政府の法曹養成制度改革推進会議が決定した「法曹養成制度改革の更なる推進について」において、「法務省は、最高裁判所等との連携・協力の下、司法修習の実態、司法修習終了後相当期間を経た法曹の収入等の経済状況、司法制度全体に対する合理的な財政負担の在り方等を踏まえ、司法修習生に対する経済的支援の在り方を検討するものとする。」との一節が盛り込まれた。
これは、司法修習生に対する経済的支援の実現に向けた大きな一歩と評価することができる。法務省、最高裁判所等の関係各機関は、有為の人材が安心して法曹を目指せるような希望の持てる制度とするという観点から、司法修習生に対する経済的支援の実現について、直ちに前向きかつ具体的な検討を開始すべきである。
当連合会は、司法修習生への給付型の経済的支援(修習手当の創設)に対し、国会議員の過半数が賛同のメッセージを寄せていること、及び、政府においても上記のような決定がなされたことを踏まえて、国会に対して、給付型の経済的支援(修習手当の創設)を内容とする裁判所法の改正を求めるものである。

2016年(平成28年)1月20日
日本弁護士連合会
会長 村 越 進』



私は恥ずかしながら、この会長声明が出された経緯や背景を承知していないのですが、
「司法修習生への給付型の経済的支援(修習手当の創設)に対し、国会議員の過半数が賛同のメッセージを寄せている」というのは、大変心強いことだと思います。

ところで、あまり心配することではないことかもしれませんが、「司法修習生への給付型の経済的支援(修習手当の創設)」というのは、いわゆる「給費制」とは別のものなのでしょうか。
それとも、呼び名を変えただけで、同じものなのでしょうか。

これまで、あまり意識したことがなかったのですが、この表現(用語)が気になりました。
もし、これが異なるものであるとしたら、給費制との関係がどうなるのか、私はよく理解できていません。
給費制復活のための足がかりとして、まずは低額であっても給付型手当の実現を目指す・・・ということなのかな?

調べてみたところ、日弁連から出ている声明などでは、「給費制」という表現は積極的に使われておらず、「給付型の経済的支援」とか「修習手当」といった表現が用いられているのですね。
今のところ、給費制との積極的な違いは見いだせていませんし、単に「給費制」という用語より「修習手当」というほうが正確であるというだけのことなのかなとも思っていますが、このような理解で適切でしょうか。
もし経緯等をご存知の方がおられましたら、ご教示ください。


<例>
「司法修習生に対する経済的支援案提出のお願い」への回答(2014年1月24日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/hoso_kaikaku/dai7/siryou3-3.pdf
『司法修習の職業訓練としての内実は研修医に準ずるものであり,それに対する経済的支援も研修医に準じたものを目指すべきである。』

法曹養成制度改革推進会議決定に当たり、司法修習生に対する経済的支援を求める会長声明(2015年7月3日)
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2015/150703_3.html
『当連合会は、司法修習生に対する給費の実現を主張し、裁判所法の改正による修習手当の創設を求めてきたところである』


schulze at 22:15│Comments(70) 司法修習 | 司法制度

この記事へのコメント

1. Posted by やめべん   2016年01月21日 08:54
ビギナーズネットも同日付けで同趣旨の声明を出していますが、こちらは従前どおり「給費制の復活」を求めています。
これは私の個人的な考えなのですが、日弁連のいう「経済的支援」の要請とは、当初主張していた「給与」の復活を意味するのではなく、「補助・扶助(贈与)」制度の新設を意味しているのではないでしょうか?
仮にこの見方が正しいとすると、日弁連の給費に関する主張は後退しているように思えるのですが。
2. Posted by 司法改悪に反対していた弁護士   2016年01月21日 08:58
今はゼロなんで、少しでも前に進むなら進むんでしょう。
もっとも、ガス抜きにしか聞こえないですけどね。
相変わらず法曹人口には言及しないんですね。

まあ、どうせ日弁連の意見なんて誰も耳を貸さないと思いますけどね。
3. Posted by 有   2016年01月21日 11:31
弁護士という民間人になる人たちに、公費から給付する必要性はないと思います。無料で実務の勉強ができるだけでも恵まれていますよ。給付が必要だと主張するなら、日弁連が出せば良いのでは?高い会費を徴収しているのですから。
4. Posted by L   2016年01月21日 12:22
民間企業に対する各種助成金、補助金、職業訓練給付、研修医のための補助金等も一切やめるべきというのですか?
5. Posted by schulze   2016年01月21日 13:05
有さんがどういうお立場の方なのか私には知る由もないですが、
1年間の修習専念義務を科し、兼業などの収入の道を断ったうえで、さらに全国への配属可能性まで負担として科しながら無給であることはどうなのかという問題に対して、「民間人になるのだから必要ない」というのは、答えになっていないと考えます。どんな民間企業でも拘束して研修を科すのなら給与を払うのが当然です。
6. Posted by schulze   2016年01月21日 13:26
やめべん様
ご懸念は、まさしく私と共有するところで、このような表現を用いることが主張として後退していないかを心配しています。
ただ、今のところ給費と異なる意味を積極的に付与したと疑われるものは見つかっていません。運動としても、「一旦廃止したものを復活しろと言っても、政策の失敗を正面から認めるに等しく、受け入れられない危険がある」と考え、あたかも別のものであるかのように表現を変えたという可能性もあろうかと思います。
7. Posted by 有   2016年01月21日 16:18
民間企業の新人研修と司法修習を同列に論じるのはおかしいです。
民間企業の社員は、企業に直接利益を生じさせますが、弁護士は国民と対等な契約で自由に報酬を決定しているわけです。もっとも、報酬額が法律で制限されているとかであれば、国民か利益を受けていることになりますから、一年間くらい公費から給付しても構わないですが。
一年間の修習専念義務があり、無給が不当だたと考えるならば、いっそのこと司法修習自体廃止すればよいと思います。 
他の士業は、試験に合格するばすぐに登録できるか、民間での一定期間の経験が登録の要件になっていますよね。
弁護士も、司法試験合格後に法律事務所等での経験を要件にするば良いのでは?
給料が出ますしね。
8. Posted by schulze   2016年01月21日 17:55
まったくおっしゃるとおりだと思いました。有さんのお立場からは、必然的に司法修習の任意化ないし廃止という帰結にならざるを得ないと思います。修習専念義務を科して縛っておきながら無給であることを「民間人になるから」という理由で正当化するのは、やはり無理があると言わざるを得ません。

「いっそのこと司法修習自体廃止すればよい」との点については、個人のご意見ですから、私からとやかく申し上げることではないと思います。司法修習に意義と必要性を認めるかどうかは究極的には国民の判断次第と思います。いろいろな意見があって良いとは思いますが、廃止を言い出すのなら、それによる不利益も当然に甘受しなければなりません。司法修習を経験していない者が弁護士として登録し、世に放たれることがどういう事態をもたらすか、です。司法修習廃止という選択をする以上は、そのことによりもたらされる帰結も当然、国民は覚悟しなければなりません。一旦廃止した以上は、もう元には戻せないでしょう。
9. Posted by やめべん   2016年01月21日 18:01
「賃金とはなんぞや」という、あまりにも基本的な内容で恐縮ですが…。
民間企業(官庁でも同じですが。)現場に出る前の新人が新人研修期間中に受ける給与は、雇用主が指定する研修に従事したことに対する対価として支払われるものです。語弊を恐れず換言すれば、従業員を時間的に拘束したことに対する対価ともいえます。研修従事が雇用主の直接的利益になるのかは研修期間中の賃金の発生根拠と関係がありません。
このことは、新人研修期間終了後、現場に出る前に「合わないので、辞めます」と言って新人が辞めたとしても、研修期間に対応する賃金を雇用主が支払わなければならないことからもよくわかると思います。
他方、修習生も最高裁判所の監督下で登退庁の時間や研修内容を管理され、拘束されます。この管理・監督に背くと、最悪罷免されます。このように、修習生の時間を拘束する以上、民間同様、その対価を支払うべきという主張は、理論的に十分成り立つと思います。
入院中でヒマなので、くどく説明してしまいました。ごめんなさい。
10. Posted by schulze   2016年01月21日 18:07
「もっとも、報酬額が法律で制限されているとかであれば、国民か利益を受けていることになりますから、一年間くらい公費から給付しても構わないですが。」

→この部分、とても興味深いですね。その程度の理由で給費を正当化して良いのなら、いくらでも理屈は立ちそうですが。有さんのお立場から、まさかこんなコメントが出るとは予想しませんでした。
11. Posted by schulze   2016年01月21日 18:16
やめべん様
ご支援ありがとうございます。「賃金とはなんぞや」・・・正面からの反論としてはそのとおりなんですが、その点は多くの読者の方にはご理解いただいていると思います。
有さんはおそらく、司法修習がどういうもので、どういう根拠から給費が支払われていたのかという歴史的経緯や実態について、あまりよくご存じではないのではないかと推測します。弁護士(になる者)が国からカネもらって勉強してる、ぐらいの感覚なんだと思います。学生だって学費払うのに、なんで法曹だとカネもらえるんだ、みたいな。まぁそういう感覚で理解する人がいるのも、仕方ないとは思います。
12. Posted by 新人弁護士   2016年01月21日 18:27
授業料とられないだけええやん。
修習で給費とか、修習体験した俺にしてみりゃありえないわ。
他に使う道あるだろ。社会的弱者とかに。
そもそも将来弁護士として稼げる環境整備が重要なのであって、それがなされれば修習で貰える300万ちょっとの端金なんてすぐペイできるから弁護士目指すのの障害にならない。
13. Posted by 新人弁護士   2016年01月21日 18:36
企業の新人は研修後もその企業に寄与するし、研修中は役立たずでも人材獲得市場における企業間の競争を前提としたビジネスジャッジで給料支給してるのであって、修習生なんかと同視できないでしょ。
14. Posted by schulze   2016年01月21日 18:54
どうも誤解している方がいらっしゃいますが、司法修習と民間企業の研修を同視しているのではないですよ。時間を拘束して義務を課す以上は、対価を支払うべきという点では共通しているという意味です。この点は私は争いがないものと思っていましたが…。
15. Posted by schulze   2016年01月21日 18:55
「300万ちょっとの端金」などと言える身分に私もなりたいものだと思いました。
新人弁護士さん。あなたのこれからのご活躍に期待しています。
16. Posted by 芳賀   2016年01月21日 19:08
一定期間強制的に拘束することによる対価は支払わないけれな
ならないというschulzeさんの見解でいいのではないですか。
新人社員 であれ司法修習生であれ、終了後その会社で働く義務
も、修習受けたから弁護士にならないといけない義務もない。
17. Posted by やめべん   2016年01月21日 19:09
300万をはした金と呼べる位稼げる環境整備とはすばらしい!すばらしすぎて、どんな施策なのか想像もできません。
是非、会長選に出て、新人弁護士氏自身の手で実現していただきたい。
私も期待しています!!
18. Posted by 0302   2016年01月21日 20:43
「300万ちょっとの端金なんて」と語った方。もし「新人弁護士」という自称が事実なら、国家、マスコミ、法学会、弁護士会がそろって志向した司法制度改革が大失敗だったことの決定的な裏付けになるでしょう。改革がそのような人材の育成を目指したとは到底思えませんから。
19. Posted by schulze   2016年01月21日 21:33
一般論として申し上げますが、Aという問題を前にして、それを解決するためにどういう方法があるか。たとえばBという方法とCという方法のどちらが良いだろうか、と。そういう種類の議論をしているときに、「Aのどこが問題なのか」という問いかけは、とても疲れます(^^;)。同じ目線・問題意識・土俵に立とうとはしないということですから。そういう人たちに、共通の土台を設定するよう懇切丁寧に説明する気力と意欲は私にはありません。問題と思わないということは、その問題と向き合おうとしない意思表明か、もしくはただの無知かのいずれかだからです。そういう人と議論したいとは思いませんよ。
もちろん、Aという問題設定の仕方が適切ではないという批判はありえます。そのことがダメだとは申しません。ただ、そうならば、それにふさわしいだけのきちんとした理論付けをしていただきたいものだと思います。「民間人になるから無給でいいんだ」とか「300万ちょっとの端金をすぐペイできるだけの環境整備をすれば良い」とか・・・ちょっと私には理解不能としか申し上げられません。
20. Posted by schulze   2016年01月21日 21:47
有さんも新人弁護士さんも、はじめから「司法修習なんて必要ない」とだけ言ってくだされば良かったのです。そのほうがはるかに分かりやすく、納得できたでしょう。もちろん私は賛成はしませんが、意味として消化はできる意見です。現にそういう意見を言う人も世の中にはたくさんいます。でも、専念義務が課されながら無給である点を、どうして正当化しようとされるのでしょうか。もちろん、現実が様々な経緯や政治的思惑から、このようになってしまっていることには理由があります。そのことを「仕方がない」とか「変えることは実際には困難だ」という意見はあるかもしれません。でも、正当化してどうしようというのでしょう。現に経済的に苦しんでいる修習生や法曹志望者がいるのです。貸与制の下では修習に行けないという方もたくさんいるのです。そういう現実に目を向ける必要がないということなんでしょうか。私はそこに失望します。
21. Posted by 新人弁護士   2016年01月21日 23:09
ちょっとした文脈捉えてぐだぐだおっしゃってる人がいるけど、そういうのいいから。
300万もらえないから、修習は無料なのに弁護士諦める?
そいつ今まで高校大学ローの授業料どうしてたの?
そんなんいてもごく少数の稀有な事例でしょ。
今の修習ってほとんど第1第2希望の修習地で収まってるし、返済猶予期間相当あるのに300万程度貰えなくて困窮するような弁護士は300万もらってても同じように困窮するよ。
300万ちょい配るかどうかなんて言う矮小化された議論に拘るのは馬鹿馬鹿しいから、むしろ弁護士界全体の窮状をどう打破すべきか(具体的には司法試験合格者数減少すべき)に集中した方が良いよ。
22. Posted by 新人弁護士   2016年01月21日 23:16
専念義務1年間拘束の対価は弁護士資格でしょ。
正当化できてるやん。それは端的に無償でも修習生にみんななってるっていう事実があるんだから。各々正当化できてると考えて参加してんでしょ。
宿題:専念義務1年間拘束に対価無しと考えて参加しない人の実数を挙げよ。
それでおたくの意見が如何に少数派か分かるよ。
23. Posted by やめべん   2016年01月21日 23:16
度々のコメントですいません。
ここまでの議論で気付いたことがあります(勘違いかもしれませんが。)

修習生に対する経済的支援の是非は、大まかに分けると二段階の議論なのではないかと思えてきました。すなわち、
1 修習生に対する経済的支援の要否
2 1が必要として、これ(特に弁護士登録予定の修習生についての支援)を税金で賄うことの是非
に分かれるのではないかと。

1は、修習が修習生に与える負担に着目した議論であり、シュルジー先生が正に問題とされている部分です。この議論・問題点は、修習中の拘束や経済的負担を実際に体験している法曹三者であればピンときやすいのではないでしょうか。
他方、修習の詳細を知らない一般の方は、そもそも修習が拘束や負担を伴うということにイメージ・共感が持ちにくいのではないでしょうか。

逆に2は、修習経験がなくとも、納税者であれば具体的にイメージできる議論です。すなわち、有氏が主張されているように、スポンサーたる「国民」の利益になるのかがメインの争点になります。
肯定派は、弁護士の社会的・公益的役割から、間接的に国民全般に利益が還元されることを根拠とし(L氏と同じ視点)、否定派は弁護士が在野の個人事業主であり、国民の直接的な利益にならないことを根拠にしている(有氏の視点)と思われます。

新人弁護士氏のご主張は、凡人である私の理解を越えているので、割愛します。
24. Posted by やめべん   2016年01月21日 23:36
ごく少数の稀有な事例って…。
いかに少数派かって…。
匿名とはいえ、ここまで平然とマイノリティを切り捨てる発言をするとは。
本当に弁護士なら、世も末ですね。
25. Posted by 新人弁護士   2016年01月21日 23:39
ちなみに俺はインハウスで資格手当貰ってる(+インハウスとしての人事評価)で5-7年で「300万なんていう端金」はペイできる計算だ。だから修習無償なんて別にどうでもいいと思ってるし、むしろ税金使わないだけ社会のためになるとも思ってる。
こんな利益も弁護士が今のようにどんどん増えていけば弁護士の市場価値がさがり享受できなくなるかもしれない。
それを食い止めるのが俺が言う環境整備ね(環境整備って表現が誤解生んだかも)。そりゃあんたらのいうとおり例えば1年で300万ペイできるような環境整備なんてまず無理だわ。
26. Posted by やめべん   2016年01月21日 23:45
あ、自分さえ良けりゃいいって方でしたか。
失礼しました。もう何も申しません。
27. Posted by 新人弁護士   2016年01月21日 23:50
弁護士やめたように俺への反論も辞めてどうぞ。
そもそも根本的な思想がこちらとそっちでは違うみたいだから噛み合わないな。
もう不毛な議論やめときましょ。
マイノリティ助けたきゃシュルジーさんの意見が正しいんじゃないの(^-^)
28. Posted by 新人弁護士   2016年01月21日 23:56
弁護士辞めたような奴には読みとれないのかもしれないが、俺はただ自分さえよければなんて全く思ってないからな。
修習生なんぞより経済的支援すべきプライオリティの高い集団が日本にはいるだろってことが俺の主張の根本にある。限りある財源をそこに配分すべきで、余裕があれば修習生にまわしゃあいい。社会正義ってそういうことだろ。
29. Posted by タカオ   2016年01月22日 03:56
>専念義務1年間拘束の対価は弁護士資格でしょ。

それはちがうな。バイト原則禁止なんだろ。その代償である1年間の生活費だろ。

>正当化できてるやん。それは端的に無償でも修習生にみんななってるっていう事実があるんだから。

できてないね。法曹になるために仕方なく貸与受けて修習してるんだから。既成事実を自分に都合のいいように利用しないように。
30. Posted by schulze   2016年01月22日 06:42
新人弁護士さんへ
「資格や権利を取得できることが拘束の対価だ」と考えてしまうと、研修医に対する補助であるとか、防衛大学校の生徒に対する給費などもすべて不要だということになってしまうでしょう。「将来医師として働くことができる」「自衛官に採用される」ということが「対価」だと言えるからです。民間企業の従業員への研修も同様で、「正社員として雇用される権利を獲得できる」ことが対価なのならば、その期間を無給にしても良いということになりかねません。私は、このような論理に賛成することはできません。
(参考)京都弁護士会の給費制Q&A
https://www.kyotoben.or.jp/kyuhisei_qa.pdf

「無給の条件でも受け入れて修習に来る者が多数派なのだから、無給でも良い」という論理は、それを貫くと、たとえばおよそ世の中に存在する労働規制は不要になると思います。「長時間労働でも働きたいという人間が多数派だ」「最低賃金を下回っても、それでも働きたいという人間がいるからいい」と言っていることと同義のように私には聞こえます。「不利な条件を受け入れる人間がいる(しかもそれは多数派である)」という事実は、その条件を肯定するための理由付けには、必ずしもなりません。
31. Posted by schulze   2016年01月22日 06:51
プライオリティを考えなければならない局面は、たしかに存在します。財源は無尽蔵にあるわけではないのですから、優先順位を付けて考えなければならない。それは一面ではたしかにそうです。
しかし、ある政策を検討しているときに「そんなことよりも、ほかに検討すべき課題がある」と言ったところで、その政策の必要性がなくなるわけではありません。それを持ち出すと、すべては個人の価値判断に帰着せざるを得なくなります。たとえば「人間の命は何よりも重いのだから、公共事業のカネを生活保護へ回せ」と言ったところで、公共事業が必要でなくなるわけではありません。まさに「それはそれ、これはこれ。」なんです。新人弁護士さんが給費制の問題より弁護士業界の困窮や法曹人口問題のほうに関心があることは分かります。でも、それはあなたの価値判断であって、それによって無給修習を肯定する理屈にはならないでしょう。
32. Posted by schulze   2016年01月22日 07:03
新人弁護士さんが「自分さえよければ良い」という考えの持ち主であるとは、私は感じませんでした。ただ、他人の境遇に対する想像力が欠如しているという印象は受けました。「自分がやってこれたのだから、他人も同じはずだ」という暗黙の前提に立っている。それは、やっていけた側の理屈でしかありません。
新人弁護士さんがどういうご経歴で、本当に新人の弁護士かどうかは私には確かめようがないけれども、学校を出て、学部を卒業し、法科大学院を修了して司法試験・司法修習を終えたとするならば、これまでそのレールに乗れた人間としか接してこなかったのだろうと思います。そこに至るために、どれほどの人間が排除されてきたのかは見えていない。だから自分が多数派だと思えてしまうのでしょう。多数派であることは否定しませんが、多数派であればよいというなら、新人弁護士さんが問題視されている弁護士資格の市場価値なども、別に問題ないのではないですか。なぜなら、資格の価値が暴落しようが、それでも登録している人間のほうが多数派なのだから。
33. Posted by やめべん   2016年01月22日 07:10
なるほど。
ちょっと感情的になって浅はかなコメントをしてしまいました。
失礼しました。
34. Posted by schulze   2016年01月22日 07:13
色々なコメントと錯綜してしまいますが、やめべんさんの23番(2016年1月21日23:16)のコメントについて返信します。
ご整理いただき、ありがとうございます。とてもわかりやすいと思いました。そのように考えると、有さんは1番は肯定しても2番は否定、新人弁護士さんは1番自体を否定、ということになりますでしょうか。
ただ、私の率直な感想ですが、「修習生への経済的支援の必要性は認めるが、公費の支出には反対」という理屈は、本当に成り立つのか疑問です。修習専念義務を課し、副業を原則禁止としている主体は国に他ならないのです。それなのに「別の主体が支援をすべきだ」ということを正面から認めるべきか、です。それはまさに、有さんがおっしゃるように「給費が必要なら、弁護士会が払え」という議論につながりますね。私はそんな議論は成り立たないと思います。弁護士会が給費を支払うのなら、司法修習の主体は必然的に弁護士会にならざるを得ない。この議論は結局のところ、司法修習の廃止や制度変更の議論に他ならないのではないかと思います。
35. Posted by やめべん   2016年01月22日 08:02
23での私のコメント後の書き込みも踏まえると、新人弁護士氏の「みんな無償でも修習に行っている」とのお考えは、1を否定すると整理できそうです(同意による支援の必要性の消滅)。「みんな」は事実ではないし、そもそも「無償が嫌なら行かなきゃいい」という発想を前提にしているので賛同しませんが。
他方「財源は有限云々、余れば修習生にまわせばよい」とのお考えは、私の整理の範疇では捉えきれません。支援の必要性もあるし(1肯定)、余剰があれば国費で賄っても良いけど(2条件付肯定)、まずは社会的弱者救済とか、より必要性の高い政策を優先すべき、と読めるからです。
36. Posted by 有   2016年01月22日 10:04
私も自分なりに考えてみたのですが、司法試験合格後にすぐ弁護士登録可能とするのは、やはり問題だと思います。
一定期間の実務教育が必要でしょう。
しかし、弁護士という民間人になる人の為の実務教育である司法修習を国が税金を投じて行うこと自体がおかしいと思います。 
税理士や公認会計士のように、民間での一定期間の実務経験を弁護士の登録要件にすれば良いのではないでしょうか。
給料も出ますし。
裁判官・検察官・弁護士の志望者を同一の環境で実務教育しなければならない理由がありますか?
したがって、給費制の復活という主張ではなく、現在の司法修習制度の廃止の主張の方が一般国民の理解が得られると思います。
一般国民の多くは、なんで多額な税金を投じて弁護士を養成しなければならないんだと考えていると思います。
37. Posted by L   2016年01月22日 12:16
弁護士は法廷活動を独占しているのですから、高い法廷活動能力を求められますので、法廷の裏側、つまり裁判所の仕事を経験しておくことは極めて有益でしょう。仕事はゴールから逆算して行うものですから、裁判所の視点から仕事ができることが極めて重要です。また、刑事弁護活動も弁護士の独占業務ですので、検察実務を経験しておくこともまた極めて有益です。したがって実務修習は必要です。
38. Posted by やめべん   2016年01月22日 12:35
裁判所側からみても、裁判官志望者が弁護士志望者と同じ環境で研修することに実益があると思います。和解のまとめ方とか。
現役裁判官が法律事務所に出向したり、弁護士任官がなされている現実から、裁判所も、弁護士業務の経験を裁判所業務に取り入れることにメリットありと認識しているのではないでしょうか。
39. Posted by schulze   2016年01月22日 12:47
有さん
ご丁寧な返信ありがとうございます。あなたのお考えは、よく分かりました。司法修習を廃止して別の課程で代替するというのなら、それはそれでご意見としては理解できます。
司法修習の必要性については、すでに他の方からも触れられているので、ここでは詳しく述べません。裁判所や検察庁の中で彼らとともに仕事をするという経験が、弁護士の知見にとって不可欠であると私は考えています。司法修習はいわゆる「研修」とは異なるのです。法律事務所での研修では代替できないものであると思います。
ただ、なぜ司法修習が必要なのか、公費で弁護士を養成しなければならないのか。これらが国民には分かりにくいことは事実ですし、啓蒙をしていくことは必要だと思います。それは給費制復活の運動をする立場としては、常に心に止めておかなければならないことだと思います。
40. Posted by schulze   2016年01月22日 12:57
「なぜ民間で活動する弁護士へ公費を支出しなければならないのか」という問いに対しては、これは弁護士の高度な公益性ゆえであるとしか申し上げようがありません。たしかに民間ではありますが、それを言えば医師も同じ立場であり、研修医への給与補助金が公費で出ています。医師への公費支出もダメだというのが国民の意思でしょうか。公費の支出がダメだということになれば、弁護士の養成は国家の責務ではないということになります。そうなると弁護士に高度な義務を課すことはできなくなると思います。弁護士は資格と肩書こそ残るも、実質は弱体化した存在にならざるを得ない。それを国民が許容するのかという問題です。この問題は「民間人を税金で食わせるのか」といった狭い視野の問題ではありません。弁護士がどういう存在である必要があるのか、そのためにどういう養成過程か必要で、国がどのように関与するかという問題です。私は弁護士の養成は国家の責務であると思います。なぜなら、それだけの重い使命と義務を弁護士法で弁護士に課しているからです。それが国民の意思です。
41. Posted by 受験生   2016年01月22日 13:44
確かフランスでは、司法官(裁判官、検察官)と弁護士の養成は別の機関が行っているんですよね。
司法官は国立司法学院、弁護士は弁護士研修所。
おそらく有さんはそれを意識しているのでしょう。
給与が出ているかわかりませんが、弁護士研修所では給与が出ないと想定すれば、有さんの意見と変わらないことになるでしょう。
そういう考え方もありだとは思います。

ただ、既存の司法修習制度とは異なり、検察修習や裁判修習を経る前に、イメージだけで自分の進路を決定しなければならないので、そこがネックだと思います。
あとは、法曹一元化はしなかったのに、何故上記の制度なら良いのか、という批判も出てくるでしょうね。

ほかに考えられるのは、既存の司法修習制度のままで弁護士志望だけ無給にすることですね。
そしたら、途中で進路変更したらどうなるのかとか、とりあえず任検だけして辞める人が続出するのではないか、という問題も生ずることでしょう。

個人的にはどの制度も、自分が納得できる理由に基づいて構築されるのであれば構わない立場です。
42. Posted by schulze   2016年01月22日 19:22
有さんがどれほど法曹養成制度や諸外国の事情を把握していらっしゃるかが分からないので、フランスの事例などを意識されているかどうかは、私には判断できませんでした。
有さんは、盛んに弁護士が民間人であることを繰り返し理由にされているのですが、民間人だと公費を出すべきではないという理屈が、私にはよく理解できていません。民間の業務に対して公費が支出される場面など、世の中ではいくらでもあるはずだと思います。教育養成などに公費が使われる場面もたくさんありますし、教育機関への補助金などもあります。それらと何が異なるのでしょうか。弁護士だけが、なぜ殊更に民間人であると強調されなければならないのでしょうか。
国民の理解が得られないかのような話も出ていましたが、仮に理解が得られないのだとしても、その理由が「民間人だから」というのは、本当に正しいのでしょうか。私には、何かもっと別の理由があるはずではないかと思うのですが。
43. Posted by 地方自治体主査   2016年01月24日 15:13
Schulze先生

初めまして!いつも、ブログを拝見しています。直近の予備試験に合格した者です。目下、次の司法試験に向けて、準備中です。

合格後は、今属している組織の休暇制度を利用して、修習に行けないか、模索中です。その際、無給になってしまうため、少しでもいいので、修習手当のようなものでもあれば、修習への追い風となります!

ぜひ、また続報がございましたら、ブログにてご紹介いただければ嬉しいです!
44. Posted by schulze   2016年01月24日 22:17
地方自治体主査様
社会人として働きながらの予備試験合格、まことにおめでとうございます。ぜひ司法試験のほうも突破してください。応援しております。
修習手当の実現は、すぐには厳しいと思いますが、多くの方が声を上げることが必要だと感じています。お力を貸してください。
45. Posted by 毅   2016年01月29日 09:35
こちらのブログは、弁護士さんのブログであり、弁護士さんや弁護士志望者の書き込みが多いようですから、弁護士業界よりのコメントが増えることはしょうがないことだとは思います。
しかし、一般国民の感覚から言えば、やはり有さんのような考えの人が多いと思うのですが。
いくら、弁護士の専門性だの公益性だのといった小難しい理屈を主張してみたところで、一般国民にはいまいちピンとこないのではないでしょうか?
医者とかであれば、国民にとって不可欠な存在としてその重要性は理解できますが、弁護士さんなんて、一生の間に一度も依頼しない人が大半ですから、弁護士という職業の重要性なんて考えもしませんよ。
誤解を恐れずに言えば、一生の間に一度依頼するかどうかもわからない職業のことなんて、一般国民にとってはどうでもいいということです。
日弁連や弁護士さんたちもいろいろ主張するのは結構ですが、その主張が国民にどれだけ受け入れられるか考えてみてはいかがでしょうか?
国民の理解が得られなければ、給費制の復活なんて無理だと思いますよ。
所詮は政策の問題であり、違法とかいう次元の話ではないわけですから。
46. Posted by schulze   2016年01月29日 11:43
毅さんのご意見は、一般国民の素朴な感情という点では共感します。有さんのご意見もそうですが、普通の国民がそういう感想を抱いたり、「弁護士のことなどどうでもいい」という受け止め方をすることは何らおかしいことではないし、実際そのとおりかと思うのです。そのことは誰も否定していないでしょう。
ただ、それは給費制復活の運動に当たって説明を丁寧にすべきだという事情にはなりえても、そのことから弁護士の公益性や養成の必要性がなくなるということではないと思うのです。「どうでもいいと思っている人が多い」からと言って、弁護士がどうでもいい存在になるわけではないし、この問題が社会や国にとってどうでもよくなるわけではありません。
現に弁護士には高度に公益的・社会的な役割が与えられており、弁護士法で一般国民とは異なる義務が与えられています。それは弁護士に対する国民の期待や意思があるということにほかなりません。給費制復活に対する「国民の理解」というのは、国民個人一人一人レベルでの感情や認識の問題ではないのです。社会・国として弁護士の公益性を認め、その養成を国家の責務として認識させる。その理由や理屈を論理的・理性的・説得的に説明するということのはずです。そのことが結果的に世論の理解、つまり国民の理解につながるのです。
47. Posted by schulze   2016年01月29日 11:47
「給費制がなぜ必要なのか」については、すでに別の方へのコメントの中でも触れましたが、京都弁護士会が作成したQ&Aが参考になると思います。よくできていると思いますし、十分に国民を納得させうるものであると私は考えています。

(参考)京都弁護士会の給費制Q&A
https://www.kyotoben.or.jp/kyuhisei_qa.pdf
48. Posted by schulze   2016年01月29日 15:27
もうひとつ、毅さんのコメントで気になった点があります。
給費制の復活を求めることが「弁護士業界寄りのコメント」かのような話がありましたが、私には意味が良く理解できませんでした。もしかして毅さんは給費制が弁護士業界の利権とか既得権とか、そういうものに他ならないと誤解されているように私には感じました。
言うまでもないことですが、給費制は弁護士業界にとって何ら利害に関係しません。給費制が復活しても、弁護士の利得にはならないのです。むしろ既存の弁護士からすると、これから市場へ参入しようとする法曹志望者(商売上、将来のライバルとなりうる者)が経済的に困窮するほうが、自分たちにとっては利益になるという考え方も成り立ちうる(!?)のではないでしょうか。広い意味では、法曹養成制度がきちんと機能し、質の高い法曹が養成されることが弁護士資格(および業界)に対する信頼を高めることに結果的にはなるでしょうが、そのことと「業界寄りかどうか」ということとは次元が異なると思います。現に給費制復活を求めている弁護士たちは、業界の利益のために活動しているのではないでしょう。むしろ「国民にもたらされる不利益」を心配しているのです。
49. Posted by 毅   2016年01月29日 19:58
法科大学院制度や貸与制を維持することは、優秀な人間の法曹志望離れに繋がりますよね?
もちろん、法曹志望離れの原因は、他にも弁護士の急増にもありますが。
法曹志望離れが今後もよりいっそう進めば、司法試験合格者の質はどんどん低下し、弁護士に対する社会的信用も低下しますよね?
そうなれば、弁護士のオールマイティーな権限の制限という議論になったり、他士業による権限開放運動がより激化するのではないでしょうか?
現に、司法制度改革以降も社労士や行政書士等に権限が開放されていますし、司法書士会等にいたっては、家事代理権の開放も要求していますよね。
そういう事態になれば、弁護士業界には大いにマイナスですよね?
50. Posted by 毅   2016年01月29日 20:25
弁護士さんたちは、ことあるごとに「社会正義の実現」とか「国民の人権擁護」という弁護士の使命を掲げて、他士業への権限開放や司法試験の合格者数に反対していますよね。
しかしながら、戦後から現在に至るまで、弁護士さんたちはその職責をどれだけ国民に対して果たしてきたのでしょう?
職責を果たせなかったからこそ、司法制度改革が行われたのではないですか?
知人の司法書士に聞いたことがるのですが、司法書士への簡裁代理権の付与というのは昭和40年代から議論になっていたそうです。
当時は、弁護士も7000人くらいで非常に少なく、国民の法的需要を十分に満たすことができなかったようです。
しかしながら、日弁連は、司法書士への権限開放も反対し、弁護士の増員にも断固として反対していたとのことです。
それが、本当に「国民の利益」だったのでしょうかね?
弁護士業界の職域エゴだったのではないですか。
そのような事態が戦後長い間続いての司法制度改革なのではないでしょうか。
弁護士急増や司法修習の給費制廃止、他士業への権限解放を招いた張本人は、弁護士自身なのではないでしょうか?
一般国民にとっては、いまだに弁護士というと、「偉そうにしている」、「事務所で踏ん反り返っている」、「怖そう」などというイメージがあります。
このような弁護士の負のイメージを作り上げてしまったのも、弁護士自身なのでは?
一番変わるべきなのは、弁護士さんたち自身なのではないでしょうか?
そうすれば、一般国民も弁護士という職業を信頼し、弁護士急増問題や給費制の復活等に、耳を傾けると思います。
長々と偉そうなことを言って申し訳ございません。
ただ、弁護士さんたちには、一般国民の声にもっと耳を傾けてほしいと思い、書かせていただきました。
世の中には「声なき声」がいっぱいあるのではないでしょうか?
51. Posted by schulze   2016年01月29日 20:29
つまり、49番のコメントで毅さんがおっしゃりたいことは、次のようなことでしょうか。
「給費制復活を求めている弁護士の真意は、法曹の質が低下することにより他士業との緊張関係が生じ、弁護士の権限が他士業へ開放されてしまうのを防ぐための業界保身が目的なのだ」と…。なんとまぁ飛躍した論理と言いますか、私には風が吹けば桶屋が儲かるような話にしか聞こえません。修習生に給与を払えと主張することが弁護士業界の権限維持のためだ、という理屈は、それこそどこまで一般国民に理解されるのでしょうか。
率直な感想として、業界寄りだとか業界保身のためということを持ち出すことは、法曹人口論や司法試験合格者数に関する議論であればまだ理解できるのですが、給費制の問題でそれを持ち出すのは無理があると思います。
52. Posted by schulze   2016年01月29日 20:35
毅さんの司法制度改革に関する捉え方・理解はおかしいと思います。司法制度改革は「今後、国民生活の様々な場面において法曹に対する需要がますます多様化・高度化することが予想される中での21世紀の司法を支えるための人的基盤の整備」が必要とされていたのです。これからの社会では、ますます弁護士が必要だとされて質も量も拡充すべきである、とされたのが司法制度改革だったのです。もちろん、その見込みが外れて、蓋を開けたらそこまでの需要がなかったことが明らかになったということはありますが、毅さんがおっしゃるように「弁護士が職責を果たせなかった」のであれば、弁護士に対する需要がますます多様化・高度化することなど、ありえないと思います。むしろ弁護士資格は廃止・縮小すべきだ、という議論になっていたはずかと。
(参考:司法制度改革審議会の意見書)
http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/iken-3.html
53. Posted by schulze   2016年01月29日 20:44
毅さんのご意見は、議論がおかしな方向へ進んでいると感じます。一般国民に弁護士の負のイメージが拡散しているとか、「偉そうにしている」、「事務所で踏ん反り返っている」、「怖そう」などというイメージがあるということですが、百歩譲って仮にそういうイメージがあるのだとして、そうすると国家が法曹を養成する義務や必要性はなくなるのでしょうか?むしろ、ちゃんと養成しないといけないし、多様な法曹志望者を集めないといけないことになるんじゃないでしょうか。毅さんがご指摘される事情は、法曹養成の重要性、司法修習の必要性を裏付けるものであって、給費制復活の主張につながるべきものではないかと思うのですが。
54. Posted by schulze   2016年01月29日 20:52
ちなみに、給費制の廃止を招いた張本人とは、弁護士ではなく法科大学院です。
司法修習生の給費制は、法科大学院への補助金とのバーターとの関係とされたのです。
給費と補助金がバーターの関係にあることは、早稲田の鎌田先生も認めておられるところであります。
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52029023.html
55. Posted by 毅   2016年01月29日 21:20
給費制の廃止を招いた張本人は、法科大学院だけですか?

そもそも司法制度改革において、日弁連も法科大学院制度や司法試験の合格者数増加に賛成し、積極的に推し進めてきたわけですよね。

ならば、日弁連やその会員である弁護士にも責任があるのでは?

日弁連の決議で賛成したわけですから。

それとも、日弁連や会員である弁護士は、一連の司法制度改革とは一切無関係であり、何の責任も無いと仰るつもりですか?
56. Posted by schulze   2016年01月29日 21:21
毅さんのコメントで伝わってくるのは、よほど弁護士のことがお嫌いなんですね、ということです(^^;)。弁護士資格者へ悪感情を抱くに至ったご経験が何かあるのかもしれませんし、そこは私には分かりません。別に弁護士という仕事や人種のことを理解してほしいだとか、考えを改めて欲しいとは申しません。ただ、お願いしたいことは、毅さんの中に弁護士に対する怒りのようなものが仮にあるのだとして、その源泉が何かを今一度冷静にお考えいただきたいと思います。そして、そのことが、これから法曹になりたいと考える志望者への支援という議論にも当てはまるのか、です。毅さんのご意見は、弁護士に対する感情的な反発が先に来ている印象があります。
57. Posted by schulze   2016年01月29日 21:28
もちろん日弁連も司法制度改革を進めた立場から、給費制廃止についての責任はあると思います。私も法科大学院「だけ」に責任があると言ったつもりはありません。ただ「張本人」という言い方をされたので、張本人は法科大学院の存在では?と申し上げたまでです。
会員である弁護士の責任というのは、私には何をおっしゃっているのかよく理解できません。個々の弁護士個人に責任があるのでしょうか?当然、司法制度改革に当初から反対の声を挙げていた弁護士もたくさんいますが。
58. Posted by 毅   2016年01月29日 23:55
賛成した人には大いに責任があると思います。

しかし、反対した人も、議論を通じて賛成派を食い止めることができなかったということについて、一定の責任があるのではないでしょうか?

政治家でも、反対したからといって、責任を一切免れるわけではありませんよね?

もし、責任を免れるというならば、いつも反対ばかりしていればいいのです。楽ですから。


弁護士のことは、好きでも嫌いでもないですよ。

「職業に貴賎なし」ですから。

どんな職業であれ、必要とされるから存在するわけです。

そこに優劣は無いと思っています。

ただ、年間2桁の逮捕者数、100件を超える懲戒処分数といった異常な件数の不祥事を起こしといて、「高度な専門性、高い公益性、国民の利益」などといった言葉を、よくもまあ使えるなあと思っているだけです。

崇高な理想の前に、まずは不祥事を防ぐことが筋ではないでしょうか?

当たり前のこともできず、多くの国民が横領等の被害に苦しんでいるわけですから。

懲戒処分者のネットでの詳細な情報公開等といった、具体的な防止策も未だに実現されていませんよね。

にもかかわらず、「司法試験の合格者数削減」、「給費制の復活」などを強く主張されても、「その前にやることあるでしょ」と思ってしまうわけです。

普通そう思いませんか?


価値観は人それぞれですから、私は考えを押し付けるつもりはありません。

ただ、有さん、新人弁護士さん、私のような意見は、本ブログではアウェーだと思います。

にもかかわらず、あえてコメントしたということを少しでもご理解いただければ幸いです。
59. Posted by schulze   2016年01月30日 00:20
毅さん
ちょっと待ってください。あなたがおっしゃっていることは、要は「日弁連が主張しているのが気に食わない」ということではありませんか。「弁護士は職責も果たしておらずケシカラン存在だ。だから、そんなお前らが偉そうなことを言うな。」というだけの話です。それは政策の主張適格(誰が主張すべきか)の問題で、給費制の是非そのものとは違います。
このエントリーでの議論は、もともと「給費制の復活が国民の理解を得られるかどうか」だったはずです。有さんも新人弁護士さんも、その議論に関してコメントしていたはずです。毅さんも45番のコメントで、「ほとんどの一般国民は弁護士を利用することはないのだから、弁護士などどうでもいいと思っている。だから給費制を訴えても国民には理解されない。」とおっしゃっていました。あなたは今、それとは違う議論を展開しています。弁護士がケシカランとか、弁護士会として他にやるべきことがあるとか、そんなことを今あなたと議論するつもりは私にはありません。仮にあなたの言う通りだとしても、それらの事情は法曹養成の必要性を否定するものではないし、給費制が国民に理解されないとする理由でもないでしょう。
私もブログでコメント欄を開放している以上、自由なご意見を書いていただいて結構ですが、論点を勝手にずらして自説を述べることが目的でしたらご遠慮いただきたいと思います。私が毅さんとお付き合いしてきた議論のテーマは「給費制が国民の理解を得られるかどうか」という点に関してのみであり、「そのことを日弁連が主張することの是非」についてはテーマにしたつもりはありません。
60. Posted by schulze   2016年01月30日 00:34
毅さんのご主張と、有さん・新人弁護士さんのご主張は、まったく中身と次元が異なります。
有さんは民間人の育成に公費が支出されることを問題にされていました。
新人弁護士さんは、給費制以外に優先順位の高い問題(法曹人口問題や職域拡大などの問題)があり、そちらの解決のほうが優先されるべきだ、というご主張でした。
日弁連が主張することがケシカラン、という議論はこれまでこのエントリー内ではされていなかったというのが私の認識です。毅さんも一番最初の45番ではそういう内容はおっしゃっていなかったと思います。
私の立場は、日弁連がどんなにケシカラン存在で、他に取り組むべき課題があったとしても、それによって弁護士が不要になったりどうでもいい存在になるわけではないし、法曹養成が国家の責務でなくなるわけでも司法修習の必要性を疑わせるものでもない。ましてや給費制が不要になるわけでもない。給費制復活に国民の理解が得られるかどうかとは、直接関係しない事情だと思います。なぜなら、日弁連がケシカランかどうかと、法曹を誰の責任でどう養成すべきかというのは、違う話だから。私としては、日弁連の司法制度改革に対する責任や過去の経緯は差し置いて、とにかく国民が給費制の問題を認識して、この問題を深刻に憂慮してくれさえすれば満足です。
61. Posted by 毅   2016年01月30日 01:45
私が述べたことを、schulzeさんに曲解して受け取っているだけですよね?

私が58で言っていることは、主張適格?だけでなく、給費制の是非といった内容そのものにも密接に影響すると考えています。

前者と後者は、きっぱりと分けれる問題ではないと思います。

多くの国民が「弁護士業界の異常な件数の不祥事」を目の当たりにした場合、給費制の是非といった内容そのものを考える上で、重要な考慮要素の1つに普通入れるでしょ。

法律家の思考がどういうものかわかりませんが、一般常識ではそんなにきっぱり割り切れませんよ。

そのような中で、主張適格云々なんていう小難しい理屈を言うから、より一層、国民には分からなくなるんですよ。

あなたの考え方は59や60でしょうが、私はこの点で考え方が異なります。

私は当初からこの考え方です。

ご迷惑なようですので、コメントはこれまでと致します。

長くお付き合いいただき、ありがとうございました。
62. Posted by schulze   2016年01月30日 09:33
>多くの国民が「弁護士業界の異常な件数の
>不祥事」を目の当たりにした場合、給費制
>の是非といった内容そのものを考える上で、
>重要な考慮要素の1つに普通入れる

そのお考えが正しくないのではないかと、私は何度も指摘していますが、それについては何らお返事をいただけていないんですよね。

1.弁護士が不祥事を繰り返すことは、むしろ法曹養成の重要性につながる事情である。
2.司法修習生への給費は弁護士(業界)への利得(利益供与)ではないのだから、「弁護士はケシカランから修習生への給費は支払わなくても良い」という論理は成り立たない。
3.弁護士が不祥事を繰り返して国民への職責を果たしていないのなら、司法制度改革で「国民生活の様々な場面において法曹に対する需要がますます多様化・高度化することが予想」などされていなかったはず。むしろ弁護士資格の廃止・縮小の方向が議論されていておかしくなかったのではないか。弁護士の多様化・高度化が求められているのに、なぜ司法修習生へ給費を支払うかどうかが「弁護士の不祥事の増加」という事情をもって判断されなければならないのか。

実際にマスコミの論調などで「弁護士は不祥事を繰り返しケシカランから、法曹養成などやめちまえ」とか「修習生に給費を支払う必要などない」なとどしている声を、私はこれまで見たことがありません。
63. Posted by schulze   2016年01月30日 10:00
毅さんのコメントを迷惑だと感じたことはありませんが、私としてはせっかくコメントいただきましたので、誠実に理性的にお答えをしてきたつもりです。ただ、議論がまったく噛み合わない。その原因は、どうもあなたがおっしゃっていることの中身が変化している。論点(議論の土俵)が変わっただけでなく、その論理構造も変化しているように感じられました。

論点は、「給費制復活が国民に理解されるか」という点から「それを日弁連が主張することが国民にどう受け取られるか」へと変化しています。この変化について「一般常識ではそんなにきっぱり割り切れない」とおっしゃるのであれば、それは仕方がないと思いますが、私からすれば「あなたが言いたい本心がそういうことならば、最初からそう言ってほしい」と思いました。議論に応じてきた私に対して不誠実な態度だと思います。

毅さんは一番最初(45番)には「国民にとって弁護士は一生の間に一度も依頼しない人が大半で、どうでもいい存在だ」と書かれていたのです。「だから給費制を言っても支持されない」ということをお書きになったので、私はそれについてこれまで反論してきました。ところが、途中から「日弁連や弁護士が許せない」という話に変わった。そういうことだと、どうやら弁護士は国民にとってどうでもいい存在とは言えないことになりそうです。私が46番で『「どうでもいいと思っている人が多い」からと言って、弁護士がどうでもいい存在になるわけではない』とは、まさにこのことを言っています。
こういう論理の変遷は一例ですが、こういうことでは「あぁ、この人は弁護士のことが嫌いで、文句が言いたいだけなんだな」という感想を抱いてしまいます。
64. Posted by schulze   2016年01月30日 10:07
毅さんへは、これを最後のコメントとします。

議論していて虚しさを感じるのは、毅さんは結局、弁護士が不祥事を起こさなくなるような法曹養成とはどうあるべきなのか、という考えには何も触れていない点です。そこが一番残念でしたね。

「給費制復活を日弁連が主張することが国民にどう受け取られるか」という点については、このエントリー内でも2番の方がコメントされていますが、私も同様な感想を持っています。
これまでも私は、日弁連の司法制度改革の取り組みや給費制復活の運動に対する取り組みを批判してきました。
<例>
問題は「お金がないと法律家になれない」ことではない(2010年10月25日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51774058.html
法曹養成フォーラム第一次取りまとめにあたっての日弁連会長声明(2011年8月31日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51891031.html

日弁連がいまさら主張したところで国民の共感は得られないだろうという予測には、基本的に賛同しますし、その点では毅さんのご意見ともかぶるところがあるかと思います。
65. Posted by 3831分の1   2016年02月02日 23:10
給費制の議論等をみていると、「公益性があるのだから給費は当然」といったような、
「国家公務員の留学費用の償還に関する法律」があり、国家公務員が修習を受ける場合でも修習終了後すぐに弁護士として働こうとすると、費用返還を求められるため、事実上貸与と変わらない状態にあるという現状とかを理解していないと思われる意見が結構多いのはなぜなんでしょうかね。

66. Posted by やめべん   2016年02月03日 12:45
そもそも3831分の1氏ご指摘の法律は司法修習も対象になるのでしょうか?
また、同法が委任している人事院規則を見ると、償還の対象は旅費と学費のみのようです。ですので、職務命令として留学し、留学期間中や留学終了後5年以内に離職しても、支払済の留学期間中の給与は返還の対象にはならないと思われます。
国費留学の例は、司法修習の貸与制より、むしろ給与制になじむのではないでしょうか。
67. Posted by 3831分の1   2016年02月03日 22:45

人事院のHPでみられる過去の「公務員白書」の研修について記述されている部分を見ると平成25年までの分については〜行政官国内研究員制度(司法修習コース)
本制度は、各府省の行政官のうち、司法試験に合格している者を司法研修所に派遣して、司法の現場における理論と実務の研究に従事させることにより、複雑・高度化する行政に対応し得る専門的な法律知識等を修得させることを目的としている。〜
といった記述があり「国家公務員の留学費用の償還に関する法律」の対象であったことが分かります。

ちなみに平成26年に同じ部分を見ると当該記述の項目の研修自体が消滅し、給料をもらいながら司法修習を受けることができなくなったことが分かります。

給料をもらいながら弁護士になりたければ、原則7年働いて「弁護士資格認定制度」でなりなさいという方向に完全に移行したということですね。


68. Posted by やめべん   2016年02月04日 13:08
ご教示頂いた白書によると、24年度以降は派遣実績はなく、26年度に廃止されているようですね。
単に対象者がいなかったからなのか、貸与制と足並みを揃えるためなのか、経緯はわかりませんが、最終的に廃止されたことからすると、後者が理由なのではと、個人的には推測します。
とはいえ、こういう派遣制度の存在は初めて知りました。勉強になりました!
69. Posted by ヒロ   2016年02月13日 09:26
毅さんの仰っていることも、国民感覚としてわかるような気がします。

弁護士の不祥事と給費制復活の議論は、確かに別の問題です。

しかし、「多くの不祥事を抱えている弁護士業界が給費制復活とかよく言えるね」と思う国民も少なくないでしょうね。

育休議員の不倫が問題となっていますが、これも男性の育休と不倫は全く別の問題ですよね。

しかし、世論としては、男性の育休の議論にも影響は避けられないですよ。

感情論かもしれませんが、人なんて、そんなしゃくし定規に論理で割り切れないと思います。

そして、そのような一般国民の感情に基づくマスメディアの報道が、政策に大きな影響を与えています。

弁護士という資格は、国民のための資格なのですから、多様な意見に柔軟に耳を傾けるのも大人の知恵ではないでしょうか。
70. Posted by schulze   2016年02月13日 11:44
ヒロ様
私が問題にしたのは、毅さんの議論の進め方、つまり私と1対1のやり取りをするに当たってのテーマ設定についてです。「多くの不祥事を抱えている弁護士業界が給費制復活とかよく言えるね」という話と、「弁護士の不祥事が増えているから修習生への給費は支払わなくてもいい」というのは別の話だ、と私は申し上げただけです。話をすり替えないでほしい、と。それは議論をする上で「何を議論しているのか」に関わることだから、ハッキリさせる必要があるのです。だから私は書いたのです、毅さんの本音が「多くの不祥事を抱えている弁護士業界が給費制復活とかよく言えるね」というほうにあるのなら、最初からそう言ってほしかった、と。それを注意したことをもって、私が「多様な意見に柔軟に耳を傾けていない」かのようにあなたがおっしゃっているのなら、きわめて心外です。

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