藤井風「今の鳥取県の県警本部長、鳥取地家裁所長、鳥取地裁刑事部部長、NHK支局長、県統括監などはみな女性」

2019年08月19日

「新司法試験に受験回数制限が設けられた本当の理由は、見た目の合格率を上げてロースクールに人を呼び込むため」












当ブログでは何度も紹介していますが、司法試験に受験期間制限が設けられた理由の一つとして
「法科大学院での教育効果が薄まらないうちに受験させる必要がある」
と説明されているのは、本当にひどいことだと思います。

http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20121230/1356828107
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-478.html
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-385.html


5年で教育効果が薄まる学位とはそもそも一体何なのだろうか?という疑問と同時に、ロースクールの修了者が卒業後にも努力し合格しうるだけの実力を蓄えたのなら、それをもって司法試験に合格することを否定すべき理由は何もないと思うのです。

法科大学院での教育以外のものをもって司法試験に合格するのを許さないとするのなら、それは一体なぜなのか。
これは、法曹志望者の努力を愚弄しているだけでなく、社会の側にとっても「なぜそのような人材の活躍の道を閉ざしてまで排除しなければならないのか。それによる社会が得られる利益とは何か」が問わなければなりません。
これは、社会にとっての利益ではなく、まさしく「法科大学院制度」のための利益でしかないのではないか。

このことは、受験回数制限だけでなく、司法試験の受験資格を原則として法科大学院修了者に限るとする現行の法曹養成制度への合理性・正統性への評価に直結すると思います。








<参考:法科大学院の教育能力>
法科大学院では前期修習の役割を担うことはできない
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51988608.html
法科大学院教育では実務に役立つ起案能力を涵養する教育がほとんど行われていない
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20150121/1421851111
ロースクールの教育効果は5年で薄まる(政府見解)
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20121230/1356828107
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-478.html
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-385.html


<関連:5大事務所はロースクール修了者を採用しない方向が顕著>
5大法律事務所の新人採用では、ロー修了組は1割未満しか採用されないのに、予備試験組は3人に1人近くが採用されている(2019年8月15日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52240432.html


<法科大学院制度による司法試験の受験資格制限に関する記事>
ロー制度反対運動における要求事項は「司法試験の受験資格制限の撤廃」一点のみで足りる(2019年7月30日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52239631.html

「ロー制度は卵かけご飯」(2019年2月23日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52229716.html
三方一両得(2019年2月20日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52229582.html



法科大学院制度が失敗、国が抜本的見直しを検討か…「旧司法試験」復活論も(Business Journal)(2019年1月21日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52228095.html
私は必ずしも旧司法試験をそっくりそのまま復活させる必要はないと思いますし、旧試の良くなかった部分(たとえば出題形式とか受験科目とか)は柔軟に改善すればいいと思っていますが、法科大学院を法曹養成の中核とする建前をどうするのか、そこと向き合わない限り法曹養成の混迷は決して解決しないと私は断言します。

法科大学院での教育が素晴らしいものなら、受験資格要件を無くしても人は集まる(2018年10月8日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52222353.html
いったん司法試験の受験資格制限をやめて、旧司法試験のように原則、開放したほうがいいです。
そのほうが、ロースクールの価値が正面から問われることになり、むしろ評価する人たちがこれまでより多くなる可能性もあると思います。
ロースクールは、司法試験の受験資格という「利権」を盾に法曹志望者へ強要するのではなく、自身の価値で勝負して、自身の力で評価を勝ち取るべきだと思います。
個人としての感情論は別にして、運動論としては、ロースクールを廃止する必要まではありません。
廃止すべきは、法科大学院「制度」であり、司法試験の受験資格制限です。
価値があると評価し、行きたいと思う人だけが行けるようにすれば良いと思います。


「法科大学院制度の改変は、大学制度全体に対する大打撃となるから、おいそれとは廃止などできない」という考え方について(2012年8月26日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51973735.html

法科大学院の理念や必要性は、志望者に強制しないことには、了解も評価もされないことを前提にしている(2012年5月30日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51955538.html
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-458.html
この問題をご覧になってきた方からすれば、ざっと見る限り、聞き飽きた新味のない論調と思われるかもしれません。それはその通りですが、改めて見ると、不思議な感じがします。受験資格を切り離したならば、理念が骨抜きになる、法科大学院は法曹になるために必要なくなる――。要件から外した瞬間に、骨抜きになり、必要でなくなる法科大学院制度とは一体何なんだ、ということです。端的にいえば、志望者に利用されなくなる恐れですが、そうだとすれば、法科大学院の理念や必要性は、志望者に強制しないことには、了解も評価もされないことを前提にしているととれます。つまり、ここでは他のルートと対等に比べても、確かに法科大学院ルートは必要だ、という評価にならないという自信のなさが現れているとみることができるのです。その評価とは、例えば、志望者にとっては、やはり法科大学院に行かないと司法試験に受かりにくい(司法試験が本当に修了の効果測定的な意味を持つものとして存在できるとして)とか、合格後、実務家として活動していくうえで、他のルートの人より、差がつくとか、一方、社会的な評価として、法科大学院経由・非経由の法曹の質に違いがあって、「さすが法科大学院修了法曹だ」と言わせしめるものがあるとか、ですが、いわばそうした勝負は初めから難しいと、法科大学院本道主義を掲げる方々が考えているととれることになります。
法科大学院制度には許せない点がたくさんありますが、何が一番イヤな感じを持つかというと、ロー関係者は既存の弁護士のことをさんざん批判するくせに、自分たちはその弁護士資格の取得ルートを独占することで利益を享受しているという点です。
自分たちが「資格商法」に手を出そうと思ったのも、弁護士の資格に信頼や価値があったからこそ、ではないですか。
でも、その信頼や価値は、既存の弁護士たちが努力して積み上げて、勝ち取ってきたものです。
そこに、他人のふんどしで相撲を取るような「いやらしさ」がありますね。
もともと大学は実務とは無縁で、実務家養成など興味もなかったはずなのに、受験資格を独占させることで「利権」が生まれた。
その利権に大学が一斉にむらがった結果、弁護士など誰もなりたいとは思わない資格に落ちぶれたのも、当たり前のことで、必然であったのでしょう。
なぜなら、大学に実務家養成ができるなど誰も信じていないし、実際に養成能力なんてないですから。世間からの評価など、勝ち取れるわけがないのです。
既存の弁護士が自分たちの実力で評価を勝ち取ったのと異なり、制度で与えられた利権にすぎないロースクールが評価されることなど、未来永劫無いと断言できます。

法科大学院の失敗は必然かつ必要だった(2017年9月2日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52195809.html

入学者の激減を人のせいにするロー関係者への反論用テンプレート(2015年6月15日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52122210.html
【特別企画】成仏理論生誕10周年 フリートークエントリー(2016年3月29日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52150353.html


「100万回生きたロースクール」(タダスケの日記)より
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20150625/1435276427
あるとき 53,876人を数えた適性試験出願者が ロースクールの不人気のため4,407人に激減しました。
多くの潜在的法曹志望者が なきました。

あるとき 修習生の給費制が ロースクールの赤字補填のために廃止され 貸与制になりました。
多くの修習生が なきました。

あるとき 新人弁護士が 無謀な増員計画のため 就職難で苦しんでいました。
多くの新人弁護士が なきました。

あるとき 予備試験受験者が ロースクールを維持するために不当に低い合格率に苦しんでいました。
多くの予備試験受験者が なきました。


ロースクールは 100万人の人たちを なかせました。
でもロースクールは なきませんでした。
ロースクールは 潜在的法曹志望者も 修習生も 新人弁護士も 予備試験受験者も きらいでした。
ロースクールは 自分が だいすきでした。

「そしてロースクールには誰もいなくなった」(タダスケの日記)より
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20131103/1383439404
あるところに,法曹になりたい10人のインディアンの若者がいた。

10人のインディアンが,親に,ロースクールの学費を出してくれるように頼んだ。
1人のインディアンの親が,経済的な事情から学費を出せなかった。
インディアンは9人になった。

9人のインディアンが,新人弁護士の収入を調べた。
弁護士の経済的価値が,ロースクールの学費などに見合わないと考えて,1人のインディアンが,一般企業へ就職した。
インディアンは8人になった。

8人のインディアンが,隣接他士業の状況を調べた。
弁護士になるのはリスキーだが,法律には興味があると言って,1人のインディアンが司法書士になった。
インディアンは7人になった。

7人のインディアンが,通学するためのロースクールを調べた。
地方に在住する1人のインディアンは,通学可能な範囲内に,まともな合格率のロースクールがないので,ロースクールへの進学を断念した。
インディアンは6人になった。

6人のインディアンが,通学するためのロースクールを調べた。
社会人のインディアンの1人は,通学可能な範囲内に,働きながら通える夜間ロースクールがないので,ロースクールへの進学を断念した。
インディアンは5人になった。

5人のインディアンが,ロースクール進学を家族に相談した。
家族を持っている社会人のインディアンの1人は,弁護士になっても収入が下がることが見込まれる上,その収入も今より不安定になることを理由に,家族から猛反対され,現在の勤務先に留まった。
インディアンは4人になった。

4人のインディアンが,未修者合格率を調べた。
合格率が低いことから,未修者のインディアンの1人が,ロースクールのへ進学を忌避した。
インディアンは3人になった。

3人のインディアンが,ロースクールへ進学した。
1人のインディアンの在籍する学校が,廃校になった。
インディアンは2人になった。

2人のインディアンのうち1人が三振した。
その後,彼の消息を知る者はいない。
インディアンは1人になった。

1人のインディアンの若者が,ロースクールに残された。
彼は,在学中に予備試験に合格すると,直ちにロースクールを退学した。
ロースクールには,誰もいなくなった。

ワイが司法制度改革の失敗を簡単に解説するスレ(タダスケの日記)
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20160114/1452788742


<コピペ改変ネタ>
「法科大学院制度はやがて崩壊」
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52106790.html
法科大学院修了による司法試験の受験資格制限撤廃を求める弁護士有志グループ(代表schulze弁護士)は、インターネット上のブログで法科大学院制度について触れ、経済的負担をかけながらロー生を満足に教育できない抑圧的な体制で、「やがて崩壊するだろう」と述べるとともに、このまま適性試験志願者数が減少すれば、法科大学院制度の存続にも影響を及ぼす可能性があるとして注視していく考えを強調しました。
schulze弁護士は22日、インターネットで自身が運営するブログ「Schulze BLOG」で法科大学院制度について触れました。
この中でschulze弁護士は法科大学院の体制について、「理念である多様な人材の確保どころか人材を遠ざけており文科省からも多くの法科大学院が厳しい制裁を受けている。法曹志望者へ経済的負担を余儀なくしておきながら「知ったことか」と突き放す制度は残酷で抑圧的で、ロー生に教育を満足に提供できていない」と述べました。
そして、「われわれは反対運動をさらに強化しようとしているが、もはやできることはそれほどない。このような体制はやがて崩壊するだろう」と述べ、法科大学院側が予備試験への受験資格導入など筋違いな議論に力を注いでいるとして批判しました。
そのうえで、「ロー出身法曹の経済的苦境が時間とともに国内に浸透し、法科大学院制度を維持することは難しくなるだろう。世の中の人々のお役に立つ仕事をしている限り、世の中の人々の方が自分達を飢えさせることをしない。」と述べ、このまま適性試験の出願者数が激減すれば、法科大学院制度にも影響を及ぼす可能性があるとして注視していく考えを強調しました。

「ロースクールのビジネスモデルは限界」 第三者委員会が「調査報告書」を公表
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52079691.html
法曹志望者への教育環境改善に関する第三者委員会(委員長・schulze弁護士)は7月31日、調査報告書を、法科大学院を監督する文部科学省側に手渡した。報告書は、法科大学院生へのヒアリング・現場教員へのアンケートなどに基づいて、「法科大学院の運営は、国家的詐欺であることはもとより、法科大学院生及びその家族の生活、家計、身体、精神、将来に危険を及ぼす重大な状況に陥っていた」と認定。「弁護士の就職難、奨学金や修習貸与等の返済問題等に対する“麻痺”が法科大学院内で蔓延し、『法科大学院の常識』が『社会の非常識』であることについての認識が欠如していた」と、法科大学院側の認識不足を厳しく指摘した。報告書はさらに踏み込み、「『法科大学院での教育を受ければ、司法試験に7〜8割は合格する』『実務経験がなく、司法試験にも合格していない大学教授が実務家を養成する』というビジネスモデルが、その限界に達し、壁にぶつかったもの」と言及。司法試験の受験資格制限の撤廃を迫った。

「ロースクールに進学することは人生の多くのものを諦めるということである」
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52073212.html
ロースクールに進学することは人生の多くのものを諦めるということである。
言わずと知れた、司法試験の難しさ、就職率の悪さ、ロー生間の関係の希薄さは言うまでもないが、加えて経済的な余裕をも諦めなければならない。
奨学金の返済の負担は日ごとに増し、ロー生は日夜借金のことを考えながら生きていくことを強いられる。
某教授に言わせれば、
「問題の捉え方がそもそも間違っている。
食べていけるかどうかを法律家が考えるというのが間違っているのである。
何のために法律家を志したのか。私の知り合いの医師が言ったことがある。
世の中の人々のお役に立つ仕事をしている限り、世の中の人々の方が自分達を飢えさせることをしない、と。
人々のお役に立つ仕事をしていれば、法律家も飢え死にすることはないであろう。
飢え死にさえしなければ、人間、まずはそれでよいのではないか。
その上に、人々から感謝されることがあるのであれば、人間、喜んで成仏できるというものであろう。」

だそう。
そのような生活の果てにあるのは疲れ切った頭脳と荒廃した精神のみである。

<再掲>
司法制度改革の悪循環(タダスケの日記)
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20151210/1449702147

【元ネタ】悪循環画像ジェネレータ
http://furandon-pig.github.io/fpig_sample/hobby/bad_spiral/

schulze at 00:15│Comments(1) 司法試験 | 司法制度

この記事へのコメント

1. Posted by サファイア   2019年08月19日 07:07
応援しております。法科大学院の不合理がなくなるためにはschulze先生のお力が必要です。私は新司法試験で弁護士になったものの早期に廃業して会社員をしておりもう弁護士になることはないでしょう、法科大学院の高額な学費、家賃が無駄だっと痛感しています。

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