東大野球部・辻居主将 打率3割を2度達成、進路はロースクール志望教授に通報システム

2019年09月15日

【朗報?】ロースクールを卒業すると予備試験が免除になる





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    /   ⌒   ⌒   \   よくぞロースクールに進学してくれた
    |    (__人__)  |  褒美として司法試験を受験する権利をやろう
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https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1609/17/news035.html



<参考>
2019年(令和元年)司法試験 予備試験合格資格による受験者の合格者315名・合格率81.8%、ロー修了資格受験者との合格率の差は52.7ポイント
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52240183.html
予備試験組とロー修了組との合格率比較
※カッコ内は左から合格者数/受験者数
R01年
予備試験組 81.8%(*315/*385)
ロー修了組 29.1%(1187/4081)
差 52.7ポイント



<再掲>
法科大学院へ進学するメリットとデメリットの比較 メリットの圧倒的な低さ(2019年8月23日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52240835.html
法科大学院の「メリット」というテーマ(河野真樹の弁護士観察日記)
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-1157.html
法科大学院に行くメリットをインターネット上で紹介する記事で、ほぼ共通して、真っ先に取り上げられているのは、「司法試験の受験資格が得られる」ということです。次いで、「社会人が利用できる」「試験科目以外の専門科目を学習できる」なども挙げられています(Law-MEDIA 資格スクエア LEGAL NET)。

しかし、結論からいえば、それらはメリットとして評価しにくい「メリット」といえます。これらは事実であっても、果たしてどこまでメリットとして強調できるのか、極めて怪しいといわなければならないからです。

修了者が司法試験の受験資格を得られるというのは、あくまで法科大学院制度がそういう形を作っているのですから当然のことです。ただ、あくまで旧司法試験時代には、長年存在しなかった形であり、かつてはより自由に受験機会があったという事実を考えれば、それをやめてまで設けられた形のメリットは、他になくてはならないはずです。過去の制度を知らずに、現状だけをみれば(受験要件化を当然の前提とみれば)、「メリット」となるかもしれない、という話です。
もっともこの世界を目指そうとする人たちが、この事実を知らないということが果たしてどれほどあるのかは疑問ですし、「法曹資格が得られる」というのならともかく、そもそもそれほど有り難い「メリット」とは言いにくいともいえます。むしろ、全く何も知らない人向けというより、予備試験ルートの困難性のうえに、とにかく「受験資格」まで辿り付ける、ということを「メリット」として、アピールしているようにもとれてしまいます。

「社会人が利用できる」にいたっては、受験資格同様に旧試体制と比べてどうなのか、ということにとどまらず、そもそも現状においても、本当に「利用できる」と胸を張れる制度なのかは疑問です(かつての制度が社会人に道を閉ざしていた、という事実があるのならばともかく)。決まって社会人にとって「夜間部」がある(現実には設けている「ところもある」)ことを「メリット」としていたり、社会人が予備試験に孤独なチャレンジをすることの困難性が挙げられたりしていますが、法科大学院の時間的拘束を考えたときに、それほど志望者に訴える「メリット」なのか、といいたくなります。

「試験科目以外の専門科目の学習」は、本来的に法科大学院制度の「メリット」であっていいもののはずです。ただし、もはや説明するまでもなく、あくまで志望者にとって、法曹になれることが大前提ですから、そのうえで初めて「メリット」として換算できるものといえます。ここで法曹としての「質」の違いを示す、というのは、本来、法科大学院本道主義の王道といってもいいものかもしれませんが、現状はむしろそれをむしろ「メリット」とするのであれば、志望者にとっても制度にとっても、司法試験合格前ではなく、合格後に施されるものの方がベターであることを明らかにしつつある、といえます。

一方、法科大学院に行くデメリットとしては、共通してまず、経済的・時間的負担、次いで予備試験ルートと比較した司法試験合格率の低さが挙げられています。前記メリットの「価値」そのものが、あくまでデメリットを比較したうえでの、いわば「費用対効果」で決まるともいえるわけで、志望者にとってはいうまでもなく、「ここまでするほどのメリットか」を抜きに語ることができないものです。

これらネットに流れるメリット・デメリットをみて、強く感じることは、現状で制度が強調できる「メリット」の方の、圧倒的な弱さです。そして、さらに、「いや、法科大学院のメリットはこんなものではない」という意見が、制度擁護派から少なくとも説得力を持って出され、志望者にその認識が広がっているという現実もみられない。

今回の学部・大学院の法曹コース新設、在学中の司法試験受験容認という、資格取得への時短化策に制度が舵を切ったのをみても、いかに制度が「メリット」で勝負できない(材料がない)とみている(もはや擁護派の多くが本音ではそうとらえている)ことを示しているともいえます。

法科大学院の理念や必要性は、志望者に強制しないことには、了解も評価もされないことを前提にしている(2012年5月30日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51955538.html
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-458.html
この問題をご覧になってきた方からすれば、ざっと見る限り、聞き飽きた新味のない論調と思われるかもしれません。それはその通りですが、改めて見ると、不思議な感じがします。受験資格を切り離したならば、理念が骨抜きになる、法科大学院は法曹になるために必要なくなる――。要件から外した瞬間に、骨抜きになり、必要でなくなる法科大学院制度とは一体何なんだ、ということです。端的にいえば、志望者に利用されなくなる恐れですが、そうだとすれば、法科大学院の理念や必要性は、志望者に強制しないことには、了解も評価もされないことを前提にしているととれます。つまり、ここでは他のルートと対等に比べても、確かに法科大学院ルートは必要だ、という評価にならないという自信のなさが現れているとみることができるのです。その評価とは、例えば、志望者にとっては、やはり法科大学院に行かないと司法試験に受かりにくい(司法試験が本当に修了の効果測定的な意味を持つものとして存在できるとして)とか、合格後、実務家として活動していくうえで、他のルートの人より、差がつくとか、一方、社会的な評価として、法科大学院経由・非経由の法曹の質に違いがあって、「さすが法科大学院修了法曹だ」と言わせしめるものがあるとか、ですが、いわばそうした勝負は初めから難しいと、法科大学院本道主義を掲げる方々が考えているととれることになります。
法科大学院制度には許せない点がたくさんありますが、何が一番イヤな感じを持つかというと、ロー関係者は既存の弁護士のことをさんざん批判するくせに、自分たちはその弁護士資格の取得ルートを独占することで利益を享受しているという点です。
自分たちが「資格商法」に手を出そうと思ったのも、弁護士の資格に信頼や価値があったからこそ、ではないですか。
でも、その信頼や価値は、既存の弁護士たちが努力して積み上げて、勝ち取ってきたものです。
そこに、他人のふんどしで相撲を取るような「いやらしさ」がありますね。
もともと大学は実務とは無縁で、実務家養成など興味もなかったはずなのに、受験資格を独占させることで「利権」が生まれた。
その利権に大学が一斉にむらがった結果、弁護士など誰もなりたいとは思わない資格に落ちぶれたのも、当たり前のことで、必然であったのでしょう。
なぜなら、大学に実務家養成ができるなど誰も信じていないし、実際に養成能力なんてないですから。世間からの評価など、勝ち取れるわけがないのです。
既存の弁護士が自分たちの実力で評価を勝ち取ったのと異なり、制度で与えられた利権にすぎないロースクールが評価されることなど、未来永劫無いと断言できます。


<参考:法科大学院の教育能力>
法科大学院では前期修習の役割を担うことはできない
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/51988608.html
法科大学院教育では実務に役立つ起案能力を涵養する教育がほとんど行われていない
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20150121/1421851111
ロースクールの教育効果は5年で薄まる(政府見解)
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20121230/1356828107
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-478.html
http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-385.html


<関連:5大事務所はロースクール修了者を採用しない方向が顕著>
5大法律事務所の新人採用では、ロー修了組は1割未満しか採用されないのに、予備試験組は3人に1人近くが採用されている(2019年8月15日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52240432.html


<法科大学院制度による司法試験の受験資格制限に関する記事>
ロー制度反対運動における要求事項は「司法試験の受験資格制限の撤廃」一点のみで足りる(2019年7月30日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52239631.html

「ロー制度は卵かけご飯」(2019年2月23日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52229716.html
三方一両得(2019年2月20日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52229582.html



法科大学院制度が失敗、国が抜本的見直しを検討か…「旧司法試験」復活論も(Business Journal)(2019年1月21日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52228095.html
私は必ずしも旧司法試験をそっくりそのまま復活させる必要はないと思いますし、旧試の良くなかった部分(たとえば出題形式とか受験科目とか)は柔軟に改善すればいいと思っていますが、法科大学院を法曹養成の中核とする建前をどうするのか、そこと向き合わない限り法曹養成の混迷は決して解決しないと私は断言します。

法科大学院での教育が素晴らしいものなら、受験資格要件を無くしても人は集まる(2018年10月8日)
http://blog.livedoor.jp/schulze/archives/52222353.html
いったん司法試験の受験資格制限をやめて、旧司法試験のように原則、開放したほうがいいです。
そのほうが、ロースクールの価値が正面から問われることになり、むしろ評価する人たちがこれまでより多くなる可能性もあると思います。
ロースクールは、司法試験の受験資格という「利権」を盾に法曹志望者へ強要するのではなく、自身の価値で勝負して、自身の力で評価を勝ち取るべきだと思います。
個人としての感情論は別にして、運動論としては、ロースクールを廃止する必要まではありません。
廃止すべきは、法科大学院「制度」であり、司法試験の受験資格制限です。
価値があると評価し、行きたいと思う人だけが行けるようにすれば良いと思います。


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