このブログでは、デザインする・設計するという視点から、分野を問わず、様々なモノを対象に考察しています。

今回は、大塚英志さんの『キャラクターメーカー―6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」』という本を参考に、キャラクターを対象にして考えたいと思います。

キャラクターつくり

この本が対象としているのは、まんがやゲーム、アニメ、ノベルスなどに登場するキャラクターのつくり方です。具体的なつくり方はこの記事の関心ではありませんので、デザインという言葉の使われ方を中心に考えていきます。

本書ではデザインと言う言葉が次のように使われています。
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このように「キャラクターデザイン」といった場合、それはキャラクターの「絵」としての構想を意味します。
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またこのようにもあります。キャラクターを「デザインすること」とキャラクターを「つくること」との関係です。
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ですから本書では誤解を招く言い方ですが、まず、キャラクターとは「デザインするもの」ではなく「つくるもの」だ、と定義することから始めます。「キャラクター」を「デザイン」することは「キャラクター」を「つくる」ことの一部分を成しますが、その全てではありません。「デザインする」、つまり視覚的なレベルのみで他のキャラクターと違った新しい何かを産み出そうと工夫していても、キャラクターは「つくれない」とぼくは考えます。キャラクターの視覚的なデザインというのは、キャラクターを他人と共有するためアウトプットする工程であって、「つくること」それ自体ではありえません。
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まず「キャラクターつくり」と「キャラクターデザイン」の区別を考えてみます。

もとの文章では、「つくること」や「デザインすること」のように"こと"が使われています。ここでは、何かの出力を伴う行為や活動としておきます。

「キャラクターをデザインすること」が、「キャラクターをつくること」の一部分を成すということを、図で表したのが以下になります。

chara

次に、出力が何かを考えてみます。素直に考えれば、「キャラクターつくり」の出力は「キャラクター」です。また、「キャラクターデザイン」の出力は「キャラクターデザイン」です。

chara2

ここでは、つくられたキャラクターの中にそのキャラクターのデザインが含まれる、との表し方をしました。

先に進む前に、もう少し、「キャラクターつくり」と「キャラクターデザイン」の関係を明確にしておきたいと思います。理由は単に、後の話を簡単にするためです。

さて、疑問は、「キャラクターデザイン」は必須なのか? ということです。つまり、絵としてのキャラクターデザインなしでは、キャラクターは存在できないのか? という点です。本文にはこのようにあります。
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ぼく自身の仕事はまんがの原作者であり、まんがを「つくる」現場を生きています。すると近頃は「まんが家」ではなく「キャラクターデザイナー」になりたい、という人たちに少なからず出会います。なるほどアニメやゲームの世界では「キャラクターデザイナー」は職種としては存在します。実を言えばぼくの事務所にはも「キャラクターデザイナー」はいます。ぼくのまんが原作は一部を除いて「キャラクターデザイン」が脚本に添付されます(図-1)。しかし「絵」としての「キャラクターデザイン」がぼくにとって必要なのは、「ことば」でキャラクターのイメージを編集者やパートナーのまんが家に伝えるより合理的であるからです。アニメーションの世界で「キャラクターデザイン」が職業化したのも、多くのアニメーターが一つのキャラクターを作画する際に「書式」を統一化する必要があったからで、仕事としての「キャラクターデザイン」には、このように「絵」による共同作業において意思疎通をスムースにする役割があります。
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このことからは、理論的には、キャラクターデザインは必須でないとも読み取れます。合理的でなくても良いのであれば、絵としてのキャラクターデザインは不要になります。また、まんがでなく小説であれば、絵としてのキャラクターデザインも必要でないようにも思えます。

ここでは、キャラクターつくりにおいて、絵としてのキャラクターデザインは、必須ではないとします。絵としてのキャラクターデザインは、行うかどうかを選択できるものであるとします。

chara3

この図では誤解を生むかもしれませんので、もう一点だけ、書いておきます。キャラクターと物語の関係です。本文にはこのようにあります。
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では「キャラクターをつくる」というのはどういうことか。いかに「つくれば」いいのか。

それが本書のテーマです。

結論はおおよそ二つです。

一つは「キャラクター」とは「物語」と不可分な関係にある、ということ。

最近のまんが評論の中には、もはやキャラクターは手塚治虫的なストーリーから自由になったと主張する人もいますが、なるほど、同人誌やグッズでキャラクターが単独で消費されるという現象はあります。しかし、そのキャラクターはまんがにせよアニメーションにせよ、「初音ミク」のような例外はあるにしても、多くは物語形式のソフトとして最初はリリースされるという事実は変わりません。

本書では「物語論」、つまり物語には一定の文法や形式性があるのだ、という考えに立って、キャラクターの物語上の役割を踏まえて「つくる」という手法を提案します。(省略)
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この記事での疑問は、次のように表せます。「キャラクターが存在する時、物語は常に存在するのか?」。もっと正確に言えば、「絵としてのキャラクターのデザインがないキャラクターが存在する時、物語は常に存在するのか?」ということです。

私は、キャラクター論や物語論は素人ですので、答えは分かりません。ここでは単に、NOと回答し、キャラクターのみをつくれる、としておきます。図で表せば先ほどの図になります。

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キャラクターつくりとデザインの枠組み

では、キャラクターつくりを、絵といった視覚的な表現に限らない広い意味でのデザインという視点で見てみます。以下の図は、このブログで作成したデザインの枠組みです。
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「キャラクターつくり」と「キャラクター」は、この枠組みに当てはまるでしょうか?

「キャラクターつくり」は「デザインのプロセス」に対応しそうです。とはいえ、「キャラクターをつくること」は、空間デザインやゲームデザイン、ソフトウェアデザイン(設計)と呼ばれる他のデザインと同じように、「デザインすること」の一種でしょうか? 「つくること」と「デザインすること」の区別を明確にする必要があるのかもしれません。

「キャラクター」はどこに対応するでしょうか? 枠組みのまま考えるなら、「デザイン」です。「キャラクター」はデザインされたものの一種です。

デザインとしての「キャラクターつくり」での「モノ」とは何でしょうか? 「モノ」とは「ユーザー」との関わりを持つものです。物語もなく絵としてのデザインも持たないキャラクターは、「ユーザー」との関わりを持てるのでしょうか?

今回はここまで。前回の記事の「物語工学論と設計」も参考になるかもしれません。