cancer_epigenetics今回は、エピジェネティック変異のお話です。ちょっと話が長くなりそうなので、前半と後半の2回に分けてお話します。でも、区切りのいいところで分けているので、別々に読んでいただいても大丈夫だと思います。

通常のジェネティック(遺伝的)な変異が、遺伝子のDNA配列に生じた変異なのに対し、エピジェネティックな変異では、DNA配列自体に変異は起こりません。そのかわり、DNAの修飾(メチル化)や、DNAが巻きついているヒストンと呼ばれるタンパク質の修飾(メチル化、アセチル化)が変化するのです。そしてその結果、ジェネティックな変異同様、最終的に遺伝子のON/OFFを変化させることができます。

誤解が生じやすいのが、ジェネティック変異を先天的(生まれつきの)変異、エピジェネティック変異を後天的(生まれた後に生じる)変異と理解している場合です。なぜなら、多くのガンのように後天的なジェネティック変異が原因の病気もあれば、「遺伝子刷り込みgenomic imprinting)」という先天的なエピジェネティック変異もあるからです。これは言い換えれば、ジェネティック変異にもエピジェネティック変異にも、先天的なものもあれば、後天的なものもあるということになります。

ところで、その言葉の意味から、先天的な変異とは、親から受け継いだ、遺伝する変異だということは、容易に理解できますが、後天的な変異とは、絶対に次世代に遺伝しない変異と言い切れるのでしょうか?これまでは、それが生殖細胞に生じたものでない限り、次世代には伝わらないというのが生物学の常識でした。例えば、ヘビースモーカーのお父さんは、後天的なジェネティック変異により、肺ガンになる可能性は高まりますが、だからといって、生まれてくる子供が肺ガンになるとは限りません。一方で、一定以上の放射線を浴びれば、生殖細胞に生じた後天的なジェネティック変異により、生まれてくる子供に障害が発生する可能性は高まります。

ところが、最近になって後天的なエピジェネティック変異は、生殖細胞に生じなくても遺伝するという報告が、いくつか発表されるようになりました。以前このブログでもご紹介しましたように、高カロリー食によって人為的に生活習慣病を患わせた父親ラットから生まれた娘ラットは、生まれてからずっと通常食で育てられたにも関わらず、統計的に有意な数がメタボ予備軍になっていたというのです。糖尿病関連遺伝子近傍にエピジェネティック変異が見つかったことから、高カロリー食によってメタボになった父親ラットのすい臓細胞に生じた後天的なエピジェネティック変異が、娘ラットに遺伝した可能性が示唆されたのです。

体細胞に後天的に生じた変異は、ジェネティックな変異であっても、エピジェネティックな変異であっても次世代に継承されるわけはないというのが生物学の常識である理由は、ひとえにそのメカニズムを想定することが難しいことにあります。それが遺伝するためには、全く同じ変異が生殖細胞でも起こらなくてはならず、それがどのように伝わるのか説明できないのです。かつてラマルクが提唱した、後天的に獲得した形質が遺伝するという用不用説も、後天的獲得形質と考えたときの遺伝メカニズムを想定できないのと、後天的獲得形質と考えなくても同様の現象を、ダーウィン進化論でも説明できることから、徐々に支持を失っていったと考えられています。

というわけで、前置きが随分と長くなってしまいましたが、後天的なエピジェネティック変異が遺伝するメカニズムを明らかにするというのが、いかに重要なことなのか、うまくお伝えできたでしょうか?で今回、理研基幹研究所・石井分子遺伝学研究室の成 耆鉉(ソン キヒョン)協力研究員と石井俊輔主任研究員らは、『Cell6月号に掲載された論文の中で、その遺伝メカニズムの一端を明らかにしたのです。

 (後編へ続く)