images獲得形質というのは、生物個体が一生の間に獲得した新しい能力や特徴のことで、ラマルク1744-1829)は、キリンの首の話に代表されるような、一代で少しだけ伸びた首という獲得形質が、次世代に遺伝することを繰り返した結果、少しずつ長くなって、あの長い首を進化させたのだという進化理論を提唱しました。

 

しかし、ランダムな突然変異と適者生存の原理を引っさげ登場したダーウィンの進化論によっても、同様にキリンの長い首を説明できたことや、ダーウィンの進化論がその後、遺伝子の本体や遺伝のメカニズムといった物理的根拠を得ることができたのに対し、ラマルクの説は、獲得形質の遺伝メカニズムを説明し切れなかったため、生物学の表舞台からは忘れられた存在となってしまいました。

 

ところが近年、獲得形質が遺伝したと考えられる事例が多く報告されるようになり(過去記事1過去記事2)、そのメカニズムを含む議論が再燃しつつありました。そんな中、米コロンビア大学のOded Rechavi氏らは、獲得形質が遺伝することを示す直接的な証拠とそのメカニズムを、世界に先駆けて発見したとCell129日号に報告したのです(Cell, 147:1248-1256, 2011)。

 

これにより、ダーウィンの進化論によって否定されたと思われていたラマルクによる獲得形質の遺伝が、必ずしも起こりえないことではないと示されたことになります。そしてそのメカニズムとは、ダーウィン進化論も拠り所とする従来のDNA突然変異の遺伝でもなければ、近年脚光を浴びているDNAやクロマチン(DNAとタンパク質の複合体)の化学修飾が関与するエピジェネティックなメカニズムでもない、生殖細胞を通して次世代に伝わるRNA分子そのものにあることをつきとめたのでした。

 

Rechavi氏らは、獲得形質として、動物がウイルス等に感染した際、その増殖を阻害し、感染を阻止するための防御機構であるRNA干渉という現象に着目しました。RNA干渉による感染防御は、通常我々の免疫のように、そのウイルスに感染した個体一代限りの獲得形質と考えられるからです。Flock Houseウイルスと呼ばれる線虫のウイルス遺伝子を線虫の体内で活性化させると、RNA干渉が発動し、ウイルス遺伝子の増幅は阻止され、獲得形質が成立します。

 

次にこの個体を、RNA干渉に必要な遺伝子を欠損している突然変異体と掛け合わせ、再びウイルス遺伝子を活性化した時に、通常であればメンデルの法則に則って、ウイルス遺伝子が増幅する個体が、孫世代では1:3の割合で出現するはずです。なぜなら、これらの個体は、すでにRNA干渉に必要な遺伝子を完全に失っているので、RNA干渉を発動できず、その結果ウイルス遺伝子の増幅を阻止できないからです。

 

しかし、実際は、ウイルス遺伝子の増幅を許してしまった個体は、ひ孫世代まで全く現れなかったのです。さらに一部の個体では、RNA干渉に必要な遺伝子をまったく持っていないにも関わらず、100世代目でもウイルス遺伝子の増幅を抑制できていたというのです。したがって、これらの個体におけるウイルス遺伝子の増幅阻止能力は、初代で得た獲得形質が、一般的な遺伝メカニズムとは異なった形で、次世代へと継承されたものだと考えられるのです。

 

Rechavi氏らは、さらに実験を重ねた結果、第一世代の個体におけるRNA干渉の過程で生成された、ウイルス遺伝子の増幅を阻害するRNA分子が、次世代へと希釈されることなく維持されていることを明らかにしました。このRNA分子の維持には、線虫自身がもつ内在性のRNA依存性RNA合成酵素が必要なことから、各世代の個体では、初代の個体で作られたRNA分子を増やしながら、次世代へと継承しているのだろうと考えられました。すなわち、次世代へと受け継がれていたのは、DNAの突然変異でもなければ、DNAの化学修飾でもなく、RNA分子だったというわけです。

 

確かに、今回明らかになったRNAによる獲得形質の遺伝というメカニズムが、RNA干渉によって得られる獲得形質にだけ成り立つ特殊なものであり、あらゆる獲得形質の遺伝を説明することはできないのではないのかという疑問は、当然あると思われますが、過去記事2の最後でもふれたように、RNA分子が継承されるという考えは、他の獲得形質遺伝現象でも、仮説として想定されているようです。

 

Rechavi氏らは、Discover Magazineによる取材の中で、第2次世界大戦時、ドイツ軍によってもたらされたオランダ飢饉の時に生まれた子供の子孫が、数世代に渡って肥満傾向を示したという獲得形質遺伝現象を挙げ、同様の現象が線虫でもみられ、さらにそれがRNAによって次世代へと継承されるのかどうか検証したいと述べています

 

一方、今回の結果では、次世代へと継承されるRNA分子が、最初にウイルス遺伝子を活性化した第一世代の生殖細胞を含む全細胞で作られたものだと考えられますが、ラマルクの言う本来の獲得形質は、生殖細胞ではなく、体細胞で最初に生じた獲得形質が遺伝するという概念を含むものであり、獲得形質の完全な再現とは言いがたい側面があります。今後は、限られた体細胞のみで獲得された形質でさえも、次世代へと継承されるのかといった問題にメスが入れられるのではと思われます。一部体細胞で獲得した形質の結果作られたRNA分子が、何らかのメカニズムで生殖細胞へと運ばれるのでしょうか?興味は尽きませんが、本日はこの辺りで。