ヒトは、サル(たとえばチンパンジーやゴリラ)と比べて、その個体数が圧倒的に多いのにもかかわらず、個体間の遺伝的差異が少ないことが知られています。ちょっと意外ですよね。ヒトには、肌、毛、目の色から身体の大きさまで様々なタイプがあるのに、同種のサルはみな同じような姿形に見えますからね。個体間の遺伝的差異が少ないということは、個体ごとの祖先をさかのぼっていくと、より現在に近い過去において、共通の祖先にたどり着くということになります。したがって、現存するヒトの共通祖先にたどり着いた頃、現存するサルの共通祖先にはまだたどり着いていない。つまり、その時点で、現存するヒトにつながる共通祖先の個体数は、サルのそれよりはるかに少なかったわけです。
これまでの研究によりますと、それは、およそ、10万年前で、その時点の、現存するヒトにつながる共通祖先の個体数は約1万個体であっただろうと推測されています。この決して絶滅してもおかしくない個体数から、約10万年で一気に現在の繁栄に至ったという考え方(実個体数のボトルネック)がある一方で、この個体数は、当時実際に生きていた個体数を必ずしも意味しないと考えることもできます。つまり、この少ない個体数は、現存するヒトにつながる共通祖先の個体数であり、現存するヒトにつながらない、途中で家系が途絶えてしまった個体の先祖を含めると、当時の実際の個体数は、もちろんもっとずっと多かったと考えるのです。その中から、現存するヒトにつながる共通祖先に端を発する集団が、何らかの幸運な地理的優位性、たとえば、噴火や地震などの天変地異、病気の流行、気候の変化による食糧不足等から免れて、現在まで生き残ったのだとも考えられてきました。(実効個体数のボトルネック)
ところが、最近になってネアンデルタール人(我々ホモサピエンスとの共通祖先からおよそ25-50万年前に分かれた後、3万年前に絶滅してしまった、我々と最も近縁のヒト科の一種)のDNA分析の結果から、彼らと、さらには、彼らと我々ホモサピエンスの共通祖先もまた、予想以上に個体間の遺伝的差異が小さかったことが明らかとなったのです。これは、ホモサピエンスとネアンデルタール人がその共通祖先から分かれる以前から、すでに個体数のボトルネックが存在していたことになります。この結果から、まず実個体数のボトルネック説が怪しくなってきました。というのも我々のご先祖様が、約50万年前から10万年前まで、ずっと40万年間も1万個体のまま絶滅もせず存続してきて、10万年前を境に急激に繁栄したとは考えにくいからです。
一方、実効個体数のボトルネック説に従えば、約50万年の間に、我々の先祖とネアンデルタール人の先祖は、少なくとも合わせて3回(ホモサピエンスとして1回、ネアンデルタール人として1回、両者の共通祖先の時代に1回)の、約1万個体からの幸運な再出発を経験したということになります。我々ホモサピエンスにとっては、少なくとも50万年の間に2回も幸運に恵まれて、現在まで生き延びてきたことになります。それも同時期に存在していたサルたちは何らその影響を受けずに。これはあまりにご都合主義的な説明ではないかということで、別の原因を探った論文が、今回ご紹介する論文です。
ドイツのマックスプランク研究所・Jean-Jacques Hublin率いるグループによって米国科学アカデミー紀要に報告された本論文によれば、ヒト科の進化の過程で、実効個体数のボトルネックが生じた原因として、幸運な地理的優位性ではなく、ヒト科特有の文化的嗜好性(言葉、食べ物、習慣など)が、他の文化的に異質の集団との交わりを避け、均質な集団を維持したからではないかというのです。Hublinらは、コンピューターシュミレーションを通して、文化的背景の近い者同士が、より高い確率で結婚するように条件設定したところ、その集団の遺伝子プールが均一化される傾向があることを見出しました。逆に、サルのように、相手をえり好みしなければ、遺伝子プールは多様化していきました。
もしこれが本当だとすると、ヒトの進化に隠されたとても恐ろしいシナリオが考えられるのです。ヒトが進化の過程で、多少なりとも文化の初期段階を経験した約50万年前から、すでに文化的背景に基づく、集団間の排他性のようなものが存在しいて、異文化集団を徹底的に排除した結果、当時存在した高々1万人ほどの集団が、他のすべての同種集団を絶滅させた結果、現在に至ったと考えられるからです。偏見に基づく差別の根は、思っているよりもずっと深いところにあるのかもしれませんね。
今回の記事は、下記のニュースも参考にしました。
Culture Shock May Explain Similarity Between Humans
By Ann Gibbons
ScienceNOW Daily News
8 January 2009
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Comment
知性を獲得した生き物の宿命なのか、足りないものを知恵で乗り越えるのか、何かあった時運が悪ければ滅んでしまうのか。
考えてもわかりませんけど生き延びるために多様性を〜みたいな話が必ずしも当てはまってきたわけではないんでしょうね。少なくとも野生動物と人間では違ってくる。
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