<証言 其の二>
「あれは、“神”ですよね!!」
未だティーンエイジャーの娘が私の前で今まさに“神”という言葉を発したが、それは私の知る神、白と黒のツートンカラーのV字形エレクトリック・ギターをぶら下げた西ドイツの“鬼神”のことでは、どうやらないようである……
そして日本が如何に“八百万の神”の国と言えど、まさかただの“パン”が神様になれるものなのかどうかを、私は知らない。時々このクロワッサンを差し入れる十条「かぶら屋」の女の子の言葉であるが、私は彼女の味覚をしかし、実はかなり信頼している
当初、“ケーキ屋”でパンを買うということが何か憚(はばか)られた私だが、もうその状況は忘れたが、何かの拍子で買い求めたこちらの、ケーキ屋にとって畑違いと言ってよいかどうかは知らないが、その漆黒のクロワッサンは、明らかなインパクトを私に与えた。
パンを買うと言ったが、カミングアウトすれば正直、私はパンを買う能力を有してはいない。
私のようなむさ苦しい男がプラスティックのトレイを持って、あのスパゲッティトングのようなやつで選んだパンをおっかなびっくり及び腰で掴みとる姿を、客観的に想像しただけでも、空恐ろしくなる。
しかしこちらの店でパンを購入する限りにおいて、私はそんな不安を抱く必要は皆無である。パンを前に物欲しそうな顔をしていれば、こんな場違い野郎を不憫に思うのか、女の子のスタッフが滞りなく近寄ってきて「お取りしましょうか?♪」と優しく声を掛けてきてくれるのである
その表情、漆黒にして艶たっぷり。
黒く香ばしく、そして甘い。甘く、バターが尋常でなく織り込まれている。端っこはかさっとして美味く、真ん中はもちもちして美味い。
続く
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引っ張るな~、お前
因みに、前回冒頭の悩ましき「う~ん、これこれ♪」は、東十条のと或るスナックの女の子の言葉である。美人が幸せそうに食べ物を頬張る姿をただ眺めるという行為が、まさかこれほどまでに素晴らしいことだということに、初めて気付かせてくれた私だけのヴューナスだった。
が、その女の子も誠に残念ながら、ご多分に漏れず、ママに辞めさせられることになるのである。どの店も同じだが、良い娘から、女の子が去ってゆく。これは実に由々しき問題である
「ママ、なんで○○ちゃん辞めさせたの?」
「そんなことないよ! 仲良しなんだから、私達。その後もずっと、メールやりとりしてるし!!」
「いつも、いい娘から辞めてくじゃん! 昔っからそうじゃん……」
「違うの! ○○ちゃんは昼間の仕事が忙しくなって……」
「みんなそう言うんだよ、どの店のママも! そんなことやってっからメガネ婆って言われんだよ……」
「お前が言ってるだけだろ、それ!!」
「違うって。前に誰かが言ってたの聞い……
fade out