東十条無頼

東十条の夜を彷徨い続けるオトコ独り、その妄想ロンド

2016年06月

八つ墓村/血の涙 涸れるまで

「この村のやつは誰もほんとうのこと言わない ! 俺はもう帰る !!」

「アイス買ってきてあげようか ?」

いつもの居酒屋でウィスキィをふたつくらいやった頃、女の子に言ってみた。
女の子は嬉しそうな笑みを浮かべつつ、早速横に立つもう一人の女の子に何を買ってきて貰おうかという視線を送ったが、そのもう一人の女の子がなんと、今お腹がすごくすいてるからアイスじゃなくってご飯ものがいい、とゴネはじめるではないか

12-06-2016 016-37-15 AM
お腹がすいたと言われたら、私も韓流ドラマファンとして(夢中になったのは「天国の階段」だけだが)黙っていられないので、じゃあのり巻き買ってきてあげるよといって立ち上がった。
途端、もう片方の女の子が私に向かって囁いた。

「私はアイスでもいいよ !♪」

―― 無理だよ、そんな複雑な注文 ……

<H28.6.12>

「銀座 シシリア」

タルガ・フローリオ再び。
ちょうど、目の前の男性にピッツァが運ばれてきて、ああ、ここがあのマスターの言ってた四角いピザのお店なんだなと、遅蒔きながら発見してしまった。
再びメニュウを広げてみれば、ミックスピザは @750とある。スパゲッティを注文した直後だったが、特に後悔はしていない。ただ純粋に、その値段を確認してみただけだ。というのは、ピザという食べ物は私にとって永遠に食事ではあり得なく、“おやつ”であるという確固たる信念に基づいてのものである

12-06-2016 013-22-44 AM
“ボロネーゼ” @850
“具だくさんミネストローネ” @580

まずミネストローネがやってきた。
確かに具だくさんではあったが、それほどの量ではなかった。値段が値段なので、中華屋のワンタンくらいのものが丼で出てくると思っていたが ……
(思ってない思ってない)

シシリアでボローニャを。
それはあらかじめ麺をソースを絡めるスタイルで供された。図抜けて美味くはないが不味くもない、ミルキーなソース。チーズを多く織り込んでいるようで、ソースを残したまんま冷たい水を含むと、口中でチーズの凝固する複雑な食感を堪能することが出来る

12-06-2016 016-48-11 AM
そしてまた接客は今日も、良い意味でもあるがドライ。
べつに水をぶっかけられたわけではないが、エリザベス女王からナイトの称号を受けたスコットランドの、尋常でなく厚い胸板の映える大男のように、俺は今日はキルト穿いてないけど、心で呟いた。

「マティーニはドライだ ……」

―― マティーニなんか飲んだことないけどね


【 以下映画の話 】
出演 : 萩原健一 小川真由美 山本陽子 山崎努 渥美清 中野良子
監督 : 野村芳太郎
音楽 : 芥川也寸志
1977年 151分 日本
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「八つ墓村」

東銀座、晴海通り沿いの「東劇」にて、渥美清さん没後何年だかの特集上映番組。
過去にもこの映画の感想を軽く記したことがあったが、観返して矢も盾も堪まらずにふたたび。落ち武者たちが這々の体、戦火を逃れ逃れて重く、そしてまた動きずらそうな甲冑をひき摺りながら深山を逃げていた。
もはや垂直に近い滝の断崖絶壁を這い上る武者たち。力尽きて、何人かが落下してゆく。おもむろにキャメラが引いた。巨大な滝の横っちょに、ちっぽけで滑稽な生き物が、まるで虫のようにしがみついていた。

―― 何なんだこの画の凄みは ! それは現代の邦画が完全に失ってしまった、凄まじ過ぎる“本気”の画だった ……

先週、佐藤浩市主演の「64」という映画を観た。
最初っから前編、後編に分離された前編のほうを。レヴュウに目を通すとかなりの高評価が連なり、実際に観てもそのとおりにテンションが高く、且つ面白い。レヴュウの中のひとつに、このテンションを後編まで維持出来れば、これは「砂の器」に成り得る、という感想を見た。

でもね、まさか ……
今私の眼前で繰り広げられているこの壮絶な落ち武者のサバイヴァルの画だけでもう、「64」という映画が「砂の器」はおろか「八つ墓村」にさえ遠く及ばないと一瞬で了解してしまえるということが、ただの一映画ファンとして寧ろひどく寂しい ……

12-06-2016 017-12-16 AM
限りなき難所を越えて辛うじて生き残ったものたちは、眼下に村の灯を見つけて、何を想うか。残された侍たち八人、どこか故郷に思いを馳せるような目で、その村の灯を ……

【 登場人物 】

  • 寺田辰弥 (萩原健一) : 母の手ひとつで育てられるも、その母とも早くして死に別れ、しかし成人して立派に空港で旅客機の誘導員をしている天涯孤独の若者。新聞の人探し欄をきっかけとし、弁護士に依る本人確認を経て、自分の意向のまったく無視されるままに、或る山村の名家の後継ぎ候補として村へ招かれる
  • 森美也子 (小川真由美) : 街に下りれば切れ者経営者の顔を持つ、現代的で洗練された美女。夫と離婚した為、分家に出戻っている。村へ向かう辰弥のエスコート役となり、丘の上へと並んで立って村の呪われた歴史を物語るとき、風のいたずらが巻きスカートからスパークさせるその艶めかしくて白い太股は、男の魂そのすべてを吸い尽くす恐ろしい力を秘めている
  • 多治見久弥 (山崎努) : 多治見家現当主。肺病を患い病床に伏せる日々だが、眼光なおも鋭く、遺産を狙って自分をとり巻いている親類縁者にほとほと嫌気がさして、会ったこともない腹違いの弟、辰也にその莫大な全財産を譲ろうとしている
  • 多治見春代 (山本陽子) : 久弥の妹。一度は嫁いで家を出たが、不幸にも筋腫で子宮を摘出して子供が産めない身体となってしまった為に離縁されてしまい、出戻って双子の大伯母たちの世話をしている。現代的で派手な美しさの美也子に対し、それとは正反対の、あくまでも謙虚な、しかしこちらも恐ろしいまでの日本的美しさを纏う
  • 多治見要蔵 (山崎努) : 多治見家先代当主。山崎努が二役で演じる。辰弥の母、鶴子(中野良子)の美しさに目を奪われ、妻子がありながら暴力で犯して妾とするが、隙をつかれて生まれた子供と共に鶴子に逃げられてしまう。そのことに依ってか発狂し、一晩で村人たち32人を大殺戮し、そのまま姿を消す
  • 金田一耕助 (渥美清) : ただの車寅次郎。生まれも育ちも葛飾柴又。帝釈天で産湯をつかう

12-06-2016 017-16-31 AM
四百年前の、毛利に追われて傷つきながら敗走する尼子一族の落ち武者たちの画から一変、アスファルトの熱に陽炎だつ空港で旅客機を汗だくになって誘導する辰弥の、この圧倒的な時空コントラスト。
並行するように、小川真由美演じるセクシーなモダンガール、美也子と、全編着物姿で古風な、しかし触れれば切れるような研ぎ澄まされた美しさを放つ山本陽子演じる春代との、ぶつかって激しく拮抗しあう動と静の美。

そんな美女たち、言い方を変えて“魔物”たちに左右から、まったく反対方向に腕を引っ張られたときに男というものは、斯くも為すすべ無きか弱き生き物か。
辰弥が村へ戻ることをトリガーとするように開始された、止まらない連続殺人。それは四百年前にこの村に這々の体で訪れて、しかし暴力を振るうどころか、友好的に村の開拓にも尽力してくれた侍たちを落ち武者狩りの褒美に目が眩んで虐殺してしまった村人に対しての、現代科学では決して解明不能の、得体の知れぬエナジーの強烈なる発現なのか。

―― 言い方を変えて、これが“祟り”というものなのか ……

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「あなたが生まれたのはねぇ、竜のアギトってところよ。よく覚えておいてね ……」

莫大な財産に、興味なんか無い。
ただ、人間誰でも、殊更孤児(みなしご)同然であったなら当然想いを馳せるであろう、自分自身の出生のルーツ。図らずも辺境の山村で今まさに連続殺人事件の犯人に祭り上げられようとしている辰弥は、知る人誰もが美しいと認めた母親の面影を村に追い求め、同時に自分の父親の呪われた素性を、心底嫌悪していた。

“人間には二種類ある。バイクに乗るものと、バイクに乗らないものだ”

という格言があるが、それが正しいかどうか、またその格言がもたらす教示的価値というものを、私は知らない。ただ私にも確実に言える事がある。

―― 男には二種類ある。中野良子の美しさに激しく心を揺り動かされるものと、大してそうでもないものと
無論、私は前者だが ……

 
「人殺し ! そいつは人殺しなんじゃ !」

迫りくる村人たちの殺意から、村の下に無限に広がる美しい鍾乳洞に逃れる辰弥。
地上の人間どもの垂れ流すおどろおどろしさ、業という得体の知れないダークなエナジーを代々すべて飲み込み、なおも浄化能力微塵にも衰えぬ、フルスペックの舞台装置の調ったこの圧倒的な大ホール。大自然が何万年もかかって創作したこの劇場の主は、無論人間ではないだろう。その隅っこに謙虚に、こないだまで空港で汗を流して一所懸命働いていたまったく場違いな若者が今、衰弱し、横たわっていた。

暗闇の洞窟の巨大な反射板に、にわかに足音が響く。
恐怖で若者の身体がこわばった。近づきつつある恐怖の対象を認めた瞬間、それはおにぎりとお茶を手にした限りなく美しい人だった。お腹がすいているときにご飯を持ってきてくれる人というのは、それは間違いなく天使であろう。その天使の肌は限りなく白く、艶めかしかった。辰弥はおにぎりでお腹を満たし、水筒のお茶で渇いた喉を潤したあと、その艶めかしい天使と一緒に、自分が生まれたという“竜のアギト”を手をとりあって探した。

誘うは無論、芥川也寸志「道行きのテーマ」。これっぽっちもケチっていない極上のフルオルケストラが、そのうら若き男と女を広大な鍾乳洞の芯へと、一直線に導いた

「あなたっ ! ここで生まれたのね ……」

美しい人の子宮が、ついにその源(みなもと)を捜し当てたようである

12-06-2016 017-26-33 AM
えも言われぬ美しきホールで必然的に結ばれる美男美女。洞窟の外では、この呪われた村を襲った連続殺人事件のストーリーを、車寅次郎がおもむろに紡ぎはじめている。

自然、因果、怨念。
普段は現代社会の雑な吐息にマスキングされて謙虚に息を潜めているが、現代人に決して飼い慣らすことのできない圧倒的なパワーを秘めたそれらのものが、この上なく美しく怪しき美女を媒体に一斉に牙を剥きはじめたとき、美女は白塗りとなって血の涙を流しながら、今の今愛し合った男を全力で殺しにかかる !

美しさと哀しみの合成がハードロックであったとしたなら、美しさと恐怖の合成とはいったい。なんて、俺はその答えを知ってるけど。“美と恐怖の合成”、おそらくその正体の代表者がダリオ・アルジェントの「サスペリア」あたりだと。そして本作「八つ墓村」も、間違いなくそれと同じところにいるものであろう

12-06-2016 017-22-33 AM
白い鬼が、なんにも知らずに山奥の村にやってきた都会の若者をとうとう追い詰め、その為す術なく頭を抱えて怯えうずくまる頭上につらら石を高く振り翳した。クローズアップされる、血の涙の哀しきアクセント。その鬼の眼が一瞬、何かを懇願しているように見えた。
と、蝙蝠たちがいっせいに洞窟の外へと飛び立ってゆく。つぎの瞬間、フルスペックの巨大な舞台機構が全力で稼働し始めた。若者を守るために、祟りとは異なるまったく別の、しかし慈愛に満ちた強力なエナジーが発動している。これが母が子を守るときに発動する、“愛”というエナジーなのか。人を恐怖させるほどに凄まじい、愛という名の ……
洞窟はがらがらと音をたてて崩れ始め、白い鬼を潰した。
地上では多治見家の屋敷が、オレンヂ色の炎を激しく吹きあげている

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奇妙にも美也子の祖先は島根、尼子一族の流れと判明していて、また事後、私的な興味で調べはじめたか、辰弥のほんとうの父のルーツもまた島根にあったというところまで辿り着いた探偵は、もうそれ以上の調査をやめる。それはおそらく、客観事実、客観証拠に基づく捜査を信条とする現代の探偵なり刑事なりが、よもや“祟り”なんてものを認めてしまったら、それこそ自分の存在そのもののが否定されてしまうと直感し、もう本能的に忌避することしかできなかった、ということであろう

若者はふたたび空港に還り、前の生活をとりもどす。
彼は天涯孤独だと思っていた自分に、この忌まわしい出来事の最中にあっても、一瞬でも兄妹が出来たと思っただろうか。
灼けたアスファルトの陽炎の中、力強く旅客機を誘導する若者。
孤独に還った若者が、汗を流しながら力強く、まるで自分の未来を切り拓くかのように ……

Fine

ワイン食堂 Gioire/Run away from the enemy3

今日は夏の陽気になるとのこと。
今年になって初めて、半袖一枚で外へ出た。オーヴァに夏の陽気なんて軽く言うが、東京の夏もこのくらいの爽やかさでおさまってくれれば苦労しないと思う一方、いや、やはり一時でも酷暑に打ちのめされなければ、日本の四季としてやっぱり物足りないだろうな、という気もする

<H28.6.11 錦糸町>

「ワイン食堂 Gioire」

BGMは洋楽。
独りと告げると、これは今回(独りでは)初めてかも知れないが、入り口近くの背の高く明るい席に。ふつう入り口近くというのは忙(せわ)しなくて上席にはあたらないと了解しているが、こちらのお店に関しその定石はあて嵌まらないなと、いつも羨ましく眺めるばかりの席であったので、ちょっと嬉しかった。

どうしても、“厚切りベーコン”、また“オクラ”という私にとってエネミーとなりかねない食材を警戒してしまい、消去法的注文となってしまう。ペンネアラビアータというのをスパゲッティでやって下さいと喉まで出掛かったが、年に何度もこなく、しかしこれからも低頻度ながら絶対に利用させて頂くであろうお店につき、謙虚な気持ちでそれは諦めることにした

11-06-2016 014-08-54 AM
“パプリカと獅子唐のジェノバソース” @980也。
前菜・ドリンク付き

前菜の皿をもうちょっときれいにしたかったが(ちゃんと食べ切りたかったが)、その直前にスパゲッティがやってくると同時に、憐れその皿は持ってかれてしまった。
パプリカとは色の付いたピーマン、獅子唐とは細くて辛いピーマンくらいの浅はかな理解であったが、実際、そんな感じのものがマウントされている。
スパゲッティはやや細目の茹で上げ。私には少々塩っ気が不足気味であったが、寧ろ女性はこのくらいのものを好むのではなかろうか、といった優しい味付けであった。

食後とお願いしてあったアイスカフィが、無言、且つ“素”でやってきた。
よほどミルクとガムシロップをお願いしようと思ったが、カフィに長けていない私なので、いやいや、イタリアではコーヒーにそんなの入れませんよ、そんなことやったらマストロヤンニに笑われますよ、なんて指摘されたら恥ずかしいので、泣く泣くあきらめることにした。

―― 苦いなぁ、まるで俺の人生みたいに ……

11-06-2016 014-02-29 AM
「すみません、ガムシロとミルク付け忘れてしまっていましたね。ブラックで大丈夫でしたか ?」

会計に向かったらスタッフの方がそれに気付いたようで、心配して声をかけてきてくれた。途中まで、せっかくちゃんとした料理出して、この店前からこんな感じ悪かったかなと訝っていたが、どうやらまったくの勘違いであったようである

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にっぽん昆虫記/時には娼婦のように

「さあ父ちゃん、おれの乳だぞ ! 飲め、父ちゃん」

薄曇り。
雨粒が落ちてきていないだけまだ良かった。夜には天気も回復するようなので、傘を持たずに家を出た。というより、マジックテープがバカになってフラップを纏められなくなったのを持ってても、いい年ぶっこいた男があまりにもみっともないので

<H28.6.5 北千住>
05-06-2016 012-15-25 AM
「銀座 LION」

北千住を訪れたとき、こちらのお店を度々利用させていただいているが、その主な理由は、たいていの場合すぐにゆったりと着席出来るということともに、フロア係りの女の子たちが皆若く、美しいということ。このことは様式美を限りなく追い求める私にとっては、お店選定にとっての非常に重要なファクタとなる。

また店を出たところがメトロ千代田線の急階段の途中なので、西口広場から下りてきた女性のパンチラを、しかも前から拝めるかも知れない、というロケイションも大きな魅力である。
尤も、未だそれを見たことはないが ……

05-06-2016 011-53-41 AM
選べるハンバーグセット
“ビーフハンバーグ/トマトソース & LIONカレーライス” @1,000
選べるランチサラダ
“マウンテン”キャベツ” @100

最初に供された、俗に言うキャベツ千切りはしかし、ドイツの民族衣装(かは知らないけど)に身を包んだ若い女性に手によって運ばれてきたとき、とんかつ屋さんのそれとは明らかに異なる、ヨーロッパの風を纏うものとなる。

続けざま、ハンバーグとカレーが到着。
ハンバーグの鉄板には、“熱いので注意ください”といったようなことが書かれた赤い付箋が添えられていたが、これは私の美学に反するので、速やかに除けさせていただいた

05-06-2016 012-20-12 AM
リンゴと蜂蜜とろ~りとろけるカレー(知らないけど、何れにしても何らかのフルーティな甘みを感じる)。
フレッシュな酸味のRossoを湛えたハンバーグ。これを銀座「あづま」の“あづま”と比較してはならない。あくまでも、同じく北千住西口空間上空にそびえ立つキャニオンのレストラン街に収まるお店の料理と比較した時、この料理は、このゆったりとした空間とともに、非常に満足に足る(この日本語、間違えてるかも)ものとなるからである


【 以下映画の話 】
監督 : 今村昌平
出演 : 左幸子
昭和三十八年度 芸術祭参加作品
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「にっぽん昆虫記」

日本で超絶技巧の女優というと、私の拙い知識の中でそれは大竹しのぶや樹木希林といったあたりとなるが、「飢餓海峡」を恥ずかしながら最近になって初めて観たとき、この左幸子さんという女優の凄まじさに激しく打ちのめされた。
こういう良い意味での“打ちのめされる”って、率直に言って快感以外の何ものでもないが、人生、こういった場面に出くわすってことって、実際かなり稀少なことだと思う。
場末と思っておっかなびっくり引いた初めてのスナックのドアの向こうに、あり得ないほど似つかわしくない若い美人を見つけたときのように ……

―― でも、こういったことは非常に稀ながら、実際にある。だからスナックの新規開拓というものを私はやめられなかったが、さすがに今現在は、その勢いも殺がれているのが、寂しいと言えば寂しい

05-06-2016 012-22-34 AM
野良仕事の合間、喉が渇いた父に乳を与える娘

物語は大正時代から始まって太平洋戦争敗戦、またそこからの復興まで。
なんにもない極貧の田舎に生まれた女の半生を、モノクロームの光と影を魔法のように使いこなし、圧倒的リアルを与えつつ切りとりきった、宝石のような映画であった。

或る東北の田舎。貧しい家に生まれてしまい、一旦いのちを葬られかけた女の物語。
少女はお父さんのことが大好きだった。でもそのお父さんと自分は、どうやら血が繋がっていないらしい。そのことが父への気持ちを愛情の領域に踏み込ませたのかどうか ……。
やがて製糸工場で働き始めた少女を、これは母親が売ろうとしたのか、村の地主の元へ嫁がせる策略に嵌りかけるが、少女は孕ませられながらもそこから逃げる。少女はお父さんのことが大好きで、お父さんも娘のことが大好きだったから。
お父さんは怪力だったが、頭は弱かった。
お父さんは娘と一緒の暮らしをとり戻すため、なんとか十円貯めようとしている。なんとか十円貯めれば、すべてのことが叶うと思っている

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日本は戦争に負けたが、少女はそれでも成長し、艶めかしい女へと羽化した。
キャメラのレンズのトレースする、流体力学に正確に則った女体の描くカーブがとりわけ美しい。世界のすべての少女は、自分が女になる課程のどこかの地点において、そこに生じる性的価値というものを本能的に悟るのだろう。自分に自然発生的に生じた爆発的な価値をエネルギー保存の法則に適合させて、通貨に変換させることは寧ろ必然。

違法とはなったようだがその手段に事欠かない時代背景にも後押しされて、女はコールガールから、やがてそれをとり仕切るマダムの地位をのっ取るまでに、とんとん拍子で成り上がる。

それも自分がやったように、使っている女たちに嵌められて、程なくして失脚するのだが ……

05-06-2016 012-17-17 AM
“にっぽん昆虫記”

このタイトルだが、女性を、ただただ食らい、生殖し、種族保存の本能だけで活き、そして死んでいく昆虫に例えることそのものが、現代社会においては既に不可能なことであろう。
それでは、人間と昆虫との違いとはいったい何か。私は現在四十八歳だが、しかしその答えを未だ持っていない。また唐突ながら、人間とロボットとの違いも、手塚治虫を読むと分からなくなる。

そしてその違いの解を求めたとき、そこには幾ばくかの、俺は虫とは違うよ、俺はロボットじゃないよ、という、その対象を卑下する感情に拠るものだと思うが、どうもそのあたりが、軽いアスペルガー症候群である私にはぴんとこないのよ

―― べつに人間だってミミズだってオケラだってアメンボだって、皆同じなんじゃないかと。だからって友達とは思えないけどね ……

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「父ちゃん、十円あったって今、着物一枚買えないさ !」

時代が変わって貨幣価値が激変しているのに、父ちゃんは未だに、もう価値も無い十円を貯めようとしている。
その父ちゃんが危篤になって、新興宗教への入信、売春宿経営からの逮捕など、すったもんだありながらも田舎に帰った女は、今わの際で意識朦朧の父に乳を乞われ(決してダジャレではない)、ときには娼婦のように自分で乳房を掴み、父ちゃんに与えた

バカバカしい人生より
バカバカしいひとときがうれしい
ときには娼婦のように
何度も求めておくれ
お前の愛する彼が
疲れて眠りつくまで

05-06-2016 012-38-30 AM
この映画は唯々、女の粘り付くような強(したた)かさという当たり前のことを描いていて、男は唯々その前にひれ伏すことしか出来ない、というこれも当たり前の事実を想起させられることになるのだが、そんな男の弱さを補完する為にも、女にはこれくらい強くあって欲しいという気もする。
とくにこの映画の背景となる激動の時代、とりわけ東北の極貧の山村において、もう人間は女の強さに縋りつくことしかできないのであろう。

父ちゃんは娘の乳を飲み、永遠の眠りについた

Fine

赤いどうくつ/プリンスの洞窟にて4

国鉄赤羽駅から、いつの間にか新宿までいけるようになった赤羽線に乗り込んだら、まだ中学校くらいと思うが可愛いらしい女の子が隣に座ってきて、小さな手の中でセルフォーンを起動させた。何気なく覗き込んでしまった待ち受け画面には、これはキツネうどんかきしめんか、そのどちらか(笑)。
にわかに沸き立つこの女の子への堪らない愛おしさを、私はもう、押さえることが出来なかった

<H28.6.4 王子>

【 挿入画/と或る日の池袋 】

ガード下をくぐって洋食屋をあたってみたが、解放されたドアから覗いたその風景になんとなく異質、というより場末を覚え、尻込みしてまたガードをくぐりなおし、歩道橋からいつものスパゲッティ屋さんにアプローチした

15-05-2016 015-49-21 AM
「赤いどうくつ」

BGMはムーディな洋楽。
どことなく良き80年代を思わせるメロディだが、果たして現代でもこんな音楽が流通しているのであろうか。そうであってほしいと願うばかりである。
どうでもいいけど、外は相当に風が強いのか。ドアの向こうの窓からだろうか、風切り音が人の不安を煽るように、まるで地響きのように漏れ聞こえてきていた。

もっとも上席と言って良いと思う窓際の明るい四人掛けのテーブルは、今日も無人の御予約席。一人で図々しくそこへ着こうなどという傲慢な気持ちはまさかないけど、ほんとうに予約が入っているのか、それとも特定の馴染み客がふらりと訪れたときに優遇してあげる為なのか、ちょっと気になることは気になってしまう ……

04-06-2016 013-53-09 AM
“ラグー (ミートソース)” @925
“ミニサラダ” @310

気持ちぱさぱさ気味なのは、ちょっとソースが固いせいか、またはスパゲッティの銘柄に依存することか、或いは湯の切り方というか茹で汁の足し方の問題か。
二日酔いの私の胃にはちょっと酸味が強い気がしたが、楽な言い方をしてしまうと、ミートソースらしいミートソース。お好みでお使いくださいと添えられた、かなりのビッグボアの容器を誇るパルメザンチーズを適量やって、酸味をマイルドに調整することには成功したが、余計にぱさぱさにしてしまったことは言うまでもない。

さて、午後一時半をとうに回ったところ、セーラー服姿の女子高生と思しき女の子が一人、私の横の席に着いた。幸いにも機関銃は持っていないようでそこはかとなく安堵したが、同時に幾ばくかの物足りなさも覚えてしまう

15-05-2016 015-46-28 AM
何の脈絡もなく、いい年ぶっこいて大勢で“群れ”ていなければ不安で不安で仕方のない、ハーレィ・デイヴィッドソンのツーリングクラブの人たちに、この一人でレストランに着席し、滞り無い注文を可憐にこなす女の子の爪の垢を煎じて飲ませたい気持ちでいっぱいになった。オートバイってもんは誰でも幾ばくか、ちっぽけな自由を求めて疾り出すものだと思うが、彼らは、見た目ワイルドなコスチュームに身を包んでおきながら、実際には仕事でも何でもなく趣味なのに、がんじがらめの規則の中に自ら進んで飛び込んで拘束されることを、それを喜んじゃってる。

いい年ぶっこいて外で一人で飯も食えないような人間になると、俺の親父のように、連れあいに先立たれたとき非常に寂しい思いをくらうことになるのよ、ということが言いたかった

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トラットリア レ ポルテ/背(せな)で4

五月も終わり。
薄曇りから徐々に強まる陽射し。気温の上昇とともに高まる食欲、そしてまた性欲。堪らずに、あたりに貪るような視線を張り巡らせたが、悲しいかな、網膜に結ばれる像は皆おばちゃんばかり

<H28.5.31 蒲田>
31-05-2016 012-22-30 AM
「Trattoria Le Porte」

にょきりと生えた重いブラスノブを、右手で引いた。
続いてもうひとつのドアを左手で引き開けた瞬間、まるで私を閉じ込めるように、最初に開けたドアが背でがつりと閉じた

白く背の高いフロアに若い給仕の女の子が二人、手持無沙汰そうに立っている。早い時間に一番乗りで突っ込んでしまった為、その注目を一手に引き受けなければならず、これには些か緊張した。
BGMは洋楽。音量は適正。
料理を待つ間に年かさのご婦人方二人組がやってきてくれたことには、心底感謝した。フロアの女の子は、共に全盛期の内田有紀よろしく仁王立ち系 (笑)。心で刻んだビートに無意識にノッてしまい、時折身体を振りながらご婦人方の注文を執る様は、しかし良く言って素人感のあるフレッシュなものであった

31-05-2016 012-19-58 AM
“ヤリイカとキャベツのペペロンチーノ” @800也。

まずサラダ、温められたパン、続いてスパゲッティが到着。
若干塩分が強めか。しかしこれは私にとって、塩分薄目、または味のしないペペロンチーノよりはるかにマシであることはもう何度も述べさせていただいている。それは粒状感のあるスパゲッティーニを、これまた粒状感のあるソースでうまく纏めた皿であった。
またカフィまで付いて八百円という価格設定は、これは素直に安価だと思う

31-05-2016 012-18-59 AM
食事を終えて立ち上がった。
レジスターカウンターは、出口付近ではなくって厨房と客席を繋ぐ動線の横、ざっくり言って通り側のフロア全体を見渡せる、真ん中くらいに位置している。
ちょっと緊張しつつ女の子に近づいていって、その一見ヤンキーあがりの(ごめんなさい !)女の子が返してくれた初々しいはにかみに完全に満足しつつ、立ちはだかる二重扉をひとつ、またひとつとクリアし、意気揚々とあるきはじめた。

白日の下に晒され、数歩往ったところでまた背にがつりと響いたが、その急速に立ち上がり急速に減衰した空気の振動は、決して私を拒絶するものではなかった。

―― と信じたい ……

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プロフィール

Jackie

元シーナ・イーストンfanclub 会員№1467番
脱会した覚えは、未だ無い

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