既に分娩の準備に入っている、隣の分娩室を通り
-この時分娩室にいたのが後に嫁さんと仲良くなる森さんだったらしい-
そして息子のいる部屋へ…

杏林大学病院の細井先生に、酸素吸入の器具を口元にあてられながら、
息子ががそこにいた。

手足をばたつかせ、時々、なにかうめき声をあげている。

顔は、俺の赤ちゃんの頃の写真にそっくり!

普通に生きてるじゃん! と、ちょっと安心

でも、細井先生からの説明はこうだ…

かなり重症に近い「新生児仮死」である
最初はかなりぐったりしていて、酸素吸入のの結果ようやく今の状態になった
既に40分以上が経過して、ようやくこの状態
10分位で、この状態ならよかった
万全を期すため、別の病院へ運んで検査する必要がある
病院は今手配しているから、しばらく待ってほしい

と言うことだった。

一番不安だった事を聞いた。
障害が出る可能性もあるのか?と…

可能性は否定できないと言うことだった。

でも、不思議な事に、自分の中ではどんな状態でも受け入れられると言う
自信と言うか、確信みたいなものがあった。

その後、分娩室に戻ると、今度は息子が分娩室に連れてこられた。

3人で写真を撮った。 

山田先生も話をしてくれたが、今考えると山田先生はその時から既に
「そこまでする必要あるのかなぁ?」
という感じだったように思う。

「息もしていたし、血中酸素も100だった。
その数値が間違いかと思って、再度調べさせた。」

という事だった、今(10月12日時点)だからわかるけど、
考えたら息もしていて、血中酸素がきちんとあったって事は
その時点では割りと大丈夫だったのでは?! 

しかし、その時の山田先生は、細井先生はその道の専門なので、
ここはお任せした方がいいという判断だったようだ

病院は杏林大学病院に決まったようだ。
でも、特別な保育器が必要と言う事で、
30分位まって欲しいとの事だった。

しばらくすると、救急車の音がした。

そろそろ行く準備をと言う事で、分娩室をでるとそこで
息子が救急隊員の人とたちに保育器に入れらていた。

最初は、救急車には乗れないと言われていたが、
細井先生が救急隊員の人に聞いてくれると OKとの事なので、
息子と、細井先生と一緒に救急車に乗り込んだ。

細井先生が、杏林大病院と連絡を取っている。

その後、
「救急車なんて初めてでしょ?」
って聞いてきたから、
「いや、尿管結石で2度ほど」
(笑)

さすが、救急車! あっと言う間に杏林大学病院へ…

救急搬送口から、息子はNICUと言う、小児集中治療室へと
運ばれて行ってしまった。

だいたい、検査に2時間位かかるとの事…

入り口わきの「家族待合室」にて、待つことに…

時刻は、ちょうど14:00
さすがに、お腹がすいたのでB1の売店で助六寿司とお茶を買って食べた。

あとは、うとうとしながらただただ時間の過ぎるのを待つばかり
なんせ、ゆうべはほとんど寝てないしね。