初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

「ヨハネの福音書」の冒頭部分です。

日本語訳は「Wikisoruce」からです。

参考までに、ラテン語も載せておきます。
in principio erat Verbum et Verbum erat apud Deum et Deus erat Verbum

おもしろいのは、最後の部分で、
ラテン語では、「神は言であった」になってるんですね。

神は言葉だったんですよ!


さて、「新約聖書」には
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ
4つの福音書があります。

マタイ、マルコ、ルカの三つは
共通部分が多く、「共感福音書」なんて呼ばれてるんですね。


つまり、ヨハネだけちょっと違うって事です。

その冒頭を飾るのがこの言葉…

他の福音書にはない、
あえて入れたとも言えるこの冒頭部分、
非常に意味深に思えますよね。


言葉って、ほんとに大きな力があるんだと言う事が、
この文章からもわかります。

言葉こそ自分の中の宇宙を変えるパワーがあるんですね。


という風に、今回の記事の書き出しを考えていた矢先に、
驚愕の事実が発覚しました。

なんと!


苫米地博士の最新著書【「言葉」があなたの人生を決める】でも、
同じ部分の引用をしているんですね。

かなり驚きました。


【「言葉」があなたの人生を決める】にもありますように、
言葉によって、内部表現が変わります。

そして、自分の中の宇宙が変わっていくんですね。


つまり、すべては自分の内部にあるって事です。


同じ「新約聖書」中に興味深い一節があります。


ルカの福音書 11章40、41節です。

11:40愚かな者たちよ、外側を造ったかたは、また内側も造られたではないか。
11:41ただ、内側にあるものをきよめなさい。
そうすれば、いっさいがあなたがたにとって、清いものとなる。


こちらも、参考までにラテン語を載せておきます。

11 40 stulti nonne qui fecit quod de foris est etiam id quod de intus est fecit
11 41 verumtamen quod superest date elemosynam et ecce omnia munda sunt vobis


すでに聖書でも、このことが謳われているんですよ。


しかしながら、なぜか私たちは、
自分の外側にある世界、外側の宇宙が変わることで、
自分に満足が訪れ、自分がハッピーになれると思わされてきました。


もちろん、思いがけず起きた外側の世界の出来事でも
ハッピーになる事はあります。

しかし、それが永続的なものなのかどうか、
考えてみてほしいのです。

それらはきっと、一時的なものではありませんか?


外側で起きることに、自分の人生の判断基準を置くことは、
自分の人生の責任を放棄している事と同じです。

とはいえ、それもまた自分の中の宇宙を
自分でそうしている結果であると言えるのですが…


自分の内側にのみ実は宇宙が存在するという事を、
最初から認識させてもらえたら、随分と人生が
違うものになっていたと思うんです。

ところがこの事は、非常に直観に反するんですよね。

「そんなバカな…」と…

「だって、自分の外に宇宙は広がっているじゃん!」と…

直観に反する事は、非常に理解しずらいんですね。


相対性理論しかり…
量子論しかり…


これの理解を助けてくれるのが、
脳科学者の ジル・ボルト・テイラー博士です。

テイラー博士は、ある日脳卒中に倒れます。
しかし、その事を脳科学者の視点からつぶさに観察し
その体験を私たちに語ってくれているんですね。

左脳が働きを停止し、右脳だけで見る世界は
単なるドットの集合にしか見えないといいます。
物を物として認識できる境界線が消えてしまうのだそうです。 

つまり、今見ている世界を形作っているのは
すべて左脳に蓄積された何らかの判断基準により
形作られているともいえるわけです。

このことを含めテイラー博士は

「わたしの人生の長い歳月のあいだ、わたしというものが
じぶんの想像の産物にすぎなかったなんて!」
(「奇跡の脳」ジル・ボルト・テイラー著 新潮文庫より引用)

と言っているんです。


「この世は幻想にすぎない」という、
コーチングの師でもある、苫米地博士の言葉との一致は
偶然ではないことは明らかです。

私たちの見ている世界は、
私たちの内部で作り出された合成世界にすぎないと言う事なんです。

そしてこのことから導き出されたことを
こんな風に表現しています。

「この世界で、どんな「わたし」とどのように過ごしたいかを選べるなんて、」

と…

使い古された言葉でいえば、

「自分次第」

なのですが、結局そこに帰結するんです。

そして、わたしたちはその選択手段を学ぶ必要があるんです。


コーチングの大家、ルー・タイスもこう言います。
「すべての意味ある永続的な変化は内側から始まる」と…

コーチングをしていて思うのは、やっぱり、

「はじめに言ありき」

なんですね。

そして、それをさらに超えていくのが、
スコトマ・バスターズの提供していくコーチングです。


その自分の内側にある宇宙を
「包摂半順序束」という概念であらわします。
(参考:《 納豆のネバネバの中に縁起がある 》)

その内部の情報に直接アクセスしていく手法を使っていきます。

当然、宇宙は変わっていくのです。


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