初めに 質問があった
質問は ゴールとともにあった
ゴールは 質問であった

お分かりと思いますが、前回の記事で紹介した、
「ヨハネの福音書」の冒頭部分のパクリです。

コーチングと言うカテゴリから見ると、
質問の重要性と言うのが見えてきます。

翻っていえば、コーチングに出会わなければ、
質問のパワーに気が付かなかったかもしれない
と言う事でもあります。

これまで質問と言う単語からイメージしていたのものは、
学校での勉強の質問や、なにか説明を受けた時に
疑問点を明確にすると言ったようなものが多かったような気がします。

まさか、質問が人生を変えてしまうほどのパワーを
秘めているなんて思いもしなかったわけです。

歴史をさかのぼれば、2500年も昔…
2500年ですよ? どんな世界だったんでしょうね。

その時代、ソフィストと呼ばれる人たちがいました。

彼らは自分の知識を押し付けるかのごとく、
とにかく人を説得する事をよしとしたようなんですね。
知識の押し売りと言った感じでしょうか。

そこにみなさんおなじみのソクラテスが登場します。

ソクラテスは、「産婆法(問答法)」とも言われる
質問をする方法により、人の内面にある真理を
引き出そうとしたんですね。

2500年も前の風景に、
 
ティーチング vs コーチング

の原型を垣間見てるような気分になります。


この風景により 
ソクラテスの偉大さが浮き彫りになってきます。

この時点ですでに、
「真理はあなたの中にしかないんですよ」
と言う事を前提にしてるんですよね。

そしてそれを引き出そうとしているわけです。

残念な事にソクラテスのこの方法も
最後には反感を買い、毒杯を仰ぐことになったのは
みなさんもご存じのとおりです。

ま、方法自体が反感を買ったというよりは、
勝手な想像ですが、熱を帯びたソクラテスの質問は
「詰問」に近かったのではないかと思ってしまうんです。

しかし、この方法はソクラテスの弟子である
プラトンにも、イデアに近づく方法として
受け継がれていくわけです。

そこから500年近い年月がながれると、
さらにおなじみの イエス・キリストが現れます。

イエスもここぞという時に、質問のパワーをさく裂させます。
ルカの福音書から
有名な「善きサマリア人の譬(たと)え」です。

10:25
するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、
「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
10:26
彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。

非常に含蓄の多いたとえ話なんですが、
内容に踏み込むとあまりに長くなるので、
今回は割愛です。(^^;

そして、この譬えの最後の方で、
10:36
「この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
と、のたまうんです。

ぜひ、この譬えはネットででも内容を確認してみてくださいね。
ルカによる福音書(口語訳) - Wikisource)

しかし、ここにひとつの落とし穴があります。
「質問の質」です。
どんな質問でもいいわけは… ないですよね。

こんな場面はいかがでしょう。
男性がなにか反感を飼う様な事をしてしまった時、
よくある風景ではないでしょうか?
女性:「ねぇ! なんで? どうして? なんで? なんで?」
男性:「なんで、そんな事きくの?」
女性:「質問に質問で返さないでっ! わたしが訊いてるの!」
男性:「… … … …」

「質問の質」を考えるとき、かのアインシュタインの言葉が浮かびます。

「もし自分が死にそうな状況になって、
助かる方法を考えるのに1時間あるとしたら、
最初の55分は、適切な質問を探すのに費やすだろう」

そう! 重要なのは、「適切な質問」なんです。

「適切な質問」を考えるときに、
つい陥りがちなのが、コミニュケーション術としての
ビジネスコーチングではよくありがちな
「質問集」の様なものです。

もちろん、たくさんの具体例から抽象度を上げていくのも
ありかもしれませんが、私たちはひとつ上のレベルから、
「適切な質問」を探したいものです。

有名な話ですが、アインシュタインは
「光に乗って光を見たらどうなるのか?」
という質問から始まり、相対性理論にたどり着きました。

導き出されるのは、「適切な質問」はゴールと密接な関係があると言う事です。
密接な関係と言うより、「そのもの」と言っていいかもしれません。

冒頭に戻りましょう。

初めに 質問があった
質問は ゴールとともにあった
ゴールは 質問であった

でしたね。
つまり、
はじめに ゴールがあった。
でも、いいんじゃね?
と言えるんです。

ゴールを設定すると見えてくるものがあります。
認知科学の世界です。

無意識は膨大な感覚情報を処理しています。
その中から、ほんの少しだけを意識にフィードバックしてきます。
なにがフィードバックされてくるのか?
それこそ、ゴールであり、質問なんです。

さらにアインシュタインは言います。
「大切なことは質問をやめないことだ。
好奇心こそ我々の存在を示すものなのだ。 」

と…

単純に、コミニュケーション術として
コーチングと言っている物でさえ、
質問は重要な事とされています。

しかし、
質問をたどって行くと見えてくる

ゴール、
意識・無意識
哲学、
宗教、
認知科学、
人間、
宇宙… …

深遠なる世界がそこには待っています。

これがベースにあるので、
わたしがファシリテーターとして開催している
セルフコーチングプログラムTPIEでは、
そのほとんどを「質問」に費やしています。

答えはみなさんの中にあるからです。

ある質問があったのですが、
最後までわたしは答えを言いませんでした。

絶対に、受講生の皆さんなら自分の中から
その答えを導きだせると信じていたからです。

後の進行を心配しなければならない位に
時間をかけて、答えを導きだせる質問をしていきました。

受講生のみなさんが、その答えにたどり着いた時の
何とも言えない気分は言い表せない程です。

ちょうどその時、教師の方が参加してくださっていました。

「すごいですね。 わたしなら絶対に答えを言っていたと思いますよ」

と、声を掛けてくださいました。

そして更に、これを土台として、
わたくしのコーチングでは、ノンバーバル・コーチングを
主体にしてクライアント様と向き合って行きます。

では、せっかくなので最後に、
ひとつ質問させていただきましょう。

「あなたにとっての価値あるものとは?」

さぁなんですか?
 
今度は、自分に語りかけてください。

「自分にとっての価値あるものとは?」

もう一度繰り返します。
 
初めに 質問があった
質問は ゴールとともにあった
ゴールは 質問であった


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