シリーズのPart4です。

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どうぞ…


ここまで来たところで、またファンクショナリズムについて触れてみます。

ファンクショナリズムってなんでしたっけ?(^^;


一言で言うと、
「心とか脳の働きはすべて「関数」で記述可能という考え方」
でしたね。

さて、でもこの「関数」はどこに蓄積されているのでしょうか?

これまでは、まさにコンピュータのプログラムが
コンピュータの内部に常に存在するのと同じように
人間の認知に関わる「関数」も固定的に存在すると考えられてきた訳です。

ここで、人間の認知に関するもう一つ重要な事を考える必要があります。

それは、
人間の認知は記憶も含めてすべて今この瞬間に生成されている
という事です。

以前もこのブログで書いていますが、「時間は離散的である」…
つまり、連続していないというのが最新の科学の認識です。

時間は、映画の1コマ1コマの様になっているって事になるんですね。

それは、約75万分の1秒という単位で繰り返される一コマです。

人間の認識は、過去の記憶、現在見ている(と思っている)もの
そしてそれを認識するファンクション(関数)自体が、
その瞬間瞬間に生成、消滅を繰り返していると考える訳です。

それこそが私たちの認識している宇宙なんだと。

そして、人それぞれがこの瞬間瞬間に作り出した宇宙が
同時に存在して、共有の場を作っている。

それが、苫米地博士の言う「超情報場」なんですね。


以前の投稿《 納豆のネバネバの中に縁起がある 》でも言っていますが、
自分という物は「関係性」の中にしか見いだすことができません。
そして、それを「縁起」というのだと。

その関係性を生み出しているのが、まさにこの「情報場」であり
宇宙そのものが巨大な情報場であると、苫米地博士は言うのです。


では、ここまでをちょっとまとめてみますね。

「認知科学」という観点から、人間の知的・精神的作用を研究する中で、
人工知能との密接な関係がありました。

しかし、「フレーム問題」という壁が見えてきた事により、
この「認知科学」は現在、次のパラダイムへの移行時期と捉える事で、
ある意味「終わりの時期」と言えるのではないかと言う事でした。

そして次のパラダイムを考える上で苫米地博士の「超情報場」を見てきました。
その前段階として示したのが、
「情報を操作する事で物理世界が変わる」
という事でしたね。

これを「相対性理論」や「マックスウェルの魔」を使って説明しました。



さて、ここからいよいよコーチングの話に入っていきます。

これまでの話と、コーチングに一体どんな関係性があるのか?

そもそも、「コーチング」とは何なんでしょうか?

現在、「コーチング」と一言で言っても、
まさに百花繚乱、いろんな解釈、いろんな種類が存在しています。


そもそも、「コーチング」という言葉が使われる以前にも
「コーチ」は存在しました。

有名なのは、「宗方コーチ」です。(笑)
すいません、一部の人にしかわかりませんよね。

「なんだそれ??」という方は、
「エースをねらえ」で検索してみてください。


今主題歌聞いていたら、涙が出て来しまいました。(笑)

ちなみに、原作第一巻のタイトルは、
「鬼コーチ 宗方仁」です。(笑)
写真 2014-07-03 5 26 12

あ、更にちなみに言っておきますが、
通常のテレビアニメ版の最終回の後も原作は続きます。

そこからの話が、本当の「エースをねらえ」だと、
わたしは思っていますです。はい…
何回読んでも大泣きできます。(T_T)


と、まぁそれはさておき…

一般的な「コーチ」と言えば、
昔のスポ根アニメや、ドラマに代表されるような
クラブ活動等でその競技に関する指導をしてくれる人ですよね。

コーチ自身もその競技をやっていて、
もしくは過去やっていて、 
その道の専門家であることがほとんどです。

自分でやってみせたり、アドバイスをしたりと言った感じでしょうか?

不思議な事に、このカテゴリのコーチのする事は、
「コーチング」ではなく、「指導」なんですよね。

最初から「コーチング」というカテゴリの中にいる
私たちからからすると、昔から自分たちが思っていた
「コーチ」という存在は、実は「インストラクター」に
近い存在なんだというのがわかってきます。

そして、本来の「コーチ」がすべき事である、
「コーチング」という言葉が入ってきました。

ところが、
コーチング=コミニュケーション術
と捉えられる事が非常に多いんですよね。

そりゃそうです。
だって、コーチングの入門書をひも解いてみても、
しっかりと、

「コーチングとはコミニュケーション術です」
「コーチングとはコミニュケーションスキルの事です」
「コーチングとは高いコミニュケーション能力」

と書いてあるのですから。

そしてそれは、
部下を指導する管理職のスキルであったり、
営業でお客さんとのコミニュケーションに利用できたり
といういわゆる「ビジネスコーチング」に代表
されるようになって行くんですね。

その証拠に、セミナー等でコーチングについて聞くと、
思いのほか、会社でコーチングに付いての研修を
受けているという方が多いのです。

でも、使えていないし、使わない。

更には、コーチングに関して、

「暑苦しい」
とか
「うざい」
と言ったイメージをお持ちの方がいるんです。

コミュニケーション術としてのコーチングは
少々問題をはらんでいるように見えてしまいます。

なぜなんでしょうか?

ってことで、Part5へ続きます。

参考文献

 
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ライフ・コーチングやセルフコーチングについてはこちら... 
    =>「井上和也 オフィシャル Webサイト」