2006年04月09日

〜徒然〜
ただいまっ!

みなさん、ただいまです!

昨夜、天津に帰ってきましたぁ〜♡

日本で思いっきりリフレッシュしたせいでしょうか?!

最初はあんなになじめなかった天津なのに、帰って来れた事が嬉しく、

何故かウキウキ・るんるんしている自分が居ました?!

あれっ?!私って、天津、こんなに好きだったんだぁーーーーーー???(笑)

って事で、日本でたんまり太ったジャイトン一家をこれからもごひいきに・・・。


が、しかぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜し、

ジャイトン父は、今日、もう上海に行ってしまいました(泣)


ゴールデンウィークに一旦、戻ってこられるらしいけど、

とにかく待ったなしでお仕事です。

5日に日本を離れて、北京空港から即、会社に連絡。

「ホテルに荷物を置いたらすぐ、会社に顔を出してくれ」との事。

前の晩から寝ずで荷造りなどをしていて、彼はへろへろ。。。

でも、本当に「休む間も無く」ご出勤。

それから数日、手続きやテスト・身体検査の為北京でホテル暮らし。

そして昨夜、やっと天津の家に戻れたと思ったら、もういないのですよ〜グスン(涙)

でも、気付けば彼は私と違って文句も言わず

以前の「企業戦士の顔」に戻っていました。

私も、気持ちを切り替えて、頑張らなくっちゃ!!

頑張ってるパパに負けないように。。。



あっ、それから、日本でお世話になった皆様、

いろいろありがとうございました。

また、桜の季節に帰りたいと思います。

在中国の皆様には、これからボチボチ日本での分を更新していきますねぇ〜。

これからも又、よろしくです♡

  
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2006年03月18日

〜徒然〜
帰国しますっ!!

・・・って言っても一時帰国ですけどね。

だって、中国の天津でお仕事決めちゃったモ〜ン。

あと、2年は天津残留決定だモ〜ン。

でもね、でもね、明日、日本に帰れるの♡

嬉しくって、嬉しくって。。。。ああああああああああどーしよう。

一年以上帰ってなかったから、会いたい人、食べたいもの、買いたいもの

盛りだくさんです。

・・・と、言うわけで、このブログもちょっとお休みです。

4月の第二週には天津に戻って、また書きますネ。

あと、以前にも載せたエキサイトの方のブログにも最新情報載せてるんで

よろしく!じゃあーーねーーーーーーー!!  
Posted by sdiusr043 at 23:53コメント(0)トラックバック(0)

2006年03月11日

〜徒然〜
中国で就職?!

どうやら、彼の仕事が決まりそうです。

現地採用でのスタート。しかも中国語がまだビジネスレベルとは

言いがたいので、そんなに給料は期待できません。

せいぜい一万元前後(15万)がいいところでしょう。

希望地は当初 第一希望:上海。第二希望:今住んでる天津。


・・・でも、いろいろ調べてやっぱり天津になりそうです。

なにか特殊なスキルがあれば別ですが、彼の場合職種は「営業」

,修Δ覆襪函‥慶鼎任眈絣い任盖詢遡未脇韻鍵賈元前後。
∪験菷颪賄然、上海の方が高い。
住宅も狭くなる。
ぞ絣い了纏は上海在住者に優先的に決まる。
 (我々の場合、人材派遣会社から紹介があるたびに飛行機に乗って
  面接に行かなければならない。これはかなりの負担。
  又、会社側も上海に慣れていて土地勘もあればそっちが良いに決まってる。)
ヅ慶鼎暴擦鵑任い詁本人、または住みたい日本人はまだまだ少ないが
 上海には代わりがいくらでもいる、との事。
 単純に言って「競争率」が高い。
 そうなると会社側は同じスキルで少しでも安く雇える人間を探せるワケ!


・・・・・で、天津は?と言うと・・・

もう、3社から採用決定出ちゃいました!

まだまだ日本人そのものが少ないので、多少、語学力に問題ありでも

彼の日本でのスキルと管理能力・人格でOK!!みたいです。

今、3社で彼の引っ張り合いです。

で、お給料もその他の細かい条件も破格の扱いです。

はっきり言って上海の倍近い条件です。




やったー!やったね、さすがパパ!!

やっぱ、天津で語学力とスキルUPしようネ。

そしたら、次はもう、こわいもん無し!上海でも北京でもどこでもOK!!

あるいは日本に帰って日本採用になれば給料も日本値段。

いくらでも条件の良い所に転職すればいいよ。


あとはパパの返事を3社が待ってる状態なのです。

で、彼が心を決めて会社が決まれば、準備の為、日本に帰れるのです!!!

たぶん、来週には決めて、再来週には日本です!!

なんか、すっごいお尻に火がついて、やらなくちゃいけないこと、

日本でやりたいこと、食べたい物、会いたい人ETC 。。。

考えてたら興奮しちゃって、寝れません。

で、こんなヘンな時間に更新してます。

ふう〜日本だー!!!一年以上帰ってないもんねー。。。嬉しいな♡  
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2006年03月03日

〜徒然〜
私達のこれから

更新、またすっかりサボってしまいました。
こんな、サボり魔のブログに根気良く見に来て下さってる皆様には
ホント、感謝ですっ!

私、実はヤプログでブログをやっていて、そこでチョット人気になった
「愛と人生を勝ち取る方法」をみて、ここ(SDI)で書くように頼まれたんですよ。
だから、ココのは基本的には前に書いたのをコピペしたものなんです。
中国に来てから最初に家族四人で始めたのはここです。ヤプのには本当に中国に来た初期の驚きが
書かれています。あと、主人のカテゴリーで「九賽黄」や「桂林」の旅行記
が詳しく書かれているので、興味のある方はご覧になってください。

ヤプは絵が可愛くって始めたんですが、なんせ中国からだと
アクセスが悪くって、一つの記事をUPするのに3時間はザラッ!!
さすがに、疲れて、今は中国語の漢字も載せられるここで、
毎日更新中。SDIではずっと「愛と人生〜」書いてきて
私に固いイメージを持ってらっしゃる肩方も多いと思いますが
ここでは「お馬鹿な母」炸裂中!より近い「ジャイトン一家」に
会えるかも。。。!?


さてさて、本日の本題「私達の今後」ですが。。。

・・・まだ、判りませんっ!!(爆)

今、就職活動中なのです。

日本に帰り、「彼の実家の家業を継ぐ」と言う話もあります。

でも、お兄さんもいらっしゃるので、正直、色々めんどくさそう。。。

彼も、そんな事でお兄さんともめるのは一番避けたい事らしく

今、家業を継ぐ話をペンディングにしたまま、中国で仕事を探しています。

○大卒・営業のベテラン・管理者としても優秀な彼は

どこでもいけそうな感じ。ただ、中国語がまだまだなので

高い語学力を求められるところは無理。でも、とりあえず仕事をして行く

うちに、中国に残っていてば、嫌がおうにも語学力はUPしていくはず。

その時にまた、今度は語学力を武器に転職する事も可能なんじゃあ

無いでしょうかね。。。。と言う事は・・・???

この先もずっとちゅ、中国〜〜〜〜〜!?



・・・・ま、いっか!!

この先どうなるかなんて、考えてても仕方ない。

明日と言う日は誰にもわからないんだから。

今、一番イラついて、辛いのは彼だと思う。

でも、こんな時にもいつも「普通」でいられるのは、穏やかな彼の

お陰。やっぱ、結婚は「性格の良い人」に限る!!!

顔が良くても、お金があっても、事ある度んびにあたられたんじゃあ

たまんないもんネ。今日も、感謝です!!!  
Posted by sdiusr043 at 11:58コメント(0)トラックバック(0)

2006年02月22日

〜徒然〜
祝:在中国一周年

2月22日

実はジャイトンファリー中国に来て、今日でちょうど一年経ちました!!

なんか、感無量です。

中国語も全くしゃべれないのに(中国語に四声があることすら知らなかった!?)

私も主人も職を辞して

下の子には中学を辞めさせ

新居を後にし、

半年だけ先に来ていた長女に現地の家探しをまかせ

去年の今日、家に着いた時は夜中の12時を回っていましたっけ・・・。

こちらのマンションは家具付きですが

当然、おふとんは無く、

コートに包まってそのまま寝ました。

翌日は確か春節の終わる日で朝から戦地に来てしまったような

爆竹の嵐。。。

春節の事も解っていなかったので本当にびっくりでした。

そして一年が経ち、家族のその後は・・・

☆下の娘
インターナショナルスクールのESLへ。
最初は「何を言われているのか、何処へ行けばいいのか全く解らない」
と泣いて帰ってくる日もありましたが
直に「学校が楽しい!」「学校って楽しい所だったんだね」と
いいはじめ、日本では友達にビクビクして勉強も投げていたのに
毎日泣きながらも机に向かうようになり
勉強の大切さを理解し始めた様子。
日本でちんぷんかんぷんだった勉強を全て英語でやるわけですから
相変わらず必死ですけど、
「学校は楽しいところ」
「勉強は人にとって大事な事」
この二つを学んでくれただけでも私にとっては
全てを投げ打って中国に来た甲斐があると言うものです。
おまけに、3年間離れていた姉と共に暮らすようになり
二人でケンカしたりじゃれたりする時間も
彼女の人生に置いてお金では買えない価値があると思っています。
徐々に「中学生らしい明るさ」や「笑顔」が見られるようになったのです!!!

学校の先生や友人との事はいくら考えても「出たとこ勝負」
もしかしたら、日本に居た時より彼女を追い込む可能性も考えていました。
ですから、これからも問題は山積みですが、
とりあえず、この結果に満足&感謝しています。


☆主人
上の娘・主人・私。同じ語学学校へ。
超マジメA型人間の彼。
普段は「石橋を叩いても渡らない」けど 私と結婚したばっかりに
とんでもない人生を歩く事に。。。(笑)
でも、反面、もの凄く素直で頭のいい人だから
すぐに頭を切り替えて誰よりも中国生活をエンジョイ!
すごく「頭が柔らかくなった」と思います。
この体験もやはりお金では買えないなぁー。。。感謝。

☆上の娘
たった15歳までしか手元に置いてやれなかった娘と
また、共に暮らせるとは・・・。
青春の大事な3年間、親元を離れ、学んだ事も数多くあるでしょうが
しっかりしすぎてしまってかわいそうな感じが・・・。
一緒に暮らし始めてしばらくは「たくさん甘えさせてあげる事」に・・・。
今では6歳離れた妹と本気でケンカしてるから笑える。

☆私
44歳にして、再び「学生」になる。
しかも旦那と机を並べ「あなたのお名前は?」とか会話練習。(爆)
娘とは廊下ですれ違い昼は学食で一緒にランチ。
覚悟して来たはずなのに、中国の(天津)あまりの汚さに
体が拒否反応を・・・。
何を食べても体が受け付けない・・・半年後気付けば−6キロ減!?
(デブデブが→普通のデブになっただけ。むしろラッキー♪)
しかし、一年経った今、回復しつつある。
嗚呼〜、『慣れ』っておそろしい。。。凹


・・・とまあ、こんな感じ。
慣れさえすれば、中国っておもしろいっ!!!
まだまだ見てみたいっ!!
最近はそんな風に考えてます。
「人生お一人様一回限り」心から毎日を楽しんでるジャイトンなのであります。
  
Posted by sdiusr043 at 15:47コメント(2)トラックバック(0)

2006年02月20日

〜徒然〜
何故、中国に来たか

ここまで私の半生を読み進んでくださった皆様、
本当にありがとう!です。

このところ、ちょっとさぼっててごめんなさい。
風邪を引いてしまって、熱出して、ぜーぜーしてました。凹

ところで、何故、今、中国に居るかって質問が寄せられたので
軽くご説明おば・・・。

大して立派な考えや理由があってのことでは無いんです。
私は悩んでも悩んでも考えても考えても結論が出ない時は
自分の「直感」「本能的ににおいのする方へ行く」事にしてるんです。


でも、コレって、実はとっても大事!
だって、前にも書いたけど
どんな有名な占い師にも「明日」と言う日は見えないのだから・・・ネ!♡

私達は晴れて結婚し、都内に終の棲家になるはずの
一戸建てを新築し、順風満帆のはずだった。
けど・・・問題が・・・

問題1:下の娘の問題
いじめ&無視が深刻な状態に。
脳性麻痺で足が少し悪い娘。小さい頃から「いじめ」はづっと
付いてまわって来た問題で今に始まった事じゃないんだけど
小4の時に受けたいじめは彼女から「笑顔」も「自信」も「明るさ」も
奪い取って行ってしまいました。
それからの彼女は学校に行くだけで精一杯。
もともとそんなに出来る方じゃない子だから、勉強面でも
最悪な状態に。。。
運動は出来ない・勉強も出来ない・友達いないの三重苦に。
いつか、持ち直すだろうと思いつつ気付けば中1に。。。
彼女には小さい時から私が波乱万丈で上の子の時のように
構ってあげられなかったし、友達がやっとできたらハイ!引越し!って
事も何度もあった。この子を今、救ってあげなければ、
この暗い性格が本物になっちゃう。。。なんとかしなきゃ。。。

問題2:主人の問題
生徒会長歴任・A大卒。どこでも就職できた彼。
でも、大企業の小さな一齣になるより、中小でバリバリ力を発揮したいと
とある外資系中小へ。仕事の内容そのものよりカリスマ性のある
社長に惹かれて100名程の会社へ入社。
今や、あっと言う間にNO2まで。
でもこの頃になり、社長のワンマン振り、思いつき発言、はったり
に悩む事に。。。
この身勝手さに耐えてもこの会社に明日は無い。
けど、家族の為、新築してしまった新居のローンの為
辞めるわけには行かない、と思い込んでいた彼。
私から見ていて、心を病む一歩手前。
「そんな会社、こっちから辞めちゃえっ!
家なんかまた、建てればいいよ」と言っても聞かない。

問題3:上の娘の問題
高校3年間アメリカの私立女子高で頑張った彼女。
本来はそのままアメリカの大学かフランスに行きたかった。
でも、もうお金が続かないから、日本に戻ってきてと頼む。
一度は夢を諦め、日本に戻る事を考えた彼女。
でも、帰国子女枠で入りたい学部も勉強したい事も見つからない。
このまま親のお金を無駄使いする位なら やりたい事が見つかるまでの間に
もう一つ語学を習得した方がいいのでは?
中国なら学費・寮費・食費全て入れても100万で収まる。
日本で大学に通うより安い!

・・・で上の問題の1と2が発生してる頃彼女は先に中国に居たんです。
でも、彼女も始めて行った中国で友達関係で寮に
ろくな人間が居なくって、ストレスの固まりに・・・。

そこで思いついた解決策が
「全員で中国行っちゃえーーーーーー!大作戦」
新しい所で、深呼吸して、家族四人、力を合わせれば
なんとかなるはず!
しかも、英語を武器に生きてきた私の人生だけど
これからの世の中、英語が話せますだけでは生きて行けない。
これからは中国語!!
しかも英語と中国語日本語が話せれば怖いモンなしじゃない?!

そんな単純な思いつきなのです。
思いつきは単純でも、それを行動に起こすのは大変です。
持続するのはもっと大変!

さてさて、我々一家四人どーなります事やら。。。(人ごと?)
次回は私達の中国生活の結果をリポートしますね。

               でわでわ。。。
  
Posted by sdiusr043 at 18:38コメント(2)トラックバック(0)

2006年02月04日

〜愛と人生を勝ち抜く方法〜
家族になった日

私は下の娘と2人で住むアパート探しを始めていました。

ある週末、彼がアパート探しを手伝ってくれると言う。???

4人で暑い中何軒か不動産屋さんを廻りました。

彼は「○○線沿線がいい」とか「新宿に近い方が・・」とか言っている?

「なんで?また一緒に住むつもりなのかな・・・?!」

でも聞けないまま。。。。。

暑さで全員疲れ果てて家に戻りました。

全員無言・・・。

皆のバラバラな想いが静寂の中で渦を巻く。。。。。

すると、突然・・・!!

「だいたい、何なのよ!!○○線沿線が良いだとか、新宿に近い方が良いだとか!

勝手な事言わないでョ!!どうするつもりよ!!

どーーーー言うつもりなのよ!?

私、行っちゃうんだよ?!アメリカに・・・ママと妹置いて。。。。

いなくなっちゃうんだよ!?

どうすんのよっーーーーー!!!!」

私は、あんなに怖い娘の顔を見たことがない。

仁王立ちで、般若のような娘の顔を・・・。

今まで15年間、こんな顔は見たことがない。

こんな大声も聞いた事がない。

こんな金切り声も・・・・こんな・・・・・

あまりの事に、とっさに私は下の娘をひざに抱き、固まったまま

ポッカ〜ン。。。。と口を開けて仁王立ちのままの娘を見上げた。

彼女が彼を「ママを幸せにしてくれる人」として受け入れて以来、

もう何年もの間彼と上の娘は「私」と言う人間を間に挟み

やじろ兵のように完璧なまでのバランスを保ってきてくれていたと思う。

あろうことか、「その二人が・・・」である。

ぶつかったら最後、もう あとは無いように思った。

「嗚呼・・・これで終わりだ・・・」どこかでそう思った。

ところが・・・

間髪入れずに 今度は後ろから これまた聞いた事のない彼の怒鳴り声!?

彼「言われなくても考えてるよ!!」
娘「どう考えてるって言うのよっ!!」

両者、ものすごい顔でにらみ付け合っている。

奥歯がギリギリとなる音が聞えてきそうだ。
彼「俺はなぁー!俺は・・・ママに好かれてるのも解ってる!
  ○○(妹)に好かれてるのも解ってる!
  でも、俺はなぁー・・・お・・れは。。。。。
  お前にとって俺が必要かどうかが・・・・{涙}
  ひ・・必要かどうかが解らないから・・だから・・だから・・・
  今まで言えなかったんだよっーーーーーーーーー!!!」

娘「ひ・・必要に決まってんじゃない・・・決まってんじゃない・・・{涙}
  私、いなくなっちゃうんだよ!?いなく・・・・」

彼「俺が居るから・・・俺がちゃんと、ママと○○(妹)面倒見るから、
  お前は、だから安心してアメリカへ行け!!{涙}」

娘「・・・・。{涙}」
彼「・・・・・。{涙}」

般若のようだった娘の顔はいつしか涙でぐしゃぐしゃの顔になり、

幼子のように両手で何度も何度も涙をぬぐい、

甘えたような顔になり、唇を「ヘ」の字にまげて、

泣きながら彼を見つめていました。

彼も同じ顔になっちゃってて、

今度は泣きながら二人で相手の顔がおかしくて吹き出しました。

固まってた私と下の子もようやく縄がほどけたように身体を動かし、

気が付いたら4人で「お団子」みたいに固まって・・・・・

一つの固まりみたいになって抱き合って泣きました。

しばらくそのままで泣いてたら 誰かが照れ隠しに「きたな〜い!鼻水!」

「お前もだ!」
「そっちだって・・・」

なんか・・・ドラマよりドラマみたいな瞬間でした。

下の子が「ねぇ〜これからウッキーの事、なんて呼んだらいいの?」

「何でもいいよ?あなた達の好きで・・・」と私。

すると妹君が待ってましたとばかり「じゃあ、パパ!!」

娘「うん!・・・パパ!!。。。。」

彼「そんな呼び方すんなよ・・・泣けてきちゃうから・・・・{涙}」

(いえ、いえ、あなた、もうすでにぐしゃぐしゃですから・・・(笑))

それからは娘2人で彼をからかって「パパ」の顔の周りで

「パパ」を大連呼!!!


こうして、私達はとうとう最後の壁を乗り越えたのです。

私一人では乗り越えられなかった壁を娘が突き破ってくれたのです。

私たち家族は今でもこの日を「家族になった日」と命名して

結婚記念日より大事にしているのです。

これが私と彼が結ばれるまでの記録です。

この後もまだまだ人生って物語みたいにハッピーエンドのままじゃないけど

嫌な日も辛い日もあるけど、やっぱり私達はどの家族より

幸せだと自負しています。


これで、だいたい「私」って人間がわかってもらえたカナ?!

「私」の物語はコレで終わるけど、これからもいろいろ書いていきますね。

聴きたい事とか、話してみたい事あったら、なんでも書き込んでください。

私なりの意見を書いていきます。

             じゃ。また。。。  
Posted by sdiusr043 at 03:31コメント(7)トラックバック(1)