5月場所の優勝者は若隆景でその勝利数は12勝だった。これで昨年11月場所から4場所連続で優勝者の勝利数は12勝だ。混戦になることが多い近年の大相撲。12勝での優勝は最早珍しいものではないとも言えるのだが、12勝での優勝について掘り下げてみよう。なお今回は1場所での勝利数がテーマの内容のため、1場所15日制が定着した昭和24年5月場所以降のデータで算出している。
■優勝者の勝利数の比率
優勝者の勝利数で最も多いのが14勝で次いで13勝。これだけで約7割を占める。ものすごくざっぱに言ってしまえば年6場所あれば、全勝が1回、14勝と13勝が2回ずつ、そして12勝が1回。この程度が80年弱の歴史からいえる比率と言って良いのだろう。11勝での優勝も過去4回あるが、比率にして1%弱であることを鑑みれば、起こらないことはないと言ってよいレベルだろう。

■2場所以上連続12勝以下は過去13回
現在4場所連続で12勝での優勝が起こっているが、昭和24年5月以降、2場所連続で優勝者が12勝以下だったのは13回発生している。その一覧が以下の通りとなる。そして4場所連続となると史上初だ。単純計算で12.5%なので1/8の確率で発生すると考えると、8の4乗分の1。すなわち1/4096の確率で起こる計算になるのだから、相当珍しいものともいえるのかもしれない。とはいえ、確率だけでいえば、2場所連続でも1/64。77年の歴史で見ているのだから、1回は起こっている確率計算にはなるが、これだけ発生しているのは、大相撲は歴史上、何度も「混戦期」があるから。そういう時代もあるという見方はできるのだろう。だが、この13回のうち7回は令和の時代に発生しているのだ。

■12勝優勝発生比率
直近18場所(年6場所定着3年経過の昭和36年以前は「3年」でないことはご留意頂きたい)での12勝発生比率を見ていくと、昭和40年代後半と平成10年代前半が高くなっているのがわかる。そして令和期に入りその比率が一気に高まってきた。ここ最近は50%程度で「高止まり」の傾向が見えてきたともいえる状況ではあるのかもしれない。昭和40年代後半は玉の海逝去のあとの混戦期があり輪島、北の湖の台頭でそれが落ち着き、平成10年代前半も若貴曙武蔵丸といたっところがしのぎを削った時代だ。とはいえ、それでも最大で30%を超えてくる程度。3場所に1場所程度の比率で収まってはいた。それが現代は2場所に1回は12勝での優勝になっていることがはっきりと見て取れる。

■個人別の優勝時勝利数
昭和24年5月以降で2回以上優勝を果たした力士の12勝以下優勝比率順で並べてみると以下の通りになる。

優勝2回とはいえ、若隆景、豊昇龍、安青錦と現役力士が並ぶのが興味深い。もちろん、現役力士なので今後13勝以上での優勝を果たす可能性は当然あるのだが、少なくとも現時点では優勝場所はすべて12勝であることがわかる。霧島が優勝3回中2回、12勝での優勝だ。そして近年の力士という点では10回の優勝を果たした照ノ富士は半分に当たる5回が12勝での優勝だ。これはまさに「令和の時代の優勝の仕方」と言えるのかもしれない。昨年までは圧倒的な強さを見せていた大の里も5回中2回が12勝での優勝だ。それがもう少し前の時代になれば、なんと白鵬は45回中12勝での優勝は1回だけ。朝青龍に至っては12勝での優勝がないのだ。白鵬は「平成時代後半の力士」といって良いのだろうが、平成の時代ですら、まだ12勝という数字は優勝できることもある程度数字だったと言えるのかもしれない。
■1強時代にならない現代
時折12勝での優勝を「レベルの低い優勝」と表現する人がいるが、私自身はこの言い方は不適切だとは思っている。全勝が出ても次点が11勝、12勝ともなれば、1人突き抜けてはいるがそれに追随できている力士がいないともいえるわけで、全体でいえばむしろこの状況のほうが「レベルが低い」とも言えそうだし、多くの役力士がお互いの直接対戦で星を落としあうことで混戦になった結果優勝者が12勝に落ち着いたケースもあろう。これをレベルが低いとは言いたくはない。それはさておきとしても、突き抜けた力士がいないということに差し支えはないだろう。1人、2人の力士が突き抜け、独走状態になるのか、マッチレースになるのか。それとも多くの力士が優勝争いに絡む混戦になる場所のどちらが良いのかというのは単純に見ている人の好みにはなるのだろうが、近年は12勝を挙げれば優勝の可能性が出てくる時代ということははっきりと言える時代で、それが現代の大相撲と言うことになるのだろう。とはいえ、やはり横綱がしっかりと結果を残せば、3敗での物足りなさと言うのは生じるはず。歴史的にも12勝での優勝が多く続いた時代はなかった。だからこそ、やはり優勝者には最低13勝。これは求めていきたいところともいえるのではないだろうか。
■優勝者の勝利数の比率
優勝者の勝利数で最も多いのが14勝で次いで13勝。これだけで約7割を占める。ものすごくざっぱに言ってしまえば年6場所あれば、全勝が1回、14勝と13勝が2回ずつ、そして12勝が1回。この程度が80年弱の歴史からいえる比率と言って良いのだろう。11勝での優勝も過去4回あるが、比率にして1%弱であることを鑑みれば、起こらないことはないと言ってよいレベルだろう。

■2場所以上連続12勝以下は過去13回
現在4場所連続で12勝での優勝が起こっているが、昭和24年5月以降、2場所連続で優勝者が12勝以下だったのは13回発生している。その一覧が以下の通りとなる。そして4場所連続となると史上初だ。単純計算で12.5%なので1/8の確率で発生すると考えると、8の4乗分の1。すなわち1/4096の確率で起こる計算になるのだから、相当珍しいものともいえるのかもしれない。とはいえ、確率だけでいえば、2場所連続でも1/64。77年の歴史で見ているのだから、1回は起こっている確率計算にはなるが、これだけ発生しているのは、大相撲は歴史上、何度も「混戦期」があるから。そういう時代もあるという見方はできるのだろう。だが、この13回のうち7回は令和の時代に発生しているのだ。

■12勝優勝発生比率
直近18場所(年6場所定着3年経過の昭和36年以前は「3年」でないことはご留意頂きたい)での12勝発生比率を見ていくと、昭和40年代後半と平成10年代前半が高くなっているのがわかる。そして令和期に入りその比率が一気に高まってきた。ここ最近は50%程度で「高止まり」の傾向が見えてきたともいえる状況ではあるのかもしれない。昭和40年代後半は玉の海逝去のあとの混戦期があり輪島、北の湖の台頭でそれが落ち着き、平成10年代前半も若貴曙武蔵丸といたっところがしのぎを削った時代だ。とはいえ、それでも最大で30%を超えてくる程度。3場所に1場所程度の比率で収まってはいた。それが現代は2場所に1回は12勝での優勝になっていることがはっきりと見て取れる。

■個人別の優勝時勝利数
昭和24年5月以降で2回以上優勝を果たした力士の12勝以下優勝比率順で並べてみると以下の通りになる。

優勝2回とはいえ、若隆景、豊昇龍、安青錦と現役力士が並ぶのが興味深い。もちろん、現役力士なので今後13勝以上での優勝を果たす可能性は当然あるのだが、少なくとも現時点では優勝場所はすべて12勝であることがわかる。霧島が優勝3回中2回、12勝での優勝だ。そして近年の力士という点では10回の優勝を果たした照ノ富士は半分に当たる5回が12勝での優勝だ。これはまさに「令和の時代の優勝の仕方」と言えるのかもしれない。昨年までは圧倒的な強さを見せていた大の里も5回中2回が12勝での優勝だ。それがもう少し前の時代になれば、なんと白鵬は45回中12勝での優勝は1回だけ。朝青龍に至っては12勝での優勝がないのだ。白鵬は「平成時代後半の力士」といって良いのだろうが、平成の時代ですら、まだ12勝という数字は優勝できることもある程度数字だったと言えるのかもしれない。
■1強時代にならない現代
時折12勝での優勝を「レベルの低い優勝」と表現する人がいるが、私自身はこの言い方は不適切だとは思っている。全勝が出ても次点が11勝、12勝ともなれば、1人突き抜けてはいるがそれに追随できている力士がいないともいえるわけで、全体でいえばむしろこの状況のほうが「レベルが低い」とも言えそうだし、多くの役力士がお互いの直接対戦で星を落としあうことで混戦になった結果優勝者が12勝に落ち着いたケースもあろう。これをレベルが低いとは言いたくはない。それはさておきとしても、突き抜けた力士がいないということに差し支えはないだろう。1人、2人の力士が突き抜け、独走状態になるのか、マッチレースになるのか。それとも多くの力士が優勝争いに絡む混戦になる場所のどちらが良いのかというのは単純に見ている人の好みにはなるのだろうが、近年は12勝を挙げれば優勝の可能性が出てくる時代ということははっきりと言える時代で、それが現代の大相撲と言うことになるのだろう。とはいえ、やはり横綱がしっかりと結果を残せば、3敗での物足りなさと言うのは生じるはず。歴史的にも12勝での優勝が多く続いた時代はなかった。だからこそ、やはり優勝者には最低13勝。これは求めていきたいところともいえるのではないだろうか。