大相撲データアナリストの大相撲日記

大相撲のデータ分析を中心に大相撲についていろいろと語ってまいります。

【今後のスケジュール】
★第13回トークライブは12月7日に東京開催。テーマは「データで振り返る2019年」。数字で2019年の大相撲を振り返ります!

2017年08月

幕内年間最多勝争い。
だいたいこれが話題になりだすのは11月場所であるが、今年ここまで4場所、誰が幕内年間最多勝に近いのか。

4横綱は全員1回以上休場をしている。
単純に、白星の数だけで決まるものだから、休場があると「不利」だ。

それでは早速だが、今年の幕内最多勝争い、どうなっているか見てみよう。
年間最多勝1
※1月から9月場所すべて幕内に在位している力士の成績

現時点での1位は高安で43勝。この数字は6場所換算すると64.5勝ということになる。
次いで白鵬が高安より1勝少ない42勝。休場がある中、この位置にいる白鵬さすが、といったところだ。

白鵬が9月場所、11月場所と皆勤すれば、白鵬が高安を抜く可能性が高いだろうということは容易に想像がつく。

だが、こんな記事も出ている。
 白鵬 秋場所出場に慎重「師匠と相談して決める」(スポニチアネックス)
白鵬が9月場所に出場しないとなると、その最多勝争いはさらに混沌とする。

高安が年間64.5勝ペースではあるが、序盤3場所は「大関とり」となった場所で当然成績は良い。そして7月場所は9勝だった。大関挑戦をしていた関脇時代の成績を残せないと、64勝以下というケースもみられる。そこで白鵬が休場ともなれば、年間最多勝はかなり低い数字になるのではないだろうか。

70勝到達となると、高安があと27勝、白鵬が28勝。高安が残り2場所で27勝もするようなら、もう綱とりみたいな成績になるし、白鵬ですら、2場所で2敗ともなると相当にハードルが高い。おそらく今年は60勝台で決着がつく可能性が高いのではないだろうか。

それでは過去の年間最多勝者の勝利数を見ていく。(2011年のみ5場所だったため6場所換算値)
年間最多勝2

平均値は73.7勝。1場所平均12.3勝となる。
少なくとも、高安が残り2場所全勝としたとしても73勝。わずかにこの数字には届かないということになる。

では最低値はどうなのだろうかとみていくと、平成4年の貴花田で60勝である。
高安が60勝に届かせるためには、あと17勝が必要。白鵬は18勝。さすがに白鵬が残り2場所皆勤して12敗もするとは到底思えないが、高安が17勝未満、すなわち8勝を2回以下、というのは考えたくはないが「あり得ない数字」ではない。

3位の御嶽海が4場所で37勝だ。御嶽海が60勝に乗せるためには、あと23勝が必要。
変な言い方だが、御嶽海が九州場所後に大関に昇進できないようなら、御嶽海は60勝に届いていないと言い換えることもできそうだ。日馬富士は60勝に到達させるために必要な数字は24勝。1場所12勝平均。日馬富士ならクリアできなくはない数字だろうが、最近の日馬富士からすれば簡単ではない数字でもある。

さすがに、年間最多勝の最低勝利数を更新するとは思いたくない。
なにせ、貴花田の60勝の年は、横綱不在の「大相撲戦国時代」とまで言われた年だ。
今年も4横綱時代が到来したとはいえ、誰かしら横綱が休場しているような年。混戦の時代ともいえるし、それは、年間最多勝が60勝台になる可能性が極めて高いことからも、言えることだろう。

だが、高安が不調に陥り、白鵬が休場するようなら。
年間最多勝が過去最低だった60勝をも下回る可能性も残しているといえそうだ。

白鵬が皆勤すれば白鵬が年間最多勝、それも10回目という前人未到の記録をまた打ち立てる可能性は高いとは思うが、もし白鵬が9月場所休場するようなら。それは高安にとっても、年間最多勝を狙えるチャンスとも言い換えられるだろう。

今年の年間最多勝が誰になるか。
9月場所から、年間最多勝争いにも注目だ。


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東小結、玉鷲。
多くの予想屋さんの予想通りとなった。

これについて、私個人の私製番付、予想という意味では大惨敗ということになるのだが、こういう番付はそれで構わないと思うし、決して玉鷲を平幕に落とすべきというのを強く主張したいわけでもないので、これが番付というものなんだろうと消化できる範囲だ。

番付は審判部が決めるもの。
時代によってその編成基準的なものには微妙な変化がある。

例えば今場所の新番付、当然のごとく(?)、関脇・小結が2名になっているが、規則上、関脇・小結が3名以上いたって問題ないし、そういう場所もある。3名以上の関脇・小結がいるのが当たり前のようになっていた、平成初期の番付編成であったら、栃ノ心は間違いなく三役に戻っていただろう。碧山も戻っていたのではないか、という想像はできる。

その地位に相応しい結果を残したという判断をするのであれば、関脇・小結が何人いたってかまわない。
審判部がそういう指針を示しているのであれば、それはそれで構わないだろう。良いとか悪いという話ではないと思うが、現状は2関脇2小結に固執しているともいえる。

だが、時には検討する価値はあるのではないかとも思う。

9月場所の予想番付、インターネット上で28名の方の予想を拝見させてもらったが、小結を3名以上と予想した方が2名ほどいらっしゃった。その2名の予想番付は以下の通りだった。
予想

近年はよほどでないと関脇・小結を3名以上にしていることはない。
その観点からすれば、予想としてはどうなんだろうという思いはあるが、こういう予想をしたくなる気持ちはわかる。
簡単に言ってしまえば、三役に上がれない栃ノ心、かなり不遇だ。

新番付でいえば、栃煌山が栃ノ心を追い越し小結に返り咲いたが、栃ノ心は上位フル対戦、栃煌山は大関以上は高安戦のみ、碧山は三役以上は小結の嘉風戦のみ。これを考えれば、むしろ栃煌山を筆頭に据え置いて栃ノ心をあげるべきではないか、という意見もある。

私が毎場所作成している「幕内力士偏差値」で見てみると、それは以下のようになっている。
201707
これに当てはめると、関脇は栃ノ心でもいいくらいである。

この偏差値は明治42年6月場所のものからすべて作成しているが、だいたい三役昇進に相応しい数字になるのが「偏差値60」だ。この数字で番付を作れなどという気は毛頭ないが、仮にも「偏差値60」を昇進条件とすれば(逆に言えば負け越して60未満であれば陥落対象とする)、北勝富士も昇進に相応しい結果を残したといえ、玉鷲は「陥落対象」になるのだ。琴奨菊はぎりぎり60を保ったが、小結で負け越した故、陥落といったところか。

また数字を見ていくと、栃ノ心の9勝、栃煌山の12勝、碧山の13勝は「同等の内容」とも言える数字になっており、やはりこの3者をどう並べるかというのは難題であったことも見て取れる。

では、そもそも関脇・小結というのはどういう地位なのだろうか。
なかなか定義づけは難しいだろう。
やろうと思えば関脇を「すべての上位と対戦が組まれた地位で勝ち越しを収められる成績を残した力士」とか、小結を「上位と対戦するに値する成績を残した力士」なんて目安を作れないこともないのかもしれないが、これを必要十分条件にしてしまうと、またまたややこしくなるし、それこそ場所によっては5人も6人もの関脇やら小結が生まれる可能性がある。

先に記した、28名の予想屋さんたちの予想。3名以上の小結と予想した方は2名。26名は近年の編成に倣い、2関脇2小結に固執した。予想という観点では当然だろう。だが、小結が3名以上ということをしてくるのでは?(してほしいと願っての予想かも知れないが)という可能性を求めたのだ。

そこで昭和33年以降の関脇と小結の人数について見てみた。
関脇・小結
グラフの最低値を2にしているため、上に伸びているところが3名以上いた場所ということになる。
3関脇は近年でも見られるが、これは、関脇2名が勝ち越した場所でカド番大関が負け越したとなれば、必然的に関脇は3名になるし、大関昇進との兼ね合いもあるのか(おそらく小結からの関脇飛ばしでの大関昇進を避ける意図と思うが)小結の11勝以上は無条件で関脇に昇進させているため、3関脇は近年でも珍しいものではない。

だが、3名以上の小結となると、平成2桁期でもかなり少ない。
関脇は勝ち越しただけでは大関に上がれない上に、大関からの陥落者がいたりすることもある。
また小結での大勝は関脇に上げないわけにはいかない。
こういう事情を鑑みれば、関脇が3人以上になるケースは簡単に想定できよう。

では3名以上の小結はどうだろうか。
直近で小結が3名以上になったのは平成18年11月場所のことである。この前の9月場所の上位は以下のような成績だった。もう10年も前のことになる。それだけ3名以上の小結の場所はなかった。言い換えれば、2小結を貫き通したともいえる。
4小結1
関脇・小結は全員勝ち越し。そして筆頭の露鵬が10勝、3枚目の安美錦も11勝だ。
5枚目10勝の岩木山、6枚目11勝の安馬。ここまでは「三役に上がることに違和感を感じない」成績だ。

さすがに、東西の筆頭が露鵬と安美錦、2枚目に安馬と岩木山。
ここまでの番付は作れなかったのだろう。3枚目11勝の安美錦を三役に上げられないのですらどうかと思うし、ましてや西筆頭の10勝を東に回すだけというのも「不可解」に近いレベルだろう。

だが、2小結に固執するのであれば、露鵬を東筆頭、安美錦を西筆頭、こんな番付でも「整合性」は保たれるわけなので、やはり2小結は絶対ではないとも言える。

その前に3名以上の小結となったのは平成12年5月場所。その前の3月場所の成績は以下の通りだ。
4小結2
この場所も関脇・小結が全員勝ち越し。武双山は大関に昇進したが、それでも2関脇2小結が残り、平幕上位は軒並み負け越し。栃乃洋が6枚目9勝で東筆頭に上がったことを考えれば、2関脇2小結でも問題なかったといえる。だが、平幕14枚目の貴闘力が13勝2敗での優勝。11点勝ち越しととらえれば三役に上がれる成績ではないとも言えるのだが、優勝のボーナスだったのか、「3人目の小結」として三役に昇進した。

これについては、平成24年5月にやはり平幕優勝をした旭天鵬が平幕筆頭どまりだったことを考えると、優勝ボーナス的な三役昇進は「なくなった」と言えそうだ。ちなみに平成24年5月場所の成績は以下の通りだ。
4小結3

この星取を見ると、予想番付を作るというのは、なかなか難儀だろう。
ちなみにこの場所の予想番付だが、私は以下のようなものを作っていた。
4小結4

当時の思考がどうなっていたかわからないところはあるが、おそらく旭天鵬を三役に上げたのは貴闘力の事例があったからだろう。だが、やはり3小結にすることは予想しておらず、東2枚目9勝の妙義龍を筆頭に据え置いていた。これが5年前のことになるわけだが、この時に今場所の思考で予想番付を作成していたら、豊ノ島を平幕に落とし、妙義龍を小結としていたのかもしれない。ちなみに、関脇の7勝で平幕に陥落したのは平成4年11月の安芸乃島が直近だ。

やはり、同じ人間が作成していても、5年間でこの思考の違いが生じるのだ。
「関脇の7勝は小結」というのに固執する、「2小結に固執する」となると、やはりそれが10年程度は続いているとも言えるのか。

それとも、絶対に三役に上げないといけないラインというのがあるのか。
それを見ていくと、東筆頭の勝ち越しで三役に上がれなかったのは、昭和44年7月の龍虎が最後だが、西筆頭だと、比較的つい最近、平成27年5月に西筆頭の栃ノ心が9勝で東に回っただけだった。
平成18年11月の琴奨菊は東2枚目の10勝で東筆頭に上がっただけだった。

やはり、2000年代以降、かなり2関脇2小結に固執し、関脇の7勝で平幕に落とさないという編成をしていると言えよう。
いくら頑張っても、自力で他者に付けられる黒星は1つだけだ。

相手がより多く、勝ってしまえばやむを得ないのかもしれない。
番付も簡単に上がりづらい編成になっていると言い切ってよいとは思う。
だが、勝ち続けていけば上がるのが番付でもある。それはシビアなことかもしれないが、平成18年11月場所のような事例だってある。

勝てば上がる。これは偽りないだろう。

栃ノ心であれ碧山であれ、三役に上がれなかったのは不遇かとは思う。
だが、来場所しっかりと勝利をおさめ、三役をつかみ取ってほしいと思う。

2席しかないといって過言ではない、小結をつかみ取れ。


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早いものでとなんというか、比が変わって今日は9月場所の番付発表だ。
この記事を書いている今が午前3時少し前。番付発表まであと3時間ほどだ。
おそらく、この記事を読まれる方の大部分は午前6時の番付発表後ということになるだろうが、番付発表前に一つ、9月場所番付の(個人的)最大焦点について考えてみることにする。

場所が終わると、場所後のルーチンワーク的に予想番付を作成しているが、自分の予想とどれだけずれがあるか。
審判部がどういう発想で新番付を作成したのか、こんなところを「想像してみる」というのも、番付発表の楽しみの一つだ。

予想番付作成は「当たらないから面白い」と昔から言い続けており、近年では逆に予想番付がすべて当たるようであれば、それはもう審判部のプロの眼というのが勘案されなくなってきており、実際師匠・部屋の力学で成績だけでは判断できない何かもあるだろう、そしてそこに一般ファンが番付を予想するところ限界がある、とも思っている。また、「予想番付」を作成する上で、師匠・部屋の力学、こんなところまで想像して予想番付を作りたくはない、という思いもあり、現実的には「予想」番付ではあるのだが、「自分としてはこういう番付になってほしい」という願いも込めて、「私製番付」とこの記事内では書かせていただいている。

中には「予想番付」がどれだけ高い精度になっているか、点数化をし、その点数を競うような「ゲーム」もあるようだが、「ゲーム」としては面白いのかもしれないが、仮にも「予想を競う」のであれば、私自身は9月場所の番付でいえば、「いくら40人、予想と実際が一致していても、玉鷲の地位が一致していないようであれば予想としては不合格」。逆に言えば、ほかで大きなずれがあったとしても、「玉鷲の地位を根拠をもってぴったりあてられれば、予想としては合格」とも思っている。

それくらい、私にとって、「9月場所の玉鷲の地位はどうなっているか」というのは興味深いところだ。

では、7月場所の幕内の成績を振り返ってみよう。
201707幕内

大相撲ファンの方であれば、たとえ予想番付を作成したことがなくとも、すごくおおざっぱに言えば
 ・勝ち越せば番付は上がる/負け越せば番付は下がる
 ・1点勝ち越し1枚上昇/1点負け越し1枚降下
ということは知られているところではないだろうか。

そこで、これに則って考えてみることにする。
大関以上についてはこの目安とは異なってくるため、関脇以下について見ていく。

関脇で勝ち越した御嶽海は来場所も関脇だろう。
そして関脇で負け越した玉鷲は関脇の座を明け渡すことになる。

小結で嘉風が9勝している。嘉風は目安でいえば「プラス3」だ。
嘉風より下の地位で嘉風より多くの勝ち星を挙げた力士は、栃煌山が「プラス9」、阿武咲が「プラス5」、碧山が「プラス11」。これを番付と照らし合わせていくと、「栃煌山>嘉風=碧山>阿武咲」ということになる。
ここに、ほかの勝ち越し力士(栃ノ心・北勝富士)も加えていくと、「栃煌山>嘉風=碧山>栃ノ心>北勝富士=阿武咲」という並び順になる。

ここに負け越し組を加えてみる。
玉鷲は「マイナス1」、琴奨菊「マイナス1」。あとは平幕での「マイナス3」以下なので、玉鷲と琴奨菊のみを加えてみるとその序列は「栃煌山>嘉風=碧山>栃ノ心>玉鷲>北勝富士=阿武咲=琴奨菊」ということになる。

関脇で勝ち越した御嶽海の9月場所は東関脇と考えて良いだろう。
そのままこの序列を当てはめ、イコールになる力士は勝ち星の多いほうが上とすると、
予想1
上記のような番付が作成されることになる。

地位と星数から相対的に作られた結果なので、これでいいという考え方があれば、これはこれで番付として「成立」しているとも思う。だが、大部分の方が「違和感を感じる」のではないだろうか。

ぱっと見で違和感を感じるところは、「嘉風は小結のままで、栃煌山が平幕から一気に嘉風を追い越して関脇に上がるの?」というところと、「玉鷲は平幕に落ちるの?」というところではないだろうか。

北勝富士も西から東に上がっただけとか、2枚目で9勝した栃ノ心が三役に上がれない。こんな細かいところまで見てみたら、やはり「違和感」だろう。

ちなみに私が作成した私製番付は以下の通りだ。
予想2
※詳細については■250 平成29年月場所私製番付(幕下5枚目まで)

「相対的評価」でいえば、栃煌山>嘉風である。だが、勝ち越した東小結の嘉風が関脇のポストが1つ空いたのに「上がらない」というのは不自然だろう。「勝ち越したら上がる」という原則からすれば、相対的評価値もあるが、「嘉風は少なからず上がる」ということにもなるのだから、西関脇が嘉風、そしてそのすぐ下に栃煌山が来る。妥当かも知れない。

だが、ここで気になるのが玉鷲の存在だ。
「原則」とまで言わないが、「関脇の7勝の翌場所は小結」と言われる。もちろん、関脇に残った例もあれば、平幕まで落ちた例もある。

では、7月場所の玉鷲と同じ「東関脇の7勝」の翌場所はどうなっているのだろうか。
予想3

昭和33年以降、東関脇の7勝は過去38例(玉鷲が39例目)。そのうちの31例が翌場所は小結に在位している。他社の成績はいろいろある中で、31例が小結。そう考えると、ある程度「小結ありき」で編成されているのではないかと想像もすることができる。逆に平幕まで陥落したのは2例。では、この2例、どんな場所だったのだろうか。

ちなみに貴花田初優勝の平成4年1月場所と昭和45年3月場所だ。
予想4

平成4年1月場所は小結2名が勝ち越した上に、平幕上位に好成績者が多いという事情が大きかったともいえそうだ。
東筆頭で勝ち越した水戸泉を小結に上げないといけないというものあったのだろう。ただ当時は関脇・小結3名以上在位することも珍しくない時代ではあったものの、それでもそろって7勝8敗だった関脇の2名を「三役にも留められなかった」とも言えるのだろう。ちなみに、この場所の貴闘力の2枚目まで陥落というのは、関脇の7勝では唯一、平幕2枚目以下に番付を落とした力士となっている。

昭和45年3月場所は、そもそも関脇が4人いた、というのも要素としてあろうか。関脇4名のうち2名が勝ち越しているため、この2名は「関脇」に座るのは妥当だろうし、小結も1名が勝ち越し。そして西4枚目の陸奥嵐が11勝。陸奥嵐が東関脇で7勝だった栃東を平幕まで落とし、小結昇進を果たしている。

今場所でいえば、陸奥嵐よりは1枚下ではあるが、1つ多い12勝を挙げた栃煌山との比較と考えれば、この場所の編成と同様で見るのであれば、玉鷲が平幕に落ちる可能性というのはありそうだ。とはいえ、昭和45年、今から47年前の例を持ってきて、こういう事例もあるというのを主張するのにも無理がありそうだ。

では、「三役に上がれる星を残した平幕がいながらも、関脇の7勝で小結にとどまった力士がいたケース」はどの程度あったのだろうか。それを見ていると以下のようになる(平成年間)。
予想5

関脇と小結を1枚差、小結と平幕筆頭を1枚差と考えると、東関脇の7勝は「東小結」が定位置となる。
その中で、これよりも上の成績を残した力士も、栃乃和歌・安芸乃島・闘牙・豊ノ島・旭天鵬といる。
豊ノ島は優勝決定戦進出での14勝、旭天鵬は優勝しての12勝だったが、それでも平幕筆頭に据え置かれた。
こう見ると、やはり「小結」にとどめることが優先されている、とも見えなくはなさそうだ。

だが、今場所の比較対象は、東8枚目13勝の碧山だったり、東2枚目9勝の栃ノ心だろう。
闘牙の例があるとみると、やはり「玉鷲は小結にとどまっているのか」。

では、予想屋さんたちは、どう見ているのだろうか。
インターネット等で探せた範囲で調べてみたところ、28名の「予想番付」を確認できた。
その結果は以下の通りだ。
予想6

なんと、大部分が「東小結」と予想している。
以外に「西小結」が少ないともいえるが、これは予想屋さんたちの発想が「東関脇の7勝だから、東小結ありき」という発想になっているのだろう。玉鷲を西小結と予想している方は皆、東小結に栃煌山を置いており、東小結予想の方の大部分は西小結に栃煌山を置いているため、言い方を変えると「栃煌山の小結」というのは、予想値としては、玉鷲より「優勢」なのだろう。

それは相対的評価での栃煌山と玉鷲の星勘定から考えれば明らかだ。
だが、小結を栃煌山と玉鷲とし、どちらが東かと問われた場合、「玉鷲が優勢」と考える方が多いということだろう。それはやはり、栃煌山との相対評価で考えておらず、玉鷲はそのまま1枚降下、という発想になるからなのだろう。

ちなみに私の予想はこれよりも下の「西筆頭」である。
作成してかなり「厳しい評価」を下しているのは自覚しており、ここまで下げるかな?というのもあったが、私がここで考えたのは「北勝富士とのバランス」だった。

玉鷲を東筆頭に置くと、西筆頭は栃ノ心になる(前提として「碧山>栃ノ心」の評価があるため、小結は「碧山と玉鷲」の比較であり、「栃ノ心と玉鷲」の比較にはならない)。その場合、西2枚目の北勝富士は東2枚目以上にしないといけなく、東2枚目9勝の栃ノ心と西2枚目8勝の北勝富士に差をつけるという意味で、ここに「玉鷲を挟み込む」のが妥当と考えたが故だ。

私なりに根拠があっての玉鷲西筆頭だが、西筆頭まで玉鷲を「落とした」のは私だけだった。
はっきり言うと、インターネットで確認できた中では、私が最も玉鷲に厳しい評価をくだした予想番付の作成者だ。
予想というよりも、私なりのあるべき番付という考えではあるが。

ちなみに、玉鷲を東筆頭と予想された方の西小結は全員栃ノ心だった。
私が確認した中では、西小結碧山、東筆頭玉鷲、西筆頭栃ノ心、というパターンはなかった。
やはり、北勝富士とのバランスをとった結果ゆえなのだろうか。

また、碧山を三役に上げないという予想をされた方には、過去の豊ノ島や旭天鵬の事例があったのかもしれないし、上位対戦がなかったという点をマイナス評価。上位フル対戦だった栃ノ心をプラス評価としたのではないかと想像はできる。

どの予想もそれなりに、肯定できる点とできない点があるとは言えそうだ。
それだけ、9月場所の小結から平幕2枚目あたりの予想は難しいといえるのだろう。

個人的には私自身が作成した私製番付が一番「理にかなっている」「バランスが取れている」と思っているのだが、あるべき番付は2時間後にわかる番付だ。玉鷲が小結だろうと、下手をしたら2枚目まで落ちていても違和感は感じない。

どういう番付が出てくるのだろうか。
あと2時間。まだ寝られなさそうだ。


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ここ最近、千代の山という力士。いや、千代の山から九重親方として、亡くなるまでの、1人の生きざまか。
この千代の山が気になってしょうがない。千代の山について気になりだしたのには当然理由がある。

7月31日にテレビ朝日系で「力士・親方70人&ファン1万人がガチで投票!大相撲総選挙」という番組が放送されたのだが、この中でランキングとして紹介されたのは上位30名。年齢・性別もばらばらの「今の時代のファン」に投票してもらっているわけだから、「歴史的な名力士と現在の力士がまじりあってできる順位」、「数年後に同じことを行ったら結果はまた変わるものだろう」という感想を抱いたが、順位については、今の時代問うたら、「まぁ、こうなるよな」というのが率直な感想だった。

この時の感想は■262 総選挙からだけでは見えないもので記しており、これを記した際には、この番組を見ていなかったのだが、その後、録画でこの番組自体は拝見した。番組については、youtubeで検索すれば出てくるので、見てみる価値はあろうかと思う。

さて、今日の本題だが、この総選挙でつけられた順位。大方、大きな違和感はないし、先ほども記したように「まぁ、こうなるよな」といったのが本音であった。だが、1人だけ意外な力士がいた。

それは「14位千代の山」である。
もちろん、横綱まで上り詰めた力士であり、その実績も立派だ。
だが、ざっぱに言えば昭和20年代の力士である。生年月日でいえば、栃若の間に挟まる力士だ。

栃若は横綱昇進がどちらも29歳ということで、当時としてはかなり遅咲きの部類に入るのだろうし、千代の山は25歳で横綱になっているため、千代の山が引退して「栃若時代」になった、と言えなくもないのだが、いずれにせよその時代の力士である。

引退が昭和34年1月。リアルタイムで見ている世代となると、最も若くて団塊の世代といったところだろう。

この大相撲総選挙。栃若もそろって30位以内にランキングされているのだが、千代の山が14位に入ったこと以上に驚かされたのが、投票者の年齢・性別のグラフだ。

まずは栃錦を見てみよう。
栃錦
栃錦2

栃錦を支持した層は、男女問わず、ほぼほぼ60台以上と言える。
栃若時代が一番輝いていたのは昭和30年代前半。団塊の世代が70歳に近づいてきたことを考えれば、妥当も妥当な支持層だろう。

栃錦は理事長職も長く、両国国技館建設に尽力という功績もあるが、両国国技館建立が昭和60年、栃錦も平成2年に鬼籍に入ったことを考えれば、若い層からすれば、もう伝え聞くレベルでしかない力士だろう。

そして初代若乃花。
初代若乃花は、貴ノ花の兄、若貴兄弟の叔父ということで、若年層からすれば、栃錦よりは知名度がありそうではあるが、それでも、グラフにすると以下の通りだ。
若乃花
若乃花2

50代以下では栃錦よりも女性支持を受けているが、それでも大部分は60代以上。
このグラフを見て、なんら違和感は感じないだろう。

だが、千代の山はどうだろう。
千代の山のグラフを見てみることにする。
千代の山1
千代の山2

60代以上男性が多いことは理解できる。だが、「30代女性に圧倒的な支持」を受けているのだ。
このグラフを見る限り、女性で千代の山を最も支持した年齢層は30代だ。

ちょっと言い方を変えると、「昭和50年代生まれの女性に多くの支持を得ている」とも言い換えられるかもしれない。
そして20代女性、40代女性の支持も多く、50代女性の支持は逆に少ない。
そして男性で千代の山を支持しているのは、20代と60代以上だ。

いったいこれはどういうことだろうか。
はっきり言って、まるで分らない。

現在41歳、観戦歴30年の私が千代の山に持つイメージはこんな感じだ。
 ・当時としては長身の突き押し力士
 ・横綱返上を申し出た横綱
 ・分家許さずの出羽一門から破門されてまで北の冨士らを連れて独立した親方
 ・千代の富士をスカウトした千代の富士の師匠

ほぼほぼこれに集約される。

力士としての印象はそこまでない。記録に関心がある私からすれば、確かに、それ以外に新入幕で全勝(当時は番付上位者が優勝だったので決定戦にもならず優勝を逃した)なんていう凄い記録の持ち主だったりもするが、どこまで知られている記録かといえば、すごく知名度がある記録とも思えず、これが千代の山の人気要素になるとは思えない。

もう、このチャートが間違っている、集計がおかしいのではないか、とすら思えてくるくらいの、私からすれば、謎の若年女性支持なのだ。

「千代の富士」と「千代の山」を間違えた?
そんなわけなかろう。30代なら30代前半でもなければ、千代の富士はリアルタイムで見ている年齢層だろう。そして、そもそも千代の富士を間違えるなんていうことがなさそうだ。

番組で紹介されたチャートだったり、はたまた集計方法になんらかの間違いがあれば、元も子もないのだが、千代の山が大相撲史に、それも力士としても親方としても残る人物であったにせよ、今の時代、幅広い年齢層に選挙で問うたところで、14位にランキングされるだけの知名度があったのだろうか。

もちろん、千代の山が不足しているという気はない。
だが、何か「違和感」を覚えるのである。

千代の富士の一周忌を迎えた際、千代の富士引退直後に放送されたドラマ「千代の富士物語」がBSフジで再放送された。平成3年、4年ころに放送されたドラマの再放送であるが、それのインパクトが強かったのか、とも思えない。

このドラマ自体は、当時、中学生だった私はリアルタイムでしっかりとみていた。
宍戸開が千代の富士に似ていてびっくりしたこともあったりしたが、この時の印象がものすごく強いのか、千代の山の外見的印象はいまだに竜雷太演じた千代の山だったりもする。

どうでもいいが、北の冨士を演じたのは梅宮辰夫だったんですよね。これは当時でも何か違和感だったのですが。

竜雷太や梅宮辰夫はともかくとして、この総選挙のアンケートがいつ行われたのか、BSフジでの千代の富士物語の再放送のタイミングと時系列的にはどうだったのだのだろう、というのもあるが、だからといって、この番組が千代の山人気を一気に押し上げた、とも思えないのだ。

ーーー女性の千代の山人気はどこにあるのか。

千代の山の取組を動画で見てみた。
確かに、見てみると「頷ける」部分は多い。
ビジュアル的にも、筋骨隆々という表現があう横綱。女性受けもよさそうだ。

改めて千代の山という力士、いや、杉村昌治という1人の人間の一生を見たときに、ここに値するだけの人物だったことはわかる。だが、私ですら、総選挙を見て、突如気になりだした横綱だ。

だが、若い女性の支持を受ける、それを認知させる要素がどこかにあったのだろうか。
今の私にはわからない。いったい何だったのだろうか。

ただ一つ、はっきり言えることは、私にとって千代の山という力士、そして出羽海からの独立、千代の富士のスカウトから育成。北の冨士に九重を継がせるときの流れ。千代の山は1人の横綱でもあり、九重の歴史でもある。

北の冨士は千代の富士引退後に、九重を千代の富士に譲った。
この時北の冨士は「俺は九重を一時的に預かっただけ。九重は先代の弟子である千代の富士が継ぐのが筋」といって、あっさり部屋の師匠からは退いた。その後、千代の富士との不仲説(これは北の冨士・千代の富士ともに否定しているらしい)も噂され、八角部屋創設後は八角部屋の部屋付き親方として在籍していたが、これも北の冨士に言わせれば、「北勝海は俺の弟子。だから、弟弟子の千代の富士のサポートではなく、弟子の北勝海のサポートをする立場」というのも頷ける話である。

そういう意味では、九重部屋は、千代の山の弟子の千代の富士が継ぎ、その弟子の千代大海が継ぐ。これも当然のことなのだろう。

きな臭い話にもなってはいるが、その九重を立ち上げたのは、この千代の山なのである。
千代の山が破門を受け入れてまで独立し、その「独立組」の北の冨士が横綱になり、千代の山自身の愛弟子である千代の富士が横綱になり、北の冨士もまた横綱を育てた。こんな素晴らしい歴史を生んだ部屋の「創始者」であること。これは間違いなく評価されてしかるべきなのかもしれない。

だが、その素晴らしさは、どれだけ現代の人々に伝わっているのか。
単純に私の勉強不足なのか。

私自身は不思議と思ったが、若い女性に支持を受けた千代の山。
ここで千代の山に一票を投じた若い女性たちには、どんな千代の山像があるのだろうか。
これもまた興味深いところだ。


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7月場所中、鶴竜が休場したが、この際に師匠の井筒親方が鶴竜の進退について明言した。
「次の出場場所が進退をかける場所」ということだ。
この際、「時期」は明言していない。「次の出場場所」としか言っていないのだ。

現時点でも9月場所は出るとも出ないとも言っていない。
直感的には「おそらく休場だろうな」というのがあるが、それで構わないだろう。

井筒親方の判断も間違っていなかろう。少なくとも、この井筒親方のコメントに対する批判は聞かれない。

4横綱がいる現状で、稀勢の里は理事長からも横審からも実際に9月場所に出場するかどうかは別にしても、出場については「万全になるまで休んで構わない」といった「許可」を得ている。鶴竜についても井筒親方の判断に反対意見は聞かれない。

要するに鶴竜であれ、稀勢の里であれ、「出てくるときはしっかり結果を残しましょうね」ということだ。
さすがに横綱3場所の稀勢の里に対しては「進退」という話は出てこないが、横綱昇進から3年を超え、そこで残した実績からすれば「もうこれ以上、横綱としての結果を残せないようなら引退だよ」というのが示唆されたというに過ぎない。

いずれにせよ、言えることは「出るなら結果を残せ」ということだ。

確かに稀勢の里にも「同じ轍はもう踏めない」というのはあるだろうが、鶴竜の場合は、それが「引退」に直結する。
鶴竜の引退後の「人生プラン」をどう設計しているのかわからないが、少なくとも日本国籍を持っていない現状、鶴竜の引退は相撲協会からの「退職」をも意味する。

これについては、■225 鶴竜は引退できるのかという記事を7月場所中に書いているので、こちらも参照していただければ幸いだが、鶴竜が引退後も相撲協会に残りたいという意思があるのであれば、帰化手続から帰化承認までの時間を考えれば、「現役続行が許されるだけの成績」を残していかないと、すでに「タイムアウト」になってしまっているとも言えるかもしれない。

過去に貴乃花は7場所連続休場をした。
記憶があやふやな部分もあるが、貴乃花も最終的には「出場勧告」的なものを受けていたと思った。要するに「もういい加減、いつまでも休んでいるんじゃないよ。出てきてダメなら潔くやめなさい」という内容だ。

結果的に7場所連続休場のあとの出場場所は12勝3敗。それも千秋楽まで優勝を争い、千秋楽の横綱決戦で武蔵丸に敗れ優勝は逃したものの、横綱としての責任は果たせたといえた。だが、最終的にはこの場所が貴乃花の最後の皆勤場所となり、その翌場所は休場。そしてさらにその次の場所、場所途中、引退をした。

7場所連続休場、これはこの時すでに優勝22回を果たしていた貴乃花だからこそ許されたとも言えるかもしれない。
「休場が許される」ような状況であっても、限度というものはあるだろう。

そこで「3場所以上連続で休場した横綱(途中休場含む)」について見てみることにする。
黄色が復帰場所(皆勤)となり、水色が場所途中(あるいは場所前後)で引退した横綱である。
横綱の3場所連続休場

上記は昭和以降で調べてみた。昭和32年以前は年間6場所でないため、3場所連続休場といっても今とまた意味合いが違ってくるのだろうが、4場所以上ともなると、その数は一気に減っているのがわかる。

現在の年間6場所でいえば、3場所といえば「半年」に相当する。
このあたりが「待ってもらえる猶予期間」としては標準ともいえるのか。

そしていわゆる「復帰場所」の成績を見ていると、やはり引退の道を選んだ横綱もいれば、結果を残した横綱もいる。

また5場所以上連続となると、武蔵山・大鵬・北の湖・貴乃花・武蔵丸だ。
昭和戦前期の武蔵山を除けば、皆、優勝10回以上の横綱だ。武蔵丸も除けば、皆20回以上の大横綱。横綱としての十分な実績がそれをまた許した、とも言えるのかもしれない。武蔵丸も、自身が引退してしまえば、残る横綱は横綱になりたての朝青龍だけになる。そんな事情もあったのかもしれない。

鶴竜も稀勢の里も今のところ、「2場所連続休場中」ということになる。
稀勢の里は横綱になりたて故、「もう少し見てみよう」「待ってもいいだろう」というのがあるのだろうが、やはり鶴竜、「次の出場場所に進退をかける」は自然だし、9月場所の休場も致し方がないだろう、9月場所休場は「許されるのではないか」ともいえそうだ。

だったら、何も焦る必要はない。
本人が限界を感じての、自分の意志での引退なら、それは周りがとやかく言うことでもない。
無論、横綱という地位故、自身の意志だけで判断できない、たとえ自分の意志であったとしても、横綱という地位の性格を踏まえたうえでの結論ということにはなってしまうが、鶴竜が次の出場場所にどういう志で迎えるかだ。

休場すると相撲勘が鈍るとか、11月まで時間をかけたとしても9月と変わらない状態にしかならない。
こういう判断をするのであれば、9月場所に出場したってかまわないだろう。
だが、報道を見ている限り、今は照準を9月に無理に合わせる必要もなさそうな状況だ。

鶴竜が、もうどうにでもなれ。とりあえず出て負けたんなら辞めればいいや、なんていう乱暴な気持ちにでもなっているのなら、それは間違っているように思うし、進退をかけるといったコメントを師匠が出したからと言って、結果を出せば、続けることになんら差し支えないわけだし、それを望んでいるファンは多いだろう。

今の鶴竜にできることは何か。
鶴竜が目指すところは何か。

それは、どうやって11月にベストパフォーマンスを出せるかを考えて、そこから逆算して体を治す、作るということをしていけばいい。鶴竜はもちろん、それは稀勢の里しかりだが、9月に無理くり出場しないといけない事情はないはずだ。

横綱は常に勝利が求められる厳しい地位だ。
お客様に顔見せをする場以外でも、24時間365日横綱は横綱、とも言われる。
横綱から逃げ出すためには引退という手段しかない。それだけ厳しい地位だ。

だが、そんな横綱にだけ許された特権。
それが「いくら休んでも横綱」。番付が下がらない、という横綱という地位の特殊性だ。

横綱から大関への陥落があったらどれほど楽だろう。
弱くなったって、その地位に見合った相撲を取っていれば、批判は出まい。

大関琴奨菊が負け越したら批判されるが、小結琴奨菊が負け越したって、負け越したことを非難するファンは誰一人としていない。だが、弱ければ大関に陥落すればいい、大関でも結果を残さねば、関脇・小結だっていい…。これがないところに横綱のすごさと価値と特権がある。

鶴竜は横綱なんだ。
勝てる見込みがないなら休めばいい。
出てきたときに勝てばいいんだ。

それがこれからもまだ鶴竜の相撲を見たいと思っている鶴竜ファン、大相撲ファンに対してすることではないだろうか。
無理やり出場して引退に追い込まれる姿は見たくない。9月の休場だって許される。

だったら、何も焦ることはない。
焦るな、横綱鶴竜。


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