Lingua furanca.第二回目のお題「今のサイトを作った理由」が発表されました。
こういう企画は「斜め上を行く」能力を持たない人間にとっては出遅れるとネタが被りがちになるので、誰も書かないうちに書いてみようかと思います。
例え皆書き終わっているにしても、他人の目に触れるのが一番ならそれが「オリジナル」になるのですからw

さて、今のサイトを作った理由。
それは、皆が楽しんでいたから。
これはかなり多くの人に共通するんじゃないかな。
面白くなさそうなところに自ら飛び込むほどMな人はそうそういないよね。

ところで皆さん、この理由に共感するところがあるのなら、少し考えてみて下さい。
サイト、楽しんでますか?
徐々につまらなくなってきてませんか?
義務になってませんか?
まぁお節介ですけど「一年前ニュースの方が充実してる」とか「今は皆が楽しめるネタがない」とかいう文章を見るにつけ、「なら自分が楽しめるように自分をいじるか、自分で楽しいことを見つけるか作ればいいのに」と思ってしまうのです。
せっかく同じ空間にいて、お互いに色々書いたり読んだり考えたりしてるわけですし、できることなら皆が自分の思うように楽しめてればいいよね、という思いもあります。
裏の思いとしては、皆がサイトをつまらないと思ってやめてしまったら私自身の楽しみがなくなる、というのもありますけどね。
そういう意味では、この文章もそのためのものとも見れますね。

話を戻して、サイトを作るところにはサイトを作る理由がありますが、サイトを作って今まで続けるにはサイトを続けている理由があるはずです。
第一回目のお題「サイトをやって得たもの」にも共通することでしょうか。
ものごとはそうそう上手くいかないもので、サイトを作った理由を完璧に達成している、という人は相当能力があるか、相当楽しむ力があるかなんだろうな、と思います。
私はそうではない側の人間です。
リアルで思ったことをそのまま言うのははばかられるから、そういう思いを書き出すための場所。
また、誰かのそんな思いを読むための場所。
私にとってのウェブは、そんな場所でもあります。
まぁ、そんな風にして好き勝手に書いていると黒歴史も増えていくのですけど、それはまた別の話。
よく書けたと思えればそれは嬉しいし、そんなにでもないと思ったものに反応がもらえたらそれも嬉しいです。
自分の斜め上を行く文章に出会った時は楽しくなってくるし、反応しがいのある文章を見た時もそれは同じです。
だから私がサイトを続ける理由は、皆が楽しんでいるから。
皆がつまらないといってサイトをやめたら、私はサイトを続けられないでしょう。
何が言いたいかっていうと、サイトを楽しまない、楽しめないのは負のサイクルだよってお話。
傷つけあい、傷の舐め合いはかっこ悪いよってこと。

私にとってサイトを続ける理由、それは皆が楽しんでいるだろうから、なのです。


今回は皆の様子見をしてから、と考えていたのですが、まなめさんのLingua furancaを100倍楽しむ方法を読んで書くことにしました。
……こういうことを書くのは腹黒さの現われなんだから、素直に喜ばないでよねっ。