エベレスト見に来たのに・・・見ないで日本に帰るべきか・・
せっかく来たのに・・・またのチャンスがあるだろうか・・?

 熟慮の末、インドを旅した後でもう一度エベレストにチャレンジしよう!と決め、会社に手紙を書きました。
『あと一ヶ月休ませてください。。。』

 既にチケットを買っていたのでトレッキング用の荷物はホテルに預けてデイパック一つでインドへ向かいました。ここからは一人旅になります。
ネパール飛行機
ヒマラヤともしばしの別れ

 
デリー
着きましたニューデリー
 
 暑さと、とにかく人間の多さに圧倒されます。そして気になったのが皆口が異様に赤い生肉を食ってきたばかりだと言わんばかりの赤さ、そしてそこらじゅうに ”ペッ!”   歩道などがやたらに赤いのが気になりました。
グトゥカーと言うらしい。興味本位で食べてみました。ハーブと香辛料とシロップを混ぜたような味。しばし暑さを忘れるための清涼剤か?そしてびっくりしたのが水売り、ライムやなんかとセットで販売していたように思う。
 
 英語は全くの小学生レベルでの一人旅なので、タクシー一つ乗るのも値段交渉で折り合いがつかず、結局疲れはててボッタクラれることの連続。いまだに連れられて行った土産物店(目的地に着くまでに強制的に3か所は連れていかれる)で買った絨毯が届かない(涙)
 何より困ったのが駅で切符を買う時でした。とにかく人が多くて行列・・目星を付けた窓口に並び順番が巡ってきて、やっと買えると思ったら「ここは違う○番窓口に行け」と言われること数回、切符一枚買うのに1日浪費しました。
インド駅

そして、本題  「バクシーシ」
街中を歩いていると、突然背中をトントン・・振り返ると手首から先の無い腕が棒のように見えた、ギョッとしていたら一人の若い娘が「バクシーシ」・・戸惑いながら小銭を差し出しました。

inndoインドind

 いったいこの国はどうなっているんだろうか?手足の無い人、目の潰れた人 が多すぎる。
いや日本にもいるけど人前には出てきてないだけなんじゃないか?インド人はたくましいな・・などと考えながら、バラナシ、ガンガー、アーグラ、タージマハルなどお決まりの観光地を回りました。観光地巡りが終わるころにはすでにかなりの人間不信に陥っていた(笑)。

そしてなぜこの様な社会になっているのか徐々に分かり始めてきます。
タジマハル
ガンジス川

 ある日、インド映画を見に行った時に日本とは全く違う光景を見ました。外国人はスクリーン の正面の所謂VIP席にすわれますが、ほとんどの観客はスクリーンの脇やすぐ下のとても見づらいところばかりで中央の良い席には殆ど人がいませんでした。そして終始大騒ぎ大盛り上がり・・ 
インド映画

 インドでの一人旅はその頃ブームになっていた「地球の歩き方」と言うガイドブック片手に安宿を探して回る旅でしたが、行くとこ行くとで日本人に出会ってしまいました。インドまで来て日本人に会ったってしょうが無いなと思いながら「ここはいないだろう?」と思うようなホテルを探して行ってもぞろぞろいて、しまいにはガイドブックを捨ててしまいました。80年代はバックパッカー全盛期だったのかもしれませんね。
arukikata_80

 そんないたるところで出会う日本人にもベテランさんがいて、インド事情を詳しく教えてくれる人がいました。手足が無いのは自分で、または親が物乞いするために切ってしまうと言う話、映画館の席も暗黙の了解でカーストの身分で座る席が決まっていると言う話などなど・・

 とにかく生きるエネルギーに溢れ人間からパワーをもらえるよな国インド。魅力を感じる反面根深いカーストと言う社会構造は変わることが出来るのだろうか?と本気で思ってしまう。

”ほどこし”って一体何だ? この時から私の人生の中で考えていく、一大テーマとなってしまいました。

 ヒンズー教と深く結びついた死生観と人間の可能性を奪ってしまうような制度。建前ではカースト制度はないと言う立場のインドだけれど100年スパンで考えないといけないような深刻な問題だと思いました。ここインドやネパールでは、輪廻転生と言う生れ変わりの思想的文化が根底にあり、宗教について本気で考えさせられることにもなりました。

 ネパールでは毎朝どこからともなく聞こえてくるシタールの宗教音楽と、お香の香りが心地よかったし、チベット仏教のマニ車も面白かった。
mani


さあ次はデリーからボンベイへ 今朝も書ききれなかった・・つづく



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