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アーセナル対タイガース





ぼくのプレミア・ライフ(book)
ニック・ホーンビィ著 森田義信訳
新潮社(新潮文庫) 2000年
なるほどこれは、たしかにサッカーとサッカーファンについての本です。
そして、私はわが国にもJリーグというれっきとしたプロフットボール・リーグが存在し、彼らを応援するサポーターなる人々と、本場英国に勝るとも劣らない、彼らの情熱についても、そこそこ理解しているつもりです。

しかし、それでもあえて言わせてもらえば、ここに書いてあることを、我がこととして正確に理解するのは、この国では阪神タイガースファンだけだと思います。
それも、優勝騒ぎに魅せられてファンになった、TVでよく見かける、ストレス発散が主目的のいわゆる阪神ファンではなく (無論トラギャルでもなく)、野球に関心を持ったその日から、わけもわからずこのチームに憑りつかれ、永遠かと思われるような長い長い低迷時代、ぬか喜びと失望を繰り返しながら、シーズンごとにヘトヘトに疲れ果て、それでも、まるで悪い女 (または男) に魅入られたかのように、このダメ球団から離れられず、オフは来期へのあさはかな期待に燃え、神に祈り、奇妙なゲンをかつぎ、挙句の果てに、一種の悟りを開いてしまった、現在中年以上の、ある意味最も不幸で、かつ最も幸福な――というのも、ここまで一つのチームとプロ野球を消費し尽すのは、ホーンビィ氏同様、わたしも極めて稀有なことだと思うからです――ファンたちのことです。




日本のプロサッカーは、何と言っても、まだまだ歴史が浅すぎます。生まれながらのマリノスファン (いやアントラーズでもジュビロでも構わないのですが) は、まだやっと大学生でしょう。リーグ自体が若く、混沌としており、チームやファンのカラーは、地域性以外は特に定まっていないように見えます。彼らがそれぞれに個性を持つためには、今しばらくの成熟が必要ではないかと思われます。


この著作のほぼ全編を埋め尽くすアーセナルズ関連のエピソードのひとつひとつを、われらがタイガースの長い歴史におけるあの試合やこの試合、名選手やダメ選手、監督とチームカラーの変遷、フロントとのゴタゴタ、他チームとの確執などに置き換えれば、わたしたちはホーンビィ氏の歓喜や絶望をたやすく追体験することができます。

昨年度は、阪神にとって、ほんとうに夢のようなシーズンでした。
ひそかに長年の阪神ファンであった素晴らしい野球人が、念願かなって監督に就任、ダメチームを徹底的に改造し、リーグ優勝まで昇りつめたドラマは、まさに多くの阪神ファンの夢の実現でした。
選手はみな見違えるようにたくましく、立派で、彼らの素晴らしいプレイに、ガッツあふれる敢闘ぶりに、幾度も胸を躍らせました。
しかし、そのような喜びの中でも、なにやら尻の辺りの落ち着かない感じがしたのは、果たして私だけでしょうか? あまりに強い優等生阪神が、まるでヨソのチームになってしまったような、いつもの“わたしの”阪神じゃないような気がしたのは。

ポカ田監督のなんかチグハグな采配 (ゴメンよ。ホントは昔からのファンなのよ)、ここぞというときにだらしない打線、イマイチ信頼感のない投手陣。8連勝しておお!と思えば、瞬く間に連敗して転落、あれほど強かったチームの一年後とは思えないふがいなさですが、昔なつかしい彼らの姿に、なんとなくほっとしている今日このごろ。
もしストが決行され、今シーズンが不成立になって、さらに来年、ようやく監督業に慣れた岡田率いる新生阪神が、リーグ優勝しちゃったりすれば、ひょっとして、連続優勝になるってこと?などと、死ぬほどバカな夢を描く私。
ラストにおける著者の郷愁は、そのまま現在の私の心境につながります。
まだシーズン中ではありますが、来期が素晴らしいものでありますように。

それはそうと、ストはやってもいいと思います (リーグ優勝の件は抜きにしてもです)。小手先の譲歩にだまされてはいけません。彼らはまだ何一つ確約してはいないのですよ。
オーナーたちは選手とファンをなめすぎです。
選手会のみなさん、どうぞがんばってください。
古田選手、このさい超党派で応援していますので。


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1. 11、12日のストは回避  [ 青い空は大嫌いだ水色の空は大好きだ ]   2004年09月11日 18:24
プロ野球の再編問題をめぐる労働組合・日本プロ野球選手会と経営者側代表の労使協議は10日、双方が最終的な妥協点には到達しなかったが、選手会は予告していたストライキのうち11、12日については回避することを決めた。
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