March 22, 2005

なぜこんな程度の”詐術”が見抜けないのか

たとえば身体のこと、つまり健康の維持についてだが、正しい
知識を持つ人とそうでない人の対処の仕方は天地の開きがある
のではあるまいか。もちろん結果も大きく差がつく。
 
Eさんは親しい知人に、「親切な医者だ」と言って、自分が信
頼している医者のことを語るが、その話によると、ここ三ヶ月
ほどもかかって検査を続けているというのである。「ええ、三
ヶ月も?」といぶかる知人に、「検査だけはしっかりしなけれ
ばいけないと言って、慎重に検査をしてくれる。」と、何の疑
いも持たずに医者をほめる。
 
実はEさんは、肝臓の健康指標と言われるGOTやGPTに正
常値から多少外れる数値は出るものの、三ヶ月も検査を要する
必然性は全くなかった。医者の算術に引っかかって、医者を逆
評価していたのである。この程度のことなら、身体に関して基
本的な知識を持っていれば、十分見抜けたはずだ。
 
しかし、こんな例はまだいいほうだ。「身体がだるい」と言う
Sさんに、ある知人は、「医者で調べてもらったほうがいいよ」
と勧めたが、いくら言っても過労といって聞かなかった。Sさ
んはいまはいない。亡くなったのである。もしSさんに正しい
知識があったら、病気にも正しく立ち向かえて命の無駄遣いは
しなくて済んだのではあるまいか。
 
このような話は、健康にかぎったことではない。ペーパーゴー
ルド商法にだまされた多くの人たちは、「絶対に、すごく儲か
る」という話をあまりにも簡単に信じたのではあるまいか。こ
ういう話を判別するのは、そう難しくはないと思う。「そんな
に儲かるなら、人に教えないで本人がやるはず」という、極め
て常識的な考え方ができるか否かだけである。
 
また、よくある会員制のリゾートホテルの勧誘にしても同じだ。
「安い費用で、避暑も年越しもできます」という売り込みをす
る。私の知人にも何百万円も払って会員になった人がいるが、
「申し込んだが、いつも一杯でダメだと言う。約束が違う」と
怒っている。
 
これも、ごく常識的に考えてみる。ホテルを使用したいと考え
る時期は、みんな集中すはずで、三百の部屋数に四百の申し込
みがあったらどうするのだ。「優先的に部屋を確保する」とい
うセールストークが、かなりの虚飾であることはわかるはずで
ある。
 
人生万般、知ると知らざるは、幸福への階段を上がるか、それ
とも不幸が待つ迷路に迷い込むかの違いがあると言っても言い
過ぎではあるまい。
  
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February 18, 2005

「後思案、居計らい」に賢策なし

「腰抜け武士の後思案」という言葉は、祖父母あたりから聞かされたとは
言え、昭和1ケタ生まれの世代くらいまでの記憶にしかないだろう。

実戦では、からっきし役立たずのくせにして、後でああだこうだと後講釈
や思案をするへっぴり腰の武士という意味である。
 
似たように言葉は他の国にもあるもので、諸葛孔明の軍談といわれるものに、「腰抜けの居計らい」というのが記されている。自ら動こうとはせずに、頭の中だけでいかにも賢そうなことをしゃべる臆病者という意味である。
 
昨今の政治家たちは、腰抜けの居計らいと言えなくもない。自らの利害得失や派閥抗争前哨戦に淡々としているではないか。

さて、政治家のことは置いておいて、私たちの身辺にも、こうした人たちが
少なくないのではあるまいか。
こういう後思案タイプの特徴は、とにかく過去をよく語るのである。未来を建設的に語るのではなく、過ぎたことを、しかも多くの場合、人への批判を
交えて、「だから、あれではダメなんだ」とか、「あのやり方ではなく、これこれのやり方をすればうまくいったはずだ」という言い方である。
 
Aさんは、一流大学を出た、いわゆる学(歴)あり、金ありの人である。
しかし彼は、40歳の頃も、50歳になっても、自ら行動して物事の渦中に
飛び込むことはせず、渦の外からあれじやダメとか、「彼らには、行動哲学
というものが育ってないよ」などと言い続けて、とうとう60歳になってし
まった。

親から遺された土地はとうとう人手に渡り、同じく親から引き継いだ会社も
小さく縮んでしまった。Aさんを社長として従えるに足りずと見限った部下
たちが、優秀な順に離れていったのである。
 
なぜそうなるかと言うと、たとえば「新規客を開拓せよ」と部下たちには指
示する。しかし一方で、根気よく自分に売り込みをかける他社の営業マンを、「しつこい奴だ」と部下たちの前で一蹴する。それで部下たちはA社長の真意を計りかねるのである。本来、「感心な営業マンだ、彼を見習え」と言うべきことにAさんは気づかないのである。
 
居計らい型の人というのは、人心に鈍感なのも共通するようだ。他人の気持ちを察し量れない者には、賢策はなかなか生まれない。
  
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February 10, 2005

人を鍛える貧乏、腐らせる貧乏

「金を融通してもらえないだろうか」という頼みを受けたことがある。
彼が希望する金額ほどなら用意しようと思えばできたが、私は遠回り
しながらお断りした。

彼とは50代の知人の男性のことである。
 
その理由は、用途が借金の穴埋めであること、いわゆる後ろ向きに金
を振り向けようとしていたからだ。しかし、それよりもっと大きな理
由は、彼の生き方自体に対する不信感が私にあったからだ。
人生本番は大学卒業後が長いと言われるが、その長い人生の生き方を
抽象的にとらえると、彼はたっぷりと酒に浸った。
飲むと必ず、タクシー代が5千円だろうと1万円だろうと、領収書さ
えあれば、ちゃんと会社から金はもらえる。社用族という甘い汁をた
っぷりと吸い続けたのである。
 
習慣とは恐ろしいもので、自分を取り巻く条件が変わり、それまでの
ように社費を自由に使えなくなった現在も、なお行動慣性の法則とし
て身体にこびりついている。終わっていく環境の中、彼は変わらぬ行
動を続けているのである。
 
いま彼は追われている。50代というのに、人生の残りの耐用年数が
ぐっと少なくなっている重要なライフステージ。ぼつぼつ花道を通っ
て舞台から降りるためにも、思い切り大輪の花を咲かせる時期だ。
ところがこの年になって貧乏というのは、むごいようだが見苦しい。
自ら引き寄せた貧乏だけに、見苦しいと言わざるをえない。彼と似た
ような道をたどり、似たような結果にぶち当たりそうな人が、世間に
は少なくない。
 
20代のように若いときの貧乏は、見苦しいどころが、人物を鍛える
試練になる。堂々と自分のサクセス・ストーリーを語っておかしくな
い成功者には、「何歳の頃は、この家の2階に間借りして、大家さん
の奥さんにも面倒をかけました。あの奥さん元気かな。ずいぶん家賃
をためたりして・・・・・・」などと、若い貧乏時代を語る人は多い
ものだ。
 
しかし世間で熟年とか実年などと呼ばれる年になって貧乏というもの
は、むかしから言われるように”金の無い人間は、刀を持たない侍と
同じ”である。
 
若いときの貧乏は人を鍛えてくれる。しかし年を取ってからの貧乏は、
その人自身を腐らせることが多いものである。若いときこそ、自分の
”刀”を鍛えておかねばならない。
  
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February 03, 2005

「大きなソロバン」をはじくから大きな利益が出る

「小さなソロバンではじけば「損」と出ても、もっと大きなソロバンではじ
けば「益」と出ることもある。このことは仕事のみならず、人生万般に通じ
て非常に大事なことだ。これこそ”人生の見通し”というものだろう」
 
これは、ある有名な百貨店の社長を務めた方が語った言葉だ。
 
この言葉にはいろいろと思い当たることがあるが、身近な例として私のこと
を書く。
もう古い話である。私は35歳のとき、S社を辞めていまの仕事の第一歩で
あるエンジニアリング会社へ移ることにしたが、給料が下がることになる。
田舎の母に告げたら、「そのエン何とかいう仕事でめしは食えるのか」とか、「世間に顔向けできんような仕事じゃないだろうな」などと、ずいぶん心配されたものだ。
 
社長さんの言う小さなソロバンではじけば、せっかく手にいれた管理職のポストを捨て、収入ダウンになることを考えると、老母ならずとも損な話と受け止めた。しかし、エンジニアリングの仕事はこれからますます増える時代になるに違いない。そう思うと同時に、「これで、15年間考え続けてきた
自分自身の”やりたい仕事に思う存分没頭できる”」という気持ちのほうが、強く燃え上がったものだ。
 
確かに「収入が減る」ことも痛感した。現に、エンジニアリング会社に移る
と同時に、ずっと使ってきた愛車を売り払ったのも、収入減が大きな理由だ。しかしあのとき収入減を恐れ嫌って、小さなソロバンで人生の進路を図っていたら、いまの私は存在しないことは間違いない。
 
貧乏な家に生まれた私は、無一文からの出発である。小さなソロバンであのまま歩んでしたら、とてもじゃないが、都心に事務所を買ったり。都市部近郊で土地を買って家を建てたりすることはできなかったに違いない。私なりの大きなソロバンをはじき、目先は損、いずれは益と読んだからこそ、現在の自分があるのだ。
 
顧問会社の採用人事で応募者と面接すると、自分の能力はそっちのけにして、「前の会社ではいくらもらっていたから・・・・」ということにこだわって、
それ以下の給料では働けないという考えに執着する人が多い。目先の損得で働くようでは、たとえ大臣を経験しようとしても、いずれは大きなつまずきにあう例を、私はずいぶん見たきたものだ。
 
ただ、大きなソロバンは売ってはいない。”自家製”なのである。人生に対
する物の見方・考え方が、大きなソロバンづくりの材料になるはずである。
  
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January 27, 2005

人は”聞き上手な人”にこそついてく

松下幸之助さんの現役時代には、経験の浅い取材記者たちは、「一本取られた」と思うことがしばしばあったそうだ。
 
「社長、これこれについてどうお考えですか」と記者が質問する。すると
回答の第一声はこうだ。
「うん、そうやなあ。しかしあんたたちもいろいろ勉強しているやろうし、
あんたはいったいどう考えてるんや」その尋ね方がうまいものだから、尋
ねられた記者はぺらぺらとしゃべってしまう。約束の時間がきて辞去する。
そこで初めて、「しまった」と思うのである。取材をしに訪れたのに取材
されて戻ってくるわけだ。
 
松下さんにかぎらず、周囲の人望や協力を多く得られる人というのは、人
にものを尋ねて聞き役になることを嫌がらないものである。
ということは、心を小さく閉ざしている人というのは、どうも聞き方が上
手ではないようだ。中には、相手が好意で言っていることすら、「私が、
物事を知らないと思って見下している」という歪んだ受け止め方をする人
さえいる。
 
私はいろいろな集まりで多くの人に尋ねてみる。「あなたの話を、うんう
んとか、なるほどと相槌を打ちながら聞いてくれる人と、逆にあなたを相
手に懸命におしゃべりする人とどちらに好感を持ちますか」
するとほとんどの人が、「話を聞いてくれる人」と答えるのである。
 
もうお察しと思うが、上手な聞き手というのは、人から好かれるのである。
好かれれば、自分のやりたいことに協力してくれる人、力を貸してくれる
人が、当然それだけ増える。たとえば売り込みのセールスマンでさえ、セ
ールスとはしゃべることと言わんばかりに話しすぎる人に、決して成績の
いい人はいない。
 
人の話を聞くのが苦手とか下手という人は、どうも小さい自分だけの世界
に閉じこもっている人ではないだろうか。自分だけの世界に閉じ込めると、
心まで閉じて聞く耳まで塞がってしまうのではあるまいか。「なるほど」、
とか「いい話ですね」、あるいは「とても勉強になる話を聞きました」と
か相槌を打って、相手の話を聞く。
 
相手は、あなたへ好感を抱きしめて、その日を楽しく過ごし、それはやが
てあなた自身に大きなプラス反応として戻ってくるはずである。
  
Posted by sei_1992 at 17:51Comments(1)TrackBack(0)ビジネス

January 18, 2005

【失敗を恐れるな】

「失敗を恐れるな」、世間ではよく言われる。
 
これを聞いたり読んだりして、その言葉の上っ面をストレートに
解釈する人は、ずばり言って半人前だ。
 
失敗すれば、何らかの形で自分の会社や組織に損害を与えるのは
当然である。だから、失敗はせずに、会社に利益をもたらす成功を
してほしい。これがホンネなのだ。

ただ、「お互いに人間だから、成功成功また成功ということは
ありえない・・・・」という経営トップの人間的配慮と、
失敗にびくびくして前例踏襲ばかりする人間に勇気を与え、
チャレンジ精神を高揚するための言い回しなのである。
 
「失敗を恐れるな」という真の意味は、
 
1.もっといい方法はないか、いまの仕事のやり方を疑え。
  仕事を革新することにびくびくするな、
2.30の失敗をしたら、次の成功で30以上のプラスを取り返す
  つもりでチャレンジせよ、ということであろう。
 
また、その激励の対象になるのは、せいぜい20代までである。
30代にもなって、この言葉を鵜呑みにしているようでは、
あまりにも幼稚と言うべきであろう。
 
いままでの経験や知識をベースに、大きな成果を稼ぎ出さなければ
ならない年代になって、失敗を恐れるな・・・・に悪乗りするのは、
情けないと自覚しておくべきだ。
  
Posted by sei_1992 at 12:29Comments(0)TrackBack(0)ビジネス

January 07, 2005

【ほどほどのコンプレックス】

ほどぼとのコンプレックスは持っていたほうがいい、と私は思う。
 
これが強すぎると、「俺はつまらん人間」とか、
「私は何をやってもダメな人間」と思って、自分自身をいじめてしまう。
そうでない場合は厚顔で図々しい人間になりやすい。
 
それが、ほどほどのコンプレックスとなると、自分の弱さをバネにして
逆転することさえ可能になることが少なくない。

コンプレックスのもともとの心理作用は、周囲と自分自身を天
秤にかけて、その優劣の差を認識しようとする比較意識にある。
 
だからコンプレックスに全く悩まない人というのは、周囲と自分とを
比較する意識がゼロに近いわけだから、一般に"蛙の面に小便"という
人が多い。
 
極端に図々しい人間、要するに唯我独尊タイプだ。
対人関係が、自分中心に動いていると錯覚し、しかも本人はまったく
それに気づいていない。
 
知人で”生涯1捕手”と宣言し、今は草野球の監督を務めている方
がいるが、野球をはじめた頃はセカンドまで球が届かなかった。
バウンドでやっと届くのだ。その後でこんな声が聞こえたという。
 
「これじゃ1人前に選手になれないし、使いものにならん」
 
当然ほかの選手たちとの比較による指摘だ。この痛烈な指摘をバネ
にして、何をする際にも、重りを持ち歩き手首の力を鍛える練習を
した末、攻守そろった選手となったのだ。
 
ほどほどのコンプレックスは、「自分がこれこれの点で、周囲に劣
っている」と自覚することができるのである。
 
私は仕事柄、人前で話すことが多いが、以前は人前で話すことが
最大の苦痛だった。
しかしこれを弱点として真摯に受け止め、直すべく努力したため、
今では見事、克服することができた。
 
これもコンプレックスのお陰かと思っている。
  
Posted by sei_1992 at 16:39Comments(0)TrackBack(0)ビジネス

November 05, 2004

情報を共有することって

 あなたがある本を読んでいて「わぁ、これはすごいアイデアだ」
「そうかこういうことだったのか!」と感激するような情報・知
恵を知ったとしますね。


この時、あなたはその価値ある情報を「誰にも言わずに自分一人
のものとしておこう」と思っちゃいますか?


「だって、他の多くの人が知らない方が、自分が成功する確率が
上がるじゃないですか」と思ったりしていませんか?


こういう考えは、はっきり言ってあなたの目標達成の障害になり
ますね。


情報を誰かに教えることで、その情報が減ることってないでしょ?


むしろ、情報を誰かに伝えるともっともっと新しい情報を知るこ
とになります。


なぜなら、情報を受け取って、ノートに書き込みますね。誰にも
その情報を伝えることがなければ、その情報について読み返すこ
とがなかったりするでしょ?


でも、人に教えるときは、もう一度その情報を読み返すし、相手
に伝える時に情報を整理したり、自分の言葉にすることで自分の
解釈が入るよね。


そして、相手に伝えるだけでなく、相手から質問されたりするで
しょ?


「それってどういうこと?」て訊かれたりね。


こうするとまたまたその情報について考えるし、相手から「なる
ど、それってこういうことだね。」「僕もそれと似たようなこと
をXXXという本で読んだよ。その本には・・・」といって、新た
な情報を入手できたりする可能性が高いです。


つまり、情報を発信(共有)することは、デメリット(情報が
減じたり、価値が減じたり)などまったく、むしろメリット(よ
り深く理解できたり、新たな情報の入手)だらけなのです。


それから、情報を発信することに一種の興奮と喜びを感じる
のではないでしょうか?


このように情報を共有(発信)するという行為は、情報の発信者
受信者双方にとって、とても有意義ですしありがたいことなので
す。


だから、あなたに情報を発信すること、わたしのブログを読ん
でくれて「ありがとう」と感謝するのです。

  
Posted by sei_1992 at 16:32Comments(0)TrackBack(0)ビジネス

October 30, 2004

豊かさについて

私の暮らしているところは山や草原、湖が近くにあって、とても
景色がいい所なのですが、(ある人に言わせると、田舎だとの
こと)その景色を見ていて、ものすごく「自分は、豊かだなぁ」と
思うことがあります。

それは、きれいな山や広大な草原を自由にみることができる、そ
の美しさに感動することができることに、なんとなく豊かさを感
じるのです。

考えてみると、どんなにお金持ちになっても、これだけの山や
草原を独占して所有することなどできません。

大きな家に住み、広大な土地に美しい庭をもっていたとしても、
この自然の山や湖にはかないません。

そうやって考えると、所有することの虚しさを感じてしまいます。

空気があるから、私達は生きていられます。この空気は、何
よりも大切なものですよね。排氣ガスが充満した中には1秒
でもいたくないよね。

きれいで新鮮な空氣は、ものすごく尊いものです。

この空氣は誰も所有していません。皆で分けあっているもの
ですよね。

むしろ、皆が共有できることで、お互い生きていけるわけで、
その中には、自分の大切な友人などがいたりするわけです。

自分にとって、生きていく上で何より大切で貴重なすばらしい
ものは、すべて与えられている。このことの気づきは、自分が
どんなに豊かなのかを実感することができます。

お金持ちにならなければ、豊かになれないなんて、どうして
思っていたのだろう?
お金は生活する上では必要なものかも知れませんが

本当にお金だけなのだろうか?モノをたくさん所有していること
なのだろうか?

今ここで考えてみてはいかがでしょうか?

所有したり、独占することは、自分を本当に豊かにしてくれ
るのか?

もしかしたら、つまらない競争心やねたみ、嫉妬などを生み、
また他人への猜疑心をもち、常に失うことの不安を持って
生きていく、そんな人生になってしまうのでは?

それで、本当に豊かなのか?

自然に存在しているものすべて、私達はタダで手に入れるこ
とができますね。

豊かな社会の創造、人生を豊かにしたいのは、誰もが望んで
いることですよね。

それは一体どうしたら実現できるのか、考えてみたいものです。

視点を少し変えるだけで、ものすごく豊かな人生を送っている
のだということです。

だから、職場でも、生活の中でも、もっと余裕を持って、
ニコニコしていきたいものですね
  
Posted by sei_1992 at 18:25Comments(1)TrackBack(0)

October 28, 2004

常識を疑う

私達は、とかく常識にとらわれがちです。

常識については、盲目的にしたがい、一歩立ち止まって考える
(疑う)ことをしません。

例えば、以下のようなことを考えたことありますか?

- どうして週6日働かなければならないのか?

- どうして週末は1日と決まっているのか?

- どうして9時−5時で働かなければならないのか?

- どうして会社に出勤しなければならないのか?

- どうして給与は、従業員ではなく人事が決めるのか?

- どうして社長の給与は、従業員より高いのか?

- どうして召集されたミーティングに参加しなければならないのか?

- どうして・・・? etc.

あなたは、上記のことを不思議に思ったことはありませんか?

もし、上記のような制約がまったくない職場があるとしたら、あな
たは今の職場とどちらを好みますか?

自分が社長のように、意志決定権があって、快適に仕事ができ
る職場。そんなところで働きたいと思いませんか?

その方が、より生産的な仕事ができると思いませんか?

より実力があり、会社の発展に貢献した人が高い収入を得る仕
組みのもとでなら、もっとやりがいがでてくると思いませんか?

実は、経営者が理想としている会社も、あなたが働きたい職場
環境と同じなのですよ。

事業のスタートアップ直前・直後の起業家は、自分の夢をもとめ
ると同時に、理想を抱いているものです。

それは、自分も含め、スタッフが生き生きと働ける、活氣のある
楽しい職場の創造です。「スタッフ全員が自己実現のできる場を
提供したい」という情熱をもっています。

ところが、しばらくすると、その想いはいつしか忘れさられ、起業
家の心は、毎月の支払いのためのキャッシュと、売上を伸ばすこ
とが占有するようになりがちです。

自分の心を偽って、嫌いな相手と取引することもあります。

さらに、スタッフに無理を強いることもあるでしょう。

たとえ、そのことがスタッフにストレスを感じさせることになろうと
も、「ビジネスだからしょうがない」とさえ、思うようになります。

どうして、こんなことになってしまうんでしょうね?

本心では、理想的な会社経営を志しているにもかかわらず、個
人の価値観よりも、いつのまにか押し付けられた会社の価値観
(常識)を優先してしまっている。

ちょっとおかしいよね?

今、私は自分の人生と会社経営について、これまでの社会通念
(常識)を否定して、ゼロから新しく創りだすことに取り組んでい
ます。

興味のある方はこちらへ→→→→ http://pstvinpress.main.jp/ws1_0/  
Posted by sei_1992 at 17:09Comments(0)TrackBack(1)

October 25, 2004

ネットワークビジネスを始めたのは「なぜ」?

数年前までは道内でも大手に入る建設関係の会社に勤務。
その建設会社が民事再生法を経て破産。幸い再就職した鉄工所。
しかし、勤務している鉄工所も将来に対して不安を感じ始めた。

せっかく数年前に新築した家を維持することが出来なくなるし、
子供に「お金がないから○○は我慢しなさい」とお金のせいにはしたくない
冠婚葬祭や友達との付き合いも、うそをついて、断らなければいけなかった。

私の住んでいる地区は道内でも景気が極端に悪い所で、この年齢での
再就職はなかなか難しいし、それに資格もなにも持っていない私ですから。
雇用してくれる所は、まったく、ありませんでした。
子供はこの場所が好きだし友達も沢山います、ここから離れたくない。

インターネットで在宅でも出来て、空いた時間に、自分のペースで出来る
仕事を真剣に!真剣に!毎日、何時間も探しました

★そんなときに、インタ−ネットでこちらの仕事のHPに会いました。

私の人生が変わったHPは→→→→ http://pstvinpress.main.jp/ws1_0/  
Posted by sei_1992 at 09:23Comments(0)TrackBack(0)

October 19, 2004

はじめての投稿です

今日の朝は寒かった。

少しずつではありますが冬の足音が聞こえてきます。
もうすぐ外は真っ白い雪に覆われる。
さー早く冬支度をしなければ。



http://pstvinpress.main.jp/ws1_0/  
Posted by sei_1992 at 08:16Comments(0)TrackBack(0)