常熟市との縁が更に深まる

先週火曜(12日)に東京のホテルニューオータニで開催されたセミナーに
参加してきました。


当社の中国法人がある常熟市の政府が、日本企業の誘致の為に開催。
定員を300人程度を想定していたところ、実際には550名程参加したらしく、
非常に活況でした。常熟市はたしか6年ほど前にも同様のセミナーを
実施しています。

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常熟市政府のトップ(書記)の方の基調講演の後は、ゲストの竹中平蔵氏の
特別講演。先が見通しづらいいグローバルな経済環境において、日本と中国、
特に長江デルタ地域との連携が益々重要になってくると説かれていました。

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その後、実際に進出した日本企業を代表して、トヨタの現地法人トップの
中尾董事長がご挨拶と事業紹介。続いて私が登壇し、当社の中国事業の
経緯と現状、更に何故常熟市に投資を決めたか等について説明させて
頂きました。
 
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また日系企業による総額30億ドル超える投資プロジェクトの調印式も
行われました。

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最後は鏡割り。私も再登壇して割らせて頂きました。

セミナーー終了後は隣の部屋で晩餐会も行われ、こちらも大変賑わって
いました。総じてとても盛大なイベントで、個人的に感銘を受けました。

現在常熟市全体でおよそ200社の日本企業が進出しているそうですが、
何故トヨタに続いてこういった機会を当社に頂けたのかは解りません。
ただ常熟市は今後益々の成長を志向しており、2025年までに更に40~50社の
日本企業を誘致する計画でそうです。

そのようにダイナミックに発展を続ける都市に子会社を持てたのは僥倖ですし、
日頃から大変お世話になっている常熟市政府および高新開発区のスタッフの
方々に対し、少しでもお役に立てたならば、とても嬉しく想った次第です。



学校関連の行事に参加する

早いもので3月も半ばとなりました。当方先月最終週辺りから、公私共に
猛烈に忙しくなって、月が変わってからはブログを更新する時間も
ままなりませんでした。昨日東京出張から戻って、少し一息つけたので
仕事以外で参加した学校関連の行事について振り返ってみます。

まず2月26日は、4年前から委員を務める九州工業大学産学連携教育審議会に
参加する為戸畑キャンパスへ。いつもながら九工大の先進的な取組(特に
留学をはじめとするグローバル教育)に感銘を受けました。

翌27日はこれも3年前から委員を仰せつかっている地元の若宮小学校の
サポーター会議に参加。今回は会議に先立って行われた卒業を控えた
6年生のお別れの会も参見学しました。

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可愛い小学生達の一生懸命な出し物に、とてもほっこりしました (^^)

3月7日は同窓会長を務める福岡市立多々良中学校の同窓会入会式に
参加し、会長として卒業を翌日に控えた3年生達にはなむけの言葉を
送りました。

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「15の春」を迎えた中学3年生達は、皆さんキラキラと輝いていました。

そして昨日はこれも理事を仰せつかっている福岡大学産学連携協議会の
役員会に参加してきました。七隈のキャンパスに足を踏み入れる度に、
とても懐かしい気持ちになります。

という事で、卒業してかなりの時が経つのに母校(九工大は違いますが)と
こういった形で繋がっているのはとても嬉しい事で、また当時はお話させて
頂く機会など殆ど無かった校長先生や学長と、懇意にさせて頂いているのは
ちょっと不思議な気分ですね。







堺屋太一氏を偲んで①

今月9日に亡くなった堺屋太一氏。

元通産相(現経産省)の官僚で、小渕恵三政権時の経済企画庁の長官及び
学者としての印象が強いですが、沢山の本を出版されています。私も氏の
著作は結構読んでいるのですが、歴史小説に秀逸な作品が多いと思います。
その中で会社に入って1年目に読んだこの本から、その後の自身の
ビジネス観のみならず人生観にも少なからぬ影響を受けました。



豊臣政権の官僚組織である5奉行の一人だった石田三成。彼が西軍の
総大将となった関ケ原の戦いを”ビッグプロジェクト”になぞらえて、
何故それが実現したのかを解き明かした作品です。

そもそも関ケ原の戦いとは、政権内の跡目争いに端を発する内紛であり、
豊臣政権を現在の巨大企業グループに例えると、創業者(秀吉)の死により
次期トップの座を狙う筆頭副社長(兼グループ内最大子会社の社長)である
徳川家康に対し、本社スタッフで社長室長兼経営企画室長であった三成が、
将来二代目(秀頼)を社長に据える為に、副社長を追い落とす為に企てた
合戦であると言えます。

しかし合戦前の徳川家康と石田三成では実力が違いすぎ、家康の所領が
255万石に対して三成のそれは19万石に過ぎず、よって家臣団の数も
桁違いの差があったと言います。加えて家康は自力でのし上がった
戦国大名であり、秀吉の天下統一の最終局面で合流した事で、武将として
高い名声を得ていたのに対し、三成は少年期に秀吉に気に入られ
取り立てられた子飼いで、周囲からの人望も薄かったと言われています。

そんな小物に過ぎない三成が、超大物である家康を向こうに回して、
何故関ケ原という戦国史上最大の合戦を起こして、半ばまで互角の
勝負ができたのか?著者はその疑問に対し、自身が通産省の官僚の時に
企画と推進に深く関わった大阪万博になぞらえ、理論的に答えていきます。

つまり関ケ原の合戦とは、実務者である官僚達が中心となって企画、
実行する現代における日本型ビッグプロジェクトの最初の例であるとし、
非力な三成がああいった大合戦を遂行できたのは、プロジェクトとしての
企画コンセプトが非常に優れていたからであると説いておられます。
ではプロジェクトの優れたコンセプトとは何なのか?それは是非本書を
読んで下さい。

という事で、官僚や公務員の方々だけでなく、実務を担っている中堅の
ビジネスパーソンにとってもとても気付きの多い作品であると思います。


高校時代に夢中で読んだ司馬遼太郎のこの本も同じように石田三成と
関ケ原の合戦を題材にしていますが、「大いなる企て」は切り口が
かなり違うので、読み比べると面白かもしれません。


三度目のフルマラソン

先週日曜に行われた「北九州マラソン2019」で走ってきました。
私にとっては3度目のフルマラソンでした。

スタート地点である小倉市役所前、当日の朝は結構寒かったのですが、
天気はとても良く絶好のマラソン日和。私自身この大会には二年振りの
参加でしたが、今月に入ってから公私共に色々とあって、前日の夜まで
かなり憂鬱だったのですが、スタート地点に立ってみると結構晴れやかな
気分になりました。

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同僚のNさんと、スタート地点に入る前の一枚。

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スタートブロックからの様子。

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スタート直前。開き直って気合を入れました!

実は今年の正月位から左膝に軽い痛みを感じるようになり、
2月に入ってからは階段の上り下りでも結構気になっていて、長距離を
走ってどうなるかとても不安でしたし、最悪のケース棄権する事も
覚悟していました。しかし、実際にスタートしてみるとひどい痛みを
感じる事も無く、30キロ近くまで思い通りのペース(6分/キロ)で
気持ち良く走る事ができました。

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30kmの折り返し点を過ぎた後の門司港付近での一枚。関門橋がとても
綺麗でした。

一方でこの辺りから、下半身全体がすごく重くなってしまい、結果ペースが
極端に落ち、エイド毎に立ち止まってストレッチをしないと走れなくなって
しまいました。前々回、前回とほぼ同じ状況で、その後はゴールまでは地獄の
苦しみでしたが、今回は意地で最後の3キロを立ち止まらずに走って
ゴールしました。結果ゴールタイムは公式時計で4時間58分ちょっと。
かなり後ろの方のブロックからのスタートだったので、ネットだと
4時間40分後半だと思います。

という事で、三度目のフルマラソンも目標の4時間半を切る事ができず、
ほろ苦い結果となりました。所謂「30キロの壁」がここまで厚いとは
思ってもいませんでしたが、スタート前のコンディションを考えると、
途中棄権せずに完走できただけでも、上出来だったかもしれません。

という事で、暫くはマラソンの事は忘れて、また走る気力が戻ってきたら
次のレースへの対策を考えつつ、楽しくランニングを続けて行こうと
思います。


サンフランシスコ雑感

先々週のサンフランシスコ滞在時に、企業視察以外で印象に残った事に
ついて纏めてみます。

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サンフランシスコ滞在3日目の早朝に、今回同行のY社長の誘いでホテルから
海岸線まで往復の朝ラン6.4KM。気温11度でとても気持ちよく走れました。
想像した通り、ウィークデイの朝にも関わらず結構多くのランナーが
走っていました。

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3日目の夕方には話題の Amazon Goへ。入場して買い物するには、
スマホに専用ソフトを入れてクレジットカードを登録する必要があり、
日本で使っているアマゾンのアカウントを使えないのが残念です。
レジがなくて店内に殆ど人いないというだけで、品揃え等は普通の
小さめのスーパーと変わりません。記念にマグカップとチョコレートを購入。
精算せずにお店を出る際には、ちょっとした万引き気分(!)を味わえます。

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視察最終日にはアップルの新しい本社屋を視察。と言っても建屋を外から
眺めただけで、中の様子は全く解りませんでしたが、円筒形の正しく宇宙船の
ような印象でした。本社の前にあるビジターセンターのデザインも秀逸で、
そこに飾ってあった模型を見て、初めて全容が解りました。いつか中に
入るチャンスがあればと思います (^^)

今回サンフランシスコにはおよそ20年振りに滞在しましたが、世界中から
起業家が集まっているおかげなのか、物価の高騰に驚かされました。
普通の水準のホテルでも1泊300ドル以上しますし、私が泊まったホテルの
朝飯は、タックスとチップ込みで50ドルでした。あと晩飯でちょっとした
ステーキハウスで普通に飲み食いすると、一人200ドルはかかります。
ガイドの方も仰っていましたが、サンフランシスコ市内は平均的な年収しか
得ていない人(例えば公務員)にとっては、とても住みにくい街になって
きているそうです。

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