今回は取り留めもない、完全な駄文であることを、最初にお断りしておきます。
支離滅裂な部分は、ご容赦ください。
-------------------------

私は子供のころからSF漫画やSF小説が大好きで、自分が大人になったら絶対にタイムマシンを1台買って、白亜紀に行って、恐竜を見てやろうと思っていたほどのSFアホ少年だった。

今は歴史や過去のことにとても興味があり、その過去の時代の空気・雰囲気、その時代の実在の人物や風景をこの目で見たいので、やっぱりタイムマシンが欲しいなあ、とアホなことを考えている。



derorian
 

だから目の前にタイムマシンがあるならこの独ソ戦を見てみたい(ただしなるべく安全なところで)。そしてヒトラーやスターリン、あるいは彼らを支持した民衆の雰囲気に触れてみたいなあ、と考えている。なにしろ生まれてこの方、「独裁者」というものを生で、じかに見たことがないからだ。つまり私にとっては、恐竜も独裁者も同レベルだ。隣の国にはいるようだが、あのお兄ちゃんが、本当に独裁者かどうかは不明だし。

これは日本史での織田信長や豊臣秀吉、正確には独裁者ではないかもしれないが天智天皇とか天武天皇などもその候補で、実在が不審視されている聖徳太子も、その候補だ。どこかの会社が作って、安く売ってくれないかなぁ。

-----------------------

独ソ戦時代のドイツはヒトラー、ソ連はスターリンという、とんでもない2大悪魔の出現対決だった。普通こういうカードは世紀末用ではないかと思う。しかし世紀末にはあと60年近くあったのは、運悪く、きっと神様が休暇を取っていたのではないか。ヒトラーは敬虔なキリスト教徒だったし、スターリンもキリスト教の一派であるロシア正教の学徒だったのは歴史の皮肉だ。

なにはともあれ、彼ら2人を選んだのは、ドイツ国民であり、ソ連の人々だった。ソ連の場合は選挙ではなく、ロシア革命⇒レーニン⇒レーニン死亡⇒スターリンの政権奪取という過程だったが、その後でも、ソ連の人々はスターリンを国家代表に選んで行動したのは事実だ。
ヒトラーの場合は、ワイマール憲法という、先進的な「民主主義憲法」の下で、何回も民主主義的選挙を重ねて選ばれたのも事実で、教科書にもそう書いてある。

ただし、民主主義国の場合はどんなことでも「決定」に時間がかかるのが最大の欠点で、戦争となると
そこが致命的な傷になることも多い。半分は民主主義国だった日本が広島の原爆投下の後、決定が遅れて、長崎に投下されてしまったことがよくあげられる例だ。もっともアメリカは最初から2発とも使うつもりだったようで、それならばどちらにしても止めることはできなかったかもしれない。

それでも、独ソ戦は「独裁者 vs 独裁者」だったから、それぞれの戦争行動の決定となると速く、まるでテキパキ動く将棋の譜面を見ているみたいだ。

--------------------------
今でこそ共産主義や全体主義はだめなものと認定され、国の伝統を守る保守的な態度が良いとされているが、当時の雰囲気は、共産主義は「新しい科学的な態度」であり、全体主義は世界恐慌を乗り越えた「新しい経済体制」として持て囃されていた。有名な「バスに乗り遅れるな」の標語は「全体主義に乗り遅れるな」の意味だったぐらいだ。

そんなこんなの世界情勢と世界中の雰囲気の中でも、残念なことに戦争は起きてしまう。
「独ソ戦史」によれば「ウクライナと現ベラルーシを穀倉地帯、カスピ海附近の油田はエネルギー供給地にして、ドイツを豊かにする」ヒトラーの構想が発端だった。

自分たちが持っていないから他から奪ってしまえという理窟だ。もちろん奪われる方は抵抗する。そして戦争が起きる。

つまり独ソ戦は表向きは「全体主義のドイツ vs 共産主義のソ連」だったが、根っこにあるのは単なる覇権争いであり、もっとありていに言ってしまえば「食糧と資源の取り合い」だ。

-------------------------
こんなことくどくど述べているのは、私も独ソ戦は「全体主義のドイツ vs 共産主義のソ連」のイデオロギー覇権戦争だ、と勘違いしていたからだ。なんかおどろおどろしいなあ~いやだな~と思っていたのだが、なんのことはない、こういう理由なら、古来から起きる戦争の原因と同じだ。やっぱり人類は進歩していないのかもしれない、と思いながら、変な言い方だが、安心して「独ソ戦史」を読み進んだわけだ。

独ソ戦は、共産主義が全体主義に勝ったのではない。
ドイツ側が自己過信に陥り、戦略的な基本を怠った=下手だったために負けた、と言っても良いし、時間を稼ぎながら、後には敵になるアメリカから、メンツもなにもかも捨てて援助を受けて、粘り強く抵抗し、相手の弱点を突きまくったソ連が勝った、と言ってもよい。
イデオロギーなんか関係なかった。

つまり「戦争技術の基本原理」は変わっていなくて、戦力・兵力の集中ができなかったり、補給がうまくいかなかったり、指揮官がヘタレだと負ける、ただそれだけだった。後もう一つある。それは人数の多い方が勝つ、だ。もっとも現代の戦争はハイテク化しているから、人数が多くても勝てるとは限らない。今後の研究対象だろう。

これからも同じ事が、地球上で起きる。人口知能が戦争しても同じ事が起きる。人口知能はしょせん人間が作るものだから、人間を超えることはできない。ただ人工知能の長所は「疲れないこと」「死なないこと」だから、人間が負けるとしたらその点が原因だろう。 

--------------
後、びっくりしたことがもう1つある。
祖国愛なのかそれとも強制なのかどうかは少し不明だが、なんとソ連側は飛行機による「自爆特攻作戦」まで日本に先駆けて行っていた。これは知らなかった。

私は特攻作戦はやってはならないこと、当時の言葉では「統率の外道」でしかないと考えている。ただその精神自体はすごいな、と思うし、自分には無理でできるわけもないが、やってのけた人たちは素直にすごいなあと考えている。

日本の場合は、「精神主義」の日本だから起きたのだったと考えていたが、「科学主義で共産主義」のソ連でも起きていたことは、どう説明すれば良いのだろうか。また一つ人生の研究テーマができたみたいだった。もしかしたらアメリカでもあったかもしれない。映画「インデペンデンス・デイ」みたいに。

---------------
読み終わって、これは勉強とは関係のないことだが、一体どっちが勝った方が良かったのか、歴史的には微妙だな、と考えている。

悪の組織 ナチス・ドイツが負ける原因になったのは喜ばしい事なのは違いがない。ああいう人たちが未だに存在していたら、大迷惑だろう。
 
しかしソ連が勝ったことによって、「共産主義」というカルト教にも似た思想が、世界中を席巻することになったのは、もっと大迷惑だったような気がする。

実際にナチス・ドイツは600万ものユダヤ人を虐殺した、とされているが、スターリンは1000万人以上もの人を殺害している、恐怖の独裁者だ。彼が死んだ時、それが確報だと知った側近や部下たちは、ある者たちは大声で喜びを告げ、抱き合い、ある者たちは大声でうれし泣きをした、というから、彼の恐怖さがうかがい知れる。そばで見たいだけで、部下になるのは御免こうむりたい。

人は死を免れないが、こういう時は、人は死ぬから良かったと思える。 

------------
もうすぐ兵庫県は公立高校の入試を迎えます。
後少しの辛抱だから、皆さんがんばれ!

来週の月曜日には解放されているのだから。

では今日はこのへんで失礼します。

m(_ _)m