前回あげた漫画は2000年に発表されたもので、結構好評を博した。

就活話題なら、いくらでも他にあるのに、なぜ17年前のものをわざわざ取り上げてきたのか?
就活が様変わりしたのは1996年ぐらいに「ネットエントリー制」が取り入れられてからだ、とされているし、この漫画の中でもそう紹介されている。

そして「自動読み取りソフト」の充実が図られたのもそのあたりだ。郵便局に行けば振込用紙に手書きで記入したものを挟めば、すごくひどい字体でない限り、読み取ってくれる機械が置いてあるはずだが、企業はあれの大型を導入して、ESと呼ばれる「エントリーシート」つまり履歴書を求職応募者に書かせて、それをコンピューター処理するようになった。

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そのESには「小論文」が課せられるのが「標準」になった。
題目も使い回しのきかないものが多くなって、もし30社受ける求職希望者なら、30本の小論文を、書かなければいけなくなったのである。これは今でもそのまま続いている。

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企業にとっては「人材こそすべて」だから、優秀な人材が色々な場所からたくさん欲しい。ネットでの応募は、企業のニーズにも答えたものだったと言える。


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そしてこのあたりから、高校入試も「特別選抜」「小論文・面接」などの「特殊選考方式」を取り入れるようになった。「新学力観」の矛盾が噴き出てきた頃でもある。変化する社会情勢を踏まえた企業の要請を、教育界も無視できなくなった、と私は睨んでいる。つまり決して教育界が自発的に「自己改革」に乗り出したのではない。わいわい言われて、重い腰をよっこらせと、上げた印象がある。

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もし大きな失敗を2回ぐらいすると、かなり大きな企業でもあっと言う間に潰れて、他の企業に吸収されてしまう例は、雪印乳業の例などでも明らかだ。

2000年 日本国内  6月 雪印乳業食中毒事件

最近だと東芝かもしれない。あれだけ国民が「原発はやめておけ」と震災後に意見したのにもかかわらず、「巨大公共事業」みたいに進むのをやめなかったばかりに今、倒産の危機に直面している。すごいアホだとしか言いようがない。あの時「原発事業はまだまだイケル」と言った評論家は、今どんな顔をしているのだろうか。

同時に企業は時代のニーズ応じて変化することも必要だが、危険を承知しながらも前にも進まなければならない。ホンダの創業者である故・本田宗一郎は「1%の不良品率であっても、その1%を買ってしまったお客にとっては、それがすべて」との名言を残した。

でも2014年12月に起きた「インスタント焼きそば ペヤング ゴキブリ混入事件」は専門家などが計算すると0.00025%の確率だった。

それでも雪印乳業など「クレーム対策」に失敗した企業の二の舞にならないように、今失う損失と、未来に会社消滅の危険性の事態を天秤にかけて、「全品回収・生産中止・製造過程見直し」の大鉈をふるって生き残った「まるか食品(本社・群馬県伊勢崎市)」の勝利とも言える。
 
しかも「混入ルートは特定できなかった」との発表までしている。これはただの正直ではなく「将来やっぱり起きる可能性は否定できないです。もし起きて、大ごとになったらまた全品回収して、さらなる施設改善に努めます」と宣言したことに等しい、図太いぐらいの勇気ある行動と言える。

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小論文の話に戻る。
高校入試の特別選抜テストは、就活のように何百人も応募者がいるわけではないから、少しだけでも気が楽だ。多くてもせいぜい50人ぐらいだろう。
それでもその中で「おお、これは中々…」と思わせる必要がある。

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その際「基本は押さえておいて、なおかつ奇抜な発想を見せる」ことが大切だ。つまり正統的な考えも備えているが、いざとなれば邪道もできますよ、とアピールすること。

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例えば「ロボットとAI」について書く時に、バラ色の未来ばかり書くのではなく、「ロボットが人に危害を加えそうな時はどうするか、またその予防をどうするか」のダークなポイントを設定し、その答えとして「あらかじめ、ロボットを停止させるコードを埋め込んでおいて、危なくなったら、それを発信する。ロボットはそれを拒否できるプログラムを持たないように設計する」などを入れ込むことが、小論文の印象としては有効になるだろう。

これは映画「STAR WARS クローンウオーズ」「イージスの盾」、そして、今流行の、陰陽道からの「呪印」「封印術」 などの組み合わせ発想でもある。柔軟な子供に育てたら、簡単に思いつくのではないか?

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前回「0を100に言うのはだめだが、3を100に言うのはセーフ」と主張した。これはぎりぎり限界の場合で、3ではなく、せめて15か20ぐらいまでには持っていきたいのが本音だ。だからこそ日頃の準備が必要になる。映画を見たり、本を読んだりする、討論をするのが苦手なら、討論会を見学する、などの行動を取ることだ。

しかし「特色選抜テスト」を受けることができる人は、当然のことながら学校のことは、もうちゃんとできていて、成績は良い。「型」はもう身に付いていて、今度は「型」を破る段階にまで来ている、と言ってよい。先ほど述べた「正統と邪道」の両方ができる人だ。

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ここで
では今の教育界の人たちは『正統と邪道』を両方身に付けるような精神活動を、学生の時にやっていたんですか?
と問いたいのだ。

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やっていたのなら、数々の不祥事において「初動の遅滞」「情報隠し」「身内庇い」などの硬直した行動を取るわけがない。どう考えても、どう見ても「柔軟性がない」「自分たちの論理で動いている」となる。これは自分たちが学生のころには、ただ単に学校の勉強をやっていただけ、の証拠でもある。ただし大人になって教員の試験を受ける時には、小論文の勉強ぐらいはしたとは思う。

私が少しひっかかるのは、現在の大人、特に教育界に所属する大人、これには私も少し入っているから私も含めて、

自分たちが子供時代に、やったこともないし、できもしなかったことを、今の子供たちに押し付けて、しかもその際に済まなさそうな顔もしない、情のない卑怯者だ

と声を大にして言いたかったから、ここまでの愚論を述べた。

時代の要請であるのは理解するが、どうも釈然としないのだ。


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だから代わりに私から謝っておく。
今の子供たちの皆さん、未来を予想できない情けない大人ばかりで、本当にごめんなさい。

とは言っても現実に対応はしなければならないので、小論文について、現段階で、わかるかもしれないヒントを出してみた。参考にしてください。

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どうやら入試も成功裏に終わりました。また新しい季節への挑戦が始まります。
合格した人、おめでとう。第1希望はだめだった人は、気を取り直そう。
もう次が始まっています。

そして、春期講習も始まっています。仕事術の王道は昔から「段取り八分仕事二分」と言われていますが、今回は割合、スムーズに段取りが組めたように思えます。
このまますんなり行くことを期待しつつ、進めますか。

地震は来ないでね。 

では今日はこのへんで失礼します。

m(_ _)m