受験が終わって次の定期テストまで少し間があるので、現在小論文対策の新しい「お題」を探している。でも入試用のお題はやはり少し堅苦しいものが多い。そこで気軽に考えることの出来そうなものを探していると、就活生が出会う・出会った中で面白いものを発見したので、取捨選択中だ。

小論文と就活と高校入試については、以前記事を上げたので参考にしてください。


高校入試の小論文は就活の予備練習だ その2

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さて、以下ざっとあげてみる。
まずは名付けて「~に喩えると」シリーズ。大学名は就活生の母校である。

A-①「あなたを植物あるいは動物に例えると何ですか?」(北海道大学・文系)
A-②「自分をお弁当の具に例えると?」(明治大学・文系)
A-③「自分を武器に例えると何か?」(学習院大学・文系)
A-④「野球でもサッカーでもなんでもよいが、あなたはスポーツの団体競技中で例えると、どのポジションだと思いますか?」(甲南大学・文系)
A-⑤「あなたを野菜に例えると何ですか??その理由も」(東洋大学・文系)
A-⑥「自分を数字に例えると?」(同志社女子大学・文系)
A-⑦「あなたを家電に例えると何ですか?」(筑紫女学園大学・文系)
A-⑧「ドラえもんのキャラクターに自分を例えると誰?」(京都女子大学・文系)
A-⑨「自分を弊社の商品に例えると?」(近畿大学・理系)「あなたを国に例えると?」(早稲田大学・文系)
A-⑩「あなたを車の部品に例えるなら?」(早稲田大学・文系)

他にも「おでんの具に喩えると」なんてものがあったが、まあよくこれだけ考え付いたな、という感想しかない。でもA-③,④,⑧は武器、スポーツ、ドラエもんに通じていないと回答できない質問だ。事実私の子供はドラエもんが嫌いで、キャラクターはのび太とジャイアンぐらいしか知らない。スポーツでもなんでも「メジャーだから誰でもある程度は知っている」、というのは傲慢な考えだ。

その中でも一番ドキッとしたのはA-⑥と良く似ているが、「あなた自身の色は何ですか。その理由も付けなさい」だった。

これはキツイ。深層心理まで訊かれているみたいだ。
私自身は青系統、特に群青色=ネイビーブルーやそれに近い色が好きなのだが、「青が好きな人は情緒が安定していて冷静であり、反面少し冷たいとも言える」のは定番だ。情緒安定はともかく少し冷たい、というのは当たっている。あるいは、赤なら情熱的だが危険なことをしやすいとか、白なら清潔好きだが、無機質ととれるとか。

でも欠点のない人間はいない。何か良ければ、何か悪いので普通だから、堂々と書けばよい、としかアドバイスのしようがない。この場合は「その色を好きになったきっかけ」から始めて、「私にはラッキーカラーで、その色になりたいぐらい」で締めくくるのが無難か。もっとも「白い馬」はいても、白」というものは存在しないから、アリストテレスの考えに近くなってしまう。これも困ったものだ。

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あるいはこんなものもあった。

B-①「世界三大発明とは何ですか。また、その項目に新たに付け加えるとしたら、何を加えますか(インターネットや通信技術といったありきたりな回答はやめること)」(立正大学・文系)
B-②「『データ』と『情報』の違いは何ですか?」(立正大学・文系)
B-③「『目標』と『目的』の違いは何ですか?」(國學院大学・文系)

B-③には「夢」も入れていいかもしれない。最近「夢」ばかり見ている人が多いから。夢についても以前記事を書いた。やはりあまり考えは変わっていない。

変なものでは、
B-④「あなたの理想の女性像・男性像は?」(武庫川女子大学・理系)
B-⑤「入社前に1年猶予が与えられたら何をするか?」(神戸大学・文系)
B-⑥「好きな人から好きと言われたら、すぐに付き合うタイプですか?」(明治学院大学・文系)
B-⑦「京都でデートするならどんなコースを回るか?」(立命館大学・文系)

どういう意味で理想なのかは少し問題だ。一生のパートナー(=普通は結婚相手)として「理想」なのか、結婚とは関係なく頼れる相手として「理想」なのか。これでは単に「利用目的」とも取れる。

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なかなか良いな、と思ったのがこれだ。
C-①「あなたが無人島に何か1つ持って行くとしたら、何を持って行きますか?」(駒澤大学・文系)
C-②「神様がいるのなら、何を願うか?」(神戸女学院大学・文系)
C-③「あなたの町の名産品、有名なものなどをアピールしてください」(南山大学・文系)
C-④「面接会場から出てすぐに地震が起きました。あなたが取る行動を3つ教えて下さい」(鳥取大学・文系)

「無人島に何か1つ」とあったが、「無人島に何か1冊」なら色々迷ってしまう。また何か1つが太陽光で動く機械も含むのか、機械はだめで器具とかまで検討しなければならないのだろうか。普通は、迷わずナイフだろうが、永久マッチも捨てがたい。でもサバイナルナイフには取っ手の部分に永久マッチも普通は標準で内蔵されているからこの場合はずるいかも。

その中でも秀逸だな、と思ったのが、
「辞めなくてはいけない時はどんな時か?」(大妻女子大学・文系)
もちろん「仕事を辞める」のであって「何か別のことを止める」のでも「辞めるのを止める」のではない。ちなみに「辞職」は公務員の場合で、私企業は「退職」という。

基本的には体がついていかなくなったときだろうが、それでは実は間に合わない場合も多い。知らないうちに洗脳されていることもブラック企業の従業員さんの例を見ればわかる。

これに対するベストアンサーは「週1回楽しんでいた趣味が楽しめなくなった時」というのが、あった。趣味を特に持っていない私もそう思う。

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私は学校の勉強が嫌だ、とノタマウ方に見せるサイトがこれだ。



仮に今の中学・高校の授業が「アクティブラーニング」などのために、基礎力が貧弱で奇天烈なものになったとしても、結局はこの「就活のセンターテスト試験」である SPIテストを熟さなくてはならないのだ。これぐらい、社会人ならできて当たり前の知能テストレベルだ。

1963年、SPIの前身となるリクルートテストが開発される。
1973年、SPIが開発される。
2002年、SPI2が開発される。
2004年、テストセンターを開設。
2012年、SPI3が開発される。

もっとも最近では就職に際して、SPIを課さない会社もあるし「代行・身代わり受験」が可能なWebテストというのもあるから、一概に言えないだろうが、「基本知識」という点では無視はできない。ともかく「学校のお勉強」はやっておいた方がいいよ、ということだ。

ミルトンの失楽園で神様にテストがあるように、人間にもテストがあるよ、と諭す材料にはなる。

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全然関係ないかもしれないが、就活で連想したのがこれ。


いやホントに気を付けてね。

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などと、受験も一旦遠のき、体も少し休めている間に、小人閑居して不善を為している今日このごろだ。でもGW中にも、再起動しなければならない。すぐに中間テストだから。


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世の中は、モリカケと、不倫とセクハラと、核開発と交渉再開と、山口君の強制わいせつ罪容疑(おそらく不起訴)でワイワイですけど、相かわらず、「あっしには関わり合いのねぇこって」の状態です。

ただ、テレビ朝日の記者が事務次官に「セクラハ発言」を受けた、とされている事件というかニュースなんですけど、変だな~と思う点が2つあります。

普通の取材であるなら、「録音しますよ」と宣言して録音機を目の前に置く、同時に「いいよ」と同意を取るから証拠能力を持つわけです。なのにあれは隠し録音だったということですから、証拠能力はない、つまりオフレコ off recorded で、そういうものを他に漏らすようでは、次から取材させてもらえないどころか、ジャーナリストとしては最低の行為で、失職になっても仕方がないわけです。事実、2008年に朝日新聞の記者が録音データを漏洩した事件では、その記者は退社処分になりました。

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今回の女性記者さんは、おそらくセクハラの被害者なんでしょうけど、一国の財務をあずかる事務次官の辞職という、すごく大きな結果になってしまったことについて、どう対応するつもりなのか、どういう覚悟で週刊新潮に持ち込んだのか、その点が疑問になります。

2つめは、テレビ朝日側も「セクハラを受けているから担当をはずれたい」と主張している人を1年ぐらい前に、はずしたことははずしたらしいんですけど、しばらくしてモリカケ問題のことを、改めてその人が聞きにいったら、またセクハラ発言をされ、今度はこっそり隠して録音して、どうやら上(か、そのまた上)が公表に同意してくれないから、自社媒体ではなく、他社のそれも週刊誌にリークしたという、「あんたたちは自社の社員を守りたいの?それとも人身御供にしたいの?どっちなの?」、同時に「あんたたちの仕事は何なんですか? 報道なんでしょ?」と問いたくなるほど、わけのわからんことになっているのです。

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私にはまさに「あっしには関わり合いのねぇこって」で、どーでもいいんですけど、ここでふと「新聞とかテレビとかって、いつから時事問題・政治問題のニュースをまじめに解説するようなスタイルを作り始めたかな~」と考えてみました。なんだかあまりにも幼稚な気がして。

新聞というものが日本に誕生したのは、明治維新が成った1868年からとする説と、1855年の安政の大地震の時の瓦版の速報からだ、とする説があります。

下世話な商売人をジャーナリストに変貌させた 安政大地震を伝えたかわら版

どちらにしても現在で約150年の歴史があります。西洋の新聞も最初は読み物=娯楽でした。例のピュリツァー賞で有名なハンガリー出身のジョーゼフ・ピュリツァーの新聞も、イエローペーパー=ゴシップ新聞から始まりました。でも新聞も、だんだんと「ジャーナリスト」へ進化していった。

日本の新聞もゴシップ記事から始まって、1877年明治10年の西南戦争の時には報道へと進化したのですが、第2次世界大戦 太平洋戦争(日本は大東亜戦争と呼んでいた)では、大して取材もせず、軍の発表を鵜呑みにして、また勇ましいことを書いた方が売れるから、というので煽りまくって、大失敗をした。

多少は反省して、取材方法やその発表には慎重になっている(と信じたいです)。でも最近では、朝日新聞は例の従軍慰安婦問題で、読売などはイラク戦争の支持などで、またずっこけたわけですから、益々慎重にならざるを得ないでしょう。

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対して、テレビは、日本には1960年代高度経済成長期にやってきて、歌番組とか洋画、クイズ番組を放映する「娯楽」としてスタート。このへんは新聞と同じですね。で「娯楽の媒体としてのテレビ」が、時事問題に関するニュースをまじめに解説する、というスタイルの始まりは、NHKでは磯村尚徳さんがメインを務めた1974年~1988年の「ニュースセンター9時」、民放では1985年~2005年の久米宏さんの「ニュースステーション」が最初でしょう。

すると「報道」としてはまだ30数年ぐらいしか、歴史がないわけで、今回のテレビ朝日のもたつきぶり・腰の座っていなさぶりを見ていると、モラルも取材基準もジャーナリストとしての覚悟も、まだまだで、幼稚さの証明のような気がするのです。
論理破たんしているような文でスミマセン。

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そんなこんなの状態で、今年度もスタートしそうです。
今年度もよろしくお願い申し上げます。
日本人は年に2回「よろしくお願い申し上げます」と言わないといけないメンドーな
民族なんですね。

来月、少し面白いことが、ご報告できると思います。

では今日はこのへんで失礼します。

m(_ _)m