太郎が出張先で宿泊していた深夜、太郎の携帯電話が鳴りました。
電話をかけてきたのは幼馴染みのKさんです。

Kさん:夜中に悪いね〜。ところで今、家?

太郎:いや、出張先だよ。どうしたの?

Kさん:いや〜。実は・・・妻のあごが外れた!

Kさんの奥さんは5年ほど前、顎関節が脱臼(両側前方脱臼)して、太郎が整復した既往があります。
でも、反復性になることなく、それ以降脱臼していませんでした。
なお、Kさんの奥さんは39歳です。

太郎:おぉ、久し振りに脱臼したのか〜。でも、今回は見ることができないね〜。

Kさん:いつ、帰って来るの?

太郎:今日帰る予定だけど、自宅に着くのは夕方だね〜。今の時間では電車も走っていないし、始発で帰っても昼頃だよ。(^^;

Kさん:どこかで見てくれるところ、ないかな〜?

太郎はこれまでKさんの奥さんのほか、何度か顎関節脱臼の患者さんを整復しました。
その中には、地元の接骨院に行ったけれど整復を断られたと聞いたことがあります。(ーー;)
太郎がいつも対診する整形外科では整復してくれますが、Kさんが電話をかけてきてくれた時間帯(深夜)の急患には対応していません。

ここで、太郎の心の中には悪魔(?)が出てきました。(^^;

いや、待てよ〜。
顎関節脱臼の整復なんて、要領さえ分かればそれほど難しいものではない。
Kさんと太郎は幼馴染で言わばツーカーの仲。
医学的な知識がなくても、電話で要領を説明すれば伝わるのでは?

・・・などと、今思えばとんでもないことを考えながら、

太郎:顎の脱臼を治すなんて、それほど難しいことじゃないんだ。
私が説明するとおりすれば、Kさんでもきっとできるよ!
だから、私に代わって整復してみるか?
奥さんに聞いてごらん。

顎関節脱臼の整復を電話で、しかも医療従事者ではない人に伝え、それがうまくいけば学生の自信にもつながるでしょう。
また、Blogの話題にすることもできちゃう!・・・なんて不謹慎な思いも働いて、いつしか「Kさんにもできる!」なんて勇気付けていました。(>_<)

案の定(?)、Kさんご夫婦の了解を得た太郎。
整復に先立って、まずはKさんに顎関節脱臼というのはどのような状況になっているのか伝えなければなりません。
Kさんの奥さんには床に、枕を置いて背臥位になってもらうように指示しました。
Kさんに整復法法をマスターしてもらうまでの間、しばらく待っていてもらわなければなりません。
筋緊張を取り除くという意味で、背臥位でじっとしておいてもらうというのは有効です。

太郎:顎の関節ってのは耳の前にあってね、丸い出っ張り(下顎頭)が窪み(下顎窩)の中に入っているのね。顎の脱臼ってのはその出っ張りが窪みから前の方に抜け出してあってね・・・。

医療従事者ではないKさんは、人体の仕組みなんて知る由もありません。
Kさんに顎の脱臼一つ伝えようにも、解剖学用語は使えません。(>_<)
しかも、それを電話だけで伝えようとは、いざ説明を始めるとなんとも難しいことに気付きました。
そこで、Kさんには紙とペンを用意してもらい、まず顎関節脱臼の模式図を書いてもらうことにしました。

太郎:まず、長方形を描いてみて。そして、その左上の方に1本の縦線を描く。その1本の縦線は下顎の歯なのよ。今、描いているのは下顎の様子なのね。

という具合に、下顎骨を側方から見た様子を電話口で伝えました。

太郎:長方形の右上の角があるよね? その角から斜め右上に向かって線を延ばす。その線を使って、長方形の上に台形を作るの。今伸ばした線の先から左に1cmくらい左真横に線を引くでしょ? そしてその1cmくらい伸ばした線の先から斜め左に向かって元描いた長方形の上の線にまで戻る。そうすると台形、できたでしょ?

図で描いてみるにしても、それを口頭で伝えるとなるとなかなかうまくいきませんね。(^^;
要は下顎頭の現在位置と整復位が得られる下顎窩の位置関係、それに関節結節の存在を知ってもらうことが必要です。

四苦八苦しながらKさんに描いてもらった図が「画像(1)」です。
そして、説明しながら太郎が描いた図が「画像(2)」です。φ(..)

Kさんが描いた顎関節脱臼模式図




画像(1):Kさんが描いた図



太郎が描いた顎関節脱臼模式図






画像(2):太郎が描いた図



これを見ても分かるように、解剖学的な知識がないと関節の様子をイメージしてもらうのは難しいようです。
専ら、太郎が口頭で行った説明にも問題があるのですが。(^^;

それでも何とか図を描いてもらえたので、それを見ながら今度は整復法の説明です。
なお、この時の太郎は、Kさんが描いた図がどのようなものか知り得ません。
恐らく、太郎が描いた図と同じであることを信じて説明に臨みました。(^^;

整復法法を説明しやすくするためにKさんにはあらかじめ、描いてもらった図のところどころには 銑イ糧峭罎鯑れてもらってあります。

太郎:今、顎の関節は,砲△襪韻鼻△修譴い琉銘屬北瓩気覆てはならないのね。下顎を身体の後の方に向かって押してみても、(関節結節)にぶつかってい琉銘屬砲蝋圓ない。だから、(関節結節)を越させてい琉銘屬北瓩気覆ちゃならないんだ。

整復は、口内法(Hippocrates法)の要領を伝えました。
この方が、下顎骨の動きが分かりやすいだろうと思ったからです。

さて、ひととおりの要領を伝えた後、実際の整復です。
整復を行うに際してKさんは、ハンズフリーで会話できるように準備していました。
ですから、整復をしながらも私が状況を確認しながら指示をしました。

結果は・・・。
両母指を大臼歯に当てて押し下げるまでは可能でした。
Kさんは、「下顎骨が2、3cmほど下がった!」という感触を得たそうです。
しかしながら、その状態から下顎を後方に押し込むいわゆる舟底式整復にまでは至らなかったようです。

3回ばかり挑戦してもらいましたが、下顎骨の押し下げでとどまるばかりで結果は同じでした。(>_<)

太郎:やっぱり、救急車を呼んだ方がいいかも知れない。

とはお勧めしたものの、Kさんの奥さんは救急車を呼ぶことをためらいます。
そこでKさんは、消防署に連絡して急患を診てくれる医療機関を尋ねてみることにしました。

消防署からは、2つの大きな病院を紹介されました。
当直の先生が対応してくれるとのことでしたが、いずれもKさんのおうちから車で40分以上かかる場所にあるところです。

それを聞いてKさんは、また太郎に電話をかけてきました。

Kさん:やっぱり君が帰って来るまで待っているよ。

・・・そう言われても、太郎がKさんのところにたどり着くまでは、始発の電車に乗ってもお昼になってしまいます。

ふと、太郎の脳裏をかすめたのがW先生。
W先生は学校で太郎の講義を聴いて柔道整復師になった人で、今は太郎の接骨院がある市のお隣の市に住んでいます。

深夜であるにもかかわらず、太郎はW先生の携帯電話に電話をかけました。(^^;

幸いにして電話口に出てくれたW先生に対して太郎は・・・

太郎:急患なんだけど、見てくれない?
顎の脱臼なんだけど、W先生は整復した経験は?

W先生:いえ〜。ないんですけど。

太郎:整復法、覚えている?

W先生:認定実技審査の時に覚えましたけど、今はちょっと・・・。

W先生には、口頭で顎関節脱臼の整復法を話しました。
Kさんの時には解剖の説明から始めましたが、W先生は柔道整復師だけあって顎関節脱臼の病態を説明する必要はなく、整復法だけの説明で済みました。
何よりも、同じ説明でもW先生に対するものは医学用語を用いることが可能ですから短時間で説明が済みました。

Kさんの家に出向いてもらって、W先生にはKさんの奥さんの整復を行ってもらいました。
Kさんには床に正座してもらい、その膝の上に奥さんの後頭部を載せるように背臥位をとってもらったそうです。
何回か整復操作を試みていたため2回ほどうまくいかなかったそうですが、3回目には整復ができました。

もっと早くW先生のことを思い出していれば、1時間以上もKさんと電話で会話しなくても良かったのですけどね。(^^;

深夜にもかかわらず、W先生には快く急患に対応してもらえて助かりました。m(__)m


【補足】
骨折や脱臼の整復は、患者さんに教えてやってもらってはいけません。
もし事故が起こった場合、その責任は自分が負うことになるのは言うまでもありません。
良い子の皆さんは、決して真似をしないようにしましょう。(^^;

今回、太郎がKさんに整復を試みさせようとしたのは、Kさんの器用さを知っていると同時に信頼関係があったからです。・・・言い訳ですが。(ーー;)


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