太郎が所属する学校の附属接骨院に、25歳の男性Aさんが患者さんとしてやって来ました。

1月24日に、スノーボードをしていて転倒したといいます。
転倒した際、恐らく手をついたのでしょうが、Aさんには手をついた記憶がないそうです。
でも、転倒したとき、周りにいた人たちによると、あり得ない倒れ方(不自然な肢位に上肢が曲がった倒れ方?)をしたそうです。

受傷から3日経過した、1月27日が初検日です。
主訴は、「右肩関節が少ししか動かせない」ということ。

Aさんがいうように、右肩関節はわずかに自動運動が可能なようです。
右肩関節の外転や屈曲はある程度(45°程度)可能なものの、それ以上の自動運動ができません。

受傷から3日間、肩関節は内転内旋位のまま(上腕を側胸壁につけたまま)で全く動かすことができずにいたといいます。
そのような症状でも、Aさんは3日間、どこの医療機関も受診することなく辛抱していたようです。

さて、附属接骨院での施術担当者によると、右肩関節には外観上の変形は認めなかったとのことです。
また、腫脹もなく、骨折を示唆する所見はみられません。
しかし、他動的に右肩関節を動かそうとすると、著明な疼痛がみられたといいます。

施術においては、側臥位にしたAさんの上肢をゆっくりと、末梢方向に牽引しました。
そうすると、整復音(?)を聴取することができ、それとともにROM(関節可動域)も回復したといいます。

Aさんは飲食店に勤務していて、日ごろ、右手は包丁などを使う仕事に使っています。
また、小学校から高校までの間、野球チームに所属して、キャッチャーや外野を守っていたそうです。
なお、Aさんはこれまでに、肩関節を負傷したという既往歴はありません。

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皆さんと同じように、太郎もAさんを見たわけではありません。
ですから、推測でお話を進めることになりますが、その点についてご了承ください。m(__)m

今回のAさんの病態と同じかどうかは分かりませんが、太郎も過去に数例、同じような症例に出くわしたことがあります。
それは、転倒をきっかけに、肩関節の運動が著しく制限されてしまうものです。
いずれも初検時には、肩関節の自動運動(屈曲や外転)が20〜30°程度しかできず、他動的に動かそうとすると激痛を伴うものです。

よく観察すると、肩関節の前方が健側に比べていくぶん凹んで、上腕骨骨頭がわずかだけ後方に移動しているような感じがします。
・・・なんとも頼りない表現ですが、はっきりと観察できるものではなく、なんとなくそう感じられる程度なのです。(^^;

また、肩関節の自動屈曲は20〜30°程度できるのに対して、伸展の制限の方がやや強くみられます。

軋轢音や異常可動性など、骨折にみられる所見は見当たりません。
また、自動運動の著しい制限と、他動運動に伴う激痛こそあっても、肩関節脱臼にみられる弾発性固定でもありません。

しかし、これまでの経験上、太郎はこれを肩関節の後方不全脱臼(亜脱臼)ではないか?と考えています。

これまで太郎が経験した症例の共通点は、以下のとおりです。

1) 手をついて転倒。転倒の際、手は前に出しています。
2) 受傷直後から、肩関節に著しい運動制限を伴います。ただし、自動的な屈曲や外転は20〜30°程度可能です。
3) 初検時、他動的な運動には激痛を伴います。
4) 整復と同時に、ROM制限はほとんど回復します。ただし、程度によっては数日〜数週間、ROM制限こそはないものの、関節運動に疼痛を伴います。

発生機序をはじめ、初検時の症状、処置後の経過などの共通点は、このとおりです。

それに加えて、太郎が経験した症例の全てが、過去(幼少時代など)に野球をしていて、外野(遠投を行うポジション)を守っていたことも共通していました。

なお、整復操作は、患者さんを側臥位とし、手首を把持して上腕の末梢方向にゆっくりと牽引を加えていきます。
肩関節脱臼の牽引整復法に準じて、上腕骨骨頭を正確な位置に復するように操作します。

整復の完了と同時に、先に述べたように、肩関節の機能が回復します。
このような患者さんの多くは、肩関節に動揺性が認められます。
動揺性肩関節にみられるsulcus(サルカス)徴候は、画像(1)に示すように、下垂位で上腕骨骨頭が下方に脱臼(または亜脱臼)します。
このとき、肩峰と上腕骨大結節との距離が増して、陥凹を認めます。
でも、太郎が経験した症例では、画像に示すようなsulcus徴候は認められませんでした。

【画像(1)】
sulcus 徴候


また、肩関節の動揺性をみる検査法としてsulcus sign(サルカス サイン)がありますが、この実施には注意が必要です。
画像(2)に示すように、患者さんの上腕を下方に牽引する際の力は、極力小さなものにすべきです。
sulcus signが陽性を呈する患者さんであれば、上腕をわずかに牽引するだけで、肩峰と上腕骨大結節との間に生じる陥凹が確認できます。
太郎が経験した症例では、sulcus signが陽性を呈するものでした。

【画像(2)】
sulcus sign


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なお、本文中では「sulcus徴候」と「sulcus sign」を異なるもののようにお話しましたが、これは文献の記載を元にした表現です。
本文では、徒手的な検査を行わずともみられる徴候として「sulcus徴候」、徒手検査法としての「sulcus sign」としてお話しました。


【参考文献】
sulcus 徴候: 「標準整形外科学」/国分正一ほか監修/医学書院/第10版/2008年4月/9,200円+税
sulcus sign: 「整形外科徒手検査法」/高岡邦夫編集/メジカルビュー社/第1版第6刷/2006年9月/9,500円+税

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